第83話 襲来者4

文字数 4,821文字

 星はレイニールと木の陰に隠れながら、四方からの刺客5人の攻撃を1人で防ぎきっているディーノを見つめていた。

 ディーノはまるでダンスをしている様な軽快なステップで、ランダムに仕掛けてくる相手を細身の剣1つで受け流すだけで、攻撃は全くと言っていいほどしていない。にも関わらず、追い込まれている様子は全くない。むしろ、逆に相手を追い込んでいるようにも見えた。

 5人はそれぞれ別の武器を持っている。リーダー格の大男は大剣、他の男性3人は重そうなランス、長刀、双剣。そして女が片手剣を使っている。

 それぞれに役割があるのか戦闘の様子から見て、どうやら前方2、中央1、後方2のフォーメイションで動いているようだ。
 このフォーメーションが、彼等にとっての自然な動きなのだろう。前方は大剣と重ランス、中央は長刀、後方は双剣と片手剣だ――。

 前方の2人の死角から長刀の男が仕掛けてくる。その後、双剣と片手剣を持った者達が素早く斬り込む。 
 いくら熟練のプレイヤーだとしても、こうも様々な武器で連続で猛攻撃されていれば、動揺して動きが乱れても無理もないのだが、ディーノの表情には焦りというより余裕すら感じられた。

 1対5で勝てるという確信があるのか、不気味なほどに涼しい顔をしている彼に、星は恐怖すら覚えるほどだった。

 逆にローブを纏った5人の刺客の方には、明らかに焦りの色が見て取れる。たった1人のプレイヤー相手に、5人掛かりで攻撃していても彼の防具にすら彼等の手にする得物の刃が届かないなんて前代未聞だろう。

 その中の1人である双剣使いの男が堪らず声を上げた。

「くっ! 隊長! こいつおかしいですよ! 俺達の攻撃を受けて笑っていられるなんて!」

 相当動揺している様子の双剣使いの言葉に、大男が憤り「分かっている!」と声を荒らげた。

 彼等も相当に動揺している様だ――。

 その直後、今度は片手剣を手にした女の焦った声が辺りに響いた。

「リーダー。さっきから固有スキルが使用できません! こんな事、今までにありませんでした!」
「――それも分かっている!!」

 それを聞いて、大男が更に声を荒らげて叫ぶ。
 彼等が狼狽えている理由は本来任意で使用できる固有スキルが、何かの妨害によって使用できないことにあったのだ。

 戦闘において、固有スキルは唯一の切り札になるもの。もちろん、これを相手に見せないことでの駆け引きもできるし、逆に早めに見せることで牽制にもなる。

 見たところ、襲ってきた彼等は戦闘に長けた者達――手練れであることは疑う余地もない。固有スキルの使用の意味も十分に理解しているはずだ。

 浮足立つ彼等の様子に、ディーノは悪魔的な笑みを浮かべ。

「あはははははははははっ!!」

 突如、ディーノの甲高い笑い声が周囲に響いた。
 大剣の先をディーノに向け、大男は不機嫌そうに「何がおかしい!」と叫んだ。

 なおも笑みを浮かべているディーノが、その問に答えるように口を開く。

「簡単な事さ、戦う前に言っていただろ? あの子には興味があるけど、お前達には興味がないと……」
「それでは答えになってはいない! 俺はなぜ笑っていると言ったはずだ!」

 煮え切らない返答に更に声を荒げる男に、ディーノは少し間を開けて言葉を続けた。

「――君は本当に頭が悪いんだね。僕は何度も同じ事を聞かれるのが嫌いでね。それに……君がいくら吠えようが僕の言葉は変わらない。僕は君達には興味がないってね!」

 彼がそう言い放った直後、殺意を剥き出しにした表情を大男に向けた。

 その全身から放たれている圧倒的な威圧感に、その場に居た全員が恐怖して身をすくめている。すると、今後はディーノの全身から赤いオーラが噴き上がる。

 そのオーラを見て、大男は驚いたようにぽかんと口を開けて呟く。

「それは……そのスキルは……」
「――驚いてるようだね……君が今思っている通り。君の固有スキルだよ。どうやら君のスキルは肉体を一時的に強化するスキルのようだね……でも、これだけじゃない。僕の能力はこれに更に付け加える事ができる――」

