第285話 木の伐採任務2

文字数 2,951文字

 そんな彼女が目の前にいる和服を着た銀髪の小学生の様な外見の紅蓮に、あからさまな嫌悪感を抱いている。それは人を人だと思っていないイシェルが、紅蓮を人として認識したことを意味していた。しかも、好意的ではなく明らかな敵意を露わにして……。 

 互いに視線をぶつけながら見つめ合うイシェルと紅蓮。

 だがそれも長くは続かず、紅蓮が息を吐くと「言いたくなければいいです」と半ば折れるかたちで、ベルセルクによって開かれた出口に歩みを進める。
 入り口と出口はカモフラージュの為、元々システムに備わっている自己修復機能によって、一定時間を過ぎると勝手に塞がるように作られていた。

 それを破壊することのできるのは、一握りの固有スキルかトレジャーアイテムの持ち主だけだ――いや、そもそも。ただの壁や地面に攻撃する者などいないだろう。

 外に出ると、皆例外なく目を細めた。外は月明かりが降り注ぎ、洞窟の中よりも何倍も明るい。

「さあ、皆さんお仕事です。敵が我々を感知する前に木材を運び出しましょう」
『おー!!』

 紅蓮の言葉を聞いて、皆拳を空へと突き上げる。その後、人と同じほどの大きな車輪の付いた巨大な台車が所狭しと並べられ、斧や数人でやっと引けるであろう巨大な刃のノコギリを手に皆々手近な木に向かっていく。

 斧が木を打つトントンというリズミカルな音とノコギリのギコギコという音が合わさり、さながら真夜中の音楽会と言った感じに伐採が始まる。

 ダイロス率いる護衛ギルドもそれを確認して、仲間達に指示を出す。

「皆、今回は四方から敵が襲来する可能性がある! 陣形は五芒星。200のメンバーで5箇所に分かれろ! 遭遇時は敵を釘付けにする。決して後ろの仲間達に手を出させるな! 我らの誇りに懸けて!!」
『了解!!』
 
 メルキュールのメンバー達はダイロスの声に応えると、一斉に四方に散っていく。

 ダイロスとリアンも仲間達を指揮する為に二箇所に分かれた。それを見て、メルディウスがニヤリと笑みを浮かべる。

「ほお~。さすがだな! 見事なもんだ」

 素直にダイロス達の手腕に感心していた。

 1000人以上のギルドメンバーを動かすのは容易ではない。
 現にメルディウスも600人規模のギルドマスターだから、仲間達との日々の連携を心がけと信頼関係があってこそできる芸当であり、メルディウスも彼等と同じくできるかと問われれば、難しいと言わざるを得ないだろう。

 それをそれ以上の人数で容易く行っているダイロスは、ギルドマスターとして素直に尊敬に値する人物だと言える――。

 ベルセルクを地面に突き刺したまま、腕組みしながらその様子を見ていたメルディウスの背中をコンコンと何者かが叩く。

「なんだよ。今忙しいんだ」
 コンコンコン……
「俺の鎧はドアじゃないぞ!」
 コンコンコンコン……
「なんだ! しつこいぞ!!」

 堪らずガバッと身を翻して後ろを向くと、そこには誰も居なかった……。

 首を傾げると、メルディウスは拍子抜けした様子でため息を漏らす。

「……なんだ。誰もいねぇーじゃねぇか」

 そう呟いて前を向き直そうとした直後、脇腹を激しい衝撃が襲う。

「――痛でッ!!」

 咄嗟に押さえた脇腹のすぐ横には紅蓮が立っていて、彼女は不機嫌そうに目を細めている。

「……見えなくて悪かったですね。それより、こんな場所で貴方は何をしてるんですか?」
「なにって、俺達はあいつらの護衛だろ? だからこうして目を光らせているんじゃないか」

