第69話  ファンタジー9

文字数 5,635文字

 エリエが危機に陥っていたその最中、エミル達も危機的状況に陥っていた。
 その原因はレイニールが巨大化した影響で、エミル達の周りには高レベルの敵が集まってきてしまったからだ。

 エミル達の前には剣と皮鎧をまとった相当な数のゴブリンの群れが立ち塞がっている。
 おそらく。森を守る兵隊のような存在のモンスターなのだろう。その全てがエミル達を威圧するようなピリピリとした雰囲気を醸し出していた。

「Lv40のナイトゴブリンがこんなに……これはまずいわね。星ちゃんを一刻も早く助けないといけないというのに……」
「これはちょい状況が良くないな~。でも確か幻獣王キマイラを倒せば、敵は統率を失って打壊するはずやよ。まあ、うちがなんとかしてみるわ~」
 
 無数の敵の奥にいるキマイラを一瞥して、イシェルは神楽鈴を数回鳴らすとキマイラに向かって右手を突き出した。

 それを見たエミルが慌てた様子で叫んだ。

「イシェだめよ! 星ちゃんに当たったらどうするの!?」

 エミルのその言葉に、イシェルは不敵な笑みを浮かべると「それならそれで好都合や……」と小声で呟く。
 空気を振動させる神楽鈴の音色が辺りに響いた直後、鋭い空気の刃と変わった衝撃波がキマイラに向かう。

 だが、そのエミルの心配はすぐ無駄な心配だったと思い知らされることになる。

 ――ガオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 キマイラはその凄まじい咆哮でイシェルの放った攻撃は容易く掻き消された。

「イシェの衝撃波を衝撃波で掻き消した!?」
「そんな……うちの攻撃が効かへんなんて……」

 イシェルはその光景を見て愕然としている。
 無理もない。彼女からしてみれば、今の攻撃が渾身の一撃だったのだろう。

 だが、エミルにはショックを受けているイシェルよりも、捕らわれたままの星のことが気がかりで仕方がなかった。

 それもそうだろう。モンスターを呼び寄せてしまうドラゴンを使えない以上。エミルには遠距離攻撃手段はなく、近距離戦闘も目の前の武装したゴブリンの大群をなんとかしないことには始まらない。しかも、キマイラに捕縛されている星の体力はもう限界が近い――。

(――どうする!? 星ちゃんのHPのがもう半分を切ってる。このままあの子が意識を失えば、全身の力が抜けて一気にHPの減少が加速しかねない。でも、このナイトゴブリン達を放置することもできない。放置すれば、キマイラとの戦闘中に背後から挟撃される。けど……ナイトゴブリンを倒してからじゃ、確実に手遅れになる!)

 エミルは苦痛に表情を歪ませている星を見つめ、額に汗を浮かべながら、必死にこの状況を打壊する方法を思案していた。 

 その時、サラザの声がエミルの耳に飛び込んでくる。

「エミル! ここは私達に任せて。あなたは星ちゃんの救出に専念しなさい!」
「サラザさん。何を言っているの!? いくらあなたでもこの数は……」

 そう口にしたエミルに向かってサラザが声を荒らげた。

「私を舐めるんじゃないわよ! あなたは星ちゃんを守るんじゃなかったの? あんたの覚悟は、あんな大きな猫の化け物に阻まれるようなものだったの!?」

 サラザは敵に視線を移し、バーベルを手に「ここは任せて行きなさい」と口元に優しい笑みを浮かべ、エミルに向けて力強く親指を立てた。

「サラザさんの言う通りですよ。ここは俺達に任せて行ってください! エミルさんはなんとしても星ちゃんを助けてあげてください!」
「そうよ~。きっと星ちゃんもあんたの事を待ってるわよ~。エミル」
「――カレンさん。サラザさん……」

 2人のその言葉を聞いて、エミルは瞳を潤ませている。

 イシェルはそんなエミルの肩を叩くと、耳元でそっとささやいた。

「……行ってエミル。あの子もエミルが助けてくれると信じてるはずやよ」
「ええ、分かった。イシェ、皆。ここは任せるわ!」

 エミルはイシェルにそう言い残して、持っていた剣を握りしめると、一目散にキマイラに向かっていった。 

 そんなエミルの背中を見送りながら「妬けるなぁ……」と小声で呟き、敵に神楽鈴の先を向けた。

「待ってて星ちゃん。必ず私が助けるから!」

 エミルは剣を顔の横に構えて全速力で走ると、無我夢中でキマイラに飛び掛かった。

 キマイラはそんなエミルを待ち構え、大きな瞳を彼女に向けている。 

「はああああああああッ!!」

 ――ガオオオオオオオオオオオッ!!

 エミルが飛び掛かったと同時に、キマイラも地面を蹴って飛び掛かってきた。

 自分に向かって襲い掛かってくるキマイラを見据えながらも、エミルは終始冷静だった。

(キマイラのレベルは100だけど、HPはそれほど多くはないはず。速度も私の方が圧倒的に速い!)