 ディーノがそう呟き左手を前に突き出すと、刺客5人の両手足が異次元から現れた光る鎖で拘束される。

「これは私の固有スキル――バインド!? でも、私の力では1人だけだったはず。それに拘束力も桁違いに上がってる!?」

 女はそういうと手足を必死に動かして、なんとか拘束を解こうと試みるが、その拘束の強さに手も足もでない。

 他の者達も彼女と同じように、必死に鎖から逃れようと手足を激しく動かしている。

 ディーノはそんな彼らの前にゆっくり歩いていくと、徐ろに口を開いた。

「――どうだい? これが僕の固有スキル『アブソーブ』だよ。このスキルは周囲の相手の固有スキルを一時的に使用する事ができる……勿論、僕が同時に使用できる固有スキルの数に制限もない。敵が多ければ多いほど君達は固有スキルを使用できなくなり、僕は君等の固有スキルを使い放題というわけだ……さて、スキルの種明かしはここまでだ――そろそろ終わりにしようか?」

 説明を終えたディーノは、まるで害虫でも見るような目で鎖で拘束され、地面に伏せる彼等を見下ろす。
  
 その瞳を見て、刺客の5人の体が小刻みに震え出す――それは、彼等が絶対的な力の差を自覚し始めていることを裏付けている。

 これが俗に言う『蛇に睨まれた蛙』というものなのだろう……。

 その時、ディーノが星の方を向いてにっこりと微笑んで言った。

「悪いけど、君達は少し耳と目を塞いでてくれるかい? すぐに済ますから」
「えっ? あ、はい……」

 星は頷くと、不思議そうに首を傾げているレイニールの方を向いて言った。

「ん? 主、どうしたのじゃ?」
「……レイ。今はあの人に言われた通りにして」
「我輩は納得いかぬが、主がそういうなら仕方ない」

 星は彼の放つ威圧感を感じ取ったのか、レイニールの耳元で言われた通りにするようにとささやき、急いで目と耳を塞いだ。

 ディーノはそれを確認すると、不敵な笑みを浮かべると5人に冷たい視線を向ける。

「――さて、この俺の邪魔をした罪は重いよ? 覚悟は……出来てるんだろうね。君達」

 狂気に満ちた声で、持っている剣の先を大男の首元に突きつけた。

 大男は額に大粒の汗を浮かべながら「いったいお前は何者なんだ」とディーノに尋ねた。ディーノはニヤリと不気味な口元に笑みを浮かべ、小さな声で呟いた。

「僕が何者か……いいけど、聞いたら必ず後悔するよ? でも、そうだね。君も自分を殺した者の名前くらい知っておきたいだろうから、特別に教えてあげるよ。僕の名前は…………」
「お前……もしかしてフリーダムのβテストプレイヤー!?」

 彼の名前を聞いた大男の表情が一瞬で青ざめる。

 怯える彼にディーノは微笑みを浮かべ「正解」と答えた。そして再び冷たい瞳に戻ると、手に持った剣を大きく振り上げる。

「ふっ……僕に会ったという事が君達の不幸だよ。それじゃ、話はもう終わりにしようか……さよなら」
「ぐあああああああッ!!」
「隊長!!」

 ディーノは冷たい口調でそう言い放つと、素早く剣を振り抜いた。その直後、大男の体が一瞬で光になって消え去った。

 だが、そんなことは通常のPVPではありえないことだ。
 何故ならこのゲームのシステム上、プレイヤーキルは認められていない。対人戦ではHPが必ず1残り、更に勝負が終わり次第HPは全回復する。

 どんなことがあっても、プレイヤーの装備で他のプレイヤーのHPを全損することは不可能なのだ。しかし、大男はHPが回復するどころか、消滅する時のエフェクトで粉々に光の粒子となって消えた。

 それは本来なら絶対にありえないことが、現実になったと言うこと――。

「驚いているようだね……そう、普通ならここでHPが回復する。でもこのトレジャーアイテム『ダーインスレイヴ』は斬った相手のHPを吸い尽くす――さて、次は君達の番だよ。覚悟はいいかな?」

