第152話 ライラの正体3

文字数 5,489文字

 エクスカリバーを握り締めた星が、その場で勢い良くジャンプした。

 テーブルに着地した星は剣を構え、エリエに向かってその剣先を向けている。その表情は無表情ながらも、その姿からは闘志が満ち満ちていた。

「――私に抱きつくとは……戦闘の意思があるのですか?」
「いや、ないない。戦闘の意思なんて全然ない! 抱きつくなんて、ただのスキンシップじゃない!」

 剣先を向けられ、エリエは胸の前に小さく両手を上げて必死に頭をブンブンと振った。

 星のその姿は、明らかに何者かが憑依しているとしか思えないほどの別人ぷりだ――慌てふためくエリエに寄り添うようにしていたミレイニが、星を指差して叫ぶ。

「絶対様子がおかしいし! その瞳から、まるで生気がないみたいだし。人形としか――」

 光を失い虚ろな目の星を指差してそう口にするミレイニの口を慌てて覆うエリエ。

 その直後、星がテーブルから勢い良く飛び掛ってくる。

 2人は横に転がりながらかわす。まあ、ミレイニはエリエに後ろから突き飛ばされたかたちなのだが……。

 その後、すぐに転がりながら、咄嗟に星から距離を取った。
 星は虚ろな瞳を2人に向けると、直ぐ様自分の前に剣を構え直す。

「……次ははずさない」

 その直後、エミル達の隣に立っていたはずのライラが自分の腕に躊躇なく注射器を刺した。すると、固有スキルにより一瞬で姿を消して、次の瞬間には星の背後に現れ、彼女の体を羽交い締めにする。

 星は抵抗しようと体を捻るが、両腕をがっしりと掴んでいるライラを振り解くことはできない。
 本来ならば、星の固有スキル『ソードマスターオーバーレイ』で、全ステータスが『1』しかないライラに、皆のステータスからまでも吸収し、自身のステータスを極限まで強化している星を止めることは不可能。

 しかし、今はそれが可能になっているということは、ライラが先程自らの腕に突き刺した注射器の薬液の効果なのだろう。

「放せ! こんな事をゲームマスターである私にして、ただで済むと思っているのですか!!」
「ふふっ、両手を封じられている状況でどうするの?」

 ライラが何をしたのか分からないが、その表情から見て余裕があるのか、微かに笑みを浮かべている。そんな時、星の前にエミルがやってきて困惑した表情で尋ねる。

「――ど、どうしたの? そんな事する子じゃなかったでしょ?」
「うるさい! 皆、戦闘行為を行うなら、私の敵でしかない!」
「落ち着いて! 星ちゃん!!」

 その直後、ライラがわざと腕の力を弱めその腕を振り払った星がエミルに襲い掛かる。

 今の星は記憶が曖昧で、言わば防衛本能で暴れているだけに過ぎない。そんな彼女は目に入るもの全てが、自分に危害を加える可能性がある脅威でしかないのだろう……。

 星がエミルに襲い掛かる光景を目の当たりにして、エリエが大きな声で叫んだ。

「エミル姉危ない!! 星、もう止めてよ!!」
「――ッ!?」

 彼女の声に反応したのか、星の振り下ろした剣がエミルに当たる寸前で止まった。
 寸止したままプルプルと震える手で握っている剣が、カタカタと音を立てている。

 次の瞬間。再び星の背後、テレポートしたライラの手に握られていたナイフの先端が星の腕に軽く触れた。すると、星は崩れるように地面に倒れ。今までのことが嘘の様にすやすやと寝息を立てている。

 ライラはそれを確認して安堵のため息をつくと、持っていたナイフをしまった。

 驚いた様に目を丸くさせている皆を見ると、ライラが軽々と星を抱き上げる。

「さてと……」
「ちょっと! 星ちゃんをどこに連れて行くの!?」

 血相を変えてエミルがライラの服を慌てて掴む。立った状態でライラは、前を向いたまま視線を合わせることなく告げた。

「さっきは一本しかない薬でこの子の能力を無効化したけど、これはもうこの世界にはないの……だから、私達の組織のラボに連れて行くのよ」

 ライラは振り返って笑みを浮かべると「心配なら、貴女も付いてらっしゃい」と呟き、エミルの視界が一瞬真っ白な光りに包まれる。

 次に視界が戻ると、そこは研究室のような場所で当たりには精密機器やモニターが並んでいる。そう。そこはダークブレットの基地の中で、ライラと出会ったエリエが一度訪れた場所だった。

