第218話 エルフの男と触手の大樹4

文字数 2,741文字

 エルフの男が突然噛み付かれたことに驚き手を放した不意を突き、レイニールは男の手から抜け出ると、パタパタと男の顔の前にいきビシッと指差して告げる。

「良いか! 我輩の尻尾はデリケートなのじゃ! 主を助けてくれたことには礼を言うが、初対面でドラゴンの尻尾を掴むとは無礼だろう!」

 目を吊り上げ、鼻息を荒くして激昂するレイニールを見ていたエルフの男の表情が一瞬で険しくなったかと思った直後、尻尾を掴まれて抗議していたレイニールの視界がグルッと回り、再び空を見たまま高速で移動を始めた。

 案の定レイニールの尻尾の先に掴まれている感覚と、付け根の部分に引き裂かれるような鋭い痛みが走る。
 それもそうだろう。レイニールと会話していた直後、今までは人間の手の部分に相当するであろう木の根の部分を吹き飛ばされて悶絶していたモンスターが正気を取り戻し、地中から新たに現れた木の根で攻撃を仕掛けてきたのだ。

 エルフの男は気を失っている星を右腕にしっかりと抱き締めたまま、レイニールの尻尾を強く左手で握り締めていた。
 自分を捕らえようと向かってくる木の根を巧みに避けながら、エルフの男は攻撃を避けつつモンスターと距離を取った。

 地面という死角から次々に現れる木の根をかわすのはそうたやすいことではなく、彼もレイニールのことまで構っている暇はない。
 地底から現れる前進しながら左右に大きく動いてかわしているその間、ぶらんとなされるがままに振られているレイニールの姿を見ていると、どうやらドラゴンは尻尾を掴まれると力が抜ける習性があるようだ――レイニールだけかもしれないが……。  

 ひとまず、茂みの裏の地面に抱きかかえていた星を下ろした、エルフの男はレイニールの尻尾から手を放す。

 レイニールはほっとしたのか大きく息を吐くと、掴まれていた尻尾を優しく撫でている。彼は獲物を探し、頻りに木の根を動かしている木のモンスターを横目にレイニールに告げた。

「そこで待っててくれ、僕はあの『アブソーブツリー』を倒してくる」

 あのヌルヌルの木の根と触手を持った奇妙なモンスターは、どうやら『アブソーブツリー』というらしい。

 レイニールは背中に背負っていた弓を手に持ったエルフの男を、怪訝そうな顔で睨む。  
  
「――どうして我輩達を助ける……お前にメリットがあるのか?」
「……ふっ、困った時はお互い様だろ? それじゃ、行って来る!」

 質問したレイニールに向かって微笑みを浮かべ、エルフの男は茂みの中から飛び
出していった。

 だが、レイニールはなおも警戒した様子で彼の後ろ姿を睨んでいる。そのことから、レイニールが彼の言葉を信用していないことが分かった。
 まあ、無理もない。ゲーム時なら彼の言葉は信頼に値する相手だと取れるだろう。しかし、今はデスゲームの始まった運営不在の隔離された世界。

 正直。死と隣り合わせの今の状況下で見ず知らずの者が寄ってくるには、それ相応の企みがあるからでしかないのだ――。

 今気を失っている主を守れるのは、レイニールだけなのだ。そうなれば、必要以上に警戒するのも当然のことだろう。

 エルフの男は自分に向かって伸びてくる木の根に弓を構えると、歩みを止めることなく2本の矢を放つ。

 すると、先程同様木の根に刺さった直後、爆発し木の根を吹き飛ばす。
 爆発と言っても火薬などを使ったものではなく、矢が刺さった周囲をまるで矢の先から発生した風で吹き飛ばす様な感じだ。

 おそらく。彼の固有スキルの力なのだろう。だが、能力はそれだけではないようだ。木の根が矢を巧みにかわすと、彼の放った矢は大きく旋回して確実に木の根を撃ち抜いている。それから察するに、目的を追尾できる能力も彼のスキルには備わっているらしい。

 エルフの男が間髪入れずに矢を放ち続けると、それに負けじと木の化け物も次々に木の根を伸ばす。

 しかし、明らかに地面から出現するその数は減っている。どうやら、木の根には上限があるようだ。それとは対称的に、彼の背負う矢筒からは矢が空になると次の矢が現れ、それがなくなるとまた無限に矢が生成されている。

 エミル達の仲間にエルフが居ないからどういう原理なのかはさっぱり分からないが、おそらくはエルフという種族の能力なのかもしれない。

 それと目を見張るのはそのスピードと攻撃速度だ。基本スキルのスイフトを掛けて移動速度と攻撃速度を増しているのは分かるが、向かってくる木の根をかわす彼の身のこなしは凄まじいの一言に尽きる。

 連続して攻撃してくる木の根を、即座に地面を蹴ってノーモーションでかわしていく――それはまるで、忍者が水の上を沈む前に跳んでいるのに近い動きだった。

 防御を捨てたスピード特化の武闘家のマスターやカレンよりも下手をすると、切り返しから攻撃に移るまでのスピードは速いかもしれない。

 元々エルフという種族は防御力や攻撃力が低い代わりに、敏捷性などのステータスが人間より遥に高く。初期で選択する者も多いのだが、結局防御力と攻撃面の脆弱さ故に断念して、教会で新たにアバターを作り直す者も少なくない。固有スキルはゲーム開始時にランダムで決定するので変更はできないのだが……。

「……さて、そろそろいいかな」

 エルフの男は小さく呟き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
 その言葉通り、今までひっきりなしに攻撃してきていた木の根の攻撃が収まってきた。

 アブゾーブツリーにの周りを回りながら、幹に向かって素早く無数の矢を放つと、彼の放った矢が斜めに幹に刺さり階段のように連なり。弓を背中に収納すると、先程放った矢を踏んで駆け上がる。

 そしてアブゾーブツリーの木の上に、ぽっかりと開いた部分に位置する赤紫色の触手に向かって、ポケットにしまっていたマッチに火を付け中へと投げ込む。
   
「――――伏せろ!!」

 エルフの男は素早くその場を離れた直後、アブソーブツリーの中から爆発の後に巨大な火柱が上がった。

 爆風で吹き飛ばされた男は地面を数回転がり体勢を立て直すと、背中に背負っていた弓を取り出して矢の鏃の部分に布を巻き付けマッチで火を付け、それを短くなった木の根をうねうねと動かし慌てふためいているアブゾーブツリーに向けて構え、勢い良く引き絞った弦から手を放した。

 放たれた矢は幹に突き刺さり、アブソーブツリーの分泌していた液体に燃え移って、アブソーブツリーが一瞬のうちに大炎上する。  
 
 それからしばらくして、燃え上がる火柱と共にアブソーブツリーからキラキラとした綺麗な粒子が空に向かって昇る。その最後はグロテスクな外見とは打って変わって、夕焼けに染まってきていた空に溶け込んでいくようでとても幻想的な最後だった。
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