第253話 消えたマスター2

文字数 3,593文字

                * * *


 ミレイニと別れ、デイビッドに不服だが背おられているエリエに向かって、デイビッドが徐に尋ねた。

「――そういえば、ミレイニちゃんは連れて来なくて良かったのか?」
「えっ? ああ、あの子はいいのよ。来たって別に余計な事を言って混乱させるだけなんだから。ご飯は後で持っていけばいいし、部屋に戻ってるでしょ」

 そう告げたエリエに、デイビッドは苦笑いを浮かべている。
 激昂するミレイニの姿が、彼の脳裏には浮かんでいるのだろう。まあ、今の状況でも、部屋に一人にしていることに相当怒ってそうだが……。

 食堂に向かう最中。廊下で辺りを注意深く見渡して、何かを探している様子のエミルを見つけた。
 相当大事な物なのか、廊下の端に置いてある植木鉢の中までくまなく探している。その尋常じゃない慌て様に、エリエ達もその様子を察してか険しい表情で彼女に尋ねる。

「エミルいったい何があったんだ?」
「実は……」
「「……実は?」」

 言い難そうに言葉を詰まらせたエミルが、深刻そうな表情で徐に告げた。

「――実はレイちゃんが居なくなっちゃったのよ! 昨日の夜から姿を見てないの!」
「「なんだ。そんなことか……」」

 2人は声を揃えて答えると、呆れ顔で大きく息を吐き出した。

 だが、エミルは本当に心配しているらしく、それほど重く受け取っていない2人に声を荒らげる。

「レイちゃんが居なくなったのよ! これは一大事だわ。星ちゃんが寝込んでしまっているのを気にして、家出したかもしれないでしょ!!」
「ちょ! エミル姉考え過ぎだよ。ほら、レイニールは星の事好きだし、どこかに行ったりしないよ。前にもこんな事あったけど、結局ひょっこり現れたじゃん」
「前と同じか分からないでしょ! もし、星ちゃんが今目を覚ましたら、レイちゃん居ない事を気にしてまたどこかに行くかもしれないでしょ!」

 その言葉にエリエは『まさか……』と思いながらも、内心ではひやひやしていた。
 確かに、星が今目覚めれば居なくなったレイニールを探しに行くと言いかねない。

 そんなことになれば、土地鑑のない星が迷うかもしれない。いや、レイニールも現在進行形で迷っているかもしれないのだ。もしも、そんな状況で敵に襲われたりでもすれば……2人は急に険しい表情に変わり、慌ててレイニールを探し始める。


                * * *

  
 そんなことが起きているとは露知らず、当の本人達は……。

「行けーッ!! もっと速く走らんと、エリエに追いつかないのじゃ!」
「もう、頭の上でうるさい! 少し黙ってるし!」

 頭の上のレイニールも上機嫌でパシパシ頭を叩く中、ミレイニが不機嫌そうに叫ぶ。

 だが、レイニールは風を切って勢い良く走っていくミレイニが相当気に入ったようだ――確かに星では疾走するほどのことはない。それがレイニールには新鮮なのだろう。

 廊下を疾走するミレイニは息を切らせ、徐々にスピードが遅くなり横を走るシャルルに跨がる。
 彼女を背に乗せシャルルが一吼えすると、勢い良く廊下から階段へと物凄い速さで駆け抜けていく。

 鼻をヒクヒクさせ、まるでエリエの匂いを探るようにして一直線にどこかに向かって行った。そして雷鳴の如く駆けていくと、階段の出口に向かって飛び出した。そこには、レイニールのことを探していた3人が居た。

 シャルルがエリエの前に止まると、背中に乗っていたミレイニと突如現れた彼女達を目の当たりにしたエリエが同時に叫ぶ。

「「あっ、居た!!」」
 
 指差しながら互いにその場に固まっている。

 ミレイニが抗議するより早く、エリエが飛び上がって頭の上に乗っていたレイニールを掴む。
 突然のエリエの行動に、頭の上で『?』マークを浮かべているレイニールを、今度はエミルの方に突き出す。

「ほら、レイニールを見つけたよエミル姉!」

 嬉しそうに笑顔を見せるエリエからレイニールを受け取ると、エミルはほっとした様子で息を吐き出して笑顔を見せる。

 レイニールは何のことか分からず。ただただキョトンとしていると、ミレイニが不満を爆発させるように「うがー!!」と天井を見上げて叫んだ。
 驚いた様子で皆、彼女の方に注目すると、無言のまま下を向いているミレイニの指がビシッとエリエの方を指し。