 不思議そうに辺りを見渡すエミルを余所に、ライラは星を抱き抱えたまま、モニターの前に歩みを進めた。彼女の後をエミルも急いで追いかける。

 ライラがモニターの前に立つと、モニターが突然起動し、そこに大きな『X』の文字が現れる。
 直後。操作盤の上の壁に掛けられた巨大なモニターから声が聞こえてきた。

『――おお、ライラ君。どうだったんだい?」
「ええ、ミスター。ミスターの予想通りでした。この子は記憶が消えているというか……まだ深層心理の中では、記憶がしっかりと残っています。まだ自我が残っている今なら完全復旧できそうですわ」
『そうか……さすがは博士の娘さんだ。ならば、さっそく作業を始めよう!』
「ええ」

 そのやり取りを聞いていたエミルが、その会話に割り込むように声を発した。

「ちょっと待って! 話が全然見えないのだけど……星ちゃんになにする気!?」
「……エミル。貴女も見たでしょ? この子は今、記憶を失われている。エリエや貴女が襲われた事で、もう分かったと思うけど……」
「それが何? 所詮はゲームの中でだけのことでしょう?」

 ライラは不思議そうに首を傾げて聞き返してくるエミルに目を向けると、呆れながらため息を吐く。

 それを少し不機嫌そうに眉をひそめながらエミルが見つめる。その直後、ライラが徐ろに口を開く。

「いい? これはゲームであってゲームではない。言わば、もう一つの世界なの。だから、こちらで失われた物は向こうでも失われてしまう。不思議だと思わない? もうこのゲームが開発されて数年経っている。けど、どうしてVR系のゲームがこれ一本しかないのか……」
「そ、そんなの。単にこのゲームが人気過ぎるからでしょ? 本来RMTを採用しているゲームの方が珍しいもの。だから他のメーカーが参入し難くなっているだけだと思うけど?」

 怪訝そうに眉をひそめながらエミルが答えると、ライラはその返答に呆れたように首を振った。

「不正解よ。それはこのゲーム事態がゲーム会社ではなく。ある機関で開発されたものだからよ。その研究は世界的に注目されている新時代の技術。そしてミスターは、その開発者にして考案者なのよ」
「これはゲームではないの!?」
『いや、ゲームだよお嬢さん――しかし、ゲームと言うよりは『近未来の移住型システム』と言うべきかな? これがあれば、死者も意識の塊として、このゲーム内で永遠に生きる事ができる。まさに禁断のゲームだ……』

 モニター越しの男の声は妙に緊迫した感じで、本来なら信じられないようなその内容をエミルは素直に受け入れることができた。

 そしてその直後、モニターの男が予想だにしていなかったとんでもないことを言い放つ。

『もちろん。実際に開発したのは私だが、その考案はその子――星ちゃんのお父様が考えたものだ。大空博士の作ったこのシステムは、全身の水分に直接電気信号を乗せて、脳の海馬に自然なかたちで刺激を与える事に成功した。対象者の記憶と意識を一時的に分離する――皆は記憶転移だと言っている【メモリーズ】を利用した技術だ』

 その話を聞いてエミルは驚愕する。

 だが、それも無理はない話だ――素人のエミルが聞いても、そのシステムの内容は危険極まりないものだったからだ。
 確かにフリーダムのメインハードはブレスレット状という大掛かりなものではなく、簡易的なシステムと言わざるを得ない。

 本来は脳波に何らかのアプローチを行うに適しているのは、頭をすっぽりと覆うヘルメットタイプが一般的だと思っていた。しかし、その設計を行う段階でヘルメット型じゃ脳にダメージが大き過ぎるということが分かった。微量の電磁波でも頭痛や吐き気がきてしまう……それを解消する為に、元々体に流れている電気信号に一定の刺激を与え続けることで催眠効果を得られる様にしたのが、あのブレスレット型のハードなのだ。
 
 注射の時に針を皮膚に刺すとその痛みが脳に記憶として刻まれる。それはその程度の痛みでも人間の脳にある海馬を刺激できるということの現れでもある。だが、注射針程度の刺激でも脳は活性化して覚醒状態になってしまうという。しかし、適度な電気をリズミカルに体に流せば、その逆に心地良さを覚えて人は睡眠状態に入る。
 
 それを利用したのがブレスレット型のハードであり、光と特定の周波数の信号を送ることで一種の催眠効果を与えて記憶を抜き取ることを可能にし、その記憶をデータ化して別の機械に一時的に保存することで機器同士の転送を可能にしたのである。

