第38話 決戦3

文字数 4,296文字

 戦況が長期戦の様相を呈すると思われた次の瞬間、部屋のあちこちに現れたスケルトン達が青い炎がいっそう激しく燃え上がる。

「……何ですか!? 急に燃え出して……」
「なに!? 一体何が起きておる!!」
「――ッ!? こ、これは……?」

 それを見た星達はスケルトン達の突然の変化に、状況を全く読み込めずにいた。

 まあ、無理もない。ボス部屋に入って、ボスどころかモンスターの姿が全く見えず。そしてやっと姿を現したモンスター達は戦闘を前に、青い炎で体を焼かれているのだ――正直。常人が判断できる限界を超えていると言わざるを得ない状況だろう。だが、この状況に動揺しているのは皆同じだった……。

「なになに? 今度は一体何なのよ~!?」
「うわあああああん。ちょっと~。骨をまた燃やすってどういう神経してるのよ、可哀想じゃないのよ~。エリー説明して~」
「うわ~ん。私が聞きたいわよ~。顔は痛いし骸骨は燃えてるし……なんなのよもぉ~」

 エリエとサラザの2人は互いの体をしっかりと抱き合うと、泣きながらそう叫んでいる。

 だが、どうしてサラザが敵に同情しているかは謎だが、混乱しているということだけは理解できた。
 そんな2人を横目で見たデイビッドはわくわくを抑えきれず、口元に微かな笑みを浮かべ口を開く。

「やっと面白くなりそうだな……」
「余裕ですね……扉は閉まりもう逃げられないこの状況が怖くはないのですか?」

 デイビッドの横にいたカレンがそう尋ねると、デイビッドが言葉を続ける。

「怖い? そんなのとっくに通り越してるさ……今はただ楽しみだな。どんなのが飛び出してくるのかがな!」
「奇遇ですね。俺もですよ……」

 対照的にデイビッドとカレンの2人は落ち着いた様子でそういうと、お互いに笑みを浮かべている。

 スケルトンの青い炎が消えると、白く光る人魂のような物が残されているだけだった。
 そして次の瞬間。その白い光の玉が、まるでホタルの光りの様に上空へと舞い上がり闇の中へと消えていく。

 メンバーは手を出すこともできずにその光景をただ眺めていると、先程より遥かに大きい青く光る人魂がゆっくりと辺りを照らしながら落ちてくる。

 降りてきた人魂はゆっくりと部屋の中を一周し、部屋の出口にある骸骨の頭の中へと消えていった。
 この演出は数多くのダンジョン攻略してきたトッププレイヤー達ですら、全く見たことのない初めてのものだ――。

「なんだったのかしら……」
「分からんが、エミルよ。油断するでないぞ?」
「ええ。でも……」

 エミルが口を開こうとした直後、大きな揺れが起こり骸骨が青白く点滅を始めた。

 本能的に今までにない危険な感じを察したマスターが、辺りに大声で叫ぶ。

「やばい……ボスが来るぞー!!」
「皆、とりあえずここから離れてッ!!」

 デイビッドとエミルの声が響くと同時に皆、一斉に入り口の方へと全力で走り出した。その直後、出口の地面が音を立てて崩れ落ち、入り口付近に着いた頃には頭だけだった骸骨に体が現れた。

 出口付近の地面が落ちた場所から、その巨大な上半身が姿を露わになる。すると、敵の頭上に名前とHPバーが表示される。

「――がしゃどくろ。正確なHPは分からないわ。でも、赤いHPバーって事は……」
「うむ。おそらくは2万オーバーだろうな……作戦通りに行くぞ!!」

 皆、持っていた武器を構えながら戦闘態勢に入った。

 だが、どうしてHPバーが赤いと2万以上だと分かるかというと。

 HP――ヒットポイントは、モンスターによってその数値は様々だ。雑魚ならば一撃で撃破でき、ボスなら膨大な時間とリスクを伴う。その中で基準の様なものが、プレイヤー達の長年の努力で大体の数値は予測できるようになっていた。

 赤い色=危険とされ、それだけプレイヤーからしたら危険な存在だということを表している。
 長きに渡る研鑽で得た情報では、HPは青、緑、黄、赤のゲージ1つ5000に設定されており。赤色を全て減らすと黄色。黄色を減らすと緑…………っと続いていく。

 しかし、赤いゲージ以上からは色の変更がない。その為、減らしても減らしても赤いゲージが出てくることだってあるのだ。
 紛らわしいので運営側にも改善して欲しいと要望を出した者もいるのだが、その返答は【NO】だった。

 おそらく。黄色になるまでの緊張感を楽しんでもらいたいと運営側は考えているのだろうが、プレイしている側としては何時まで経ってもゴールの見えないレースをしているようなものだ。
 毎回の運営への要望の中でも『敵のHPバーを改善して欲しい』が、日本サーバーのランキングのトップ5に必ず入っているほどだった。

「皆、配置につけ! ゆくぞッ!!」

 メンバーはマスターの声に『了解』と叫ぶと、事前の作戦通りに前衛2後衛1のフォーメーションを取る。

 星もエリエ、カレンと共に後方へ下がり剣を構えている。

(マスターさんの作戦は――まず、マスターさんとエミルさんが敵を引きつけ攻撃する。その後、HPの残りが半分を下回ったら第二前衛のサラザさんとデイビッドさんが入れ替わって攻撃。その繰り返し……。そして私達の仕事は下がって来た人達へのHPの回復。これは完璧な作戦です!)

