第169話 次なるステージへ・・・11

文字数 3,928文字

 それを見たデイビッドは、表情を青ざめながら叫んだ。

 この現状で相手のHPを『0』にする方法は、オブジェクトでしかない石を使って攻撃することのみ。
 武器では『1』確実にHPが残るが最低限のダメージ数値が『1』である以上、フィールドに点在するオブジェクトで攻撃すればHPを削り切れるのだ。

 だからこそ、今回エミルが地面に転がる石を手にしたのは……つまりはそういうことなのだろう。デイビッドが止めに入ったその時にはすでに、エミルは石を投げる体制に入っていた。

「――消えろこの悪魔!!」

 エミルの手から投げられた石は、一直線にライラに向かって飛んでいく。
 残りのHPが『1』しか残っておらず、固有スキルも使用できない状況にも関わらず。ライラは余裕そうに不敵な笑みを浮かべるだけで、避ける素振りも見せない。

 絶体絶命のこの状況下でも、まだ打開する手立てがあるというのか?いや、そんなことができるはずはない。
 何故なら、星の固有スキルはゲームマスターとしての発動なのだから、プレイヤーでしかないライラに何かできるはずもないのだ。

 その直後、ライラの体が勢い良く後ろに倒れた。

「あら、あの程度の攻撃なら今の状態でも、かわせたのに~」

 倒れたそのライラの体には、星が覆い被さっていた。

 星はライラから身を起こすと、呆然とそれを見ていたエミルの元へと走ってエミルに抱き付く。

「もうやめてください! ケンカは……やめてください!!」
「……星ちゃん」

 瞳に涙を溜めて必死に訴えかける星を見て、エミルは以前に夢の中で岬に言われたことを思い出す。

『あの子は、自分以外が見えない……いいえ、見かたが分からないんです。だから……姉様の愛で、あの子の心の氷を溶かしてあげて下さい……』

 その岬の言葉が脳裏を過ぎり、大きく深呼吸をして冷静になって今の状況を改めて確認する。

 目の前には眉をひそめながらエミルを睨むデイビッド。後ろにはピリピリとした雰囲気の中、星の固有スキルによって何もできないまま、エミルを心配そうに見つめる仲間達。

 そして何より。守りたいと強く思っていた星が、エミルを顔を真っ赤にして涙で滲む瞳を向けていた。
 状況は最悪だった……いや、エミル自身が取り乱して最悪にしてしまったのだ――。

 こんなつもりではなかったと表情を曇らせるエミルに、星が涙ながらに告げる。

「……エミルさんの言うこと、ちゃんと……ちゃんと、聞きますから。だから……もう。けんかしないで……」

 頬を伝う星の涙が、今はどんな強靭な刃よりも全身に強く突き刺さり、それ以上言葉を発することはできなかった。

  小さくて華奢な体が体に密着している中、エミルはその言葉に大人げない自分が、少し情けなく感じた。
 
(……私は星ちゃんを心配するあまり。彼女を信じられなくなっていた……でも。私が星ちゃんを信じなければ、私が信じられるわけないわよね……)

 小さくため息を漏らし、体に抱き付いている星の頭に優しく手を置くと、エミルはにっこりと微笑んだ。

 涙で潤んだ不安そうな星の瞳が、真っ直ぐにエミルの顔を見上げる。

 エミルは小さく息を吐くと。

「そうね……私の考えが少し堅くなっていたかもしれない。過保護過ぎるのも問題ね……いいわ! 戦い方を教えてあげる!」

 っと不安そうな星に告げる。

「……本当……ですか?」
    
 半信半疑で聞き返してくる星に、エミルは大きく力強く頷く。すると、星の表情が明るいものへと変わった。
 今まで戦わせてもらえないことに歯痒い思いをしていた星にとって、エミルのその言葉はとても魅力的なものだ。

 いくら強力な固有スキルを手に入れようとも、以前の様に捕まって使用できない状況に追い込まれてしまえば元も子もない。

 しかも、実質このフリーダムないの武闘大会で、マスターの次に連続優勝の記録を伸ばしている日本で2番目に強いプレイヤーである彼女に教えてもらえれば、固有スキルと剣技でまさに鬼に金棒だろう。

 だが、すぐに人差し指を立てて、釘を刺すように告げた。

「でも。戦う事を全面的に認めたわけじゃないからね? とりあえず、私がいいと思うまでは、戦闘はさせません。それと、必ず守ってもらう事があるわ。夜は必ず私と一緒に寝る亊。あと、出掛ける時は私も同伴します。それから、どんな理由があっても、勝手に城を飛び出さない亊。そして、これが一番重要。ライラにはもう近付かない亊――この4つは必ず守ってもらいます! 今後、勝手な行動をしたら今までよりも厳しく叱るから覚悟しておくように!」
「は、はい!」

