第129話 アジトへの潜入4

文字数 4,563文字

 それからしばらくの間。窓のない漆黒の闇の中、どこまでも続く長い階段を進んで行くと、サラザの脇に抱かれていた少女が言った。

 遠慮しながら、サラザの顔色を窺うように……。

「あの~。そろそろこの縄を解いてほしいし…………ねぇ~」
「ダメ」

 そのお願いをサラザではなく、エリエが即座に否定する。

 早すぎるエリエの返答に、少女は不服そうに頬を膨らませ声を荒らげた。

「なんで!? てか、もうちょっと考えてから言ってほしかったし!」
「だって、あなたが逃げないとは限らないでしょ? だから我慢して……」
「我慢できないし~」

 さすがに我慢の限界なのか、少女は無理やり縄を解こうと、これまでにないほど身悶える。
 まあ無理もない。下の階からおそらく30分以上は歩き続けている。彼女は星よりも年上だが、その精神年齢の方は星よりもずっと幼いのだろう。

 普通ではない。異常とも言える日々を生きてきた星と、平凡に何も考えることなくわがままを言って生きてきた年相応の子供の忍耐力では耐えられる限界を等に超えていた。

 足をバタつかせる少女に、エリエはむっとしながら手に縄を持っている。

 エリエが縄を少女の目の前に突き出すと、思わせぶりに笑う。

「……言う事が聞けないなら、もっと縛るわよ?」
「えぇ~。理不尽だし! 横暴だし! あたしは絶対逃げないし! 信じてほしいし!」

 少女は必死に謝まったが……。

「……うん。やっぱり縛っておこう。サラザお願い……」
「う~ん。確かに暴れて持ちにくいし。ごめんなさいね~」
「えっ!? いやっ! やめてほしいし!!」

 必死の抵抗むなしく。手足だけ拘束されていた体を更に雁字搦めに縛ると、まるで少女はミノムシの様だ――。

「……もうありえないし……あたし。これからどうなるの?」

 少女は瞳に涙を浮かべながら、上目遣いにエリエに尋ねた。

 その視線を受け、エリエは若干頬を赤らめながら咄嗟に目を逸らす。

「どうもしないけど……でも流石にやり過ぎたかも?」
「今頃気が付いたのか? 我輩は黙って見ておったが、これではどちらが悪者か分からんのじゃ」
「あはは……だって、なんだかこの子って、無性にいじめたくなるんだよね~」
 
 レイニールは腕を組んで少し呆れながらそう呟くと、エリエは苦笑いしている。
 それを聞いて少女は、まるで助けを求める怯えたアザラシの様な瞳で近くにいたガーベラ達を見る。

 ガーベラと孔雀マツザカが聞かれないように小声で話し始めた。

「あの子もそうだけど、サラザもSだからなぁ~」
「とりあえず。わたーし達はあまり触れない方がいいザマス」
「そうだな。そうしよう……」

 2人は少女から視線を反らせると、少女は項垂れながら「理不尽だし……」と小さく呟く。
 すすり泣きながら、すっかり静かになってしまった少女を余所に、一行がしばらく進んでいると行く手に光が射してきた。

 だが今回は無闇矢鱈に飛び出すことをしない。

 エリエ達は一旦その場に立ち止まり、前の部屋で捕まえた少女に尋ねた。

「この先は誰が守ってるの?」
「……えっと、確か……」

 彼女はエリエの質問に頭を捻って、必死に思い出そうとしている。
 前の部屋に少女がケルベロスと一緒にいたということは、次の部屋にも何かが待ち受けていると考えるのが自然だろう。

