第155話 ライラの正体6

文字数 6,837文字

 地上から見上げるライラが、リントヴルムの背に乗ったまま見下ろしているエミルに向かって叫ぶ。

「最後の一体も出し惜しみしないでさっさと出しなさ~い。それとも私に遠慮してるのかしら? そんなんじゃ、私を倒せないわよ~」

 挑発的な彼女の発言に、一瞬で怪訝な表情に変わったエミルが言葉を返す。

「そんな安い挑発には乗らないわよ!」
「そう。それは残念……」

 不気味な笑みを浮かべ、そう呟いたライラの姿が消える。消えた彼女の姿を探し、エミルは地面をくまなく見渡す。

 すると、地上ではなくエミルの直上から声が聞こえてきた。

「ほら、エミル! 私はこっちよ! 出さないなら……出さなかったことを私の奴隷になって後悔なさい!」
「なっ! ライラ――くッ! 眩しい……」

 エミルがその声の方を向くと、ライラは太陽を背にして弓を構えている。思わず、腕で顔を隠すエミルの視界が太陽光によって真っ白に染まる。

 そのチャンスを見逃すことなく、ライラが素早く弦を引き絞り矢を放つ。

「――そ、そんな攻撃!!」

 剣を振り抜いてその矢を落とした次の瞬間。落としたはずの矢が光の中から現れ、エミルの左足の太ももの付近に鋭い痛みが走る。

 痛みに表情を歪ませながらその箇所を見ると、そこには防いだはずの矢が突き刺さっていた。だが、確実に矢は落としたはずだ――間違いなくエミルの手にはその時の手応えが残っていたし、矢も一本しか放ってなかったはずだ。

(なっ、いつの間に……!?)

 左足に刺さった矢に手を掛けると、エミルは強引に太股に刺さっている矢を引き抜く。  

「くあああああああああああッ!!」

 エミルは引き抜いた矢を投げ捨てると、まるで苦虫を噛み潰した様な表情で眉をひそめた。
 それもそのはずだ。今彼女の視界に映る丸いHPゲージ内にある人型の表示が紫色に点滅していたのだ。それは毒を示す表示。そして、その直後からエミルのHPは徐々に減少し始めた。

 エミルの予想では彼女が矢にい使用しているのは麻痺系の効果だと思っていた。いや、敵の動きを止める上で麻痺は有効だ――エミルは剣による接近戦。そしてライラは弓による遠距離戦闘を得意としている為、すばしっこい獲物を捕らえるなら間違いなく麻痺が有効だ。

 しかし、受けたのは毒。毒の効果は継続してダメージを与えられるが、動きを止めることは不可能――つまりはライラはエミルを撃破するのが目的で矢を放ったのではないということだ。

 険しい表情をしているエミルに、ライラが不敵な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「ふふふっ、もう後がないわよ? エミル」
「……くッ! ライラ! どう――」
「――どうやって、あの矢を放ったのか……かしら?」

 言葉を遮って、にっこりと笑みを浮かべそう言葉を返すライラ。

 その全てを悟った様な顔に、エミルは不快感を露わにする。

 この人を食った様なライラの態度が、エミルの戦闘のリズムを狂わせているのは間違いない。だが、それだけでは説明のできない力量差がエミルとライラの間にあるのも事実。

 すでに勝ちを確信したような表情で、そんなエミルに優越感を味わいながら人差し指を立ててライラが言った。

「さっきの攻撃は一矢だけじゃなかったの。その直後にもう一矢を同じ軌道に打ち込んだのよ。普通ならバレるんだけど……角度と太陽の光で流石の貴女でも、全く見えなかったでしょ?」
「……ライラ!!」

 得意げに語るライラに、エミルは感情を剥き出しにして叫ぶ。
 その彼女の怒りは二段階の攻撃を視野に入れて警戒していなかった自分と、この絶望的な状況に対しての焦りのようにも感じられた。

 鋭く睨んでいるエミルにライラは、そんな彼女の感情を逆撫でするかのように。

「そんな顔してたら、せっかくの綺麗な顔が台無しよ? ほら、笑いなさい。私の奴隷なのだから」

 っと、ニンマリと小馬鹿にしたような笑みを浮かべているライラ。

 その直後、エミルは感情に任せ、腰に差していたもう一つの巻物を抜く。その彼女の行動が、明らかに自分を挑発しているものだとエミルにも分かっていた。
 しかし、すでに毒を受けている状況では、どんな奥の手を隠しているか分からない相手との戦闘継続は難しい。

