第130話 アジトへの潜入5

文字数 4,606文字

 今までの態度とはまるで別人のように、少女は俯き加減で冷たく言い放つ――。

「――なんだか、もっと待遇いい所に連れて行ってくれそうだから我慢してたけど……もういいし。切り裂け……」

 少女が小声でそう呟いた瞬間。一陣の風が吹き荒れ、少女の全身を縛っていた縄を切り落とす。
 自由になった少女は徐ろに立ち上がると、その肩に今までいなかったはずの小さな白い毛並みのイタチが乗っている。

 その場にいる全員が驚いて目を丸くさせていると、少女は不敵な笑みを浮かべながら告げる。
 
「これでもあたしはダークブレットの幹部だし。今までのは全部暇つぶしの演技だったんだし」
「――演技にしては、マジ泣きしてたけど……?」

 得意げに語っていると、エリエがそう言って首を傾げ、少女は赤面させながら叫んだ。

「うっ、うるさい! ちょっと手こずっただけだし! ……もう。ギルガメシュが寝てるから悪いんだよ?」

 少女は肩に乗っていたイタチの顎を撫でながら小声で叱る。イタチは怒られていることなど微塵も感じさせず、嬉しそうに少女の顔に頬擦りしていた。

少女は指差すと、その場に居る者全員に、堂々と言い放つ。

「いいか、よく聞くし! あたしは百獣の王の異名を持つミレイニ様だし。凄腕のビーストテイマーのあたしにかかれば、あんた達なんてけちょんけちょんのぎったんばったんに……」

 自慢げに右腕を突き出して喋っている最中、ミレイニの前にエリエがチョコレートを差し出す。

 少女はエリエの差し出したチョコレートに飛び付くと。

「これくれるの?」

 っと、瞳をキラキラさせてエリエの顔を見上げた。

 見下した様に、口元に不敵な笑みを浮かべたエリエが突如指を鳴らす。その直後、後ろに回り込んだサラザがミレイニの腕をがっしりと掴む。

「うわぁ~! 放せ! 放すんだし!」
「……ふ~ん。ミレイニって言うんだ。それで私達なんて……なんだって?」
「あわわわ……お、お姉さん。目が、目が怖いし……ほんのじょうだ――」

 手をわきわきさせながら悪魔のような笑みを浮かべ見下ろすエリエに、ミレイニの顔から血の気が引いていく。

 っと次の瞬間。エリエがミレイニの頬を思い切り引っ張る。

「いふぁい~。はおが、ほびひゃうひ~」
「……ごめんなさいは?」
「ごへんなはい! ごへんなはい! ごへんなはい!!」

 瞳に涙を浮かべながら、必死に謝るミレイニ。

 その姿を見てエリエは小さくため息をつくと、ミレイニの頬から手を放した。隙を見てサラザの手から逃れ直ぐ様。その場から走って離れるとエリエの手の届かない場所に移動する。

 ミレイニはつねられた頬を撫でると、ビシッと指差し不機嫌そうに目を細めている。

「……もう。鈍すぎだし! あたしがその星って子を助けて上げるって言ってるんだし!!」
「……えっ!?」

 驚いているエリエに向かって少女は自信満々に言い放つ。だが、正直な話。お菓子1つで買収されるミレイニをどうしても頼もしいと思えない。
 今までの行動や言動を見ていると、あまりにも幼すぎると感じるし、それどころかドラゴンを操る人間にお菓子をチラつかされれば、一瞬で寝返りそうだ――。

「この上の階にいつのは氷雪系のドラゴンが待ってるはずだから、あたしが先に突っ込んで敵を惹きつけてやるし!」
「ちょっと待ちなさいよ! あんたじゃ向こうに寝返る可能性の方が高いでしょ!?」
「寝返らないし!」
「いや、寝返るかもしれないし!」
「…………」

