第90話 名御屋までの道中

文字数 4,358文字

                * * *


 足早にマスター達が千代の街を出てから、すでに半日が経っていた。

 どこまでも続く道を、馬の手綱を握り締めた彼等が颯爽と進んで行く。その時、マスターを先頭に進んでいた一行の中から、突如として叫ぶ声が聞こえた。

「あーにーきー! もう僕疲れたー、少し休もうぜー!」
「全くだらしねぇーな。男なら少しは我慢しろ! じじいも紅蓮達も文句言わないだろうが!」

 馬の上で上を向いて、弱音を吐いた小虎にメルディウスが叫ぶと、小虎は不満そうに渋い顔をする。

 そのやり取りを見ていた紅蓮がメルディウスの横に馬を着けると、彼に聞こえるようにわざとらしく。

「……私も少し疲れたかもしれません。少しでいいから休めたらなぁ~」

 その言葉を聞いたメルディウスはチラッと紅蓮の方を見て、仕方ないという顔で頭を掻きながら告げた。

「じじい。まだ先は長いんだろ? ここらで少し休もう!」
「ん? ああ、構わんが、さっきと言ってる事が違く――」
「――うるせぇー。さあ、休むぞ!!」

 ツッコミを入れられたメルディウスは顔を赤く染めると、そっぽを向いて乗っていた馬の背から飛び降りた。

 木漏れ日が降り注ぐ中。5人は木陰に紅蓮の敷いたシートの上に腰を下ろすと、紅蓮がアイテムの中から飲み物とサンドイッチを取り出し、順番に配り始める。

「どうぞ、マスター。私が作ったんですけど、上手くできているか……」
「うむ。すまない紅蓮」

 マスターは紅蓮からサンドイッチとコップを受け取ってにっこりと微笑んだ。

 そんな2人の様子を見ていたメルディウスは、不機嫌そうに貧乏揺すりをしながらマスターのことを睨んでいる。

「メルディウス。どうしましたか? そんな怖い顔して……疲れました?」
「い、いや。何でもないんだ。ちょっと目にゴミが入ったからよ」

 目にゴミが入ったフリをして、腕で顔を擦って見せる。

「はい、メルディウス。あなたの好きなお肉をたくさん入れておきましたよ」
「お、おう! ありがとう!」

 紅蓮は大きな肉の塊がはみ出しているサンドイッチを差し出すと、メルディウスはそれを照れながら受け取って、そのまま大口を開けて噛み付いた。

(やっぱり紅蓮は俺の事を考えてくれてるんだな。それだけでいいんだ。今はそれだけでな……)

 心の中でメルディウスがそう頷いて紅蓮の方を見た。
 メルディウスの思いを尻目に紅蓮は「そんなにお腹空いてたんですか?」と首を傾げている。

 だが、この時の紅蓮は『メルディウスは怒らせると後で面倒だから』くらいの考えしかなかった。
 そんな紅蓮の隣に座っていた白雪が、彼女にそっとおにぎりを差し出す。

「紅蓮様。これは私が作った握り飯なのですが、良かったら……」
「はい、いただきます。ありがとう、白雪」

 小さな手で紅蓮は差し出された握り飯を受け取ると、上目遣いに白雪の目を見上げる。

「い、いえ。任務ですから!」

 白雪は嬉しさからか瞳をキラキラさせながら背筋を伸ばしてそう叫ぶと、おにぎりを手に紅蓮は「任務?」と小首を傾げた。

 そんな堅苦しい彼女に、紅蓮が優しく語りかける。

「白雪。そんなにかしこまらなくていいんですよ? 皆仲間なんですから」
「いえ、私は紅蓮様を守る事が全てですので、私の事など気にかけていただかなくても大丈夫です」

 すぐにそう言葉を返す白雪の顔を見て、紅蓮は言葉を続けた。

「……私は固有スキルのおかげで死なないですから、心配いりませんよ? それより、私は白雪の方が心配です」
「ですが紅蓮様のスキル『イモータル』には、1時間使用したら5分のインターバルを取らなければいけないという致命的な欠点があります」
「それはいつも言ってますが、5分なんてあっという間です。そんなものデメリットにもなりません。自分でなんとかしますし……」