 残された刺客達は、ディーノの持っていた剣を見た直後、怯えた顔で彼のことを見つめている。

 そんな彼等のもとに、ゆっくりと近付いて行くディーノ。

 それを見て、ガクガクと震え出す4人の刺客達、その時、ディーノと刺客達との間に、星が突然割って入って叫んだ。

「――だめです! どんな事があっても人を傷つけちゃだめです! それはいけない事です!!」

 星はディーノの顔を見上げてそう必死に訴えると、ディーノは呆れ顔で剣を鞘に収めた。

 ディーノは星の涙で潤んだ瞳を見つめ、剣を下ろしゆっくりと口を開いた。

「はぁ……分かった。目の前に立ちはだかって、そんな顔をされたら仕方ないよね。でも、君達を襲いに来たんだよ? 彼等は……それを助けるの? 僕は君のためなら、こんな奴等殺したっていいんだけど……」
「……だめです。私と仲良くしたいなら、もうこの人達を許してあげてください」

 星の決意にディーノの顔を見つめ、にっこりと微笑んだ。

 そんな星の表情を見て、ディーノは「本当におもしろいね。君は……」と呟き微笑み返すと、残る4人の拘束を解いて冷たい口調で言い放つ。

「君達、この子に感謝するんだね。戻ったら君等のボスに伝えるといい。今度、僕の邪魔をしたら皆殺しにする――ってね」

 4人は怯えながら何度も頷くと、その場から足早に逃げていった。

 星はそんな4人の後ろ姿を見つめて「ケガしてなくてよかった」と小さく呟いた。

 そんな星の横からレイニールが顔を覗き込んできた。

「……わっ! レイ!? どうしたの?」

 星が驚き身を仰け反らせると、そんな星にレイニールが不機嫌そうに聞いてきた。

「主。あいつらを逃して本当に良かったのか? 以前もそうだじゃが、主は優しすぎるのじゃ! 2度ある事は3度あると言うのだぞ? 主は色々と無警戒すぎるのじゃ。もっと先々を考えて行動しなければいかんぞ!?」
「うん。次は……が、がんばるね」

 レイニールのお説教を軽く聞き流し、ぎこちなく微笑む星にレイニールがむっとしながらビシッと指を差して言い放つ。

「そう言って、すぐにごまかすのが主の悪い癖なのじゃ!」
「……うぅ~」

 そう俯き加減に答える星にレイニールはそっぽを向くと次の瞬間。小さなドラゴンの姿に戻り、いつもの定位置である星の頭の上に乗った。

「――重い……レイ。できれば、飛ぶか歩いてほしいんだけど……」

 星が頭の上に乗ったレイニールにそう尋ねると。

「飛ぶのも歩くのも疲れるから嫌じゃ!」

 っと不機嫌そうに言うと、今度は星の頭をぽかぽかと数回叩いた。

 星はため息をつくと、諦めたように「分かった」と小さく呟いて、レイニールが着ていた皮鎧を拾い集めアイテムの中に戻した。

 ほっとした星がくるっとディーノの方に向きを変えると、彼は驚いた顔をして星の頭の方を指差している。

「……どうしたんですか?」

 不思議そうに星が小首を傾げると、驚き丸く目を見開くディーノが震えた声で尋ねる。

「今、女の子が子竜になったけど……今のはどんな固有スキルなんだい?」
「えっ? ああ、レイは普段はこのドラゴンの姿なんです。だから、戻っただけですよ?」

 そう言った星の顔と頭の上の小さなドラゴンを交互に見たディーノは驚いた様子で目を丸くさせている。

(普段は竜の姿だと!? 常時発動型の固有スキルなんて見た事も聞いた事もない。ますます興味が湧いてきた。絶対に僕の物にするよ、そのスキル……)

 そう心の中でディーノは呟き、笑みがこぼれそうになるのを抑え、心中を星には悟られないように優しく微笑んで見せた。

 星はそんな優しい表情のディーノを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
 それもそうだろう。襲ってきた刺客を撃退してもらい戦闘の邪魔をした星に、見返りを求めることもなく。ただ微笑みかけてくれるディーノに、星は徐々にだが心を許し始めていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み