第25話 ダンジョン最深部へ2

文字数 4,007文字

 エリエと星が入ったテントの中から星の悲鳴が聞こえた。
 それからしばらくして、エリエに背中を押されながら、星が恥ずかしそうにテントから出てくる。

 背中に羽の模様が付いている白を基調したフリル付きのブラウスに、これまたフリル付きの柔らかそうな黒のスカートという年頃の女の子と言った感じだ。着ている星も普段は選ばない服に顔を耳まで真っ赤に染め、膝上程のスカートの裾を両手で必死に押さえている。

「あの……スカートはやっぱり……」
「どうして? 凄く可愛いよ! ねっ、エミル姉!」
「そうね! 凄く似合ってるわよ星ちゃん!」

 2人は目をキラキラさせながら星を見て、少し興奮気味に詰め寄ってくる。その勢いは今までにないくらい強く、星が少し引いてしまうほどだった。

 これが現実世界なら、カメラで間違いなく写真を撮られる勢いだろう。

「――うぅ……そんな事ないです。私に似合うはずがないのに……」

 2人に褒められた星は浮かない顔で、俯き加減に聞こえない様に小さく呟いた。

 それもそのはずだ。星にとってスカートは、いじめられるきっかけにもなったもので、あまり良い印象がない。悪夢の様なあのノーパン事件以来。星がスカートを穿いたことなんてなかった……。

 そのせいか、普段から長めのズボンと地味な服を好んで選んで身につけていた。

 星は同じクラスの女の子が着ているようなフリルが付いている服を、まさか自分が着る時がくるなんて、今の今まで想像もしていなかったのだ。

 普段しない格好をしているせいで、まるで自分が自分じゃないかのような違和感が星の心の中で渦巻いていた。

 浮かない顔をしている星を見て、エミルが少し不安そうに尋ねた。

「……星ちゃん。私の選んだ服が気に入らなかった?」

 その表情はどことなく悲しげに見える。
 おそらく。エミルが期待していたような反応がなかったのが、彼女なりに相当堪えたのだろう。

 そんなエミルの表情に気が付き、星は慌てて口を開く。

「いえ。凄く可愛い服で……わ、私なんかが着たらもったいないっていうか、その……」

 表情を曇らせ口籠る。

 エリエはそんな2人のやり取りを見て、黙っていられなかったのか横から口を挟んだ。

「エミル姉が星が着るのを考えながら選んで買ってきたんだから、もったいないなんて事ないでしょ? それに、前の地味な初期装備よりも全然女の子らしくていいと思うけどな~」
「……女の子らしい?」

 星はエリエのその言葉を疑うように首を傾げている。

 そんな彼女に、エリエは「うん!」と微笑みながら優しく星の頭を撫でた。

「星はせっかく可愛いんだから、もっと自分に自信持たないとだめだよ! いつもそうやってすぐ落ち込んじゃったら、せっかくの可愛い顔が台無しでしょ?」
「ごめんなさい。でも、そんな……かわいくなんて……そんなこと……」
「ほら、すぐまたそうやって謝る。まっ、すぐに直せっていうのも無理だし、ゆっくり慣れていけばいいよ。それより、どう? HPの方は増えてる?」

 エリエにそう言われ、思い出したように星は視界に表示されている自分のHPバーを確認する。すると、今までHPの数値が15だったものが一気に1000にまで上がっていた。

 星はそれを見て何かの間違いじゃないのかとエリエに尋ねた。

「あの……HPが1000になってるんですけど……これって間違いですか?」

 不安そうに尋ねてきた星の顔を見て、エリエが急にお腹を抱えて笑い出す。星は自分が何かおかしなことを言ったのかと思い、落ち込んだように視線を落とした。

 まあ、急に元の数値より二桁も数値が上がれば、誰でも困惑するのは無理もない。

 笑っているエリエにエミルが声を上げた。

「こら、笑ったらダメでしょ? 星ちゃんはゲーム始めてまだ日が浅いんだから、驚いて当然よ」
「あははははっ! だ、だって……このゲームの仕様が面白いんだもん。そりゃ、いきなり数値が1000になったら誰だって驚くって!」

 余程面白いのか、なおも笑い続けているエリエを余所に、エミルは星と目線を合わせて真剣な面持ちで真っ直ぐ星の瞳を見た。

「いーい? フリーダムでのHPは防具で変わるの。今の星ちゃんは、服というレベル制限のない装備を使って、本来は装備できない。高レベルの防具を装備している状態なの」
「……高レベルの装備ですか?」

 星はさっき2人が話していた『アーサー王の鎧』という言葉を思い出す。

 限定のアイテムだと聞いていたので、そんな大事な装備を自分の為に使用したことに心苦しい思いでいっぱいだった。

「そう、その装備は普通はレベル90以上のプレイヤーしか装備出来ないんだけど、トレジャーアイテムの『天女の羽衣』の効果によって、その服にアーサー王の鎧のステータスを上書きしたってわけなの」
「なるほど……」

