第354話 太陽を司る巨竜17

文字数 3,099文字

 白い着物の男が刀を振り抜くと地面に水龍が現れたかと思うと、その水龍はすぐに地面の中に吸い込まれていった。すると、つまらなそうにしていた男が持っていた薙刀を空中で振ると、地中から巨大な根っこが赤い鱗の巨竜の体に無数に纏わり付き、その根から複数の小さな根が地面に垂れ下がる。

 多くのプレイヤー達が地面を引きずるように垂らされている細い根っこを掴んで力一杯に引き始めた。そこにはカレン、ミレイニとその仲間の動物達も混ざっている。
 まるで綱引きの様な光景が広がり、全力で綱を引く数万のプレイヤー達が、足に張り付き歩みを止めようとしているエミル達に加勢する。その直後、今までびくともしなかった赤い鱗の巨竜の歩みが完全に止まった。

 おそらく。白い着物を着た短い白髪の男はデュランの命令で、赤い鱗の巨竜を木の根で拘束したのだろう。すると、その男がデュランの方を向いて含みのある笑みを浮かべた。

「ツンデレってやつですか? まったく、我が主様にも困ったものだ。助けるならそうと、素直に言えばいいのに……」
「――いや。俺は興味のあるものにしか手を差し伸べないよ? 俺が見たかったのはあの子の潜在能力の方だよ……」

 デュランはそういうと、赤い鱗の巨竜ではなく頭上を見上げた。彼の見上げたその先にいたのは、ペガサスに乗った星の姿だった。その手には、黄金の剣『エクスカリバー』が握られている。

 星は赤い鱗の巨竜にエクスカリバーの刃先を向けると、決意に満ちた瞳で見据えていた。
 当然だ。彼女の背中には千代の街が広がっている。もうこれ以上は、この巨大なドラゴンを街に近付けるわけにはいかない。

 今までは赤い鱗の巨竜から悲しみにも似たなにかを感じていた。それが星の戦う意思を妨げていたのだが、さすがにエミル達が戦う姿を見て決心が付いたのだろう。

 星は動けなくなっている巨大なドラゴンを見据えると。

「ごめんね……」

 小さくそう呟いた後、星は大きな声で叫んだ。

「ソードマスターオーバーレイ!!」

 すると、剣を構えている星の視界に文字が表示される。

『ゲームマスターの権限を持つ者でしか制御できないモンスターです。制御権限を使用しますか? 【YES】【NO】』

 星は指を【YES】の方に持っていくが、躊躇するように一度その手が止まる。だが、すぐに唇を噛んで目の前に出ているそのボタンをタップする。

 すると、星の持っていたエクスカリバーの刃が激しく振動し激しく左右に揺れる。

 直後。エクスカリバーの剣の刃から溢れた光が空中に向かって剣の形を型取りながら伸びていく。

 ペガサスに乗った星が光の刃を持つエクスカリバーを頭上に振り上げると、ふとその視線がペガサスの背中で気を失っているレイに向いた。そして、その視線を巨大なドラゴンに向けると、悲しそうに眉をひそめながら呟く。
 

「……本当はあなたも傷付けたくない……でも、私は弱いから。だから今は……こういう方法でしかあなたを助けられない!」

 光の刃を大きく振り下ろすと光り輝くその刃が更に巨大化して、数キロもある巨体を持つドラゴンの体を縦に切りつけた。

 その後、星は金色の光を放っているエクスカリバーを自分の腰の辺りに構えて告げる。

「――今は小さな光だけど、いつか全てを照らせる光に…………私の想いを乗せて……闇を浄化する光よ。かの者の穢れを消し去れ! サザンクロス・レイ!!」

 構えていたエクスカリバーを大きく横に振り抜き、先程の縦の斬撃と共に赤い鱗の巨竜の体を大きくクロスに光の刃が斬り裂く。

 その直後、数キロにも渡る山の様な赤い鱗の巨竜の巨体が、その場にドスンと力無く崩れ去る。
 
 だが、不思議なことにその体のどこにも切り傷はなく。ただただ、意識を失って倒れているだけにしか見えない。間違いなくエクスカリバーの放つ光の刃がその身を貫いたはずなのだがその痕跡がどこにもないところを見ると。今回の星が放った一撃は、敵を殺すのではなくその動きを無力化する能力なのだろう……。

