第215話 エルフの男と触手の大樹

文字数 3,534文字

 居ても立ってもいられないほど星の心がざわめく、それはがしゃどくろとの戦――いや、先日の事件よりも大きい胸騒ぎに星も困惑していた。

「あの……ちょっと疲れたみたいなので、ちょっと休みますね……」
「――そう? まあ、目を覚ましたばかりだし。もう少しゆっくりしてた方がいいかもね!」
「いはいひ~。はなふひ~」

 ミレイニの頬をひっぱりながらエリエが頷くと、星は軽くお辞儀をしてから彼女達を残して寝室へと戻った。

 大きく息を吸い込んで、ベッドに身を投げるように倒れ込む星。

 いつもよりも大きく感じる心臓の音に、星は複雑な表情を浮かべていた。すると、肩に乗っていたレイニールがパタパタと星の顔の側に舞い降りる。

 レイニールは不思議そうに首を傾げると。

「どうしたのじゃ? 主。浮かない顔をして……」

 っとペタペタと布団の上を歩いて、心配そうに星の顔を覗き込んでくる。

 星はレイニールから顔を背け。

「ううん。まだちょっと調子が悪いから……」

 そう呟き、星は布団の中へと潜り込んだ。
 レイニールは浮き上がる布団の上から飛び上がると、表情を曇らせながら布団の中に隠れてしまった星を見下ろしていた。だが、星は布団を被ったまま出てこない。

 今星の心を支配しているのは、とてつもない不安と恐怖心だけだった。正直なところ、今の星には周りに気を配るほどの余裕がなく。

(……この感じ。誰かに心臓を鷲掴みされるような感覚……すごくいや……)

 布団に潜り込んだまま身震いしながら、星は心の中で小さく呟いた。

 
 いつの間にか寝てしまっていたのだろう。布団の隙間から顔を覗かせると、部屋の小窓から差し込んでいた光の入り方が違う。
 星が布団から顔を出すと、そこにレイニールが上空から落下してきて、ベッドに当たり一度大きく跳び上がると、星の目の前にシュタッと降り立った。

「やっと起きたか主! また、数日は起きないんじゃないかと心配したのじゃ!」

 鼻を押し当てるようにして顔を寄せてくるレイニール。

 星はレイニールの自分を心配してくれる言葉は嬉しいものの、予想以上に近くに寄せてくる顔に少し迷惑そうに眉をひそめていた。その時、ふと部屋に立て掛けていたエクスカリバーが目に飛び込んできた。

 自分にしか扱えないその剣を見て、星の心の中で闘志の炎が燃え上がる。

(――なにもしないで震えているだけなら……今自分にできることを一生懸命やる! エミルさん達も頑張ってるんだもん。私だって次は倒れないように、もっともっと強くならないと!)

 決意を新たに手の平をぎゅっと握り締めると、星はベッドからゆっくりと起き上がった。
 ねだっているだけでは本当の意味での成長はない。恐怖を拭い去りたいなら、強さが欲しいなら修行するしかないというのは、今までこの世界で生活してきて強く心に思ったことだ――。

 星が動いたことで慌ててベッドの上から飛び立つと、レイニールは星の横でパタパタと翼を動かして静止する。

 立ち上がった星が壁に立て掛けていた剣を掴むのを見て、レイニールは驚いた様に星の頭の上に乗って叫ぶ。

「主。なにを考えているんじゃ! まだ体も万全じゃないのに、そんな物を持ち出してどうするつもりじゃ!」
「――後3日で、また何かが起きるんでしょ? なら、休んでいる暇なんてないよ……」

 剣を握り締めたまま扉の方を向く星の目の前で、レイニールが両手を広げてそれを阻止する。
 数日間寝たまま目を覚まさなかったにも関わらず、剣を手にして何処かにいこうとする主を止めないわけがない。

 星は困り顔でレイニールを見ると「どうして止めるの? レイ……」と尋ねると、レイニールはむっとした表情で言った。

「それは我輩が聞きたいのじゃ。どうして主は、いつもいつもそうやって無理をする! エミル達が言っておったぞ! 主のスキルは物凄く強いと。なら、スキルだけで戦えばいいではないか!」
「そ、それは……」

 そのレイニールの言葉に、星は思わず口籠もる。
 
 確かに、レイニールの言った通り。固有スキルの『ソードマスター・オーバーレイ』を使用すれば、たちまち敵のHPや他のステータスは1になり。同じ星とパーティーの者以外はスキルの使用も制限される。しかも、効果は24時間続きどんなアイテムでも回復不可能なのだ――。
 