 星はエミルの説明を聞いて、なぜ自分が突然HP1000という途方もない数値になったのかを理解した。

 そう。VRMMORPGフリーダムでは【RMT】をゲーム会社側が承認しており。お金を出せば、手っ取り早く自分を強くすることができる。しかし、装備にはレベル制限など様々な制約がついていて、お金だけでは解決できない障害もある。
 
 だが『天女の羽衣』のように、その制約を度外視するようなアイテムがあり。これらのアイテムは非常に入手し難い上にRMTの市場の中でも出てくるのがまれで、もし出てきたならばとんでもない高値で取引されているのだ。

 こう言ったチート的なアイテムが存在することでプレイヤーのモチベーションを上げ、飽きのこないようにするという運営側の思惑もあるのだろう。

 本来ならば、星のようなゲームを始めてまだ日の浅いプレイヤーが手にできるようなアイテムではないのだが、他のメンバーが皆高レベルプレイヤーということと、エリエのような実際に使用したプレイヤーが近くにいたので運良く入手できたわけだ――。

「でも、HPが増えても防御力が変わったわけじゃないのよ? だから、あまり強い敵に攻撃されると、私達よりも早くHPが減っちゃうから、そこだけは注意してね!」
「はい。分かりました」

 そう返事を返すと、エミルはにっこりと微笑み星の耳元でそっとささやく。

「……もし、その服が気に入らなかったら後で、星ちゃんの気にいった服を買いにいきましょう。私のアイテムを使えば、装備の付け直しができるはずだから……」
「えっ? いえ、この服で大丈夫です!」

 星は慌てて、両手を振ってそれを全力で断る。

 彼女の持っている高価なアイテムをこれ以上使われたら、堪ったものではない。ただでさえ気苦しさで押し潰されそうに、これ以上は身が保たなくなる。

 エミルはそれを見て「そう?」と少し不安そうな表情を見せる。

 星はそんな彼女に「はい。素敵なお洋服をありがとうございます」とお礼を言って笑顔を見せると、深く頭を下げた。

 少し照れくさそうに笑ったエミルは「もう少し、星ちゃんの好みが分かるように勉強が必要ね」と星の頭を撫でた。

 星がまんざらでもない様子でいると、どこからともなくサラザの声が聞こえてきた。

「なに星ちゃん。その可愛いお洋服は……だっ、抱っこさせて~♪」
「……ッ!?」

 気付いた星がその声の方を向くと、そこには厚化粧をした筋肉ムキムキのオカマが全力で向かってくる姿がそこにはあった――いつの間に化粧をしたのかは分からないが……。

 星はそれを見て思わずエミルの背中に隠れると、怯えた子犬のような瞳でサラザを見た。

 サラザはその様子を見て足を止め、残念そうに指を咥えている。

「どうして私には懐かないのかしらね~」

 そう言ったサラザを、その場にいた全員が見た。

 おそらく。その場にいた皆が同じことを考えていただろう、その外見が一番の原因だろう――っと…………。

 その後、最深部へと向かって進み始める。

 最深部に向かう階段は両サイドが岩盤に覆われていて思っていたより狭く、大人2人が並んで通れるぎりぎりの大きさしかない。細い通路のあちらこちらに松明が並べられていて、それが道をぼんやりと照らしている。

 しかし、先は肉眼では確認できず。どこまでも真っ直ぐに、通路を照らす松明がぼんやりと点の様に見えるだけだった。

 どこまでも続く闇の中に飲み込まれそうな感覚に襲われ。

(薄暗くて、ちょっと……怖いかも……)

 星はそう思いながらも、どこまで行っても終わりそうもない長い階段を、どんどん奥へと向かって進んでいく。

 それから20分近く歩き続けると、少し広い場所へと出た。
 部屋の壁に掛かった松明が少なく通路よりも暗く、足元も見えないような状態だった。その状況が一層、星の恐怖心を掻き立てる。すると、横を歩いていたエミルが徐ろに星の方を向く。

「皆。足元が見えにくいから注意してね!」

 エミルはそういうと、再び辺りを注意深く見渡す。

 薄暗く松明の光りがゆらゆらと揺れる通路は、もしトラップがあっても絶対に気付くことができないだろう。

「やっぱり暗いわね……」
「エミル姉。お困りのようだね~」

 何かを企んでいる様なそんな悪戯な笑みを浮かべているエリエには、何か考えがあるようだ。

「えっ? 何かいい方法があるの? エリー」
「もちろん!」

 エミルの耳元で何かこそこそと耳打ちするエリエに、エミルは少し嫌そうに「えー」と言った。

 その反応を見てもあまり良い考えとは言えないことは、星にも何となくだが分かったが、自分が口を出すことでもないので黙って事の成り行きを見守る。

「なら、暗いままでもいいの? ほら、早く!」
「もう……分かったわよ。やればいいのね」

 エリエに急かされエミルは仕方なく、アイテムの中からドラゴンを呼び出す巻物を取り出す。

 エミルは言われるがままに、巻物を地面に広げると笛を鳴らした。

 直後、辺りに白い煙が立ち込め、悪い視界が更に悪くなる。
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