第234話 作戦決行2

文字数 4,164文字

 本来エミルは、一本より二本での高速戦闘を得意としている。どうして普段から剣を二本差してないかは分からないが、何らかの理由があるのは間違いない。
 普段は封印している一本を取り出していることから、今回の作戦に懸ける彼女の意気込みを感じられた……。

 エミルは鋭い目つきで、自分の数十倍はあろうかというルシファーを見上げた。

(――マスターの言うように、星ちゃんの固有スキルを使えば簡単に敵を倒せるかもしれないけど……でも、前回スキルを使った後で2日も眠っていたのよ? 次に使えばどうなるか分からない。……絶対に使わせない。私があの子に降り掛かる災厄全てを消してあげる。少なくとも……ここにいる間はね!)

 腰に差した剣を抜くとそれを地面に突き立て、次に腰に巻いたドラゴン召喚用の2つの巻物を抜き取った。   
 
 地面に巻物を投げると、地面に巻物が広がる。

(勝負はこっちのドラゴンがルシファーに感知される一瞬……私が早いか、向こうが羽根を飛ばすのが早いか……)

 緊張から召喚用の笛を握る手が汗ばみ、エミルは唾を飲み込んだ。
 小さく深呼吸をしたエミルが遂に動き、持っていた笛を吹き鳴らすと目の前の巻物から煙が立ち上りリントヴルムが現れた。

 思っていた通り、リントヴルムが現れた直後にルシファーにより捕捉され、直ぐ様その大きな翼が左右に広がる。だが、エミルも直後にもう一つの巻物と融合の笛を連続して吹く。

 リントヴルムの体が光を放つのと同時に、ルシファーの羽から放たれた無数の羽根がその体に当たり、一瞬で辺りを土煙が包み込んだ。
 固唾を飲んで見守っていると、次第に煙が収まり翼を折りたたんで自分を防御しているリントヴルムの姿が見えた。

 そのダイヤモンドの鱗で囲まれた姿に、エミルはほっと胸を撫で下ろした。しかし、それも束の間。自分の羽根が効かなかったと分かったルシファーが、持っていた剣を構えて突撃しようと向かってくる。

 エミルはすぐに腰のベルトからもう一つ巻物を取り出し、投げる様に広げ即座に紐に繋がっている笛を吹く。

「リント! 飛びなさい!」

 リントヴルムはエミルの声に答えるように、自分を包み込む様に折りたたんでいた翼を広げ、数回はためかせると勢い良く空へと舞い上がった。

 その直後、リントヴルムの立っていた場所をルシファーの剣が空を切る。
 剣のあまりの大きさに、巻き起こった風で辺りの木々が激しく揺れた。エミルの召喚したドラゴンを覆っていた煙すら掻き消す勢いだ。

 消えた煙の中に居たのは黄金に煌めく二本の長く鋭利な剣の様な角を持つ2つの頭に、黄金に光る鱗を持った美しい飛竜だった。

「ツインヘッドソードドラゴン! リントヴルムを追って!」

 ドラゴンはその頭の大きな剣を縦に振ると、勢い良く飛び上がり先に飛んでいったリントヴルムを追う。

 エミルはそこで透かさず再び融合の笛を鳴らす。
 すると、空高くに飛び上がっていたリントヴルムが体を丸め強い光を辺りに撒き散らし、真珠の様な美しい球体の姿に変わる。そこに、後から召喚されたツインヘッドソードドラゴンも光に吸収されていった。
  
 ほっとするのも束の間。エミル達を取り囲む様に、すでに多くのモンスターの群れが包囲を完了している。

 モンスター達は各々の得物を構え、ヨダレを撒き散らしながらエミル達をその鋭い瞳で狙っていた。

 エミルがドラゴン達を呼んだ時の笛の音に反応したモンスターに釣られて感知したのだろう。襲いかかっては来ないものの、蟻の這い出る隙もないほど完全に周囲を包囲されてしまっている為、もはや逃げることもできそうにない。だが、マスターはそうなることも承知していたのか、声を上げ真っ先にミノタウロスへと向かっていく。

「各自ミノタウロスを撃破せよ! 雑魚にはできるだけ構うな! 大物を潰せればそれでいい!」

 そう告げて突進していく彼は地面を蹴って、大きな棍棒を持ったミノタウロスに向かって拳を振り抜いた。

 刹那、マスターの体を包むように風が巻き起こり、ミノタウロスごと木々と雑魚モンスターを薙ぎ倒しながら遠くへと追いやっていく。それはすでに、ゲームバランスもへったくれもない……。

「――俺も行くぜ! 雑魚は任せるぞ小虎!」

 メルディウスは背中に背負っていた大剣を引き抜くと、その大剣は金色に光り輝き大斧の姿に変わり。彼はそのまま、自分と同じく大斧を持ったミノタウロスへと突進していく。

「ちょ、待ってくれよ。兄貴!」
 
 雑魚に構うなと言われたばかりで雑魚を任せるとギルドマスターに言われ、動揺を隠しきれない小虎が叫ぶが、その声はすでにメルディウスに届いてはいない。

 小虎は頭を掻きむしると、吹っ切れた様に固有スキル『鬼神化【阿修羅】』を使用する。
 体から炎が立ち上がり。炎で形作られた腕4本と顔2つが同時に現れ、赤い大剣を抜き取るとそれもコピーするように炎で同じ大きさの剣が各腕に生成される。

