第98話 2人で外出4

文字数 5,581文字

 エリエは矢を掻い潜りながら、サラザの店へと全速力で走っていく。

 物凄いスピードで駆け抜けるエリエの背中で、星とレイニールは必死にエリエの体にしがみつくと、エリエが急に方向を変えた。だが、サラザの店は表通りからの一本道だったはず――。

「エリエさん。サラザさんのお店に行くんじゃないんですか?」
「うん。そのはずなんだけど……なかったはずの場所に壁ができてるの」
「……壁?」

 星が前を向き直すと。突然、目の前に壁が現れ、その都度エリエが方向を変える。

 だが、現れる壁が徐々に早まっていく。

(……これは、誰かに誘導されている?)
「エリエさん! このまま進んじゃダメです!」

 そう叫んだ星に、必死に走り回るエリエが声を荒げた。

「だったらどうするの!? このまま大人しく捕まるわけにはいかないんだよ!?」
「……うーん」

 確かにどんなに逃げ続けても、このままではいつか壁と敵に前後を挟まれて終わりだ。

 なにかいい方法はないかと星が唸っていると。その直後、エリエの服にしがみついていたレイニールが声を上げた。

「主! 我輩が時間を稼ぐ。その間に主はこやつとさっきのオカマーズの元へ行け!!」
「でも……それじゃレイが!」

 星が心配そうな表情をすると、肩にしがみついていたレイニールは星に微笑みを浮かべてエリエの肩を叩いた。

「――主を頼むぞ!」
「ええ、必ず助けに行くから……」
「うむ。期待しておるぞ~」

 深く頷いたレイニールはそう告げると、走っているエリエの体から手を放した。

 空中でクルクルと前転をした後、空中でピタッと止まり、星とエリエを追ってきている者達にレイニールが叫ぶ。

「我輩の主はやらせんのじゃ! お主達の相手はこの誇り高き星龍。レイニールがしてやろうッ!!」

 大声で名乗りを上げるレイニールの体は巨大化し、追手の前に立ちはだかった。
 追手達は突如として目の前に現れた黄金の巨竜に、ただただ面食らっている様子だ。

 そんな彼等に炎を空高く吹き上げ、レイニールの大きな瞳がギロリと彼等を見据えた。

 黄金の巨竜を見上げたまま立ち止まっている彼等にレイニールが声を荒げた。

「――覚悟は良いか? 雑魚ども!! メテオフレアー!!」

 そう咆哮を上げた直後。レイニールの口から先程のものとは比べ物にならない炎が広範囲に吹き出して、次々と追手の者達を焼き払った。

 彼等は断末魔の叫び声を上げ、キラキラと光となって消えていく。
 それはこの世界から消える時にのみ、発生するエフェクトそのものだった。

 だが、これは明らかにおかしい……以前。エミルのリントヴルムでは炎で焼き尽くされた男達はバトル終了時HPが回復し復活していた。

 っということは、レイニールはゲーム上ではモンスター扱いになっているということなのだろうか……。

 思いのほか早く片が付いたレイニールは再び小さくなり、先に走っていった星達を追いかけた。


                 * * *


 レイニールの体を張った足止めのおかげで、追手を巻くことに成功した2人はサラザの店へと急ぐ。

 今まで雨の様に降り注いできていた矢がなくなり、それだけで進むのは断然楽になった。

(矢が飛んでこなくなった……レイ……)

 星は心配そうに後ろを振り返るが、もうそこにはレイニールの姿はない。

 悲しそうな表情の星が涙を呑んで前を向き直す。
 
 本当は今すぐにレイニールの元に戻りたい。しかし、ここで戻ったらレイニールの体を張った行動が全て無駄になってしまうと星は分かっていたからだ。

「エリエさん! 急いでください!」
「分かってる! ここを抜ければサラザの店よ!」

 エリエはその声に応える様に、更に速度を上げた。

 おそらく。エリエも残してきたレイニールのことを気にしているのだろう。
 っとそこに、ネオンの光りを放つ看板が飛び込んで来た。

 あれはサラザの店のもので間違いない。
 エリエが星をおぶったまま、店の扉を開けようとドアノブに手をかけた瞬間。足元から立ち上がる青い光りが2人の全身を包んだ。

「……えっ?」
「な、なに!?」

 2人が足元を見ると、そこには不気味に青く発光する魔法陣があった。

「さっきまではなかったのに……」
「これは転移用の魔法陣!? どうしてここに!!」
(あの壁といい。この魔方陣といい。私達の行動を把握できている何者かにしか……もしかして!!)