「……シャルル、アレキサンダー。襲え……」

 低い声音で命令したミレイニはアレキサンダーの背に飛び乗ると、鋭い視線をエリエに向けた。
 目尻には微かに涙が浮かんでいたが、その瞳は本気そのものだ。本当にエリエを襲わせるつもりなのだ――普段の彼女とは違うハンターの様な禍々しく、それでもって鋭いオーラを全身から放っている。

 身の危険を感じたエリエはブルブルっと体を震わせ、一瞬だけ青く光を放ち基本スキルのスイフトを起動して一目散に廊下をダッシュしていく。

「にーげーるーなー!!」

 激昂したミレイニが命ずるままに、2匹の猛獣が逃げるエリエ目掛けて突進する。これは逃げる者を追うという、動物が持つ狩猟本能からくるものなのだろう。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 待って! 謝る! 謝るから~!!」
「もう。何もかも遅すぎるし~!!」

 完全に普段と主導権が逆転している2人は、泣きながら疾走するエリエを泣きながら追い駆けるミレイニという普段なら絶対見られない光景に、エミルもデイビッドも驚いている。 

 だが、これが怒りを爆発させたミレイニということなのだろう。普段我慢しているだけ、それが頂点に達すると暴走してしまうのが彼女なのだろう。まあ、怒らせると何をするか分からない『爆弾』ということだ――。

 廊下を隅々まで走り回っているエリエとミレイニを見守っていると、騒動を聞いてやってきたのは赤毛にルビーの様な赤い瞳の少女だった。

「いったい何事!!」

 彼女はギルド『POWER,S』のギルドマスター、リカだ。双子でサブギルドマスターのカムイはいないことから、どうやら彼女だけが騒ぎを聞きつけやってきたようだ。

 その手には何故かフライパンが握られている。おそらく、敵襲と勘違いしたのだろう。

 リカはフライパンを握り締めると「今助けるわ!」と、ミレイニの出しているモンスターに向かって走り出す。

 そんな彼女をすぐにデイビッドが止めに入る。後ろから彼女の両腕を羽交い締めにして何とか止めた。だが、突然自分が羽交い締めにされ、全く訳の分からないリカが大声で叫ぶ。

「なんなの!? 私はあの人を助けようとしてるのに! 貴方も敵なの!?」
「ちょっと、待ってくれ! あれはじゃれ合ってるだけだから!」
「どうしてモンスターに追われている状態がじゃれ合ってる事になるの! 放して! 早く止めないと!」

 慌てた様子でデイビッドの腕を振り解こうとする彼女に、大きくため息を漏らしたエミルが装備を取り出した。
 もちろん。制限がある為、装備と言っても鞘から抜くことができない上にダメージも与えられない代物だが。

 鞘の付いたままのロングソードを構えて、疾走するエリエと炎帝レオネルのアレキサンダーの間に飛び込む。  

 自分に向かってくるアレキサンダーを見据え、両手で柄と鞘を持って自分の前に突き出した。すると、急に目の前に割り込まれたことで、困惑したアレキサンダーが急停止する。突然止まったことでミレイニが空中に放り出され。

「エリー!!」

 エミルの声に反応したエリエが素早く180度回転すると、飛んできたミレイニを受け止めた。
 ここはさすが長い間共に戦ってきた仲間と言ったところだろう。一言掛け合うだけで息の合った連携が取れるのは、ただただ感心するばかりだ。

 ほっとした様子で息を大きく吐いたミレイニの顔が、エリエの顔にくっつくほどの距離にあった。

「もう。しっかり乗ってなさいよね!」
「……あっ」

 顔を真っ赤に染めて慌てて顔を背ける。まあ、何はともあれどうやらミレイニが落ち着いたようで、エリエもこれ以上モンスター達に追い回されないことに、ほっと胸を撫で下ろす。

 ミレイニは急にしおらしくなって、召喚していたモンスター達を右手の人差し指にはめていた召喚用の指輪の中に戻す。

 背を向けていたミレイニが、徐に振り向いて言った。

「――ちょっと、やり過ぎたし……」

 エリエはバツが悪そうに俯き加減でいるミレイニを叱るわけでもなく、無視するわけでもなく。ゆっくりと彼女の前に歩いていくと、その体をぎゅっと抱きしめた。

「別にいいわよ。元々私があんたを置いていったのがいけないんだし……」
「……エリエ。やっぱりエリエはいい奴だし! 大好きだし!」

 抱きしめていたエリエの体を抱き枕のように抱き付くと、ミレイニは嬉しそうに顔をエリエのお腹に押し付けて左右に激しく動かしている。それがくすぐったいのか、エリエは大声で笑い声を上げた。
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