 それを見て、星はほっと胸を撫で下ろすとエクスカリバーを鞘へ戻す。

 ペガサスに地面に降りるようにお願いした星は、地面に着地したペガサスの背中から降りると、頭を上げたペガサスの頬を優しく撫でると「ありがとう」と微笑みを浮かべた。すると、そこにエミルが駆け寄ってくる。

「星ちゃ~ん」

 驚いて彼女の方を向いた星の体を衝撃が突き抜け、それと同時に星の体を温かいものに包まれる。

 気が付くと、星の小さな体がエミルの腕の中にすっぽりと包まれていた。

「本当に凄いわ! 星ちゃんがいなかったら、私達も千代の人達も消えてたわ。それくらい凄い事をしたのよ?」
「……は、はい」

 星は自分が何をしたのかいまいち理解できていないのか、星は困惑した表情で返事をする。

 そんな星の頭を撫でると、エミルは星のその頭を自分の胸に押し付けて、今度は優しくゆっくりと撫でて耳元でささやく。

「……正直。出会った時は、まさか貴女がこんなに強くなるなんて思わなかったわ……」
「――えっ? 私は強くないです……この剣があったからで……」

 エミルのその言葉に表情を曇らせた星は、自分の腰に差した金色の装飾が施された剣。

 全てのプレイヤーを操作できる能力を秘めた聖剣『エクスカリバー』に手を置いた。

 そんな星の表情から察したのか、エミルは剣の柄に置いている星の小さな手を両手で包み込むようにして掴むと、星の顔をまじまじと見つめて優しい微笑みを浮かべた。

「違うわよ……私が言ったのは武器の力じゃない。心の方よ――」
「――こころ?」

 エミルの言った『心』という言葉を疑うように首を傾げる星。

 そんな彼女にエミルはゆっくり大きく頷くと……。

「そう。星ちゃんは本当に強くなった――私や他の誰よりも……だって、最初は始まりの街のラビットで怖がっていたのよ? それがこんな巨大なドラゴンとも戦えるようになって……良く頑張ったわね。えらいわ」
「……はい」

 星の頭の上に手を置いて撫でると、星も瞳に涙を浮かべて頷いた。
 いつもの星なら素直に受け取らないであろうその言葉を、星が素直に受け取ったことは、それだけ今回の戦いが彼女にとって辛いものだったことを意味しているのだろう。

 エミルが星の頭を撫でていると、突然その場に何者かが拍手をする音が聞こえてくる。

 2人はその音のする方向を向くと、そこには今まで完全に姿を消していたはずのライラが立っていた。
 その彼女の姿を見た瞬間、エミルは星の手を引いて強引に自分の後ろに隠すと一瞬で鞘から剣を抜いて構え睨む。

「……全然接触してこないから、もうてっきり死んだと思っていたんだけど?」
「ふふっ、相変わらず可愛い反応するのねエミル」

 そう言って悪戯な笑みを浮かべた彼女の姿が目の前からスッと消え、次の瞬間にはエミルの隣に現れてエミルの耳にふぅっと息を吹きかける。目を見開いたエミルは、素早く持っていたロングソードを振り抜く。

 だが、固有スキルがテレポートのライラには当たるはずもない。瞬時に移動したライラを鋭く睨み付けるエミル。

 ライラは勝ち誇った様な笑みを浮かべていると、次の瞬間彼女の立っていた場所に赤い光が降り注ぎ激しい爆発を起こす。
 その凄まじい破壊力にペガサスは慌てて空へと逃げ、エミルは近くにいた星を庇うようにその体を覆い隠している。
 
 爆風が収まりエミルが再びライラの居た場所を見ると、地面に大きなクレーターができていてその前に弓を持った巫女服を着た少女が立っていた。

「イシェ!?」 

 驚き声を上げたエミルに、イシェルが笑顔で応えた。
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