 エミルは状況で空中で剣を素早く逆手に持ち変えると、キマイラの角を目掛けて腕を突き出した。

 剣は角に直撃したが、エミルの剣は硬く鋭い角に容易く弾かれる。しかし、それでいいのだ――何故なら、それがエミルの本当の狙いだったのだから……。

 エミルは角に弾かれた勢いを空中で体を捻ることで吸収し、その反動を利用してキマイラの後方に移動する。その後、素早く剣を持ち直し。星を捕まえたまま、ゆらゆらと微かに揺れる尻尾の蛇目掛けて剣を振り抜いた。

「ええええええいッ!!」

 すると、その瞬間に蛇の体に切り目が入り、暴れた尻尾が地面に崩れ落ちていく。

 エミルは素早く剣を鞘に戻し、空中に投げ出された星を両手でしっかりと抱きかかえる。
 地面に着地したエミルは、自分の腕の中でぐったりとしている星に声を掛けた。

「――遅くなってごめんなさい。星ちゃん大丈夫?」
「はぁ……はぁ……はぁ……だい、じょうぶ……です」

 エミルの腕の中で荒い息を繰り返しながら、星は掻き消えそうな声で小さく呟いた。

「はぁ……はぁ……迷惑かけて……ごめんなさい……」

 それを聞いたエミルはにっこりと微笑みながら首を振ると。

「――良く頑張ったわね。後は……ゆっくり休んでなさい」
「……はい」

 星はゆっくり頷くと、すぐに気を失ってしまう。

 するとそこに、レイニールが慌てて飛んできて側にくるなり、レイニールは星の顔を覗き込んだ。

「――主!! 我輩が居なくなったから……申し訳ないのじゃ~!!」

 レイニールはそう叫んぶと、顔を涙でぐしゃぐしゃにして星の胸に顔を埋めながらわんわん泣きじゃくっている。

 エミルは星を木の陰に下ろすと、キマイラを鋭く睨んだ。

「レイニールちゃん。これを使って星ちゃんを回復して、あなたはなるべく星ちゃんの側に居てあげて……」
「……分かったのじゃ!」

 エミルは持っていたヒールストーンをレイニールに渡すと、レイニールは決意に満ちた表情で頷いてエミルの顔をじっと見つめ「武運を祈るぞ」とささやく。
 その顔を見たエミルはにっこり微笑むと、レイニールの頭を撫でて再びキマイラの元に向かっていった。
 
 近くでは倒れたナイトゴブリンの腹にバーベルを叩き込んだサラザが、辺りを見渡して言った。

「エミルにかっこつけたのはいいけど、さすがにこの数はきついわね~」

 サラザは持っていたバーベルでナイトゴブリン薙ぎ払うと、横で戦っているカレンに弱音を吐く。

 その弱音を聞き逃さなかったカレンが交戦中の敵を正拳突きで吹き飛ばし、小馬鹿にした様な笑みを浮かべて言った。

「……なら、今度は助けてくれ! っと、叫び声でも上げてみますか?」

 挑発するようなカレンの言葉を聞いて、サラザは口元に笑みを浮かべ小さな声で呟く。

「あら~。生意気な子ね……そこまで言って、もし私よりも倒した数が少なかったら、た~ぷりおしおきしてあげるわ~」
「――それは怖いので、俺の方が確実に多く仕留めますよ!」

 拳を握り締めたカレンはそう言い残して、うごめく無数の敵の中に向かって躊躇することなく突っ込んでいった。
 しかし、ナイトゴブリンは見えているもの以外は、多くが森の中の物陰に隠れており。まだどれだけの敵が残っているのか、正確な体数は確認できない。

 そんなことを理解しているのか、勢いに任せて戦っているのか分からないが、カレンが手当たり次第に己の拳で粉砕していく。それを見たサラザも彼女に負けじと、バーベルを振り回しながらカレンに続いた。 

 その頃、イシェルも2人から少し離れたところで、敵を惹きつけながら戦っていた。

「咆哮を上げるキマイラとの戦闘はうちにはできひんけど……こん程度の低レベルな敵なら、うち1人でも余裕なんよ!」

 イシェルはそう叫ぶと神楽鈴を鳴らし、巻き起こした旋風で自分の周りの敵の群れを起こしたかまいたちで細切れにして一掃する。

 そんな仲間達の奮闘もあり、エミルはキマイラとの戦闘だけに集中できた。
 それでもキマイラは強く、休みなく斬り付けるエミルの攻撃は、なかなか致命的なダメージを与えることができない。

 何故なら……。

「はあああああああッ!」

 エミルは叫び声を上げながら勢い良く地面を蹴ると、臆することなく自分よりも数倍あるキマイラに飛び掛かる。
 直ぐ様。キマイラは宝石の様に青い瞳で冷静に判断すると、復活して増えた3匹の尻尾の蛇を鞭のようにしならせて迎え撃つ。

