第103話 名御屋へ・・・3

文字数 5,597文字

 きょとんとしながら紅蓮達の話を聞いていた少女は、次にマスターとメルディウスの方に目を向けた。
 まあ、彼女が困惑するのも無理はない。普段なら泊まることなど絶対に不可能というような高級ホテルなのにも関わらず、メルディウス以外はあまり動じている様子がない。

 それどころか、皆思い思いにくつろいでいる。一般庶民が高級ホテルに泊まれば緊張で萎縮してしまうものなのだが……。

 薄くアイボリーカラーのベールの天蓋に覆われた大きなキングサイズのベッドの上で小虎がはしゃいでいるのも、ギルドホールに帰ってきたようだという。例えるならば、自分の家に帰ってきた時の安心感に似ているのだろう。

 マスターが顎の下に手を当て、部屋の入り口に掲示されているホテルの見取図を確認して。

「ふむ。同じフロアに風呂があるのか……旅の疲れを取りに行ってみるか、メルディウス」

 マスターはホテルの見取図を見てそう尋ねると、頭を抱えていたメルディウスが大声で叫んだ。

「あー。もうやめだやめだ! 結局はまたモンスターぶっ倒して稼げばいいんだからよ! じじい。風呂行くぞ!」
「落ち込んだり怒ったり。本当に忙しい奴だな……」
「あっ! 待って兄貴。僕も行くから!」

 この豪華な部屋のことなど、全く気にも止めていない様子で2人が少女の横を通り過ぎると、それを追って小虎も慌てて駆けて行った。

 庶民的な感性の持ち主だった少女にとって、そのことが相当シックだったのか、唖然とした表情をしている。

「……この人達っていったい……」

 廊下で立ち尽くして少女が苦笑いを浮かべていると、そこに紅蓮が話し掛けてきた。

「どうしました? 何か気になることでもありましたか?」

 少女は自分の身長とり小さい紅蓮に視線を移し『ゲームと言っても、子供のうちからこんな贅沢教えていいの?』と思い。だが、それを言葉にできずに口をパクパクさせながら、困惑した表情を浮かべていたのだがすぐに切り替える。

(ううん。こんな状況なんだから少しくらいの贅沢いいよね! ……まあ。少しじゃないか……)

 首を横に振って自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、彼女の返答を待ちながら不思議そうに小首を傾げ、自分の方をじっと見ている紅蓮に向かってぎこちなく笑みを浮かべ。 

「い、いえ。皆さんはこのクラスのホテル始めてじゃないんだな~って思って……」

 その少女の言葉に、紅蓮は当然の様に淡々と答えた。 

「ああ、私達はホテルに住んでるようなものですし当然です。そうですよね白雪」
「はい、紅蓮様。それにしてもここは狭いですね~。まあ、私達のギルドホールは特別広いですからね。ですが、この部屋しか借りれなかったのであれば、この部屋を男女で分けなければ……」

 紅蓮はゆっくりと部屋の中を見渡している中、白雪が深刻そうな面持ちで考え込んでいる。
 部屋中を見渡していた紅蓮が、徐に動き出したかと思うと、部屋に備え付けられている高級そうな革製のソファーに腰を降ろして、手招きしながら白雪と少女を呼んだ。

 紅蓮は癖なのか、目の前のテーブルにお湯を沸かすケトルの様な道具を取り出し。手際良くお湯を沸かすと、その後にアイテム内から取り出したきゅうすで同じく取り出した湯のみの中にお茶を注ぎ込む。

 その隣に座る白雪。その横に緊張した様子で腰を下ろすと、少女は何故か緊張した様子で肩をすぼめている。

 紅蓮はそんな少女の前にお茶を置くと、肩を強張らせている彼女に話し掛けた。

「どうかしました?」
「い、いえ。こんな高そうな場所に初めて来て……き、緊張しちゃって……」
「ああ、なるほど」

 納得したように頷くと、紅蓮は湯呑みに手を掛け、落ち着いた様子で口に運ぶ。

 っと、同じくお茶を飲んでいた白雪が一息付いて湯呑をテーブルに置くと、落ち着いた口調で言った。

「――そんな事では、千代にある私達のギルドホールに行ったら大変ですね」
「は、はあ……」
(ここより凄いところにこの人達は住んでるんだ。私、本当にこの人達の仲間になっていいのかな……)

 少女は苦笑いを浮かべながら、今更ながらに自分の選択に疑問を感じていた。

 その時、部屋の扉が開いてマスター達が戻ってきた。

「なかなか悪くない風呂だったな」
「そうか? 俺はあのタオルを持ったライオンの像が気に食わなかったな。風呂の中央にあんなもん置きやがってよー」
「兄貴違うよ。あれはマーライオンって言うんだぜ! 前に本で見たから知ってるんだ~」