 毒状態のままでは継続してHPを削ぎ落とされていく、今はHPの減少を最小限に抑えるのに集中し、戦闘はドラゴン達に任せるしかないのが現状だ――。

「できれば使いたくなかったけど仕方ないわね……出てきなさい! ヘルソードドラゴン!!」

 そう叫んだエミルが巻物を空中に放り投げる様に広げ、紐の先に結い付けられている笛を鳴らす。

 すると、エミルの目の前に一匹のドラゴンが現れた。その姿は2体のドラゴンとは圧倒的に違う。まるで、東洋の龍を彷彿とさせるその蛇の様に長い体が、空中で風に揺られうねうねと上下に動いている。

 全身を覆う鱗は漆黒に染まり、金色の瞳がギロリと光る。体を流れる様に敷き詰められた鱗の先にある尻尾は鋭利な刃を連想させる。

 もちろん。他のドラゴンのように大きな翼があるわけではない。その体からは黒い煙のような雲がまとわりついていて、神々しいその姿が何とも言えない威圧感を辺りに漂わせていた。

「……遂に出たわね」

 ライラも、その龍の放つ威圧感を肌で感じているのか、身震いしながら空に浮かぶ漆黒の飛龍を見つめていた。

 エミルは召喚を終えると、首に下げていた笛を鳴らす。その直後、3匹のドラゴンが光に包まれ、丸い球体の様な形へと変わる。
 突如として現れたその姿はまるで、空に浮かぶ真珠のように光り輝いていた。いや、もう一つの太陽という感じか……。

 すると、しばらくして中に浮かぶその球体にひびが入り、中から七色の光りが漏れ出す。
 その刹那一気に割れたその球体の中から、ダイヤモンドでコーティングされた大きな翼を持った竜人が現れた。

 それはすでにドラゴンではない。全身をダイヤモンドでコーティングされた美しいまでに光沢を放ったそのボディーは、ドラゴンが人間の姿を模ったものというより、まるでその硬そうな装甲はロボットの様でもあった。

 神々しいまでに光を反射して輝く翼に鍛え上げられた細身の体にドラゴンの頭。それはまさに神話の世界に出てくるドラゴンの神の様だ――。

 そしてその手には、美しい姿には似つかわしくない黒く禍々しいオーラを纏った大きな薙刀状の漆黒の武器が握られている。

 その姿を目の当たりにして、ライラが震える声で呟く。

「――あれが『リントヴルムZWEI』龍神と呼ばれるエミルの切り札……ふふっ、見るのは私も初めてだわ。それにしても美しい……見てるだけで興奮してきちゃう♪」

 ライラは両肩を抱くようにして体の震えを抑えながら熱い視線で空中に浮遊している龍神を見上げている。

 っと次の瞬間、龍神と化したリントヴルムの肩に乗っていたエミルが告げた。

「ライラ、一つだけ言っておくわよ。こうなったリントヴルムは力の抑えがきかないわ。早めに降伏した方が身のためよ……?」
「ふふっ、忠告は聞いておくわ。でも……それは無理ね。貴女は遠慮無く来ていいわよ? 本気で来なさい。エ・ミ・ル♪」

 余裕に満ちたライラの表情に、エミルは不機嫌そうに目を細めて見た。
 今まで対人戦闘でもそれ以外の戦闘でも、この状態のリントヴルムZWEIが負けたことはない。

 ダイヤモンドに覆われた鱗は普段のそれとは比べ物にならないほど強固で、敵の攻撃を通すことはなく。引き締まったボディーは軽量化され速度に秀でていて回避や攻撃速度も従来のリントヴルムとは比べ物にならず。

 スピードを最大限に活かした近接での攻撃も、薙刀と化したヘルソードドラゴンが担ってくれる。
 攻守共に今のリントヴルムZWEIはフリーダムのモンスターの中で、最強と言ってもいいほどに強化されているのだ――プレイヤーが、しかも一人で戦いを挑むことすら馬鹿げていると言ってもいいほどに……。

 その後、呆れた様子で大きくため息をつくと。

「そういえば、貴女はそういう性格だったわね……」

 っと呆れながら呟き、剣の先をライラへと向けた。すると、リントヴルムZWEIの瞳がライラを捉え、持っていた薙刀を構える。

 次の瞬間。リントヴルムZWEIの翼がはためき、物凄い衝撃波と共に物凄いスピードでライラに襲い掛かる。

 リントヴルムは持っていた薙刀を地面に立っているライラへ振り抜く。その直後、辺りに凄まじい爆風と地が裂ける轟音が鳴り響いた。薄い氷が割れる様に、一瞬で地面が一直線に遠くの方まで割れていく。

