第280話 リントヴルム強襲4

文字数 3,252文字

 虎の子のリントヴルムZWEIを失ったのだが、うつ伏せに倒れていた地面からゆっくりと立ち上がったエミルからは撤退する気配なく、逆に物凄い闘気と殺気を放っている。

 普通に考えれば、減ったとはいえ1プレイヤーが生身で9万の敵を相手にするなど考えられず、常軌を逸した行動であり自殺行為だ――。

 始まりの街の戦いでは星とレイニールが10万のモンスターの軍勢を薙ぎ払ったが、あれは『聖剣エクスカリバー』と『ソードマスター』のステータスを『1』にする能力あってのことで、それがあってこそレイニールのブレス攻撃が何倍にも破壊力を増した。
 しかし、エミルにはそんな能力はない。ドラゴンもテイムしたものしか使用できず、エミルの中でのエースドラゴンはリントヴルムだ――それを失った今、エミルに残された手段は撤退以外にはないはずなのだが……。

 エミルは装備を外すと、代わりに両手にドラゴン召喚用の巻物を取り出す。

 俯いたままのエミルがボソッと言葉を口にする。

「――諦めるわけにはいかないのよ……あの子よりも年上の私達が、あの子を現実世界に戻してあげなでどうするの! これ以上。あの子に辛い思いをさせてどうするのよ!!」 

 叫んだエミルは素早く両手に持ったドラゴン召喚用の巻物を投げ広げると、口に加えた笛を鳴らした。
 目の前にゴツゴツとした岩を体に纏ったストーンドラゴンと、2本の薙刀の様な鋭利な刃の尻尾に背中に無数の大小様々な剣を生やしたソードアーマードラゴンが現れた。

 その後、間髪入れずに再び金色の二頭の鋭利な角を持ったツインソードヘッドドラゴンと、赤い鱗に全身を覆われ、背中には大きな窪みのあるデザートドラゴンが続けて召喚された。

 ソードアーマードラゴンの背中を軽く撫でると、2本の剣が打ち出され、エミルはそれを掴む。

「――無茶でもなんでもやらなきゃいけないのよ……行くわよ。私の自慢のドラゴン達!!」

 そう叫んだ直後、エミルは両手に持った剣を構えて敵の軍団に向かって走り出す。それを見たドラゴン達も続々と突撃を開始した。

 14万もの敵もそれを向かい打つように、エミルとドラゴン達に襲い掛かる。
 まるでアリの群れに角砂糖を放り込んだように、無数のモンスター達がエミル達を一瞬で取り囲む。そこからは、まともな戦いと呼べるものではなかった……。

 圧倒的な体格差があるはずのドラゴン達でさえ、四方八方から無数のモンスターに攻撃され、その膨大なHPを瞬時に溶かされ撃破されていく。そんな中、エミルだけは2本の剣を巧みに操り次々に敵を薙ぎ倒している。

 振り下ろされたスケルトンの片手剣を、左手の剣で受け止め、即座に右手の剣で数発の斬撃を文字通りその骨身に叩き込む。
 続け様の後方からの鋭い突きを、まるで見切っていたかのように体を前に倒してかわすと、身を捻って敵の懐に潜り込んで、素早く数回にわたり斬り付ける。

 スケルトンは光の粒子になって消えると。すぐその直後には、武器を振りかぶった別のスケルトンが視界に飛び込んでくる。

 エミルは振り下ろされた斧を両手の剣で防いだ瞬間、背後から別のスケルトンが振り下ろした剣がエミルの着ていた鎧を直撃した。
 一瞬表情を歪めたエミルに今度は左右からスケルトンの剣が襲い掛かり、その攻撃もまともに受けてしまう。

 得意げにカタカタと歯を打ち合わせて笑うスケルトン達。

 即座にHPゲージを確認し、エミルはそれを目に焼き付けると、前方のスケルトンの斧を弾き返し、体を回転させて両手の剣で張り付かれたスケルトンの剣を弾くと、叫び声を上げながら更に激しく体を回し遠心力を利用して体に張り付いていた敵の体をバラバラに吹き飛ばす。

「はああああああああああああッ!!」

 地面に転がったスケルトンだった骨の破片が光に変わるのを見て、地面に剣を突き刺して回転を止めると、腰に巻いたバッグの中から宝石を取り出し自分の真上に放り投げる。緑色の光がエミルに降り注ぎ、彼女のHPが全回復した。