 エリエの脳裏に、ディーノと名乗った怪しい男の顔が突如として浮かんできた。

「……あいつの仕業かッ!!」

 そう呟きエリエが悔しそうに唇を噛み締めると、2人はどこかへと強制的にワープさせられてしまう……。


 転送時の虹色の光の中を抜けた直後、星とエリエは見たことのない光景が広がっていた。

「……ここはどこ?」

 星が辺りを見渡すと、そこは一面崖に囲まれた窪地になっていた。
 月明かりのみに照らされた崖の上を良く見ると、崖の上には多くのプレイヤーが星とエリエに向かって弓を構えている。

 既に弓の弦を引き絞っている無数の人影の標的は間違いなく星とエリエに向けられていた。それを見た2人の緊張感が一気に高まる。 

 エリエは星が不安そうな表情で辺りを見渡しているのを見て、崖の上のプレイヤー達に向けて叫ぶ。

「ちょっと! どういうつもりよ!! こんな事をして、ただで済むと思ってるの!?」

 エリエが鋭く睨みながらそう言い放つと、その中から1人の男が前に出てきた。

 崖の上からエリエ達を見下ろすその人物の顔には、狼の覆面がしっかりと覆っている。
 それは忘れもしない。この世界と現実世界を孤立させた張本人に他ならなかった。

「ふふふっ。本来なら君はいらなかったんだがね。私が欲しいのは博士の娘の君だけだよ。夜空 星ちゃん」
「……私のお父さんは博士じゃないし。私は物じゃないです!」

 その発言を聞いた星が声を上げる。

 すると、彼女の言葉に覆面の男は「はっはっはっ」と高笑いすると、再び言葉を放つ。

「そうか、博士は君が生まれる前に亡くなったんだったね……いや、正確に言うと君が生まれたその日に亡くなった……と言う方が正しいかな?」
「……なっ、そっ、そんな嘘には騙されません!」

 明らかに動揺しながらも、星はそう叫んで覆面の男を睨みつける。

 強く言葉を返しはしたが、小さな肩を小刻みに震わせ、動揺を隠しきれない様子の星にエリエが耐えかねて声を荒げる。

「あんた! 星のお父さんの知り合いかどうかしらないけど、この子には関係がないことでしょ!? もうこの子をそっとしておいてあげてよ!!」
「……うるさい。外野は黙っていろ!!」
「――きゃっ! な、何よこれ!!」
 
 覆面の男が憤りを露わにすると手を彼女の方に向けた直後、エリエの体が突如出現した鉄の檻の中へ閉じ込められた。
 エリエの反応速度でも、全く反応できないほどのスピードで構築されたその檻の中で、エリエが「なによこれ!」と叫んでいる。

 閉じ込められたエリエを心配そうに見つめる。エリエが結構強引にガシャガシャと暴れている様子を見ると、どうやら閉じ込める目的で作られただけで、それ以上の機能はなさそうだ。

 星はエリエの無事をほっと胸を撫で下ろした、意を決したように覆面の男に叫ぶ。

「この人は関係ありません! あなたが欲しいのは私のはずです! エリエさんを放してください!」
「ふんっ! その眼……博士と同じ眼だ。……いいだろう。元からその娘には用はない。君が抵抗せずにこちらに来るというのなら、その娘の安全は保証しよう!」
「……約束ですよ? もし、やぶったら私はここで死にます!」

 星は鞘から剣を抜くと、自分の首筋に剣先を向けた。
 その決意に満ちた瞳に、表情は見えないものの覆面の男も焦りを隠し切れないのか、あからさまに慌て始める。

 フリーダムの世界ではPVP中は剣や異常状態でHPが『0』になることはない。だが、それはあくまでもPVP中の話だ。プレイヤー自身が自分を傷つけた場合には適応されない――。

 その事実を覆面の男は知っていたのだろう。星の突然の行動に、覆面の男は慌てて叫んだ。

「待ちたまえ! 分かった。彼女の身の安全は保証する! だから、その剣を降ろしなさい……」

 焦りながらも冷静な声音で諭すように告げた覆面の男。

 彼のその様子を窺いつつ、星はもう一度声を大にして叫んだ。

「なら、まず周りの弓を持った人達を引かせてください!!」
「ああ、分かった!」

 覆面の男は右腕を横に突き出すと、それと同時に周りを囲んでいた敵が皆離れていった。

 その直後、星の目の前に青い光を放つ扉が現れた。

「さあ、彼等は引かせた。今度は君が私の言う事を聞く番だ。その扉に入りたまえ……」
「……分かりました」

 星は覚悟したように瞼を閉じると、ゆっくりと彼の言う通りに扉の方へと歩き出す。

 それをエリエが慌てて声を上げる。

「星。ダメだよ! 私は大丈夫。こんな檻くらいその気になれば簡単に壊せるんだから! だから、そんな奴の言う事を聞いたらダメ!!」

 エリエはレイピアを抜くと、力任せに檻を何度も斬りつける。
 しかし、そんなことをしても檻を破壊できるはずもなく。虚しくカンカンと刃が檻に当たる音だけが辺りに響いていた。