 そのエミルには先程までの影はなく、完全に普段通りの彼女に戻っている様だ――。
 
 エミルはもう一度星の体を引き寄せてしっかりと抱きしめると、ライラを鋭く睨みつけた。

「――っというわけだから、ライラ。星ちゃんは渡さない……今日は見逃してあげるから、早く帰りなさい!」
「ふふっ、そうね。少し上から目線なのが気になるけど、貴女も覚悟を決めたようだし……今日は帰りましょう……っと、言いたいところなんだけど。残念ながら、その子の能力【オーバーレイ】は、発動後24時間はどんな手段でも解くことができないのよ~」
「……は?」

 ライラのその言葉に、その場にいた全員が固まり、皆あんぐりと口を開ける。
 それもそうだ。強力な固有スキルであればあるほど、必ず弱点と呼べる泣き所がある。マスターの固有スキル『明鏡止水』は使用時回復アイテムの使用はできないのと24時間の再使用不可の制約がある。

 紅蓮の固有スキル『イモータル』すら継続使用できるわけではなく、1時間に5分だけ効果が切れる。
 バロンの固有スキル『ナイトメア』も数千、数万という軍勢を召喚できるが、それは無限ではなく。兵士が撃破されれば数は確実に減少し、その増えるスピードもとても緩やかだ――。

 この様に、どの固有スキルの中でも特別と言われる四天王の

「だ・か・ら【オーバーレイ】はスキルじゃないの。その子の固有スキルに付属させているGMシステムよ。それも、このゲーム【フリーダム】の元のシステムからの……だから、開発元の関係者の私でもミスターでも解除できないわ」
「……いいから帰りなさい! テレポートができないだけで、徒歩で戻ればいいじゃないの! それと、私のドラゴンは貸さないわよ!」

 ひょうひょうとそう言い放つライラに、堪らずエミルが大声で叫んだ。
 まあ、固有スキルとコマンドそのものを封じられている為、エミルもドラゴンは使えないのだが……。

 どうやら、そのことを忘れるほど興奮しているらしい。

 顔を真っ赤にして息を荒らげながらそう告げたエミルに、ライラが驚きの行動に出る。

 なんと、何の断りもなく。ライラがエミルの城の中へと戻ろうとしているのだ。
 その堂々とした姿に、その場にいる者も呆気に取られて何も言えないでいた――が、それを所有者であるエミルが許すはずもなく……。

「ちょっと! なに考えてるのよ!!」
「……えっ? なにって、肌寒くなってきたから部屋に戻るんだけど?」
「どうして私が、敵であるあんたを泊めなきゃいけないのって言ってるの!!」

 凄まじい剣幕でそう言い放つエミルに、後ろでその様子を見てたマスターが声を掛けた。

「まあ、良いだろう。ライラは組織の命令でしか動かん。そうだろう? ライラ」

 心を見透かす様な瞳でライラを見るマスター。

 その瞳を見て彼の意図が読めたのか、ライラは諦めた様にため息を漏らした。

「貴方に逆らうと、後でミスターに怒られそうね……分かったわ、泊めてくれるなら、今回はその子にこれ以上何もしないわ。それでどう? エミル」
「……到底、信じられないわね」

 エミルは疑いの視線を向けた。
 まあ、それも無理のない話だ。今回の誘拐事件も結局はライラは星を助けたというよりも、自分達の目的の為にダークブレットのアジトから更に誘拐した――っと見るのが正しいだろう。

 エミル達に星を預けているのも。おそらくは、ライラの話したミスターという男の気まぐれによるものである。

 星の叔父と言ってはいるが、それを真実だと受け入れるには少し早急かもしれない。

 何故なら、星が彼と会ったのは幼稚園児の時だ。幼子の記憶は曖昧なところが多く。また、緊急時。人は自分の良いように記憶を改ざんする生き物だからだ。
 しかも、今回の記憶の復旧は彼等の手の中で行ったもので、その時に改ざんされたという可能性も捨てきれない。

 そのことを差し置いたとしても、星がライラをよく思っていないのは変えられない事実。

 現に今も、エミルの腕の中で不機嫌そうにライラを眉間にしわを寄せ不信感いっぱいの瞳で見ている。

 星からしてみれば、今までのライラの行動が信用に値しないと考えているのだろう。だからこそ、不機嫌そうに眉をひそめているのだ。

 嫌そうな顔をしている2人に向かって、マスターが声を上げる。

「ライラを泊めるのが嫌なのは見れば分かるが、ここはこやつを泊めてやってはくれんか? もちろん、この儂が責任をもって監視する」
「……まあ、マスターがそこまで言うのなら、別に……部屋は余ってますから、好きに使ってもらっていいです。でも! 私達の生活スペースに彼女を入れるつもりはありませんよ?」

 マスターはそう言葉で釘を刺すエミルに、苦笑いを浮かべながら。

「分かっておる。監視すると言ったからには儂がこやつと一緒の部屋に居よう」

 っと、頷いて言葉を返した直後、今度はそれに異を唱える声が複数上がった。
 弟子であるカレンはともかく。その時に声を上げた人物がもう一人――それは、デイビッドと共に来た紅蓮だった。
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