 エミルは地面に刺していた剣を引き抜くと、その剣先を突き出し声高らかに叫ぶ。

「そんな生ぬるい攻撃じゃ私は倒せないわよ! さあ、亡霊達よ。土に還りたい者から掛かってらっしゃい!!」

 その直後、カタカタと骨を鳴らして向かってくるスケルトン達を、攻撃を受けながらも両手に持っている剣を振り続け、次々に向かってくるモンスター達を撃破していくエミル。

 鎧の上からでも刃を受ければ、相当な痛みを伴う。だが、複数の敵から体に刃を受けても表情ひとつ変えない。傍から見れば、それはまるで痛みを全く感じていないように映るが、痛覚の存在する以上はそんなことはありえない。

 痛みを感じないほど、エミルが集中しているということだろう。守りを捨てて攻撃に特化したのも、彼女が残り14万もの敵を本当に駆逐する気でいるからなのだろう。

 エミルはこの時の為にHP回復、異常状態回復用の宝石をサブバッグの中に相当数用意していた。
 いちいち攻撃に構っていたのでは、撃破数が低下してしてしまう。だからこそ、攻撃に重きを置いた戦闘方法をとっていたのだ――エミルが2本の剣を手に全力で戦うのも、彼女が今回の戦闘にどれだけ懸けているかという現れでもあるのだ。

 いくらエミルでも、一撃でレベル100に固定されたモンスターを撃破するのは無理だ――いや、正確には現実的ではないと言った方がいいかもしれない。モンスターにはそれぞれ弱点とされるウィークポイントがある。FPSで言うところのヘッドショットと例えれば分かりやすいかもしれない。

 その部位を的確に打ち抜ければ、レベルなどのステータスに差がない状態なら、殆どのモンスターを一撃で撃破できる。しかし、それは少数での戦闘か、相手が油断している場合の奇襲だけでのみ成功する。

 圧倒的な戦力差で一方的に襲われている現状では、不可能とは言わないが現実的な方法ではない。しかも、数発打ち込めば撃破できる程度の敵に神経を擦り減らしてまで、一箇所しかないウィークポイントを狙う必要性がないとエミルは判断したのだろう。

 元々基本スキルでスイフトを選択している彼女の敏捷のステータスには若干だが増加している。モンスターにはそのシステムアシストがないわけだから、それだけでも十分なアドバンテージになる。
 両手の剣を正確に敵に振りながら、動作の中で回避可能なものだけは回避し、それ以外は体に当たっても全く構うことはない。いくら体が傷付こうとも、全く攻撃の手は休めないエミル。

 攻撃を受け、隙を見てヒールストーンを使うというギリギリの攻防を繰り返していた彼女も数時間も戦闘を繰り返していると、回復アイテムの残量よりも体力と武器の耐久値が先に尽きた……。

 エミルが鎧を装備したアーマーゾンビを撃破した直後、両手に握り締めていた剣がガラスが砕ける様に砕け散った。

 それを見届け、俯いたまま垂れた綺麗な青い髪の隙間から微かに見える口元には笑みを浮かべている。

「――疲労で腕がもう上がらない。ふふっ、もう。ここまでね……」

 諦めたように両手をだらんと垂らしたまま、地面を見つめると、ふと星の顔が脳裏に浮かぶ。
 普段は絶対に見せない様な満面の笑みで微笑みかけるその顔に、エミルの瞳から涙が溢れ出す。

 全力は出し切って不思議と清々しい感覚がエミルの中を支配している一方で、唯一の心残りがその笑顔を見れないことだった――この戦いが終わって、本当なら星と現実世界に帰る出口の前で星の満面の笑顔が見たかった。

「……私はあの子に、ただ笑ってほしかっただけ……いつも、どこかで距離を置かれていたのが分かっていたから。だから、嘘偽りのないあの子の笑顔が見たかっただけだったのに……これじゃ悲しませちゃうわね。ごめんね星ちゃん……本当に私はダメな姉よね。今そっちに行くわ、待っててね……みさき……」

 覚悟してゆっくりと瞼を閉じたエミルの耳に、突如としてドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。
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