 思い出そうと首を捻っている少女に、焦れたエリエがイライラし始めた。

「ほら、早く!」
「ちょっと、急かさないでほしいし!」
「ふ~ん。なら暇つぶしにほっぺでもつねろうかな~」
「あっ、嘘です! ごめんなさい!」

 少女は悪戯な笑みを浮かべ、手をわきわきと動かしているエリエに、慌てて首を振って答える。

「ドラゴンです! 確かドラゴンだったと思うし!!」
「うんうん。いい子には、ご褒美にほっぺをつねってあげようね~」
「ちょっ!? 話しがふがうひ~!!」

 エリエは楽しそうに満面の笑みで、少女のほっぺたを引っ張っている。

 それを見て、サラザが呆れ顔で言った。

「エリー、その子で遊んでないで。突破する方法を考えないと」
「……うぅ~。ひほいひほはひだし~」
「あっ! そうだった!」
 
 エリエは少女の頬から手を放すと、顎に手を当て考え出す。
 ただ実際、彼女から引き出した『ドラゴン』という漠然とした情報だけでは作戦の立てようがない。エミルが居れば少しはドラゴンの弱点なんかを知っていたかもしれないが……。

 少女は縛られている為、赤くなった頬を撫でることもできず。

「扱いがあんまりだし。はじめからやりなおしてほしいし~。うわ~ん!」

 っと、泣き出してしまった。

 そんな少女に、作戦を考えていたエリエが不機嫌眉をピクピクさせ大声で叫んだ。

「もう! わんわんうるさいなぁ~!! あっ、そうだ! この子を囮に使って、その隙に駆け抜け――」
「――エリ~? さすがに、やっていい事と悪い事があるのよ~?」

 それはさすがに酷すぎると思ったのか、サラザがむっとした顔で眉を寄せて彼女をたしなめる。

 エリエは表情を曇らせ「分かってるよ~」と頬を膨らませた。

 その時、ガーベラが口を開く。

「サラザ。チームを分けて、基本スキルのスイフトの者が敵の注意を引きつけている間に、タフネスのメンバーで一斉に叩くっていうのはどう?」
「そうね。それが一番――」
「――待つのじゃ!」

 ガーベラのその意見にサラザの言葉を遮って、レイニールが物申す――。

 レイニールは金色のツインテールを揺らしながら、スタスタと先頭に出ると腰に手を当て偉そうに告げる。

「星龍の我輩を忘れてもらっては困るのじゃ! 我等が星龍はドラゴン族の中でも超一流。そこらのドラゴンなど、一瞬で蹴散らしてやるのじゃ!」
「それはダメだよ。君みたいな可愛い子に……そんなことはさせられないわよ~」
「――ッ!?」
 
 驚いて目を丸くさせているレイニールの肩を、ガーベラのゴツゴツした手ががっしりと掴んできた。だが、レイニールが驚いたのは、何も肩を掴まれたからではない。

 驚いた本当の理由は、突如ガーベラの口から発せられたオカマ言葉だった。

「なんじゃ? 変な声を出して……」
「はっ! ……どうしたんだ? 驚いたような顔をして……」

 2人は無言のまましばらく互いに顔を見合わせると、レイニールがカーベラの手を振り払い声を上げる。

「とにかくじゃ! 我輩に任せておけば良いのじゃ!」
「だからダメだって!」

 自信満々に胸を叩くレイニールを、再びガーベラが止める。
 それはまさにイタチごっこで、レイニールが「任せろ」と言えば、ガーベラは「ダメだ」と言う繰り返しで一向に話が進まない。

 そんな押し問答が続いているのを見て、エリエとサラザが彼等を放置したまま話を続ける。

「でも、スイフトって私と他に誰がいるの?」
「そうね~。私はタフネスを選択してるし……孔雀マツザカはどう?」

 2人は無言のまま、腕を組んで立ち尽くしている孔雀マツザカの方を向く。

 孔雀マツザカは無言で、口元に微かな笑みを浮かべ親指を立てた。それを見て、サラザとエリエは希望に満ち溢れた表情で頷く。

「なら、私と孔雀マツザカさんが先に突入して、サラザとレイニール。ガーベラさんで……」

 その直後、サラザに抱えられている全身を縄でぐるぐる巻きにされていた少女が声を上げる。

「あたし! あたしもスイフトだし! 協力するから、この縄を解いてほしいし!」

 ここぞとばかりに、声を大にして熱い視線をエリエに送る少女に向かって、エリエは素っ気なく視線を逸らす。

「ああ、あんたには聞いてないから……」
「そ、そんな~。ひどいし、あんまりだし……なら、あたしはどうしたら解放されるんだし~」
「う~ん。全部終わってエミル姉の城に着いたら?」