 攻撃によって新たに作られた巨大な地割れは、それはもはや攻撃というよりも天変地異に近い感じがする。だが、やはりゲームの中、割れた地面はその場から緑色の鈍い光りを放ち直ぐ様修復を開始した。

 エミルは仕留めていない事を確認すると、すぐに辺りを見渡してライラの姿を探す。

 っとその時、エミルの命令なしにリントヴルムZWEIが身を翻した。
 突如動いたリントヴルムZWEIから振り落とされまいと、エミルは咄嗟にその体にしがみつく。

 その刹那、再び持っていた薙刀を振り抜いた。すると、タイミングを見計らったように目の前にライラが現れ。

「――なっ、なんですって!?」

 待ち構えていた様に向かってきた巨大な刃に、彼女も驚いた様子で目を丸くさせている。

 ――グウォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!

 雄叫びを上げながら振るわれた薙刀が、空中のライラを捉えた。 

 さすがの彼女もテレポートで対応できなかったのだろう。かろうじて弓で受け止めたのだが、その勢いに押されてライラの体は軽々と飛ばされていく。

 勢い良く地面に叩きつけられたライラのHPバーが一気に減り、1だけ残して地面に埋まるようにして止まる。

 ライラのHPが『1』になり。お互いのダメージ計算をシステムが始める。直後、エミルとライラのHPバーが全回復してエミルの視界に【WIN】という文字が表示される。

 だが、バトルは終わっても体に蓄積された疲労やダメージが全て消えるわけではない。それがこのゲーム上では【デスペナルティー】の代わりになる。もちろん。曜日を経過すれば取れるものではなく、負傷などのダメージは風呂や宿屋でなければ回復することすらできない仕様のものだ――。

「……くぅ~。いった~」

 痛みに顔を歪ませ、体を押さえながらゆっくりと立ち上がるライラ。

 その彼女の前に巨大な翼をなびかせ、エミルに乗ったままリントヴルムZWEIが着地する。

「私の勝ちね。ライラ約束よ。今すぐ星ちゃんを開放しなさい!」
「ふふっ、しょうがないわねぇ~。分かったわ!」

 ライラは諦めたように両手を上げて言い放つ。

 彼女のその言葉に、今までの緊張が一気に溶けたのか、エミルがほっと胸を撫で下ろす。

(……良かった。これでもうあの子を苦しめなくて済む)

 心の中で安堵していた直後、突如として目の前からライラが姿を消した。

 予想だにしていなかった彼女の行動に驚き、キョロキョロと辺りを見渡すと、上空からライラの声が響いて来る。

「――バトルは貴女の勝ちよ。でも、勝負では私の勝ち…………それじゃ、また2日後に会いましょう。エ・ミ・ル♪」

 ライラは満面の笑みで言い放つと、エミルに投げキッスをした。

 その時、始めてエミルにはこの戦闘の真の意味が理解できた。これは戦う為ではない。エミルが戦闘を仕掛ける様に仕向け、その申し出を受け入れたフリをして、実際にはただ単にエミルを星から遠ざける為だけのものだったのだと……。

 そう。元からライラは勝敗に関係なく、この場を離脱して星とエミルを引き離すことにライラの真の狙いがあったのだ。言うならば、この戦闘は元々何の意味も持たない茶番だったということだ――。

 エミルは目を見開くと、怒りで眉間にしわを寄せてライラに右手を向ける。すると、すぐに反応したリントヴルムZWEIがライラへと襲い掛かった。

「――そうか、そうだったのか……待ちなさい! ライラ!!」

 顔を真っ赤にさせてエミルが叫ぶ。その直後、リントヴルムZWEIの持っていた薙刀が徐々に形を変えた。
 薙刀だった刃は大きく折れ曲がり、その刃を覆う様に吹き出した黒い炎が新たな刃を形作っていく……それはまるで、死神が持つ大鎌の様な形状だった。