 エリエがミレイニの言葉を真似ると、ミレイニはあからさまに不機嫌そうな表情で。

「なら。寝返るし……」
「ほぉ~」

 彼女の返答に目を細めて両手をわきわきさせながら、エリエがミレイニに迫って来る。

「――ッ!? いや、あの。今のは言葉のあやだし! てか、手をわきわきするのやめてほしいし! 目も凄く怖いし!」

 怯えるミレイニに迫ると、エリエはわきわきと動かしていたその手でミレイニの頬を引っ張った。

 手足をばたつかせているミレイニにエリエが告げる。

「……ほら、ごめんなさいは?」
「ごえんなふぁい! ごえんなふぁい!!」

 ミレイニが瞳を涙で潤ませながら必死に謝ると、エリエはため息混じりに呟く。

「はぁ~、もういいわ……とりあえず。あなたは私の側から離れないこと。分かった?」

 その言葉にミレイニはそっぽを向いて答える。

「あたしは百獣の王だし。あんたなんかに守ってもらう必要なんて、別にないし……」
「……なんですって~?」
「ごえんあはい! ごえんあはい!!」

 泣きながら再び頬を引っ張られているミレイニを見て、肩に乗っていたイタチが呆れながら地面に降りた。

 エリエが頬を引っ張っていた手を放すと、ミレイニは地面に座り込んで。

「ぐすっ……ひどいし……あんまりだし……あたしのほっぺはアコーディオンじゃないし……」

 何度もエリエに頬を引っ張られたことでトラウマになりつつあるのか、両手を頬に当ててミレイニは地面に顔を伏せて泣きべそをかいている。

 頻繁に頬を引っ張られていれば、警戒心が強くなるのは当然だ。そんな主人の横でイタチがぺたっと主人の顔に手を当てた。

「とにかく。ミレイニは私の言う事を聞くこと! 妹がお姉さんの言う事を聞くのは当然なのよ?」
「……妹!? あたし、いつから妹になったし!?」

 突然エリエの口から出た『妹』という言葉に驚き、身を起こしたミレイニが自分のことを指差している。

 エリエはミレイニの肩を掴むと、彼女の顔をじっと見つめる。

「……そんなの最初からに決まってるじゃない。ミレイニはなんだか他人な気がしないんだよね」
「本当!? 本当にあたしの事を妹だと思ってるんだし? だったらもっとあたしに優しくしてほしいし! お姉ちゃんなら、妹に優しくするのは当然だし。お菓子くれるのも当然だと思うし!!」

 ミレイニはにっこりと微笑むと「だから、さっきのチョコレート頂戴」と両手を差し出した。
 その直後、エリエの方からブチッ!という音が聞こえ、ゆっくりとミレイニの元に歩いてくる。

 目の前にまで来たエリエは、笑顔で両手を前に突き出しているミレイニに低い声で告げる。

「チョコ上げるから、その『し』て語尾やめなさい……」
「無理だし。これは癖みたいなものだから、今更治らないし。それより、チョコほしいし~♪ チョコチョコ~♪」

 チョコレートを貰えると思っているのか、上機嫌でいるミレイニの頬をエリエが引っ張る。

「……そういう時は無理じゃなくてまずは『努力します』なの! はい。ごめんなさいは?」
「ごえんなふぁい! ごえんなふぁい! ごえんなふぁい!!」

 両手をばたつかせ、ミレイニは瞳を涙を潤ませて謝ると「よろしい」とエリエが頬から手を放した。

 潤んだ瞳で両手で両頬を擦っているミレイニに、エリエはチョコレートを渡す。

 ミレイニはそのチョコレートを受け取ると、一瞬の間に外側の紙を破って口の中に頬張る。その様子から見て、おそらくすでにエリエに怒られたことなど気にしていない。

 いや、すでに遠い過去の出来事の様に感じているのかもしれない。

「やった~。我慢してたぶん……ふおくおいひいひ~♪」

 今までにないほど幸せそうな表情で、チョコレートを頬張っているミレイニの頭をエリエが優しく撫でた。

 ほっぺたいっぱいにチョコレートを詰め込んだミレイニは、まるでリスの様だ――。

「いい子にしてたらお菓子くらいいつでもあげるから、私の事はお姉ちゃんって呼びなさい」
「もぐもぐ……うん。分かったし! なら、あたしの事はミレイニ様って呼ぶといいし!」
「ええそうね。ミレイニさ……」

