第307話 赤黒い炎

文字数 3,524文字

 しばらくして紅蓮達の元に白雪が戻ってくる。額に汗した彼女の様子を見ると、彼女は相当急いでここまでやってきたのだろう。

 まあ、ゲーム世界で汗を掻くというのもおかしなことだが、それはゲームに臨場感を持たせる為の演出であり、それ以外に何の目的もなく。体温調節などは大気中の空気が自分の状況での適温に常に調整される為、この世界では一切必要ない。

 だが、普段は冷や汗一つ掻かないで涼しい顔している白雪が、ここまで焦っているのは今までに類を見ない。いや、紅蓮も彼女と出会って初めてのことかもしれない。

「紅蓮様! 敵のルシファーですが、頭部には角があり下降修正前であることは間違いありません。しかし、その体を燃やすように赤黒い炎を纏っており。驚くのはその炎が周囲にいる取り巻きの雑魚モンスターにまで伝染しているということなのです。ですが、体が炎で焼かれているにも関わらず、HPの減少も見られず何の目的の為にあの様な行動に出ているのか全く分かりません。しかし、体に赤黒い炎を纏ったことによって不気味さを増しているのは確かです。決して油断せずお気を付け下さい!」

 息を整えて早口で一気に話した白雪の報告を聞いて、紅蓮は少し考える素振りを見せると持論を展開する。

「――赤黒い炎ですか……単に威嚇で行っているとは思えませんね。近付いた時に追加ダメージを負わせる為か能力強化の目的で行っているとしか私には考えられませんが……貴方達はどう思いますか?」

 紅蓮はすぐ隣で白雪の報告を共に聞いていた剛とメルディウスに尋ねた。

 彼等も少し考えるように顎の下に手を当てると、しばらくして彼女の質問に答える。

「考えたが、俺は威嚇だとしか思えないんだが……だってよ。敵は優位な立場にいるんだぜ? 兵力だけではなく兵の質も高い。何と言ってもモンスター全てがレベル100なんだからな。いくら千代でも、全員がレベルMAXまでいってるプレイヤーは八割いるかいないかだ――そこにこれ以上なにかする必要はないだろう? 俺達をビビらせる為にやってるとしか思えない」

 そう意見を述べたメルディウスが、自分の意見に自信あり気に胸の前で腕を組む。

 しかし、その横にいた剛の方はもう少し慎重に事を考えていた。

「敵はこの拠点が周囲を深い水堀で囲っているアンデッド対策のされた拠点だと知っている。しかも、彼等は近くに生息しているモンスターしか召喚できない。ルシファーや高位のモンスターは例外だが数が少ない。千代の街が今まで持ち堪えてこれたのは、これらのルールの様なものがあったからだ。千代の街はアンデッド系のモンスターでは決して落ちない! しかし、ここに来てその均衡を破ってきたというのはつまり……白雪の見た赤黒い炎が鍵を握っていると僕は考えている」

 だが、その意見にメルディウスが真っ向から否定した。

「バカ! 火は水に弱い。子供でも知っている常識だぜ? 剛。そんなことも分からないお前じゃないだろ……お前疲れているんじゃないのか?」
「いや、それは違うよメルディウス」

 しかし、今度は剛の方が彼の意見を真っ向から否定する。

「物に火が付くには発火点と呼ばれるその上限を超えると火が付いてしまう温度が存在する。水をかけるのはその温度を下げる為なんだ。もう一つ火を消す方法としては酸素の供給を止めてやればいい。それを利用したのが消化器でありあの粉には酸素の供給を抑える働きがある。まあ、今は泡や二酸化炭素のものもあるけどね……それを踏まえると、確かに君の言うように火は水に弱いという理論はあっている。けど、それは現実世界ではの話だよ? それを考慮すれば、相手はその原則を崩そうとしているに違いない。要は、僕達の中にある『火は水に弱い』という固定概念を逆手に取ろうとしていると僕は考えている」
「また難しいことばかり言いやがって……結局はどういうことだよ!」

 メルディウスには剛の言った意味が理解しにくかったのか、不満そうに口を尖らせているメルディウスが彼に尋ねた。
 
 剛は不敵な笑みを浮かべると、徐に口を開いた。

「――要するに、ゲーム世界では現実の常識が通用しないということさ」

 紅蓮がなるほどと納得する中。メルディウスは「なら、最初からそう言えってんだよ」と不満そうに毒づく。
 その直後、目の前に白雪の言っていた赤黒い炎を纏ったルシファーの姿が肉眼で確認できた。