 そんなエリエに星はにっこりと微笑むと、徐ろに口を開く。  
   
「――私は大丈夫です。でも、こんなかたちでお別れになるなんて…………エミルさん達には、お世話になりましたって、エリエさんから伝えてくださ――」
「――嫌だ! そんなの自分で伝えなよ! 私が……私は星を守るって決めたんだから! レイニールにも約束したんだ! だから……壊れろ! 壊れてよッ!!」

 エリエは瞳に涙をいっぱいに溜めながら、懇親の力で檻を攻撃したが壊れるどころか、檻の鉄格子にすら傷一つ付かない。

 そして、力任せに打つ付けていた為か反動でレイピアが弾かれ、無常にも檻の外へと飛ばされてしまう。

「……どうして私はいつもいつも……」

 飛ばされたレイピアを潤んだ瞳で見つめると、力無く呟きエリエはその場に座り込んだ。
 この時、今更になって自分が星に外に出ようと言ってしまったことをエリエは悔いていた。まさか、今朝襲われてその日に再び仕掛けてくるなんて思いもしていなかった。

 こんなことになるなら『エミルにも声を掛けておけば……』と。だがいくら悔やんでも、もう失った時間は戻って来ない……。 

 その一部始終を見ていた星が意気消沈しているエリエに言った。

「――エリエさん……もういいんです。もう十分です……レイをお願いします。……さようなら」

 そう言い残すと、星は扉の向こうへと消えていった。
 扉は星の姿を飲み込むと、その場から幻の様に消え失せる。

 もう姿の見えない星に向かってエリエが必死に叫ぶ。

「待って! 待ってよ……私が……私が守られても……意味ないじゃない……行かないで。星……行かないでよ……」

 檻の中から右手を前に突き出しながら、涙でぼやける視界の中の星の残像だけを必死に掴もうと手を伸ばす。例え、その行動に意味がなかったとしても……。 

 そんな中、覆面の男が不気味に笑い声を上げた。

「ふふふっ……はっはっはっはっ! これで全てが私の思いのままになる! 博士。あなたの研究は私が引き継ぎますよ……博士の娘さえ手に入れればもういい! 撤収する!」

 その声に従うように辺りの敵も、次々に光の扉の中へと消えていく。

 残されたエリエの檻の下にも魔法陣が現れ、元居た場所へと戻された。
 それと同時に彼女を捕らえていた檻は消え、自由になったエリエはその場にうずくまっている。

「……星。私はなにもできなかった……くそおおおおおおおおおおッ!!」

 エリエは大声で叫ぶと、握った拳で地面を思いっきり何度も何度も叩き付けた。 
 自分への苛立ちと、自分達の前をあっさり去っていった星への困惑がエリエの頭の中を支配していた。

 それをぶつけるように地面に自分の手を打ち付けていたが、その手には未だに星の残した温もりが残されている気がして、エリエは手を打ち付けるのを止めた。  

 その声を聞いて、サラザとレイニールが驚いた顔をして現れる。
 なおもうずくまったまま、すすり泣いているエリエに2人が尋ねる。

「大きな声出してエリーどうしたのよ。あれ? 星ちゃんは……?」
「――ッ!? ……主! 主はどうしたのじゃ!!」
  
 意気消沈したエリエは無言のまま下を向いて小さく呟く。

「……星は。敵に捕まった……」

 っとだけ告げると、レイニールは目を見開いてエリエに迫る。

「――なんじゃと!? 主が捕まってどうして……どうして、お前は無事なのじゃ!!」

 その言葉を聞いたレイニールは怒りを抑えられないのか、エリエの胸ぐらを掴んで無理やり顔を上げさせると、責めるように言葉を続けた。

「我輩はお前に主を任せたのじゃ! どうしてじゃ! どうしてお主だけ……いったい何があったというのじゃ! 黙っておらずになんとか言わんか!!」
「……ごめんなさい」
「くっ! もう良い!!」

 心ここにあらずと言った様子にレイニールは鋭く睨みつけ、エリエの胸元から手を放すとくるっと体を反転させた。

 そんなレイニールを、サラザが慌てて呼び止める。

「ちょっと! ドラゴンちゃんはどこに行くの!?」
「――そんなの主の元に決まってるのじゃ!」
「どこに居るか分かるの? 少し落ち着きなさい。とりあえず、エミル達のところへ行きましょ~」
「……うむ」

 主を何者かに奪われ、自分でもどうしたらいいのか分からないのだろう。静止するサラザの言葉に、レイニールは表情を曇らせながらも静かに頷いた。

 サラザはレイニールに微笑むと、横目で落ち込んでいるエリエを見た。
 

           * * *
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