 星は勝てるという自信に満ち溢れた表情で左手をぎゅっと握った。

 だが、星のその考えでは約20%程度しかこの作戦の意図は図りきれていない。
 マスターが何故前衛ニ後衛一の3つに分けたのか、そこには明確な意図があった。

 普段ならHP残量を気にせずに殴り続けることが可能だ。それはダンジョン開始時に同じPTのメンバーが全滅していなければ、街の教会での復活後【現地に戻る】というコマンドが現れ、すぐにその場所に戻って来れる仕様になっていた。

 しかし、今の状況ではそれは不可能に近い。何故なら、死んでもいいのか分からないこの状況で『死ぬ』ということは非常にリスクが高く危険だからだ。その為、死なないことが前提の戦闘を想定しなければならなかった。
 普通なら前衛と後衛の2つに分けて後衛は回復に専念し『前衛は殴り続けた方が良いのではないか?』『どうしてダメージが分散するような非効率的な事をしているのか?』という考えが出ると思う。

 確かに前衛と後衛2つに分けた方が回転率がいい。ヘイトをコントロールする為、ボスは一人に集中して攻撃する。後は周囲からヘイトを取っているプレイヤーのダメージを超えない程度でタコ殴りにすれば問題ない。だが、そこに1つ部隊を増やすだけで、ダメージを与えるという上での回転率は著しく低下してしまう。

 しかし、それは通常時の作戦だ――ということだ。先にも言ったように、今のフリーダムは異常な状況下にあり。ログアウトとボス部屋の前に設置してあるはずの帰還用ワープゾーンの消失。
 更にゲーム内での死が現実世界の死に繋がるという異常に異常が重なるという。まさに異常事態のミルフィーユを作り出している状況だ。

 マスターはそれを理解しているからこそ。まず、この作戦は死者を出さないことを第一に考えているのだろう。
 前衛1のマスターとエミルという組み合わせは、手数の多いマスターがヘイトを稼ぎボスの注意を引き、管理し続けることでエミルは攻撃に集中できる。

 この2人は特殊な固有スキルの持ち主で、マスターはスキル発動中。様々なスキルを交互に発動できるのが利点だが、最大の欠点である回復のアイテムが使用ができなくなる制約でヒールストーンは使用できない。そして、エミルの固有スキルは所有しているドラゴンの召喚と自身の肉体を強化するものではない。

 前衛2のサラザとデイビッドだが、こちらは両者とも固有スキルの使用ができる。
 中でもサラザの固有スキル『ビルドアップ』は体から金色のオーラを発生させ、使用者の戦闘経験により。全ステータスが大幅に上がる上に、制限時間もなく強力なスキルだ。

 デイビッドの固有スキル『背水の陣』も自身のHP残量によって攻撃力と防御力を大幅に上昇させる。これもまた、使用時間に制限はないく強力なスキルと言えるだろう。

この2人を壁役として後ろに配置することで、前衛同士の安定したローテーションを可能にする。

 更に入れ替わり時、一撃のダメージが高いボディービルダーのサラザと、この中で最も手数の多いマスターの2人が入れ替わることで、ヘイトをコントロールすることも容易い。
 これによって、長期戦で疲労していても『前の人が引いたら自分が出る』これを繰り返しているうちに脳がその流れを学習する為、戦闘が長期化しても瓦解し難くなる。

 更にエミルがドラゴン召喚の為に一旦。後方に下がっている時には戦闘にマスターが加わり戦闘を安定させることでダメージを稼げる上に、エミルはドラゴンの召喚を安心して行えるという利点もある。

 後衛に配置した星、エリエ、カレンの3人は年齢的にまだ感情のコントロールが難しい。どうしてもその場の感情で行動しやすく、忍耐力がないとマスターは判断した。更に星、カレンの2人は固有スキルの発動がまだできない為、後方の要は必然的にエリエということになるだろう。

 まあ、それぞれに固有スキルの発動条件も違う。初めから任意に出せるスキルと、発動条件を満たして初めてものにできるスキルがある。

 大抵は後者の方が強力な固有スキルが多いので、ハードを買った時に発動できなければ、当たりを引いたと言うことになるのだ。
 それはさておき、エリエはマスターが以前結成していたギルドに所属していた為、マスターは彼女の性格を良く分かっていた。

 口は悪く生意気なところもあるが、根は優しく協調性もある。また、彼女の固有スキル『神速』は移動速度と攻撃速度を上げる能力を持っている為、2人をカバーする役としても適任だろうと判断した。

 メンバーの目の前に現れた巨大な骸骨は上半身しか見えておらず、下半身は一部崩れた地面の下に隠れて見えないがとても巨大であることは容易に推測できた。

 しかも幸いなことに、その巨大さ故に敵も崩れた地面に飲み込まれ、下半身を動かすことができずその場所から全く動けない有様だ。

「ふふふっ。あやつめ、あの場所から動けんようだな……」

 馬鹿にしたような笑みを浮かべているマスターに、隣にいたエミルの声が響く。

「――マスター。油断してはダメですよ? 向こうはデータだから死んでも蘇りますが、こちらは死ねないんですから……」
「ああ、分かっておるわ! 行くぞ。エミル!!」
「はい!」

 2人はそのやりとりの後、勢い良くボス目掛けて走り出していった。
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