第370話 九條の想い

文字数 2,894文字

                 * * *



 自室に戻った星はベッドの上に身を投げて天井を見上げて大きなため息を吐いた。
 別にそのため息に意味があったわけではない。学校に行けないことも、外に自由に出掛けられないことも、それほど苦痛にはならない。
 
 ただ、自分の家に帰ってきて安心したというのと、学校にも行かずに家でゆっくりすることへの背徳感と解放感の両方からきているため息だった。
 考えてみれば、ゲーム世界に行ってからは慣れない人間関係や事件でこうしてゆっくりできる時間も少なかった。しかし、今はベッドの上で寝転がったままなにもしなくていい。ゆっくり体を休めることができる。

「……こうしてるとゆっくり時間が流れていくのが分かる気がする」

 瞼を閉じて時計の針が時を刻む音を聞いていると不思議と心が落ち着く、ベッドに横になって目を閉じていると、そのまま星は眠ってしまった。

 次に星が目を覚ましたのは夕方になってからだった。眠っていた星の顔に西日が差し込み、目を覚ました星も堪らず目を細める。

 太陽光を手で遮ると星はゆっくりと体を起こしてベッドから起き上がった。
 あくびをした後に大きく伸びをしてリビングに戻ってみると、ソファーの上に座って難しい顔でテレビを見ている九條の姿があった。

 九條が見ているのはゲーム世界に監禁された事件のニュースだ――。


『フリーダムと言うフルダイブ式VRゲームの危険性を、今回の事件で再確認しましたね』

 司会のスーツを着たメガネにオールバックの男性がそう言った。
 彼の目の前には複数の著名人らしき人達がひな壇の様な席に座って唸っている。

 その意見に異を唱えるように発言した。

『確かにフルダイブ機能の付いたゲームは現在【FREEDOM】だけしかありません。だからこそ危険性があるとしても世論がこれを否定してしまえば、この画期的なシステムを一つ失う事になります。危険という一言で片付けてしまうには惜しい!』

 白髪交じりで灰色のスーツに身を包んだ50代くらいの男性がそう叫ぶと、それに対してメガネを掛けた中年女性が少しキツイ口調で言い放つ。

『危険というだけで十分です! 科学は人を幸福にする為にあるもので、今回の事件では多くの方々が未だ昏睡状態。意識を戻した方々もリハビリで苦しんでいます! これだけの被害者を出した技術が国の役に立つとは到底思えませんわ!』
『……待って下さい』

 スーツに身を包んだ30代位の成人女性が突如として手を上げて発言する。

『今回の事件で被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。その上で発言させて頂きますと、科学に――人類の発展には常に失敗と犠牲は付きもの。常にトライアンドエラーを繰り返し。危険を承知の上で、その危険な要素を少しずつ排除していけばいいのです。一度の失敗で全てを無にするのはこれまで培ってきた労力と時間の無駄遣いでしかありません』

 その彼女の発言に、メガネを掛けた中年女性が声を荒らげた。

『貴方達の発言はこの技術の危険性を軽視している! もし次にもっと大きな事故が発生した場合に責任を取れるんですか!? 被害に遭われた人達の事を考えれば、こんな危険な技術は即刻開発研究を中止すべきです!』
『ですから、それでは今までの労力と時間が無駄になります。感情論だけでは、技術の進歩はありえません!』

 2人の声が次第に大きくなり、司会者の人が「一旦CM入ります」と叫んで映像が切り替わる。

 その様子を見ていた九條は大きなため息を漏らすと、難しそうな顔で組んでいた足を組み替える。
 
「――今の所は様子を見ようという穏健派の方がまともそうね。感情に訴える強硬派も多いようだけど、被害者の中にまだ死者が出ていないのが救いね……」

 どうやら星が起きたことには彼女は気が付いていないようだ――テレビであの事件のことを見たからか、星は少し外の空気を吸おうと玄関に向かおうと歩き出した。

 直後。星のことを九條が呼ぶ声が聞こえて歩みを止めると、星は九條の方を振り向いた。

 九條は星の方を向くと、ゆっくりと立ち上がって歩いてきた。

「どこか行きたい場所でもあるの?」

 そう尋ねた九條に、星は少し言い難そうに答える。

「そ、その。ちょっと外に気分転換に……」
「ふーん。気分転換ねぇー」

 九條は星の体を足元から舐め回すような視線で見ると、思い出したようにリビングの端に置かれているトランクケースを開けた。
 星がそのトランクケースの中を覗き込むと、中には様々な子供服が入っている。しかも、中には戦隊物のキャラクターが胸に付いた男の子用の服も混じっていた。
 
 それを見た星はなにやら嫌な予感がしつつも、トランクケースの中を物色する九條の後ろ姿を見つめている。すると、いくつかの服を取り出して星の方を振り向く。

「気分転換ついでに性転換もしてみましょうか!」
「……はい?」

 不思議そうに首を傾げている星に九條は選んだ服を渡す。

 白いラインの入った黒い前開きのパーカーとデニムのパンツ、そして赤い胸に『THE DEAD』と黒い文字の入ったティーシャツを渡された。
 
 不思議そうに首を傾げ続けている星を見つめながら、九條がにっこりと微笑みを浮かべる。その表情から悟った星は徐に着替え出し、着ていた服を脱いで渡された服に袖を通す。

 そして前開きのパーカーを着て、星の長い黒髪をパーカーの外に出そうと髪に手を回した。直後、パーカーの中に入った髪を出そうとする星に九條が叫ぶ。

「そのまま! 髪はそのままでストップ!」

 突然の九條の声にビクッと体を震わせた星が少し怯えた様子で彼女を見た。

 不安そうな表情の星を余所に、トランクケースの中からキャップを取り出して星の側まできた九條は持っていた帽子を星の前髪を中に入れて被せ、その上からパーカーに付いているフードを被せた。

「よし! これで大丈夫!」

 星は両手を広げて着ていた服を見る。渡された全ての服はサイズが少し大きくゆったりしている印象を受ける。

 だが、普段からピッタリのサイズを着ている星からしてみれば、着ている衣服と肌の間に隙間があるというのは、どうにも違和感があって不思議な感覚だ――。

 着ている服の違和感から体を頻りに動かして首を傾げている星をその場に残し、スプレー缶を持った九條はお風呂場へと向かっていった。

 それから数分後、星が椅子に座ってお風呂場の方へと消えていった彼女を待っていると、脱衣室の扉から出てきたのはウェーブの掛かった金髪に露出の多い服を着た女性が出てきた。

 黒のキャミソールの上に薄いピンク色の透けているトップスにジーンズ姿で立っている。その姿はまるでギャルの様だった――。

「さあ、準備が出来たわ。それじゃー、行きましょうか!」
「は、はい」

 声を聞いた直後。出てきた人物が九條であると分かったが、それでも目の前にいる人物と九條の姿の差を認識するのに脳が拒否反応を起こしていた。
 しかし、そんなことなど気にする素振りすら見せずに九條は困惑している星の手を取ると、星の顔を見て笑顔を見せてそのまま2人で家を出た。
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