 メルディウスは腕組みしたまま、得意げに胸を張っている。

 しかし、紅蓮はそんな彼の鎧をコツコツと指で突いて……。

「あの斧は飾りですか?」

 っとベルセルクを指差して告げると、メルディウスが意味が分からないと言った感じの表情で首を傾げ、指で顎の下を掻いている。

 その表情を見た紅蓮は大きくため息を漏らすと、今度は伐採作業に精を出す仲間達を指差した。

「ギルマスがサボってないで、さっさと手伝ってきて下さい」
「ちょい! ちょっと待ってくれ! その理屈が通るなら、お前だって――」

 彼が全ての言葉を言い終える前に、紅蓮は騎乗用アイテムの雲に飛び乗ると、一気に上空に舞い上がった。まあ、紅蓮はバツが悪くなって逃げ出したのは間違いないだろう。 

 メルディウスは大きくため息を漏らすと、大斧を持って伐採に手こずっている仲間達の所に向かって歩き出すと、金色の大斧を巨大な大木に突き立てる。

 直後。刃先から爆発が起こり、突き刺さっていた大木を強引に薙ぎ倒す。

 仲間達が喝采を上げる中、メルディウスは少し納得いかないと言った表情でボソッと呟く。

「――俺のベルセルクはこうやって使うもんじゃないんだけどな……」

 ベルセルクを肩に担ぐと、ギルドメンバーの方を向いて叫ぶ。

「てめぇーらぐずぐずするな! 時間はそんなにねぇーぞ!!」
『はい!!』

 ギルドマスターであるメルディウスの参加で、作業効率は格段に上がった。

 それを分かっていてやったのか、そうでないのかは紅蓮にしか分からない。

「……静か過ぎますね。嫌な予感がします……」

 雲に乗ったまま、地上を見下ろす紅蓮が眉間にしわを寄せた。
 確かに彼女の言う通り、周囲に敵の姿はなく、モンスター達は殆どが街の逆側に集結していた。

 事前にエミルが惹き付けていたとはいえ、全くと言っていいほど寄ってこないのは不思議というよりも不自然だ――当たり前なことだが、感知能力はレベルによって変わる。
 つまり、漆黒の刀『村正』のレベルをMAXまで引き上げる能力を受け継いだ漆黒の刃を持った武器を装備したモンスター達は感知範囲も必然的に大きくなるということだ――にも拘わらず。モンスター達の立ち位置は一向に変わらない。

 そう。全てがその場に磁石で貼り付けられているかの様に動かないのだ――こんなことがあるはずがない。だが、逆に今のこの状況は紅蓮達にとってチャンスでもある。

 攻撃されない間に少しでも多くの木材を集めて帰ることができれば、街を守る防備が整う。街を区切る柱が完成すれば、飛行能力のある敵の殆ど存在しないこの世界で外敵はほぼ皆無になる。

 そうなれば、街の仲間達は外部からの更新を待ちつつ、自分とメルディウス。マスターなどの数名による脱出ルートを探しにいけるのだ。
 作業を開始して数時間が経過し、木材も街の補強を行うのに十分な量を集めることができた。木材の大量に乗った台車を押しながら、ギルドメンバー達が撤退を開始する。

 それを上空から見つめていた紅蓮がほっと胸を撫で下ろすと、突如として遠くの森の方が青い光を放つ。

 目を凝らしてその場所を見ると、そこには大きな魔法陣らしき物が表示されている。
 紅蓮の背筋に悪寒が走り、脳裏に最悪の事態が過る。しかし、その考えていた最悪が現実のものになってしまう……。

「――あれは……あの姿はまさかッ!!」

 珍しく取り乱したように大きな声を上げる紅蓮。

 だが、それも無理はない。彼女の目の前に現れたのは、大きな天使の翼に頭部の両側に付いた牛の様な角。そして両手に握られている柱の様に天に伸びる長い剣。それは紛れもなく、かつて攻略不可能とまで言われたダンジョンのボスモンスター『堕天使ルシファー』そのものだった――。
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