 ミレイニがさらっと口にしたその言葉に、ふと我に返ったエリエがむっとしながら彼女の頬を引っ張る。

「――えぇ? どうして私が、あんたに様を付けなきゃいけないのか、納得いくように説明しなさいよ……」
「いはい、いはいひ~」

 どうやら、お姉ちゃんと呼ばれて上機嫌になっていたエリエも、ミレイニの言葉をスルーしてはくれなかったようだ。

 エリエは目を細めながら、不機嫌そうに笑みを浮かべミレイニに告げる。

「……ごめんなさいは?」
「ごえんなふぁい! ごえんなふぁい!」

 何度も同じことを繰り返すミレイニに、わざとやっているのではないかと思いながら、エリエはため息混じりに心の中で呟く。

(はぁ……これで生意気じゃなければ、星と一緒で可愛いのに……) 

 そんなやり取りの最中に、後ろからサラザが声を掛けてきた。

「なんだか楽しそうな時に悪いんだけど~。そろそろ先に進みましょ~?」
「あっ、ごめんね!」

 エリエはミレイニの頬から手を放すと、サラザの方へと身を翻す。

 その横で未だに押し問答を続けているレイニールとガーベラを見て、大きなため息を漏らしたエリエがサラザに向かって口を開く。

「どうする? このままここにいてもらちが明かないし……追っ手も心配だし。早く上の階に行こ」
「そうね~。でも……」

 そう呟き、もめているレイニール達とチョコレートを口の中で、ゆっくり溶かすようにして食べているミレイニを見た。

 確かに、この状況では上の階で待ち構えているというドラゴンの討伐なんて難しいだろう……。

 ドラゴンは最強の部類のモンスターに設定されている。そんな強敵相手に、武器もなくこれだけの人数で挑むのはリスクが大きすぎる。

 大きなため息を漏らす2人に、ミレイニがチョコを頬張りながら腰に手を当て口を開く。

「ふぉふふぃ――」
「――ミレイニ。いいから、チョコを飲み込んでから喋りなさい」

 もごもごと口の中にチョコレートを含んだ状態で喋り始めたミレイニに、エリエは呆れながら顔を押さえると、ミレイニはごくんと飲み込んで再び口を開いた。

「あたしに任せてほしいし!」
「……は?」

 突然そう言い出したミレイニに、エリエは不思議そうに首を傾げた。

 それもそうだろう。ミレイニはビーストテイマーと言うことだから、固有スキルも動物系のモンスターを使役することなのだろうが、先程目の当たりにしていたケルベロスは下の階に残してきていた。

 っと言うよりもミレイニだけを強引に誘拐してきたのだが……。

 それはとりあえず置いておくとして、もしもまだ凶悪なモンスターを所有しているにしても、ドラゴンと渡り合える獣系モンスターなどこの世界にはそうそう存在しない。

 前にも説明した通り、ドラゴンはこのフリーダムの中でも最強クラスのモンスターに設定されており、ミレイニの操る動物系のモンスターと一線を画す。

 動物系にもそれなりに強いモンスターはいるものの、ドラゴン系と比べると数段ランクが落ちると言わざるを得ない。

 なのだが、ミレイニは勝利を確信したかのように、真っ平らな胸を誇らしげに前に突き出した。
 自信に満ちた表情でミレイニは力強く胸を叩くと、今度は手を前に突き出す。

 ゆっくりと瞼を閉じ、全神経を集中させる。すると、彼女の指にはめられていた漆黒の玉が中央にあしらわれている黄金の指輪が光りを放つ。

「いでよ! 炎帝レオネル! アレキサンダー!!」

 そう叫んだミレイニは、指輪をはめている方の手を今度は天に掲げる。

 直後、真上に黒い渦が発生し、その中から青い炎の鬣をまとった白毛のライオンが現れた。

 ――ガオオオオオオオオオオオオオッ!!

 現れたライオンは天に向かって、けたたましい咆哮を上げた。
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