 向かってくるエミルを見下ろすように、空中で余裕な表情で微笑みを浮かべるライラ。

「ライラーッ!!」
 
 刹那の速さでリントヴルムZWEIが上空にいるライラへと激突する。

 だが、リントヴルムZWEIが彼女のいた場所に達した時にはすでにライラの姿はどこにもなかった。

「あの……くそ女……最初からそのつもりで……」

 肩を震わせ、エミルは悔しさのあまり拳を強く握り締めている。

 悔しくて悔しくてエミルの瞳から涙が止めどなく溢れ出してくる。

 何よりも憤りを感じていたのはライラではなく、その考えに及ばなかった自分自身だ――星が苦しんでいる姿が、亡くなった妹と重なって冷静さを欠いていた。

 本来ならば、ライラが約束を守るような殊勝な女でないことは、エミルが一番理解していたはずなのだ。
 俯きながら肩を震わせながら、自分の握り締めた手の甲に涙が垂れるのを眺め。その後、エミルは悔しそうに歯を噛み締めると空に向かって叫んだ。

「くそおおおおおおおおおおお!!」

 エミルのどこにも行きようのない悲痛な叫びは、静かで広い空にどこまでも響いていた。


 エミルとの戦闘を終え研究室に戻ったライラは装備欄でボロボロになった服から、肩と胸元の大きく開いて胸だけを覆い腹部を露出した黒のインナーと、その細くてスラッと伸びたモデルの様な脚をピッチリと黒いパンツという私服に切り替えると、その上に白衣を羽織る。

 ライラはモニターの前に座ると、モニター下の操作パネルに手を置いた。

「さて、お仕事の時間ね……」
『ライラ君。彼女はどうしたんだい?』
「ああ、あの子なら今頃――ふふっ、泣きべそかいてるかも♪」

 悪戯な笑みを浮かべたライラが、荒野に取り残されたエミルの泣き叫ぶ光景を想像してくすっと笑う。

 そんな彼女に、モニターの男が言った。

『私が言うのもなんだが、あまり人の気持ちをもてあそぶのはいかがなものかと僕は思うよ』
「あら、この仕事はそういうものだと思ってましたけど? それに嘘は女にとって、涙の次に最大の武器なんですよ?」
『ははっ、そうか。そうかもしれないね……さて、話が逸れてしまったが、そろそろ本題に入ろうか』

 急に真面目な声音に変わった男に、部屋の空気が引き締まる。

 ライラは言葉を返すことなく真剣な面持ちで頷いた。

『私達のこの作業に世界の全てがかかっている。このテロを最小限で終わらせよう!』
「ええ、もちろんです。その為にもこの子にはエクスカリバーを使いこなしてもらわないと……」

 声の漏れないカプセルの中に入って、叫びながら鉄の拘束具をきしませる程に身を反り返す星を見遣った。

『そうだね。今のままでは、この子に負担が大き過ぎる。本来ならこんな小さな子に任せる事じゃないんだけど……エクスカリバーは大空博士と同じ遺伝子系統の人間しか認証しない。あの人は人類の研究の100年先を見ていると言われるほどの科学者だった。彼が生きていれば、こんなハッキング程度でシステムジャックされる事もなかったはずなんだ……』

 モニターの男の声が震えている。

 それは星の父――大空融(おおぞら あきら)は優秀な科学者であり。そんな人物を失ったこと、また自分がまだ彼に追いつけていないことに対しての歯痒さからくるのかもしれない。

「この子記憶の復旧率15%元々残っていた記憶があったのが功を奏しましたね」
『ああ、この子の固有スキルとエクスカリバーとのシンクロ率はどうだい?』
「そちらは変わらず30%を行ったり来たりですね」
『……そうか。少しでもあの子の負担を緩和するように、このプログラムを……』

 忙しなく操作盤を叩いているライラの横にある転送装置にガラス製の注射器が現れた。

 カプセルが開き、中からけたたましい叫び声が部屋中に響き渡る。
 眉をひそめながらライラはナイフで軽く星の細い腕を斬り付けると、激しく暴れていた星が次第に大人しくなり眠りに落ちた。

 その隙に注射器を持つと、気を失いながらも苦痛に顔を歪める星に投与する。すると、しばらくして歪んでいた表情が少しだけ和らぐ……。

 そんな星の安らかな表情を見て、ライラは安堵の表情を浮かべた。

 ライラは星の乱れた髪を整えると、タオルで汗を拭う。

「――ごめんなさいね。辛い思いをさせて……でも、これもエミルの考えを改めさせるのに必要な事だったの。許してね……」

 そう呟くと、星の頭を優しく撫でた。

「……必ず貴女の記憶を全て戻してあげるからね」

 その後、決意に満ちた表情でモニターに向かい忙しく操作盤を叩く。
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