 また、星本人にはそのステータスが自分のステータスの合計値に上積みされ、大幅に自身を強化できる。これだけ見るとチートにも匹敵する能力なのだが、それと引き換えに多くのデメリットも存在する。

 それはこの固有スキルの発動には、直接的に剣から出る光を相手に当てる必要があることと、そして何よりもスキルの連続使用に伴うプレイヤー本人への多大な疲労の蓄積だ。

 先日も固有スキルを発動後に数日間眠り続けたことを考えると、これが最も大きなデメリットであることは言うまでもない。

 いくら24時間相手に効果を与え続けたとしても、自身が数日間眠り続けてしまえばメリットとも言えなくなるだろう。だが、このことをレイニールに言えば、必ず今よりも強く止められるに違いない。だからこそこの場は、上手くレイニールを丸め込む方法を考えなければならないのだ。

 星はレイニールを刺激しないように、出来る限り優しく語りかける様に告げる。

「確かに『ソードマスターオーバーレイ』を使えば、安全に戦えるかもしれない。でも……あれは周りの人もかかっちゃうから、できるだけ使いたくないの」
「うーむー」

 レイニールは考え込む様に腕を組むと、難しい顔でうなりが首を捻っている。

 その様子を見つめながら、星は次に何を言おうかとレイニールに悟られない様に考えていた。するとレイニールが何かを思いついたのか、組んでいた腕を外してポンっと手の平を叩く。

「そうじゃ! なら、こういうのはどうじゃ?」
「……な、なに?」

 レイニールの突然の思い付きに嫌な予感がしながらも、星が聞き返す。

 不安そうな表情をしている星に、レイニールが胸を張っているのがそれが星の不安を更に煽る。次の言葉を固唾を呑んで見守ると、レイニールが大きく息を吸い込んで徐に告げた。

「これからは我輩を置いていくのは禁止じゃ! 起きてる時は勿論、寝る時もお風呂に入る時も一緒に居るのじゃ!」
「……ん?」
(そんなのいつもだと思うけど……)

 首を傾げながらそう考えている星に、レイニールが更に言葉を続けた。

「主は無理をしすぎるのじゃ! 我輩がいつでも着いていないと何をするか分からん! スキルを使えない時は我輩が代わりに戦うのじゃ! それなら主の悩みは解決だろう? ついでに、お菓子やご飯のおかずもくれたっていいのだ!」

 そう言い放つと、レイニールは腕を組んで仕切りに頷く。その様子を見ていた星はほっとしたのか、思わず笑いが込み上げてくる。
 正直。いつもと何ら変わらない条件を提案したレイニールの、ちゃっかりお菓子とおかずを要求する辺りが星にとってはツボにハマったのかもしれない。

 突然笑い始めた星を見て、レイニールは不満そうにそっぽを向いた。
 しかし、星が考えていることなどレイニールが知る由もない。笑われてご機嫌斜めになったレイニールはツンとした態度で星から目を逸している。

 星はそんなレイニールを見て微笑みを浮かべると、剣を腰に差してドアに向かって歩き始めた。
 それを見たレイニールは慌てて星の後ろを、近付き過ぎず離れ過ぎずの絶妙な間隔で付いてくる。

 物音が一切ないリビングの様子を窺いながらにそーっと出ると、エリエもミレイニもソファーで寝ていた。
 寝ている2人の側までレイニールが飛んでいくと、彼女達が寝ているのを確認して星の方に戻ってきた。だが、まだ不機嫌なのかそっぽを向いたまま星に告げる。

「あの様子なら当分は起きんだろう。行くなら今がチャンスじゃ、主」
「――うん。でもちょっとだけ待ってて……」

 そう言って、星はキッチンの方に行くとボードを持って帰ってくる。

 それは普段イシェルが料理の調味料なんかを書いているものだった。本来ならば数分でできる料理を、彼女は相当なことがない限りは一から調理していて、毎回調味料をどのくらい使ったのかをちくいち書き記していた。

 星はそのボードに徐にペンを走らせた――全てを書き終えた星はレイニールに向かってにっこりと微笑むと「さあ、行こっか! レイ」と告げる。

 レイニールは頷くと、嬉しそうに微笑み星の頭にちょこんと乗った。

 星はそんなレイニールの顔を見上げると、レイニールは慌ててそっぽを向く。どうやら、まだ機嫌を直したわけではないらしいが。だが星には、レイニールの考えていることが分かる気がした。 
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