第151話 ライラの正体2

文字数 5,485文字

 ライラと一緒に出ていったエミルは、強引に腕を引っ張って廊下を進むライラに困惑した様な表情を浮かべていた。
 それは今から起こるであろうことへの不安と不満が、彼女の足取りを重くさせていたのは言うまでもない。

 普段のエミルなら絶対にこんな行いはしない。だいたい『お姉様』と慕っていた彼女が一線を越えようとして、彼女達は不仲になったのだ――まあ、エミルが軽蔑して一方的に毛嫌いしただけだが……。

 しかし、断れば間違いなくライラという人物が、星に手を出すのは分かっていたし。もしそうなればあの小心者の星のことだ、あっという間にライラの毒牙にかかるのは分かりきっていた。
 エミルの脳裏には強引にベッドに押し倒されて、彼女にいいように弄ばれる星の姿が鮮明に映っていた。いや、星が抵抗しないのをいいことに、更に激しいことを要求されるかもしれない。

 そう思うと、ぞっとする。エミルはその妄想を振り払う様に頭を振ると、決意に満ちた瞳で前を歩く緩みきったライラの顔を見つめた。

(あの子にそんなこと絶対させない。この女は絶対に私が抑えておかないと……)

 そんなことを考えながら、上機嫌で手を引いて先を行くライラの背中に続く。
 鮮やかな絨毯の敷かれた廊下を進み、中央の螺旋階段を上がって更にしばらく歩いていくと、前を歩いていたライラの足が止まる。その先には一つの扉があった。

 扉を開け放ち、ライラは突然エミルの背中に回り込むと、彼女の体を押して強引に部屋へと追いやる。

 部屋の中はまだ昼間だというのに、全ての窓がカーテンで閉めきられていて薄暗い。
 こんな部屋は城を持っているエミル本人すら知らない。エミルは警戒した様子で部屋の中を注意深く見渡す。

 中には茶色い下地にいくつもの薔薇の模様が刺繍されたカーテンがあり、中央にはピンク色のレースの天蓋の付いたいかにもと言いたくなるベッドが置いてある。
 その他にも、西洋風のティーセットの飾られた家具、ランプなどのインテリアやぬいぐるみ、クッションなどと言った様々な物が部屋中に散りばめられている。

 それはおそらく、ライラの趣味なのだろう。だが、忘れていはいけないのは、ここはエミルの城だと言うことだ。にも拘わらず、彼女の知らない部屋が存在している。

 っということは、以前同じギルドに居た時にこっそりとエミルの目を盗んで作成していたということになる。

「こんな部屋があるなんて……知らなかったわ……」

 驚愕しながら自分の城だと言うのに、初めて見た部屋の中を、興味ありげに歩き回っているエミル。

 その直後、部屋の扉が閉まる音とともに、突き飛ばされるように目の前にあるベッドに倒れ込んだ。
 前屈みにベッドに倒れたエミルが慌てて上を向くと、そこには覆い被さるように下着姿で自分を見下ろすライラの姿があった。

 慌てて体を起こそうとしたエミルの腕に、チクッと一瞬だが鋭い痛みが走る。すると、みるみるうちに全身の力が抜け、自分の意志とは関係なくベッドに戻されていく。

「なっ……」
「ふふふっ、今更抵抗しようったって無駄よ?」
「お、お姉様……なにを……」

 驚いているエミルがそう尋ねると、ライラは手に持った小型のナイフをエミルに見せる。

 それを見た瞬間、エミルは驚きのあまり目を見開いた。だが、その反応はむしろ当然のことだ。システム上ではダンジョン以外の建物内ではプレイヤーは武器などの他のプレイヤーに対して影響を与えるような物は使用できない。

 もちろん。その建物の所有者が許可していれば可能だが、エミルはそんなことをシステムに許可した覚えはない。
 本来は包丁などの料理器具やダーツの様な娯楽用の道具にいたるまで、非戦闘地域である室内で使う様な戦闘武器ではない物は、ゲーム内最低ダメージ値の『1』を下回る『0』で設定されている。

 言うなれば、生活には必要だが人体に何の影響も与えない『非武器』と呼ばれるアイテムだ。
 これは屋外にある内は、全てが家主の管轄に置かれた非戦闘用武器扱いになり特別にダメージはなくなる。

 最小ダメージ値が『1』で武器ダメージが固定されているのは、戦闘行為OKの屋外やフィールド。屋内では寝ている間に包丁で滅多刺しにされる危険を防ぐ為、ダメージを受けない仕様になっている。

 もちろん。屋内に監禁されている場合も例外ではなく。プレイヤーに負傷、ダメージ共に与えることは許されていない。
 これは家主が許可していても同様だ――しかし、今目の前のライラが握っているそれは明らかに戦闘用に使うサバイバルナイフだ。