 大きな山脈を抜けて出てきた赤黒い炎を纏ったその姿は朝日に照らされていて、まるで天界から現世に顕現した不動明王の様にも見える。

 驚愕するメルディウスと剛を他所に、紅蓮は実に冷静だった。
 
「おそらく。剛の意見が最も核心を突いているかもしれませんが、私達だけの情報では不十分です。有力な情報を持っている人が他のギルド、プレイヤーにいないか探しましょう――時間はありません。剛はギルドホールに行って、街のトップギルド特権の一斉送信のメッセージで情報提供を呼び掛けて下さい。メルディウスはギルドのトップの皆さんに情報を集めて頂けるようにと……どちらも至急であると付け加えることをお忘れなく」
「「了解!!」」

 彼女に言われたことを即座に行動に移す剛とメルディウス。

 白雪は真剣な面持ちで紅蓮の方を見ると。

「紅蓮様。私は何をすれば……ご命令を!」
「白雪。貴女は戻ってきたばかりです。疲れているでしょう? 休んでいて下さい」

 返ってきた予想外の言葉に、白雪は一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに声を大して叫んだ。

「どうしてですか! 私はまだ動けます。私にも何か命令を! 紅蓮様!!」

 迫りながら声を荒らげる白雪に、紅蓮は至って冷静に言葉を返す。

「貴女は勘違いをしていますよ? まだ戦闘は始まってもいません。確かに予想外のことが起きて混乱しているのは分かります。しかし、だからこそ冷静さを欠いてはいけないのです。白雪、戦いの時に全力を出す為には休息も大事ですよ」
「……了解しました」

 悔しそうに歯を食い縛りながら、感情を抑え込む白雪。

 だが、彼女だって紅蓮の言っている意味は理解している。しかし、紅蓮の瞳に自分がもう行動できないほど疲労していると写ったことが悔しかったのだ。するとその時、驚いた様子でメルディウスが紅蓮に告げた。

「いやー、驚いたぜ。てっきり今回のルシファーの現象を知ってる奴はいないと思ってたんだがな。ジジイの仲間が赤黒い炎を纏った敵と戦ったことがあるらしい。今からこっちに来るってよ!」
「そうですか……できるだけ早くきてくれればいいのですが……」

 だが、紅蓮のその心配は無駄に終わる。何故なら、それから数分の間にライトアーマードラゴンに乗ったエミルとイシェルがやってきたからだ。

 2人は紅蓮達の前に飛び降りると、まだ遠くにいる赤黒い炎を纏ったルシファーに目を向けた。

「――間違いないわ。あれはがしゃどくろとの戦闘の時に見た炎を同じ、あの炎を纏っている間は通常攻撃は通じない。属性攻撃の武器でなければ効果がない」

 紅蓮は訝しげに目を細めると、俯き加減に呟く。

「……属性攻撃の武器ですか――それは厳しいですね。属性武器はトレジャーアイテムなどの高位の装備アイテムにしか備わっていませんから。もしそれが本当だとすれば、今のこの状況は厄介ですね……」
 
 属性系の費用対効果の大きい武器はゲームバランスを崩しかねないということで、鍛冶でも武器に属性攻撃を付けることはできない。

 メルディウスのベルセルクや紅蓮の小豆長光など。炎系、氷系などの属性ダメージは普通の武器の攻撃力に更に追加されるダメージであり。毒などの異常状態と併用すれば、その効果は計り知れない。それ故に、固有スキルでもレアの部類に入っており、武器よりもレアリティ度合いは高い。

 富士のダンジョンのボスのがしゃどくろでもそうだったが、属性攻撃以外で倒せないというのは戦闘時間がそれだけ長くなるということだ――ルシファーだけならまだしも、その周囲にいるモンスターにもその効果が飛び火していく。まあ、厄介なのはこの部分であろう……。

 モンスターとプレイヤーの勢力図は圧倒的にモンスターの方が多く、そのレベルもモンスターの方が圧倒的に上である。

 そのバランスを属性攻撃付きの武器という縛りで、更に狭めようというのが敵の思惑だろう。
 これによって、メルディウス達の千代連合軍は防衛以外の選択肢を完全に失った。通常攻撃の効かない相手と遮るもののない平地戦を挑むのは、あまりにも無謀過ぎると言わざるを得ない。

 エミルは紅蓮の状態を見て、彼女がすでに戦闘をできないと悟ると、リントヴルムを召喚してその背に飛び乗った。
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