第356話 太陽を司る巨竜19

文字数 2,893文字

 ライラが差し出した剣を訝しげに見たエミルが、ライラの目を見て言った。

「どういうつもり?」
「あら、この剣に見覚えはないの?」

 エミルはもう一度剣の方を見ると、剣にはドラゴンの顔の様な装飾が施されていた。エミルはこの剣に見覚えがある。それは忘れもしない。星に初めて渡した剣……竜王の剣だったからだ――。

 剣を見つめていたエミルがぼそっと呟く。

「……竜王の剣」

 その言葉を聞いたライラは満足そうな笑みを浮かべ。

「――そうよ。これは竜王の剣、あの星の龍であるレイニールを召喚した剣……でも、それはこの剣にレイニールが宿っていたわけではない」
「――ッ!? そんなバカなッ!! なら、どうして星ちゃんがレイちゃんを召喚できたって言うの!?」
「そんなの簡単でしょ? なにを使っても最初の発動でレイニールが出るようになってたのよ。たとえ、初期装備のショートソードだったとしても……。あの二体はあの子をサポートする為に博士が作ったものよ」

 それを聞いたエミルは驚き、目を丸くしている。

 自分と同じドラゴンを操る能力。それを星は初期状態で、すでに保有していたことになる。しかも、レイニールはエミルの持っている中でも最強クラスであるダンジョンボスに相当するリントヴルムよりも、更に強力なドラゴンだ――。

「あの子がピンチになった時、固有スキル『ソードマスター』が発動する様になっていた。レイニールが召喚されれば、殆どのモンスターとの戦闘で勝利できる……そう。大空博士は考えていた。でも、それはルシファーがいなければの話――だけど、状況は大空博士が想定していた以上に進んでしまった。あの子の固有スキルはレイニールを召喚した時点で、発動を制限されていた……理由は分からないわ。でも、我々がそれを解除して、あの子のゲームマスターの力を戦力にした。それはゲームマスタースキルである『オーバーレイ』がそれだけ強力なスキルだからよ。そして、この剣はそのスキルを初めて使った武器。これにあの子の力でそこのドラゴンを封印する!」

 だが、ライラの言葉を聞いたエミルは訝しげに彼女の顔を見つめているだけで口を開こうとしない。

 そして両手に持った剣を鞘に収めると、ライラの持っていた剣を受け取る。しかし、今まで毛嫌いし敵対していたライラの口車に乗ったかたちを取ったエミルに、イシェルは困惑した様子で叫ぶ。

「なんでなん!? その女の話を信じるん!?」

 イシェルの言葉にエミルは一瞬だけ星の方を見て無言で頷くと、イシェルも呆れた様子でため息を漏らす。
 その様子からイシェルはエミルのやりたいことが分かった様だったが、それは付き合いが長いイシェルだからであり。彼女の表情からはエミルが何をしようとしているのか、読み取ろうとしているのか察することはできない。

 エミルは竜王の剣を手に、ライラに向かって尋ねる。

「もしもこの剣にあのドラゴンを封印できたとして、それをレイちゃんみたいに再び使えるようにできる?」
「できるけど……今のままでは無理ね。侵食されているプログラムを変更しないとまた暴走するだけよ」
「……変更しないとってことは、できるってことよね?」

 すると、エミルの疑問にライラは不敵な笑みを浮かべ「当然」と答えた。
 その返答を聞いたエミルは頷くと、ライラに「再利用できるなら協力してあげる」と告げ、ライラに赤い鱗の巨竜を封印する方法を聞き出した。

 それによると、竜王の剣を持って星が固有スキルを発動するだけでいいらしい……。

 ライラから剣を受け取ったエミルは膝を折って、星と視線を合わせると。

「貴女が固有スキルを使って、この剣にあの赤いドラゴン封印して頂戴……」

 エミルはそのことを星に伝えると、持っていた剣を彼女に向かって差し出す。

 だが、星は柄の部分を自分に向けて差し出しているエミルの持つ竜王の剣を見ているだけで、一向にその剣を受け取ろうとしない。

 まあ、それも無理もないだろう。エミルとライラが勝手に話を進めていただけで、星はその話に割り込む余地などなかった。

 それにもかかわらず。急に剣を渡され、目の前に横たわる巨大な赤いドラゴンをその剣に封印しろと言われても納得できるわけがない。だが、それは普通ならばの話で――少し躊躇はしたが、星はその申し出を断るわけがなく……。
 
「……分かりました」

 星はエミルの持っている竜王の剣を受け取ると、エミルの言っていた通りに素直に固有スキル『ソードマスター』を発動させた。本来ならば『オーバーレイ』も発動するのだが、それは星の腰に差されている『エクスカリバー』を手にしている場合のみ。 

 星の持っていた竜王の剣の刃がいつもの様に金色の光を放つ。
 直後。竜王の剣の刃と同じく地面に横たわっていた赤い鱗の巨竜の体が金色に輝き、その巨体が徐々に光の粒子へと変わり剣へと吸い込まれていく。

 赤い鱗の巨竜の体を全て竜王の剣へと吸収させホッとした様子で息を吐くと、突如として凄まじい歓声が周囲に巻き起こる。
 それに驚いた星が振り返ると、エミルが微笑みを浮かべていた。その後ろには多くのプレイヤー達が集まっていて、振り返った星の剣を持つ手を掴んで、その手を高らかに掲げさせて周囲にいた者達に向かって叫んだ。

「――あの無敵の巨竜は、この『剣聖』がこの剣に封印したわ!」

 すると、周囲から更に大きな歓声が上がった。しかし、そこに周囲の群衆を掻き分けてメルディウスと紅蓮が星達のところまでくると、メルディウスが轟く歓声の中で声を大にして叫ぶ。

「お前ら! 街と命の恩人にする称賛には、まだまだ声が小さいぞ!! 俺の声が聞こえないくらいまで叫べ!!」

 その声に応えるように、地面を大きく揺らすほどの歓声が上がる。
 もちろん。歓声だけではそうはならない。声を張り上げているプレイヤー達の殆どがその場で拳を突き上げて荒波の様に不規則にジャンプしていたのだ。

 星は空気を震わせるほどの歓声と、大地を揺らすほどの地響きに恐怖を覚え、思わず目を瞑った。

 すると、星の剣を持っている腕から手を放し、エミルがその肩に両手を置いた。
 
「――どうして目を瞑るの?」

 優しい声音でエミルがそう尋ねると、星は震えた声で呟く。

「だって、声が……それに地面も揺れて……」
「……怖い?」

 優しく返ってきたそのエミルの言葉に、星は無言で頷いた。

 それを聞いたエミルはにっこりと微笑みを浮かべると、怖がる星に向かってささやく。

「これは全部貴女が起こしたことなのよ? この声も地響きも全部。そして、貴女が努力して得た結果でもある……」
「――努力した結果?」

 星は目を開いてエミルの顔を見上げて尋ねると、彼女は無言のまま大きく頷く。
 そんな彼女を見て、一度は目を背けた星だったが、再び歓声を上げるプレイヤー達を見ると不思議とさっきまでの恐怖は感じられなかった。それどころか、彼等から伝わる熱気が自分の胸を奮い立たせるような感じさえしていた。
 
 湧き上がるその感情に、星は驚きを隠せないのか「これが私に……」と持っていた剣の柄を握る手に力が籠もる。
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