 腕を曲げて上腕二頭筋を強調させた格好にタオルを担いだ謎のライオンの像を、マーライオンだと言い張り。得意げに胸を張っている小虎に、メルディウスの眉間がピクピクと脈打つ。
 
「うるせぇー! 自慢か小虎! お前はいつも一言多いんだよ!」
「僕は何も悪いことしてないのに~」

 メルディウスが拳を振り上げると、小虎は慌てて紅蓮のソファーの後ろに隠れた。

 紅蓮はちらっと一瞬だけ小虎の方に視線を向け、すぐにマスターの方を向き直し、徐ろに立ち上がった。

「さあ、もうこんな時間ですし。私達もお風呂に入ってきましょう。起きたらすぐに情報収集に街に出ないといけません」
「はい。紅蓮様」
「あっ、はい! 私も……」

 紅蓮の突然の行動に、持っていた湯呑みを急いでソファーの前のテーブルに置くと少女は慌てた様子で、ゆっくりと扉の方へと歩いて行く彼女達の後を追った。

 歩いていた紅蓮とマスターが交差する際、紅蓮が小声でそっとマスターに呟く。

「マスター。皆が寝た後にお話があります……」

 マスターは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに険しい表情へと変わり「うむ」と頷いた。
 通り過ぎた紅蓮の決意を秘めた背中を見つめ、マスターはこの後、彼女に言われるであろう言葉の真意を読み取れた気がした。


 紅蓮達がお風呂から上がると、皆相当疲れていたのかすぐに寝入ってしまった。まあ、休憩なく何時間も馬に揺られていれば当然かもしれないが……。

 紅蓮は横で寝ている白雪と少女が寝たのを見計らうと、1人ベッドから抜け出した。
 部屋に置かれた天蓋付きのキングサイズのベッドには、白雪がプライバシー保護の役割で掛けたカーテンで仕切られている。

 紅蓮はベッドに合わさるようにして寝ている2人の寝顔を見て顔をほころばせると、2人を起こさないようにそっとカーテンを開けて外に出た。

 外のバルコニーには、後ろ手を組みながら窓から外の風景を見ているマスターの姿があった。
 バルコニーからの景色は名御屋の街が一望できるようになっていて、まるで迷路の様に張り巡らされた路地は来た時と同じく、多くの店が軒先の明かりで道しるべのように数多くの道を浮かび上がらせている。

 紅蓮はそんなマスターの横に並ぶように立つと、そっと彼の顔を見上げる。

「……マスター。お疲れのところすみません」
「いや、別に良い。それより、話とはなんだ? なにか、気がかりなことでもあったか?」

 マスターのその優しい声音に紅蓮は思わず頬を赤らめ、恥ずかしくなったのか彼女の視線は下を向けられた。

 それを見たマスターは外を眺めながら、静かに呟くように言った。

「もしや、バロンに対しての作戦になにか問題があるのか?」
「……はい」

 紅蓮は少し表情を歪めると、言い難そうに口を開く。

「マスターの立てた作戦は最善だと私も思います。ですが、メルディウス1人というのが心配で……そこで、私も影から見守り。何かあれば一緒に離脱しようかと……」
「うむ。メルディウスの実力ならば心配はないとは思うが、あやつは短気だからな。紅蓮がおれば安心か……」

 マスターは納得したのか頷くと、小さな声で「バレないようにな」と呟き、再び外を見つめた。
 意外とあっさり彼が紅蓮の提案を受け入れたのは、彼女の言った『離脱』という言葉が大きいだろう。

 もしも、ここで彼女が言ったのが『交戦』だった場合。マスターは決して了承しなかっただろう……敵は数千という兵を出し、ベータ版のテスター時代から、このゲームをプレイしていた四天王とまで言われる存在だ。

 どの道2人程度で対抗できるプレイヤーではない。紅蓮のその発言も、それを理解しているからこそ出たもので、そんな彼女ならばこそ、冷静に撤退を最優先に考えると分かっている上の返答だったのだ――。

 紅蓮は小さく頷き「はい」と小さく返事をして身を翻し、白雪達が眠るベッドへと戻ろうと歩き出そうとした彼女に、マスターが付け加えるように言った。

「――紅蓮。かつての仲間とはいえ、油断するでないぞ?」

 ピタッと歩みを止めた紅蓮はゆっくりとした口調で言葉を返す。

「大丈夫ですよ、マスター。私はそんなミスしません」

 そう告げると、マスターは満足そうに頷いた。

「うむ。そうだったな…………メルディウスを頼む」
「はい、了解しました。マスター」

 紅蓮は振り返らずに頷くと、再び歩き出した。
 それを見送ったマスターは星が煌めく星空を見上げた。

 妙な胸騒ぎを感じる。もちろん、紅蓮達のことではなく始まりの街に残したカレンのことだ。一通り戦闘の基本は叩き込んでいるが、カレンには他の者達とは違う決定的な欠点がある。