 本来ならば、設定によって装備することすらありえないことだが、ライラにそれができてもおかしくはない。何故かというと、彼女の固有スキル『テレポート』は本来移動できる効果範囲が決まっていた。

 だが、彼女がドラゴンを使っても片道2日は掛かる距離を、彼女は一瞬で飛んで見せたのだ――つまり、彼女は何らかの特例に基づいて、固有スキルを使用していることになり。そんな彼女が非戦闘地域である屋内で、武器を使用できてもなんら不思議はないのである。

 そしてライラの性格を考えると、エミルには彼女はこれで何をしようとしているのかが容易に想像できた。
 胸元に突き付けられたナイフがゆっくりと、体のラインに沿ってエミルの服だけを見事に切り開いていく……。

 徐々に剥がされていく服に、エミルは恐怖すら覚え始めた。

「なっ……おっ、お姉様……そんな……」
「うふふっ、あまり声を出すと……間違って肌まで切れちゃうわよ? エ・ミ・ル……」

 恐怖から不安そうな表情を見せるエミルの耳元でそっとささやくと、震えるその顔を見て悪戯に笑うライラ。

 切った服をゆっくりと脱がせると、ライラが持っていたナイフの腹がエミルの頬に当たる。

「あっ……いや……」

 体に力が入らない状態のエミルは、声にならない悲鳴を上げるだけで全く抵抗できない。
 そんな彼女の反応を楽しむかの様に、ライラは持っていたナイフの先をエミルの体の至る場所に押し当てる。

 彼女のまるで小動物でも虐めるかのような瞳と、その鉄の冷たい感覚がエミルの恐怖心を煽っていく。
 
 小刻みに震えるエミルの耳元にふーっと息を吹きかける。
 その瞬間。エミルの体が無意識にビクッと震え、そんな彼女の耳元でライラが熱を帯びた声で優しくささやくように言った。

「エミル、本当に可愛いわ~。その青くて透き通るような髪も。その涙で潤んだ青い瞳も。そして……その甘い声も、全てを私色に染め上げたかった……」

 ライラはゆっくりとエミルの首に指を押し当て、体を撫でるようにして胸元に手を持っていくと、エミルの大きな膨らみを片手で鷲掴みにした。

「……そ、そんなところ……」
「エミルのここは前より大きくなったわねぇ~。それにすっごく柔らかい」
「あっ……ダメです。おねえさま……」

 その感触を堪能するように優しく揉みしだくと、エミルは甘い声を漏らす。

「ふふっ、そろそろ頃合いね……」

 ライラは不敵な笑みを浮かべると、エミルの胸の突起を指で思い切り抓り上げる。

「いやああああああっ!!」

 その突然の刺激に、エミルは体を跳ね上げるようにして悲鳴を上げた。
 直後、エミルの耳に今までの優しい声音ではなく。まるで別人の様なライラの低く狂気に満ちた声が飛び込んでくる。

 その声音は、明らかに殺意に満ちていた。

「……残念よ、エミル。貴女を疑うことになる日が来るなんて……」
「……なっ、なにを……お姉様。痛い! 痛いです!!」
 
 敏感な部分を更に強く抓られ、エミルが苦痛で表情を歪める。

 そんな苦しそうに悶える彼女に、ライラがなおも言葉を続けた。

「人が最も口が軽くなる時……それはベッドの上よ。これはエージェントとしての常識……さあ、答えなさい。どうして貴方があの子――いや、博士の忘れ形見。夜空星に近づいたのかを……」
「痛い……痛い……」

 痛みと困惑からその質問の意味が理解できず、エミルはただただ涙を流す。 

「痛みから逃れたかったら、薄情なさい!!」

 そんな彼女にライラは執拗なまでに問い掛ける。すでに先程までの微笑みを浮かべる彼女はそこには居なかった。

 まるで別人の様な彼女の豹変ぶりに、さすがのエミルも困惑するばかりだ。しかも、全身を電気のように駆け巡る鋭い痛みで自慢の頭も回らない。だが、エミルは想像を絶する様な痛みから『痛い』以外の言葉が出てこない。

 声にならない声でひたすら痛いと口にするエミルに、怒りを露わにしたライラが声を掛けた。

「――痛くて当然よ。貴女に投与したのは痛覚を通常の数十倍にする薬――しかも麻痺のおまけ付きよ……今のその痛みは、例えるなら全身の皮を剥いで塩を練り込んだ時くらいかしらね」