 エリエのその言葉を聞いて、頬を膨らませて不服そうに言った。

「いや~。放してほしいし! てか、さっきからあなたのせいで、あたしの中のあなた達への信用度がガタ落ちだし!」
「ほぉ~」

 そう言い放った少女に、エリエは不敵な笑みを浮かべると、手をわきわきと動かしている。

 少女はエリエのその表情を見て、怯えたように顔を引き攣らせた。その直後、やはりエリエによって少女の頬が引き伸ばされ。

「ほうほう。そもそもあんたに拒否権はないんだけど~?」
「――いはい、いはいひ~。あはひであほぶのやめへほひいひ~」
「本当にあんたは楽しい子ねぇ~」

 少女の頬を引っ張って笑っているエリエを見て、サラザが普段とは明らかに違うエリエを不安そうに見つめている。

 いつもデイビッドと言い争いなどをしていたエリエだったが、今日の彼女はそれに輪を掛けて激しい。

 っと言うか星への態度もそうだが、普段の彼女は年下に優しいはずなのだが……。

「……エリー?」
「んっ? なに? サラザ」

 頬を引っ張ったままエリエが振り返る。

「エリー。あなた……星ちゃんの事が心配でたまらないんでしょ? だから、その子で気を紛らわしている――違う?」

 サラザのその言葉を聞いて、驚いた様な表情のエリエは、咄嗟に少女の頬から手を放した。 
 核心に迫る問い掛けに動揺を隠しきれず、エリエは慌てて視線を逸らす。

 それもそうだろう。サラザの言ったことは殆ど真実に近い。
 どうしても目の前で星を誘拐され、為す術なくそれを見ているしかなかったエリエには、言葉では言い表せないほど責任を感じていた。

 いい意味でも悪い意味でも彼女は真面目なのだろう。どうにかなりそうな心を少しでも何かで紛らわせることで、平静に保とうとしてじゃれ合っているとしか思えない。

 そんなエリエに、サラザが言葉をぶつける。

「……現実から逃げても。あの子は戻って来ないわよ? エリー」
「サラザ! それ以上言わないで!!」

 エリエは咄嗟に耳を塞ぐと、その場に座り込んだ。

 そんな彼女の肩を掴むと、サラザが叫ぶ。

「いいえ、私は何度でも言うわ! エリー、現実逃避をしてはダメよ! しっかり現実を見て!」
「――分かってるよ! でも……でも……カレンにデイビッド、カルビさんまで居なくって……エミル姉も来ないし。この子も星の情報を全く知らない。全然思い通りにいかないのよ……私はどうしたらいいの……」

 項垂れた彼女の頬を大粒の涙が伝う――。  

 エリエにとって、今回の作戦は星を助け出すだけという容易な考えしかなかった。しかし、実際にふたを開けてみると全く違っていた。

 まあ、あれだけのことが一度に起これば誰でも混乱するし、端から彼女の頭には、仲間を失うという想定はしていなかったのだろう。

 だが、結果は次々に襲い掛かる敵に、次々に消えていく仲間達。
 そして、アジトへの侵入には成功したものの。一向に終焉が見えない現状に、彼女の頭の中では最悪のシナリオが渦巻いていた。

「……あの時、私が星を外になんて連れ出さなければ……あの時、私が檻さえ破壊出来てれば……こんな事にはならなかったのに!」

 そう呟くと、エリエは怒りに任せ握り締めた拳を地面を強く叩きつけた。

 その姿を見ていたサラザが表情を曇らせていると、地面に置かれた少女が口を開く。

「……情けないし」

 泣きながらどこにもぶつけようのない憤りを地面に吐き出しているエリエを見ていて、毒づいた少女の言葉に、エリエの体がぴくっと反応する。
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