 それを聞いた白雪が「ダメです!」と声を上げて立ち上がる。

 驚きもせずに紅蓮は白雪の顔を見上げた。

「紅蓮様は普段から、攻撃を避けるのが得意ではないではありませんか!」
「……ですが、攻撃をする際には、敵にも隙がうまれやすくなりますから」
「そうですね。紅蓮様はそれでいいのです。私が紅蓮様を必ずお守りします!」

 白雪は紅蓮を守り切る決意を新たに、拳を握り締めた。
 熱意の篭った彼女の瞳に、紅蓮は諦めたのか小さく息を吐いた。

 守ってもらえるのは嬉しいが、それで仲間が危険に陥るならば、それは本末転倒だ――だが、紅蓮は『まあ、危ない時は守ってあげればいいですね』と心の中で呟き、パクッと手に持っていたおにぎりに噛み付く。

 その直後――。

「――はッ! 誰ですかッ!?」

 紅蓮は背後に気配を感じて、袴の内側に忍ばせていた短剣を抜くと身を翻すと、そこには涎を流しながら、立ち尽くしている小虎の姿があった。

「……小虎? どうしました。突然後ろに立って」

 小虎は武器を向けられていることなどお構いなしに、その視線は紅蓮の出したサンドイッチに釘付けになっている。

「姉さんの……サンドイッチ……」

 小虎は生唾を呑み込むと、まるで餌を目の前に待てをさせられている犬の様に純粋な瞳で箱に入ったサンドイッチを見つめていた。

 まあ、一番最初に休みたいと言ったのは彼であり。流れで、結果的に一番最後に回されるかたちになった小虎は、もう我慢の限界だったのだろう。

「ああ、小虎にはまだ渡していませんでしたね。どうぞ」
「わーい。姉さんありがとうございます!」

 小虎は差し出されたサンドイッチを掴むと、待ちきれなかったのか一気に口の中に頬張った。

「――んぐ!? んんんんんんッ!!」

 突然、口をもぐもぐと動かしていた小虎が、急に両手足をばたつかせながら苦しみ出す。
 それを見た紅蓮は冷静に飲み物の入ったコップを小虎に手渡すと、彼はそれを勢い良く飲み干した。

 小虎は喉に詰まらせた物をやっとの思いで飲み込むと、ほっとしたように息を吐く。

「はぁ~。死ぬかと思った……」
「小虎が焦って食べるからです。そんな事しなくても、たくさん作ってきたので心配いりませんよ?」

 紅蓮はそう告げると徐にコマンドを操作し、アイテムの中から更に箱を取り出して、小虎に見える様に蓋を開ける。

 中を覗き込んだ小虎は、喜びのあまり声を上げた。

「――これはたまごサンドじゃないですか!!」 
「はい。小虎が前に好きだと言ってましたから、食べますか?」

 紅蓮はたまごサンドがぎっしり詰まった箱を突き出して首を傾げて尋ねる。

 小虎は「食べます!」とその箱の中からたまごサンドを掴むと、美味しそうに頬張った。

「さふがはねえふぁん……ふぉいひいれす!」

 紅蓮は口の中に頬張ったままもごもごと喋ってる小虎を見て、呆れ顔で小さく息を吐くと。

「分かりましたから、ゆっくり食べて下さい。そんな事では、また喉に詰まらせますよ? それに口に物を入れて喋るなんてお行儀も悪いです、小虎」
「もぐもぐ………はい!」