 エミルはその蛇を全て斬り落とすと、キマイラの頭を攻撃しようと再び剣を振り上げた。だが、すぐにキマイラの咆哮で起こした衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
 どんなに接近しても、咆哮によって弾かれてしまう。これでは一向にらちがあかない。まずは、キマイラの口から放たれる衝撃波を何とかしないことには、エミルに万に一つも勝機はない。

 また、問題は衝撃波だけではない。ついさっきエミルに斬られたキマイラの尻尾も、すぐに再生して4匹に増えてしまった。 

 先程から何度エミルが飛び掛かって斬り落としても、すぐに再生されて尻尾ばかり増えてしまい。肝心のキマイラ本体には全くダメージを与えられていない。しかも、尻尾を切った所でキマイラのHPバーには変動は見られず。そのことをかんがみても、キマイラ本体を攻撃しなければダメージは通らないらしい……。

 でも弱音を吐いてはいられない。各部屋ごとに区画されたダンジョンと違って、ここではフィールドボスはどこまでも付いてこられる。

 もちろん。出現場所からある一定の距離まで引き離せれば、自動的に消滅して元の出現場所に現れる。
 まあ、敵に背を向け逃走するなんて愚策はこの状況下では使えない。もし背を向けて付いてこなければ、仲間達に襲い掛かっていく危険性すらある。

 何としてもこの場で、目の前のキマイラを撃破する以外に、エミルに手は残されていないのだ。

 更に攻撃を試みるも、再び尻尾に阻まれ衝撃波に吹き飛ばされたエミルは空中で体勢を立て直すと、地面に無事着地して直ぐ様、キマイラの方へと視線を移す。

 だが、その表情から疲労の色は隠しきれず。

「はぁ……はぁ……これじゃ、いくら飛び込んでもらちがあかないわね……」 
 
 キマイラの尻尾もすぐに再生し、5匹にまで増えてしまった。
 尻尾に揺らめく5匹の蛇を見つめ、小さく呟いたエミルは眉間にしわを寄せて目を細める。

 その時、エミルの横にデイビッドが現れた。

「――デイビッド!?」
「エミルすまない。正宗の使用者登録に手間取って遅くなった……だが、もう大丈夫だ!」

 デイビッドは刀の先をキマイラに向けると、自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。

「星ちゃんを助けるのはエミルに先を越されたが、こいつは必ず倒す! エミル、俺ができるだけ敵を惹きつける。その隙に背後から攻撃しろ!」

 だが、その作戦は再びキマイラの尻尾に阻まれ、みすみす敵の尻尾の蛇を増やすことに繋がりかねない危険なものだ。
 エミルがそのことを伝えると「分かっている」とだけ短く言葉を返し、デイビッドは険しい表情で「奥の手がある」と不敵な笑みを浮かべる。

 彼の言う奥の手とは何かは分からないが、この現状ではもうデイビッドの言った『奥の手』とやらに懸ける以外にてはなさそうだ。

 仕方なく頷いたエミルに、デイビッドも微笑み返して頷く。
 直後。雄叫びを上げたデイビッドは刀を構え直し、キマイラに睨みを利かせている。

「了解! 頼んだわデイビッド!」
「おう! 任せておけ!」

 エミルの声に応えるように叫ぶと、デイビッドの刀の刀身が突如として赤い光りを放った。

 その光りに吸い寄せられるように、サラザ達と交戦していたナイトゴブリン達が、突如光りの玉へと変わり、正宗の刀身へと吸い寄せられる様に集まってくる。それと同時に刀身は赤黒い炎を宿し、デイビッドの視界の中に。

【アマテラス発動可能】

 っと大きく表示された。

 これがデイビッドの言っていた『奥の手』だ。トレジャーアイテムの武器には、それぞれ個々にスキルが付属されているものがある。

 デイビッドはその表示を見て、それが何かも分からぬまま技名を叫ぶ。

「――これがどういうスキルかは良く分からないが、やるしかない! 焼き尽くせ! アマテラス!!」

 デイビッドが刀をキマイラに向かって振り下ろすと、その炎が地面を辿ってキマイラの元へと一直線に向かっていく。

 キマイラはそれを咆哮で吹き飛ばそうと、再びけたたましい鳴き声を上げた。

 だが炎霊刀 正宗から放たれたその赤黒い炎は勢いを衰えるどころか、咆哮の衝撃波を巻き込むようにして、更に激しく燃え上がる。それはまるで、赤黒い炎そのものが敵の攻撃を吸収しているかのように見えた――。

 キマイラは予想外のことに、AIの処理が追い付いていないのか、その場から動かない。

 次の瞬間、デイビッドが刀身から放った赤黒い炎はキマイラに容赦なく襲い掛かった。

 ――ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 炎は当たった直後に、天に届くかと思うほどの火柱を上げ、キマイラの体を包み込むと最後の咆哮を上げて、キマイラの巨体が音を立てて地面に崩れ落ちた。
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