第64話 ファンタジー4

文字数 4,368文字

 エミルの持ってきた大きな紙は地図だった。

 彼女がテーブル一杯に広げた大きな地図を、皆が食い入るように見つめる。

「エミル、なんなんこれ。今からいったいなにするん?」

 イシェルがそう尋ねるとエミルはにっこりと微笑む。その後、その地図の一箇所を指差して大きな声で叫んだ。

 エミルの指差したその先には、広大な森が広がっている――。

「いい皆! これからこの場所のフィールド攻略に行くわよ!」

 それを聞いて星とレイニールが首を傾げている中で、この場の他の誰もが驚きのあまり目を丸くしている。まあ、イシェルだけは微笑んでいるだけで驚いているか分からないが……。

 それもそうだろう。ダンジョン攻略と違い、フィールド攻略の方が難易度はあきらかに下がる。
 本来ならば、この状況下で難易度が低いというのは願ってもないことなのだが、話はそんなに単純ではない。

 フィールド攻略とダンジョン攻略との最大の違いが、その経験値や報酬の差にある。
 難易度が下がった分、フィールドでの報酬はしょっぱいと言わざるを得ない。

 基本的にフィールド攻略の目的は、冒険に不可欠な食材や回復アイテムの確保であり。
 更に付け加えるならば、それも殆どが街で入手できるレベルの物で、フィールドボスでも倒さない限りレアと言われるアイテムも手に入らない。

 しかも、フィールドボスはダンジョンのボスよりはレベルが劣るものの。広大なフィールド全体を動き回る為、深傷を負わせている場合は取り逃がす可能性もある。
 移動時間などに時間を多く使う割に、それほど大きなメリットもない為、わざわざこの死ねない状況で行くようなものではないのだ。

 そんなことは高レベルプレイヤーのエミルならば、知らないはずはないのだが……。 

「――ちょっと待ってくれエミル。どうして今行かなければいけないのかが理解できないんだが、そこのところをしっかり説明してもらえないと、ここにいる皆も納得できないはずだ!」
「そうだよ。どうしてよりによってフィールド攻略なの? ログアウトする方法を探すんなら、ダンジョンを攻略した方が確実だよ!」

 デイビッドとエリエは、納得いかないと言いたげな顔でそう主張した。

 だが、それは最もだ――富士のダンジョンであった覆面の男は、多くの人の目に付くフィールドに出口を用意している人物ではない。

 何故かと言うと、富士のダンジョンでもこの世界でもレアな属性攻撃でしか倒せない最悪の敵を用意しているくらいに用心深く。しかも、ダンジョンに出口があると分かってダンジョンを崩落させる徹底ぶりだ。
 そんな人物が、素直に出口を置くはずがないだろう。もしあったとしたら、それは間違いなく罠だろう。

 エミルは目を瞑ったままその話を聞くと、徐ろに口を開く。

「……2人の意見はもっともだわ。なら説明するわね」

 テーブルの上の地図に前屈みに手を突いたエミルの口元に、皆の視線が集中する。

 その場にいた全員が、その次の言葉を固唾を呑んで見守っていると、エミルは言葉を続けた。

「まずどうしてフィールド攻略なのかだけど、その理由は大きく分けて2つ。1つは全員の連携の確認と複数の敵との戦闘の対応を練習する事。そしてもう1つがモンスターの生態調査かしらね」
「……生態調査?」

 それを聞いたエリエが不思議そうに首を傾げた。

 それもそのはずだ。生態調査と言ってもモンスターは所詮、データの集合体でしかなく。設定されたAI以外の行動は絶対に取らない。

「それに戦闘の対応する練習って言っても、もう嫌というほど戦ったじゃん。私はお留守番でいいよ~」

 エリエが面倒そうに投げやりな態度でそう告げると、カレンが口を挟んできた。

「なら、お前はここに残ってろよ。臆病者がいると迷惑だからな。星ちゃんは俺に任せて部屋で震えてればいいさ」
「な、なんですって!? そこまで言われたら、黙っていられないでしょ! エミル姉、やっぱり私も行く!!」

 エリエとカレンはお互いに睨み合っている。星はドギマギしながら、そんな2人の様子を見守っていた。

 そんな2人を放っておいて、歩み寄ってきたエミルは星の耳元で小さな声で告げる。

「……これは星ちゃんの為に用意したんだから、色々楽しみにしててね?」
「えっ? それってどういう……」

 星がそう言い終わる前に、イシェルがエミルに声を掛けてきた。
 彼女の意味深な言葉に、意味が分からずただただ星は首を傾げていた。

 エミルの言葉の意味が星にはさっぱりと言っていいほど分からない。
 それもそうだろう。突然、何の前触れもなくフィールド攻略という専門用語を使われれば無理もない。

 その上、それが自分の為と言われて即座に理解できる者などいないだろう。

「ほなエミル。出掛けるんなら準備せなあかんやろ? 買い物に行こか~」
「あ、ちょっと、イシェ!?」
「ええから、ええから~」

 その真意を聞く前に、星の前からイシェルがエミルの手を引いて、強引に連れていってしまった。

 皆と一緒に部屋に取り残された星は、その言葉の意味をもう一度考える。

(私のためって、いったいどういう意味なんだろう……)

