第278話 リントヴルム強襲2

文字数 3,893文字

 一振りで数百体ずつだか、数十万のモンスターは確実に数を減らしている。それに比べて、リントヴルムに与えられるダメージは翼の突風で払い切れずに当たった矢のみ。

 数値でリントヴルムZWEIは通常時は1万のHPを2万5千まで引き上げてくれる。一般プレイヤーが最高値1000なのだから、その数値の差は25倍。

 さすがにこれだけの差があると、プレイヤーとの戦闘ではリントヴルムZWEIには、その体格差とHPの差にどんなに強者であっても手も足も出ない。
 その為、エミルがリントヴルムをリントヴルムZWEIに変化させて戦うのは、自主的に禁止している。その禁忌を破ってまでリントヴルムZWEIを使用するプレイヤーは、後にも先にもライラだけだろう……。

 まあ、それだけエミルがライラを敵視していて、この状況下で殺そうと本気で殺意を向けているのは星の存在も大きく関係しているのは間違いない。

 今回のこの無謀と言わざるを得ない単騎での特攻作戦も、早く敵の包囲を取り除いて星を現実世界に返すのが目的なのだから。

「――勝てる! 勝てるわ! 待っててね星ちゃん。こんな意味のない戦いを早く終わらせて……お母さんに、一日も早く会わせてあげるから!」

 すでに勝ちを確信したエミルは、リントヴルムZWEIの肩から次々に撃破されていくモンスターを見下ろしながら拳を握り締めていた。

 エミルは目を覚ました星の第一声が「お母さん?」だったことを忘れていなかった。まだ小学生の女の子である星が母親と離れて、もう1ヶ月以上が経過している。
 これは本来ならば異常なことだ――星は感情をあまり表に出さない為、気にしていないようには見えるが、それは星がそう見せているだけで、実際は相当気にしているのだろう。

 事件当日から星と一緒に居たエミルはログアウトできなくなったと分かってから、星がモニターの前で流した涙を昨日のことのように鮮明に思い出せる。その時の光景がエミルの脳裏に焼き付いて離れない。

 もうエミルの頭には、目の前にいる敵を全て薙ぎ倒すことしかなかった。
 いくら敵を薙ぎ倒そうとも、目の前のモンスターの数は一向に減らない。それどころか、後方から次々に敵が無数の魔法陣から現れてくる。

 先程エミルが空中から見渡した時には、明らかになかった……っと言うことは、敵がこちらの攻撃に気付いて対処してきたのだろう。
 しかし、敵の対応があまりに遅すぎる気がする。だが、エミルにはそんなことは些細な問題だ――何故なら、この形態のリントヴルムを倒せる敵はそうはいない。

 少なくても、雑魚モンスター相手ではリントヴルムZWEIはやられない。今もHPの残量は1割も減っていない状況だ。
 まだ相当数残っている敵だが、一撃で数百体を一気に撃破できるリントヴルムZWEIなら、この状況下でも十分に敵を殲滅しきれるほどの力がある。

 すでに5万近く撃破しているだろう。余裕があるとはとても言えないが、今のままいけば残りは27万。5万でHPが1割しか減っていないわけだから、単純に考えても27万なら撃破できる計算だ。
 
 敵は魔法陣から敵を排出しているが、その数は始まりの街と比べて明らかに数が少ない。おそらく。あの魔法陣はモンスターを別の場所から転移させるワープゾーンの役割を果たしていて、それ以上でも以下でもない。

 つまり、各街、ダンジョン内に設置されている転移用の魔法陣と同じ仕様なのだ。
 どういうシステムを利用しているのかは分からないが、敵は転移用魔法陣を使い自由自在にモンスターを出現させ……いや、転移させている。

 だが、始まりの街では一斉に出現させることができた魔法陣も、この千代ではそうはいかないらしい。おそらくはモンスターをホップさせている場所から、距離が遠ければ遠いほど転移数も減るのだろう。
 何故そんなことが分かるかというと、それは至って簡単だ――エミルのリントヴルムZWEIは、敵の切り札であったであろう運営が下降修正するほどのモンスター。しかも、修正前の元々の仕様のルシファーを撃破した強敵。

 それを知っている覆面の男が、数の利を活かしてこないはずがない。包囲するには相当数のモンスターが必要であり、だからこそ威圧できている訳で……それが目に見えて減れば、籠城戦をしている千代のプレイヤー達が攻勢に転じてくる可能性が高くなってしまう。

 相手としては、少しでも早くリントヴルムZWEIを撃破したいはずなのだが。しかし、現状でそれをしていないということは、しないのではなくできないと言うのが正しいのだろう。

 これはエミルにとってはチャンスだ――ここで敵を追い返せれば、しばらくの間は時を稼ぐことができる。そうなれば、現実世界に戻る為のいとぐちが見えてくるかもしれない。いや、それどころか、現況であるあの覆面の男を追い込むことだって不可能ではないのだ。

