第273話 メルディウスからの呼び出し

文字数 2,803文字

                 * * *


 お風呂でエリエ達と別れた紅蓮は、メルディウスに指定された天守閣へと向かっていた。
 千代のギルドホールは特殊で、外観は城のような造りになっている。その中でも天守閣のある最上階は千代でもトップのギルドのみに所有を許された言わば聖域。

 所有権のあるギルドから認可された者しか、入室することはできない。その為、重要な話はこの天守閣で行うことが多いのだ――。

 紅蓮が天守閣に着くと、そこにはすでにメルディウスが来ていて、大きな長テーブルが置かれ、隣には街の強化を進めていた剛、その横に白雪が座っている。

 静まり返っている室内に、ゆっくりと紅蓮が入り中央にある長テーブルの前に腰を下ろし、向かい合うメルディウスに視線を移す。
 普段は紅蓮に頭の上がらない彼が珍しく憤った様子で、まるで鬼神の如く。明らかに敵意を向けた瞳で彼女を睨みつけていた。

 だが、その凄まじい視線を受ける紅蓮は普段通り平静を保っている。互いに顔を見合わせ、睨み合いを続けていた。まあ、紅蓮の方は眉ひとつ動かしてないのだが……。

「――白雪から全て聞いた。どういうことか説明してくれるな?」

 感情を抑えながらも、その怒りで震える声音から彼の心の内は周りに丸分かりだ。

 憤っているメルディウスと違って、紅蓮は冷静に大きくため息を漏らすと。

「はぁー。そうですか、バレてしまったのなら仕方ありませんね……白雪から聞いた通り。マスターが行方不明となった為、白雪に街の周囲の偵察と、あわよくばマスターの行方も探れれば良かったのですが……」

 そう言ってチラッと白雪の方を見たが、白雪は首を横に振った。
 それを見た紅蓮は少し残念そうに、視線を下に向けたが、すぐにメルディウスに視線を戻す。

 テーブルに肘を突いて前のめりになっていたメルディウスが「ふぅー」と息を吹き出し。椅子の背凭れに体を預け、難しそうな顔で珍しく考え込んでいる。

 っと数分間考えた後、彼の答えを待って静寂に包まれていた室内にやっと音が響く。

「……まあ、俺も白雪から聞いた時は正直驚いた。だが、紅蓮――こいつはまずいだろ? ここに集まってるのは、一度負けを経験した連中なんだぞ。拳帝という旗印あっての連合軍だ。今はいいが、窮地に立たされた時にジジイがいないと分かれば軍団が壊滅する可能性も――」

 紅蓮はメルディウスの言葉を遮るように言った。

「――その心配はいりません。その為の今日の選抜戦ですから、それともメルディウスは今日対戦したダイロスさんが、約束を無下にして途中で逃げ出すような人に見えましたか?」
「いいや、あいつは自分に掟――縛りを課して己を律するタイプだ。間違っても裏切るような真似はしない。だが、仲間達は分からない……」

 深刻な表情で告げたメルディウスの言葉に、紅蓮も思わず視線をテーブルに落とした。
 確かに彼の言う通り、元はゲーム――つまりは娯楽であり。遊びのゲーム世界に突然閉じ込められ、街の周囲を無数の敵に取り囲まれた最悪な状況下で、メルディウス達のギルドからも、ちらほらと諦めに似た言葉も聞こえているのは事実だ。

 犯人はプレイヤー全員をVRMMORPG【FREEDOM】の中へと閉じ込め、システムを改悪して各街に不滅のモンスター軍団を差し向けてきたのだ。街に押し込まれた時点で、すでに脱出は不可能であり。システム上、街の中にモンスターが入ってくることができる為、プレイヤー全体を排除しようとしてるのはもう間違いない。

 凄腕のプレイヤーが集まっているとはいえ、無限湧きする敵と漆黒の刀身の刀『村正』と同じ素材の武器によって、それぞれがレベルが100に引き上げられているのも忘れてはいけないだろう。

 実際、メルディウス達のギルドでも街をモンスターの軍勢に囲まれ、生存を諦め始めた声がちらほら上がっていた。
 それもそうだろう。本当のオンラインゲーム初心者でなければ、撃破されたモンスターが再び湧く――リポップを知らない者などいない。それは多人数で狩りを行うゲームなら当たり前とも言える機能である。

 もしも倒されたモンスターが二度と復活しなければ、早い者勝ちや強者だけが一方的に報酬を得られる殺伐としたものになってしまうだろう。
 その為に同じ出現場所に決まった体数が再び湧く【リポップ】というシステムがある。また、ある程度決まった出現場所から移動した際には、モンスターを削除する機能もシステムで設定されている。

 特定のモンスター以外を例外として、フリーダムにもこのシステムが本来ならば備わっているはずなのだが。今はシステムの改悪によって機能を失っていて、固定体数に関係なく無限に湧き続け、しかも意図的に指示を出して操作されている。そうでなければ、街をモンスターの軍勢に取り囲まれる現状には陥っていない。

 最早言うまでもないが。このゲーム内に全世界のプレイヤー数百万人を閉じ込めた狼の覆面の男――彼は自分の所属する組織を『シルバーウルフ』と言っていたが、その正体も未だに謎に包まれていて、実際にモニター越しではあるが、姿を現しているのは狼の覆面の男だけだ。まあ、今はそんな組織の存在の信憑性より。実際に、彼が初日に語った『現世の扉』があるかどうかだ――。

 この現状に陥る前にも数多くギルドがダンジョン攻略やフィールド探査を繰り返していたが一向に発見どころか、辿り着くヒントすら見つけられていない状態で、今の終わりの見えない籠城策を実行している。

 心が折れない屈強な精神の持ち主など多くはいない。どうしても自虐的な言葉が出てきてしまうのは仕方がないことだろう。
 重い空気の中。互いに俯き加減に言葉を発せられない状況のメルディウスと紅蓮に、今までは黙っていた白雪が言葉を発する。

「確かにマスター様の抜けた影響は大きく、今後の士気に関わる大問題です。しかし、まだテスターであるオリジナルスキル持ちの四天王がいます。我がギルドのマスターとサブマスターが!」

 力強く告げた白雪の言葉にも、2人の険しい表情が崩れることはなく。

「……まあな。だが、四天王の1人であるデュランはブラックギルドのダークブレットと雲隠れ。バロンは俺達の救援要請を拒否して、今は街の宿屋で妹といる。あいつも始まりの街で自分の軍の相当数を失ったからな。元々個人で軍勢とやり合えるあいつが、共同戦線を了承した時点で奇跡みたいなもんだし。今後の事を考えれば、戦力の回復に専念するのは仕方ねぇー。俺があいつでもそうするからな……」
「そうですね……始まりの街から無事に出て、千代に来れた事が奇跡みたいなものです。これ以上はバロンに無理強いはできないでしょう……今、彼に内部から攻められるのだけは、避けなければいけません」

 どうやら2人はマスターが抜けた穴を白雪ほど、楽観視していないようだ――。
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