「僕が雑魚を惹き付けます! 皆はミノタウロスをやって下さい!」

 そう言い残して、目の前の敵の群れに突っ込んでいく小虎。

 それに従うようにデイビッドとエリエが別々のミノタウロスに襲い掛かり、心配そうにすでに姿の見えなくなったマスターの方を見つめていたカレンが少し遅れてデイビッドの方へと加勢に向かった。

 残されたイシェルがエリエの加勢にいこうとしたその時、エミルが徐に叫ぶ。

「――イシェは残って、私のサポートをお願い!」
「……せやかて、ええん? エリエちゃんだけやと、負けてしまわれへん?」

 イシェルの言葉は最もだ。経験で言えば、エリエの方がエミルに比べて数段劣る。

 また、レイピアを主要武器にしているエリエはスピードを最大の強みにしており。こう周囲を敵に囲まれた状況では、どこにいっても敵しかいないので、そのスピードも遺憾なく発揮されることは少ないだろう。しかも、エリエは武器はあれ一本しか持っておらず。他のインベントリの中には、お菓子や食材などでごった返している。

 さすがに今回ばかりは回復系のアイテムを入れてきてはいるだろうが、だとしてもお菓子も入っているだろう。その為、圧迫されたインベントリに代わりになる武器は入っていないと推測できる。

 もしも戦闘で武器が破壊されれば、裸同然の彼女の装備では逃げ切れないだろう。だが、エミルは余裕とも言える笑みを浮かべて困惑するイシェルに告げる。

「大丈夫よ。エリーは剣を使った戦闘だけなら、私よりも強いから……それより、今回のルシファー相手じゃ、命令してからでは動作が間に合わない。五感をリントヴルムとリンクしている間は、私の体はどうしても無防備になるわ。だから、後はお願いね。イシェ」
「分かった! ええよ~。しっかり戦ってきてな~」

 この緊迫した状況で、意外なほどあっさりとエミルの要請を受け入れるイシェルに少し拍子抜けだが、これが普段の彼女と言えば、そうなのかもしれない。

 微笑みを浮かべたエミルは地面に刺さった剣を引き抜いて両手に装備すると、深呼吸をしてゆっくりと瞼を閉じる。

「リンク・フルコントロール……」

 小さく呟いた直後、上空の光の球体からダイヤモンドの鱗に巨大な翼に双剣を手にした竜人が現れる。
 それはライラとの一戦で見せたリントヴルムの融合後の真の姿『リントヴルムZWEI』だ――だが、以前は大きなサイズを手にしていたのだが、今回は双剣に変わっていた。

 どうやら、合わせるドラゴンの種類によって変更可能なようだ……体中の鱗のダイヤモンドによって防御力と武器によって攻撃力を、ドラゴンの体より人に近付いたデザインによって、俊敏性や攻撃速度も攻撃のバリエーションも元の姿よりも段違いに上がっているだろう。

 様子を窺っていたルシファーが漆黒の翼を広げ空へと舞い上がると、何の警戒も躊躇もなく剣を振りかぶって攻撃してくる。リントヴルムZWEIもその攻撃を待ち構える様に受け止めた。

 2体の巨体が空中で鍔迫り合いを続ける中、地上でも激しい攻防が繰り広げられていたその頃――。

「はあああああああッ!」

 自分達の5倍はあろうかというミノタウロス相手に、エリエのレイピアによるみだれ突きが炸裂する。

 だが、俊敏性特化型の彼女のステータスを持ってしても、減らせたHPゲージは微々たるものだった。

 ――ブロオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 地響きの様なミノタウロスの咆哮とともに、持っていた大剣がエリエ目掛けて振り下ろされる。
 しかし、エリエは呆気ないほどに回避する。が、その直後、地面に当たった大剣の威力で辺りの土を巻き上げ、その土煙によって一瞬にしてエリエの視界が奪われた。
  
「うわっ――ペッ! ペッ! 何よもう……口に砂入ったじゃないバカ!」

 エリエが口の中に入った砂を吐き出していると、ミノタウロスの咆哮が再びエリエの耳に飛び込んできた。

 だが、不満を漏らしていても即座に固有スキル『神速』を使用して次の攻撃に備えるあたりは、さすが高レベルプレイヤーと言ったところだろうか……すると立ち上がっている土煙が揺らぎ、煙を切り裂くように中から巨大な刃が現れる。

 エリエはそれが目に入ると直ぐ様、きれいな背面跳びで華麗にかわす。その後、着地すると土煙の中をエリエは迷うことなくミノタウロスに向かって走り出し、その胸元目掛けて跳び上がってレイピアを構える。 

「このレイピアは『隼』て言って、特別な武器スキルを持っているのよ……くたばれ牛人! 必殺500連撃!!」

 高速で突き出される突きにミノタウロスのHPはすぐに尽き、その体が倒れるより早く光となって空へと消えていった。

 大きく吸い込んだ息を吐き出した。

「……隼の武器スキル『瞬速』は攻撃速度を上げる技。それに固有スキルの『神速』の効果をプラスする事で、上限を超えた速度に対応できずに5連撃をシステムが1回に勝手に変更する。それを100回繰り返すと自然と500回攻撃したのと同じダメージを与えられるんだよね~。まあ、結局インチキだからOVERKILLボーナスはもらえないんだけど……」

 エリエはミノタウロスが残した光が消えるのを待って、エミルの方に走ろうとした時、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。
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