 だが、その言葉の真相を知っているのは、言い出したエミルだけなのだ。

 その時、エリエが何かを思い出した様に手を叩くと。

「あっ! サラザも呼ぼ~」

 エリエはうきうきしながら、嬉しそうにサラザにメッセージを送信する。

 それを見たデイビッドが少し嫌そうな顔をしている。

「俺。あのオカマ苦手だな……」

 その話を聞いて、カレンとエリエがそんなデイビッドに向かって言った。

「デイビッドさん。女性にそんな事言ったら失礼ですよ?」
「そうよ。サラザは女の子なのよデイビッド。いつから頭だけじゃなくて、目までおかしくなったの?」

 さすがにその意見には賛同できないのか、信じられないと言った表情でデイビッドが大声で叫ぶ。

「だいたい俺の頭はおかしくないし! それに、何をどうしたらお前達はあれが女だと認識できるんだ!? そっちの方がよっぽど不思議だ!」

 それを聞いた2人は不思議そうに首を傾げると「心が?」と声を合わせて答える。

 デイビッドはその言葉に、眉をひそめると「心より体の方が問題だろう」と呆れながら呟く。

 エミル達を待っている間。星達は思い思いに時間を過ごしていた。彼女達が出ていってから30分が経ち、ようやく部屋のドアが音を立てて開いた。

 そこに入ってきたのは――。

「エリー、ごめんなさ~い。オカマイスターの会合が長引いちゃって~」

 退屈そうに各々時間を潰していた部屋に、胸に○の中に釜とプリントされたタンクトップを着たサラザが入ってきた。

 それを見たエリエ以外の全員が口を開けたまま、サラザのことを呆然と見つめている。

(なんだ!? あのダサイプリントの入ったタンクトップは!!)

 そう心の中でその場にいた全員が例外なく思っていた……。

 デイビッドの目はサラザの着ているタンクトップに集中する。

(おっ……オカマイスターってなんだ!?)

 カレンはそんなことを考えながらサラザを見つめている。

(……オカマイスターの会合って昨日からずっとしてたのかな?)

 星はそう思いながらもサラザから、そっと目を逸らす。まあ、皆のそんな心の声が、サラザに聞こえるはずもない。
 
 エリエはサラザに向かって駆けて行くと、そのままサラザの胸に飛び込んだ。

「サラザ! もう。急に会合に行くって言うんだもん!」
「ごめんなさいね~。ちょっと誰が今年一番美しく筋肉を鍛えたかを競う。美筋大会も重なったのよ~」
「それで順位はどうだったの?」

 瞳を輝かせてそう尋ねたエリエに、サラザは人差し指を立てて誇らしげに微笑む。

「もちろん1位よ!」
「さっすが~。やっぱり1位よね! 2位は敗者でしかないもんね!」
「ええ、出るからには1番以外はありえないわよ~。この日に向けて体を絞ったんですもの~」

 意味の分からない意気投合した2人は熱く手を握り合うと、お互いの顔を見て微笑み合っている。

 自分達の世界に完全に入ってしまっている2人を、皆が生温かい目で見守っている。だが、カレンは理解しているのか、頻りに頷いていた。まあ、カレンは『1位以外は敗者でしかない』というところに共感したのだろう。

 それからしばらく経って、エミル達も帰ってきた。
 2人が部屋に入ると、サラザを見て驚いたように目を丸くさせている。

「……なんなん、このムキムキマンは――お腹なんてチョコレートみたいになっとるよ!?」

 始めて目の当たりにしたマッチョに、イシェルはサラザの腹筋を見つめながら固まっていた。
 まあ、彼女の反応が普通だろう。突然、家に見知らぬマッチョが現れれば、恐怖と困惑を抱くのは当然だろう。

 そんな様子のイシェルを尻目に、隣に居たエミルはサラザに普通に話し掛けた。

「どうしてサラザさんがここに?」
「あら~。エミル久しぶりね~。一昨日ぶりくらいかしら?」
「――えっ? この人。エミルの知り合いなん!?」

 あまりの衝撃に、イシェルは目を見開いたまま大声を上げた。
 まあ、この反応が普通だろう。突然友達と見知らぬムキムキの男が親しげに会話していれば、驚かない方がおかしい。

 エミルは冷静にサラザのことを初対面のイシェルに紹介する。

「ええ、この人はサラザさん。エリーの友達で、昨日話したダンジョンに一緒に行ってくれた人なの」
「この人があのサラザさんか……それにしても。うちの想像してたんとは、なんや雰囲気違うな~」

 イシェルは苦笑いを浮かべながらそう呟くと、そんな彼女の前でサラザがにっこりと微笑んで右手を差し出した。

「はじめまして、私はサラザ。仲良くしましょ~」
「は、はい。よろしゅう……お願いします……」

 イシェルは困惑しながらも、差し出されたその手を握った。
 意外とソフトに、だが逞しい手でイシェルと握手を交わしたサラザに向かって、エミルが声を掛けた。

 その表情は真剣そのものだ――。

「――サラザさん。私達、今からフィールド攻略に行くんですけど一緒に……」
「ええ、話はエリーから聞いてるわよ~。私もぜひ行かせてもらうわ~」

 サラザはエミルが話し終わるのを待たずに、そう口にすると腕を突き出し親指を立てた。

 その後、エミルに連れ出され、城の外へと出てみると、そこにはすでにリントヴルムが待機した状態で、首を長くしてこちらを見ている。

「さあ、皆乗って! さっそく出発するわよ!」

 エミルはリントヴルムの背に乗るように促すと、それに従うように全員が背中に乗った。
 それを確認すると、エミルがリントヴルムに【ドリームフォレスト】に向かうようにと指示を出す。

 リントヴルムは空を見上げ、その白く大きな翼をはためかせ飛翔すると勢い良く前進した。
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