 だが、記憶を一時的に分離する。という部分だけ切り取って聞いても身の毛もよだつものだ。
 それは言うなれば『体を必要としない不死の技術』そして『メモリーズ――記憶転移技術』によって分離した記憶と、クローン技術で生み出した身体を合わせれば、何度でも人生をセーブしてやり直せるということに他ならない。それはまさに、聖職者にしてみたら神に唾吐く行為なのだ――。
 
 驚きを隠せないと言った表情のエミルに、モニターの中の男の話す声が響く。

『もちろん。博士はそのような事を望まなかった。それが原因で人類の未来を破壊する訳にはいかないと、食物連鎖の中で、人は無限に生き続けてはならないとね』

 その時、ふとエミルの頭に疑問が浮かぶ。

 それは――。

『ならば、どうして星の父――大空博士はメモリーズのデータを削除しなかったのか……そして、どうしてそんな危険な技術をゲームなんていう大衆の娯楽に利用したのか……』ということだ……。
   
 これは開発者である博士の考えがあってのこと、エミルにはいくら考えてもその真意を理解できないものなのだろう。

 本来ならば、厳重に隔離しなければいけないような技術なのは明白であり、それを隠蔽するどころか、あろうことか包み隠さずにゲーム制作の材料として利用させている。

 こんなことは常識的にあってはならないのだ――だがそれも1つ間違えれば、反乱が起き兼ねない。

 エミルはその疑問を素直にモニターの越しに男に尋ねた。

「……どうして、そんな重要な技術を【FREEDOM】のゲームシステムに利用したんですか?」

 彼女のその質問にモニター越しの男が答える。
 
『それは簡単だ。博士が命を狙われていたからさ――博士は国の機関で研究者として働いていた。そして【メモリーズ】と言われる特殊な電気信号の数値を発見したんだ。だが、国はその研究を政治や軍事開発に利用しようとした。彼等にとっては、開発者にしてそれに異を唱える博士が邪魔だったのだろうね。そこで博士は我々の組織に、研究内容の保護を個人的に依頼してきたのさ。このゲーム開発と一緒にね。博士は言っていたよ「この技術はまだ人類には早すぎる。この世から争いがなくなるまでは、隠蔽しておかなければならない」と。しかし、研究データと共に消えた博士の行為は国としては裏切り行為と取られたんだろうね……博士を狙う人間は更に増えた。そして、博士はこのゲーム開発に乗り出したんだ。博士は言ってたよ「木を隠すなら森の中。データを隠すならデータの中。そしてそれが多くの人の目に触れる場所ならば尚の事、手を出し難くなる」てね!』
「なるほど。それでゲームに……なら、貴方達の組織とは……?」

 核心に迫る彼女の質問に数十秒の沈黙の後、モニター越しから再び言葉が帰ってきた。

『国連の組織……としか言えない。彼等はどこにでもいて、今も私達科学者の技術を狙っている。戦争を起こす為にね……』

 モニターから顔を見せない彼のその言葉を聞いて、急に重苦しい空気になった。

 それも当然だろう。急に『戦争』という物騒な単語が出てくれば、緊迫した雰囲気になるのは当然であり。それはまるで、雲を掴む様な話になってくる。
 顔を見せない人物の言葉を真に受けていいのか、騙されているのではないのかと困惑した表情のエミルはそう考えていた。

 正直。眠っている星を除けばライラ、エミルの2人しか彼の姿を見るものはいない。元々顔を知っているであろうライラを除けばエミルのみだ――いくら用心の為とはいえ、顔を見せて話をしないというのは、少し不誠実と言わざるをえないだろう。

 怪訝な顔でモニターに大きく写る『X』の文字を見ているエミル。

 すると、その不穏な空気を感じ取ったライラが声を上げた。

「でも、ミスターは信用に足る人物よ。良く考えてみて? 新規参入したばかりの、しかも疑似体験型のゲームなんて何の暴動も起こらずに世界規模で流行ると思う?」
「確かに、今考えて見ればそうね……確かに小さな反対運動はあったけど、左程大きな騒動は起きなかった気がするわ」

 顎の下に手を当てて考える素振りをしているエミルに、ライラが言葉を続けた。

「ただ、我々は貴女達の敵ではないわ」
「……あんな事されて。今更、信じられるわけ無いでしょ? ライラ」

 鋭く睨むようにライラの顔を見たエミルに、ライラもさすがにバツが悪いのか眉をひそめている。
 確かにそのエミルの言葉は最もだ。普通に考えれば、襲われた相手に信用してほしいと言われて、はいそうですかと信じられる者など居るはずがない。

 ライラは小さくため息をついて、真剣な面持ちでエミルの顔を見つめた。
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