 仲が良さそうな2人のやり取りを見ていたマスターが微笑みながら「まるで姉弟だな」と呟く。

 それとは対照的に、メルディウスと白雪の2人は、その様子を不機嫌そうに見つめていた。

「小虎の奴。紅蓮に迷惑かけやがって……今度稽古つけてやる時には、みっちりしごいてやる!」
「紅蓮様を独り占めして――う、うらやましい……」
「はぁ……」
(こやつらにも困ったものだ……)

 小さい声でぼそぼそと呟いているメルディウスと白雪を見て、そう心の中で呟いたマスターは苦笑いを浮かべていた。

 それからしばらく休息を取った後にそれぞれ出した馬に跨る。
 前の馬は使用限界がきてしまった為、今乗っているのは別の馬である。

 馬を呼び出す笛は各町の道具屋で買うことができ、値段も3000ユールくらいなのでそれほど高額なものではない。
 駆け出しのプレイヤーには厳しい金額だが、ある程度のプレイ歴があるプレイヤーならば、3個は持っているのが当たり前のアイテムである。

 この後もロケットの切り離し方式の様に、次々と使用限界のきた馬を乗り換える予定となっていた。
 今向かっている名御屋まで、まだまだ先は長い。あまり一箇所でゆっくりしている時間はないのだ。

 先頭のマスターはマップで現在地の位置を確認して小さく呟く。

 それは地図に乗っている『始まりの街』という記載が理由だった。

「ここからもうしばらく行けば、始まりの街か……カレンはしっかりやっているかな」

 マスターは口元に微かな笑みを浮かべると、馬に跨ったまま彼の掛け声を待っている。

 馬を後ろに向けると、手綱をしっかり握り締め、マスターが声を張り上げて叫んだ。

「それでは出発するぞ!!」
『おー!!』

 マスターの言葉に合わせるように、全員が腕を空に突き上げながら声を上げる。
 その声の直後馬の蹄の音とともに、再び名御屋へと向かって進み始めた。


 数時間後。森の入口付近まで来たところで辺りが暗くなり始めたこともあって、森に入るのは明日にした方が懸命である。と言う話でまとまり。完全に日が落ちるまでの間、マスター達は今夜野営る場所を探していた。

 野営に適した場所を見つけると、テントの設営や夕食の準備などで、皆忙しなく動き回っている。その時、どこからともなく女性の悲鳴の後に「助けて!」という声が数回聞こえてきた。

「……じじい!!」
「うむ!」

 それに直ぐ様反応したマスターとメルディウスが、互いの顔を見合わせて静かに頷く。

 そして、すぐにマスターは紅蓮達の方を振り返り叫んだ。

「お前達はここで待て! 儂とメルディウスの2人で様子を見てくる! ゆくぞ!」
「おう!」

 2人は野営の準備の為、一度はしまった武器を再び装備するとその声の方へと顔を向ける。
 今にも走り出そうとしたその時「待ってくれ!」という小虎の声が耳に飛び込んできた。

 振り返ったメルディウスが小虎の方に視線を向ける。

「小虎どうした?」
「僕も、僕も一緒に連れて行ってくれ兄貴!」

 そう叫ぶと、決意に満ちた瞳で小虎はメルディウスの顔を見つめている。

 メルディウスはそんな小虎から顔を逸らすと、大きな声で怒鳴った。

「ばかやろう! お前がここに残らないで誰が紅蓮を守るんだよ!」
「だ、だけど兄貴!」

 言い返そうとした小虎に、メルディウスが背を向けながら言葉を続けた。

「――女を守ってやるのは男の仕事だって教えただろ! それに、これが俺達を誘き寄せる為の罠とも限らねぇ……なに、俺達の心配はいらねぇー。お前達の大将はそんなに軟な男じゃねぇーだろ?」
「……兄貴――了解っす! 姉さんの事は僕に任せてくれよ!」

 小虎は力強く胸を叩くと、メルディウスは微かに笑みを浮かべた後。待機させていた馬に跨ると、マスターと共に森の中へと駆けていった。
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