 夜も更けて完全に闇が周囲を包む中、アンデット系のモンスター達にはまるでホームとも言える時間だろう……カタカタと骨を鳴らすスケルトン系に、ゾンビや中身のない死霊の鎧兵などがゆらゆらと左右に揺れている姿は、まるで自分が地獄にでも迷い込んだのかとでも錯覚しそうなくらいだ――。

 だが、そんなことより。エミルが何よりも安堵していたのは、このスケルトン達が以前に行った富士のダンジョンに出てきた頭部を破壊するまで、何度でも復活する仕様になっていなかったことだろう。

 さすがのリントヴルムZWEIでも、あの仕様の敵と戦えば、勝負の結果は今よりも遥かに遠いところにあっただろうが、今回の敵は通常仕様――つまり、ダメージを与えてそれが、相手のHP残量を上回れば撃破できる。

 まあ、一般的なRPGでもこの仕様が殆どだろう。逆に不死性なんてものがあれば、プレイヤーにはそれをゲームのバグと認識されてしまうだろう。
 オーラを纏った大鎌を大きく振り抜くと、敵が中を舞うという繰り返しで、肩に乗っているだけのエミルとしては、どうしても手持ち無沙汰になってしまうのは仕方ない。

 だが、戦闘事態はリントヴルムZWEIに任せるしかないのが現状だ。前の始まりの街では両手に剣を持って、リントヴルムZWEIとシンクロすることによって、自在に操作できる代わりに大きなデメリットがある。  
 それは肉体の共有というより、体の移行と言った方が近い。エミルの神経系を完全にリントヴルムZWEIとリンクさせると、五感も全てエミルの神経系と直結される為、視覚、聴覚は勿論。痛覚なども感じるので、アバターが入れ替わると考える方が正しい。

 しかし、リンク時は動けなくなることや、本体がリントヴルムZWEIの近くにいることなどの条件があり。その上、召喚師であるエミルの本体が撃破されてしまうとリントヴルムZWEI自体も消失してしまうのも弱点と言えるだろう。

 前の戦闘では無防備になった体を守ってくれるイシェルが近くにいた為、使用することができたのだが、今はその彼女がいない。

「――こういう時に仲間の大切さを再確認するわね……でも、こんないちかばちかの作戦にイシェを巻き込む訳にはいかないのよ!」

 そう叫んだエミルは手に持っていた剣を鞘に収めると、コマンドを指で操作して深紅に輝く紅蓮の弓を取り出した。

 取り出した弓を握り締めると、敵に向かって構える。すると、エミルの握り締めていた弓が紅蓮の炎を吹き出し、その炎が徐々に矢の形状へと変化した。

「この武器はトレジャーアイテムよ。その名は『ケイローンの弓』この弓の射程に入った者は使用者の技量に関係なく、弓が生成する炎の矢から逃れる事はできない! この烈火の炎……存分に味わいなさい!!」

 思い切り引き絞った弦を弾いて弓から放たれた炎の矢が、地面にいた双剣を持ったスケルトンに直撃する。その直後、スケルトンの体は激しい炎に包まれ、まるで火柱を上げるように炎上すると、そのまま消滅時の粒子状の光エフェクトに変わる……。

 エミルは間髪入れずに弓の弦を引き絞ると、再び炎の矢を放つ。今度は中身が空の死霊の鎧に直撃し、先程と同じように火柱が上がり光へと変わる。

 リントヴルムZWEIの肩から確実に撃破していくエミル。

 しかし、エミルの持つ深紅の弓は以前一度だけイシェルの使用した『アルテミスの弓』と同じ物に見える。だが、その効果も攻撃範囲も明らかに違う。
 イシェルが使っていたのは、一直線に高出力の一撃を放つというもの――それにひきかえ、エミルの攻撃は一体一体を確実に仕留める武器のようだ。

 見た目は同じでも、一撃の破壊力は天と地ほどの差がある。
 どうして2人が同じような武器を手にしているのかは、以前から行動を共にする機会があったからだ――まあ、ただイシェルがエミルと行動を共にしていただけかもしれないが……。

 異常なほど仲のいいイシェルとエミルは以前に腕を上げる為、2人だけで高難易度のダンジョンによく通っていた。

 その頃に期間限定で5日間だけという超短期間のダンジョンでゲットした。イシェルはその時のボスを撃破して『アルテミスの弓』をゲットし、サブボス的な立ち位置にいたのがケイローンだったのだ。その時にドロップしたトレジャーアイテムが『ケイローンの弓』だった。

 また、ギリシア神話にケイローンはアルテミスに狩猟を教えてもらったと逸話があることから、このゲームの中では『アルテミスの弟子』のような立ち位置になっていたのだろう……通りでイシェルが『アルテミスの弓』を必要以上に特別に思っていたわけだ――。
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