 全身から汗を吹き出し、痛みで悶絶しているエミルの体から手を放すと、ライラは今度は優しく諭すように告げた。
 
「さあ、あの子に手を出した理由を教えて?」

 アメとムチを使い分け、巧みにエミルの心の内を露わにさせようとするライラ。

 体が麻痺して痛みで脳が麻痺している中、エミルの涙で滲んだ虚ろな瞳が視線の先の微笑みを浮かべるライラの姿を映す。

「はぁ……はぁ……それは……」
「……それは?」

 ライラが聞き返すと、思考が完全にストップしたエミルは息を整えて小さく呟いた。

「あの子が……星ちゃんが好きだから……」

 エミルはライラの目を見て真剣に答えた。
 その真っ直ぐな瞳を見て、ライラが「そう」と短く告るとにっこりと微笑む。

 エミルはほっとしたのか、大きく息を吐いて瞼を閉じる。

『これで何もかもが終わった。後はこの痛みからも開放される』

 そうエミルは思った……。 

 その直後、エミルの体を更なる激痛が襲った。

「きゃああああああああああああああああああッ!!」 

 エミルのけたたましいその叫び声が城内にこだまし、それを聞きつけたイシェルがドアを叩く。

「エミル! エミル!! なにしとるん!? 早くここを開けてッ!!」
 
 ドンドンと激しくドアを叩く大きな音が部屋の中に響く。すると、ドア越しのイシェルに向かってライラが声を発した。

「無駄よ。この部屋のコントロール権はこちらにある。せっかくエミルを貴女から離したんですから、このチャンスは絶対に物にする!」

 ライラはドアから、あまりの苦痛に気を失ったエミルの方に視線を戻した。エミルの腹部には先程までライラの持っていたナイフが、痛々しく突き刺さっている。

 ライラはコマンドを操作すると、注射針の付いた器具を取り出し。躊躇なくエミルの腕に突き刺した。

「……まだおねんねするには早いわよ~。エミル」
   
 器具のガラス管の中の液体がエミルの中に全て消えると次の瞬間。エミルが飛び起き、荒い呼吸を繰り返しながら再び襲ってきた激痛にエミルは白目をむくが、今度は気を失うこともできずにすぐに正気を取り戻す。おそらく、それも先程の薬の効力なのだろう。

 まるで、酸欠になった金魚のように口をぱくぱくと動かしているエミルに、ライラが告げる。

「そんな子供じみた理由で、この私を騙せると思った……? 一番最初の薬の効果で聴覚も上がっているから、この程度の苦痛でも聞こえているはずよ。もう一度聞くわよ? あの子との接触を試みた貴女の本当の目的はなに? 事と次第によっては、ここで死んでもらうわ……最初にあの子に触れたエルフの男の様に……」
「……さっきも言った通りよ……ライラ。私はあの子が好きだから一緒に居るの……それ以上でも以下でもないわ!」
「そう。残念ね……なら、昔の好みで一瞬で殺してあげる……」

 返答を聞くと、冷徹な声でそう言ったライラの手に、今度は別のナイフが握られている。

 大きく振り上げたそれを振り下そうとした直後、2人の視界が金色の光りに包まれた。突如発生したその光に、今まで圧倒的に優勢だと思っていたライラがあからさまに慌て出す。

「この輝きは! オーバーレイ!!」
 
 すると、今度は脳の中に直接声が送り込まれてきた。

『これ以上の戦闘行為は認めません。今すぐ武器を収めて下さい』
「……くっ、あの子の声……でも、まだ眠っているはず。効き目が切れるのは翌朝なのに。どうして今……」

 困惑しながらも、星の声が言う通り。あっさりとライラは手に持っていたナイフをアイテムの中に戻す。
 彼女が口にした『オーバーレイ』がなんだかは分からないものの、エリエとダークブレットの首領の男との戦闘中に使用したものと全く同じものだろう。

 全てのステータスが突如『1』に下げられた状態を見ると、この固有スキルは屋内の非戦闘地域でも関係なく発動が可能らしい。その直後、ドアが勢い良く開いて部屋の中にイシェルが飛び込んでくる。

 イシェルは殺気を漲らせながらゆっくりとライラの元へ来ると、低い声で告げる。

「――はようエミルから離れなはれ! ……さもないと、今度はうちがあんたを殺すことになるえ?」

 先程の星の声が聞こえていたのか、イシェルは今にも殴りかかりそうに拳を握り締めながら、歯を噛み締めている。

 ライラは諦めたように「降参よ……」と小さく告げると、潔く両手を上げた。

 その後に事が治まると、イシェルはライラから奪った解毒剤をエミルに投与し、混乱を避けるべく何事もなかったかのようにエリエ達のいる部屋に戻った3人――その瞳に映ったのは、金色に輝く『エクスカリバー』を握り締めた星とテーブルを挟んで距離を取りながら、どうにかなだめようとしているエリエ達の姿だった。
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