 それは未だに、固有スキルである『明鏡止水』を発動できずにいることだ――レア度の高いスキルには発動条件が曖昧なことが多々ある。

 固有スキルはゲーム本来の仕様の中でも個人の差が大きく出るもの、その為初期の段階でいかに良い固有スキルを手に入れるかが勝負になる。
 だからこそ、フリーダムはRMT機能に加え、アイテムなどの財産データを他のキャラに完全移植できるシステムも備わっていた。

 このシステムは個人の生体データをスキャンしているフリーダムならではのシステムで、普通のゲームならばアカウントハックなどでAの人物がBの人物になれるのだが、フリーダムではAがBになることは体が同じでなければ不可能だ。

 即ち同個体の生命体。例えるならば『クローン』でもなければ、アカウントハックは不可能なのだ。

 だが、運良くレア度の高い固有スキルを手に入れても、使用できないのであれば、それは存在していなのと同じで無意味だろう。

 カレンにはその固有スキルが発動できない為、肉体に染み込んだ戦闘センスのみで戦うしかない。

 ゆっくりと部屋に戻ったマスターは窓を閉める。

(なにやら、胸騒ぎがするな。逸るなよ……カレン)

 そう心の中で呟くと、今度はソファーに腰掛け目を閉じた。


 翌日。目を覚ましたマスターの前には不機嫌そうに足を組みながら、向かい側のソファーに腰掛けているメルディウスの姿があった。

「――やっとお目覚めか? そんなに俺と一緒に寝るのが嫌なのかよ」
「すまん。少々考え事をしていてな……そのまま寝てしまっていたようだ」
「そういや。てめぇーの弟子も今やばいんだったな……」

 メルディウスは彼の心中を察して、表情を曇らせている。

 そんな彼の考えてることが分かっているように、すぐにマスターが言葉を返す。

「フンッ、あやつももう子供ではない。それに、今は目先の心配をせねばなるまい!」
「ふっ、無理しやがって……だが、その通りだな! で、どうする? 情報集めるって言ったって名御屋は広いぜ?」
「そうだな……だが、探すしかないのだ。これからの戦力にバロンは不可欠――あやつの軍勢を操る能力がどうしても必要なのだ」
「ふんっ……不可欠か……確かに今の状況じゃ、俺や紅蓮の固有スキルはあまり役に立たないしな……しゃーない。面倒だが手当たり次第に探すしかないか」

 メルディウスがため息混じりにそう吐き捨てると、その会話を終わるのを待っていたかのように、後ろから紅蓮が話し掛けてきた。

「すみません、マスター。起きるのが少し遅くなって……」
「――構わんよ。お前にもお前の仲間達にも無理をさせている。今日一日はゆっくりと休むといい。儂とメルディウスの2人で街に出てくる」
「そうだな。この街は広いんだ。一日程度誤差の範囲だろ、ゆっくり探すとするさ! あははっ、その分金は掛かるがな…………はぁー」

 メルディウスは苦笑いをすると、出費のことが頭を過って大きなため息をついた。

 そんな2人に言葉を返そうと紅蓮が口を開こうとした直後、後ろから白雪の声が響く。

「そうですよ紅蓮様。ここは私達に任せて、お休みになってて下さい」
「……ですが」

 自分の方へと歩いてくる白雪に、紅蓮が申し訳なさそうに声を出す。

「ですが――ではありません! 紅蓮様はもう少し私を頼ってくれても良いのです!」
「は、はい。分かりました。そうですね。なら、お任せします」

 紅蓮は白雪の勢いに押され、小さく頷く――。
 
「お任せください! 私が必ずバロン様への手がかりを掴んでみせます!」

 白雪は嬉しそうに微笑むと、俄然やる気を出したのか、朝食も取らずに部屋を飛び出していった。
 今更朝食を抜いたくらいで時間的にどうこうなることはないのだが、彼女にとっては朝食よりも、紅蓮の役に立つ方が優先的なのだろう……。

 それを呆然と見つめていた3人だったが、すぐに我に返り話し始めた。

「――さてと……白雪は飛び出していってしまいましたが、この街は広いです。2人は何かあてはあるのですか?」

 彼女の至って冷静だった紅蓮が首を傾げながら尋ねると、メルディウスが自信満々に答える。

「そりゃしらみつぶしに探していくしかないだろう! あいつの特徴は黒い鎧に黒い剣だろ? あんな黒一色の装備を好む中二病的な奴はそうそう居ないだろう」
「はぁ……メルディウス。それでは見つけられませんよ? マスター。何か手がかり……というか、バロンを見たという情報を詳しく教えて頂けませんか?」

 紅蓮はメルディウスの話を聞いて彼がバロンを見つけられないと感じたのか、大きなため息を吐いて今度はマスターに尋ねる。
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