第350話 太陽を司る巨竜13

文字数 3,458文字

 エミルはその男と始まりの街から逃げる前に、街周辺に位置する森の中で星を抱えていた彼と接触しているのだ――。

「その男の事を、もっと詳しく教えてくれませんか?」

 ぐいぐいと詰め寄るようにして尋ねてくるエミルに、ガーベラは少し動揺した様子で頷いた。

「ええ。でも、私は本当に一瞬すれ違っただけで……私の後ろから風の様に素早く駆けて行ったから…………ああ、後。大事なことを忘れてた……」
「……大事なこと?」

 その次の言葉を固唾を呑んで見守るエミル。

 そんな彼女に勿体付けるように、ガーベラが答えた――。

「――いい男だったわ……」
「………………」

 頬を薄っすらと赤らめながらそう告げたガーベラに、エミルは魂が抜けたように脱力する。

 すると、そこに食い気味に身を乗り出してその場にいたオカマイスターが一斉にガーベラの周りに集まる。

「なんでそんな大事なこと今まで黙ってたのよ~」
「あたいにも今度紹介して~」
「わたーしにもその話くわーしく聞かせるザマス!」

 さっきまでとは打って変わってガーベラの『いい男』というワードにサラザ、カルビ、孔雀マツザカの3人がガッツリと喰い付いてきて、恥ずかしいほどの乙女トークを始めた。
 もう。エミルそっちのけで黄色い。とまでは言えない悲鳴を上げている。未だに戦場にいるとは思えないその夢中ぶりに、さすがに付き合いの長いエリエも呆れているようだ――。

 そんなオカマイスターの面々をその場に残し、エミル達も先に出ていった始まりの街のギルドや千代のプレイヤー達の後を追うべく、急いで走り出した。



 真っ先に赤い鱗の巨竜を止めるべく飛び出した紅蓮は、背中に背負った自分ほどもある純白の刀を抜くと赤い鱗の巨竜の前に立ちはだかった。
 
「……これ以上は行かせませんよ」
 
 そう小さく呟く紅蓮の持つ刀が、その刃から氷の粒子が舞い散る。
 いつもは静かな紅蓮の瞳の中には、明らかな闘志が溢れていた。山の様に巨大なドラゴンとここにいる誰よりも体格差のある彼女が、ここにいる誰よりも気迫と闘志では負けていない。それは、彼女のその瞳に宿る眼光が物語っていた。

 徐々に向かってくるドラゴンの足元目掛けて紅蓮が刀を振り抜くと、その刀身に纏っていた冷気が巨大な四本の足と地面を氷で拘束する。

 しかし、その氷の拘束も数秒も持たずに砕け散り、それを見た紅蓮が今度は数キロに渡る氷の壁を出現させた。だが、その巨大な氷壁でさえも、1分も保たずに全体がひび割れ、見る影もなく砕け散って辺りに飛散してしまう。

 砕け散った氷壁の破片が紅蓮の着ていた白い着物を引き割いて、破片が皮膚へと深々と突き刺さるが、紅蓮は一瞬だけ苦痛に表情を歪めはしたがすぐに平静を保って再び氷壁を赤い鱗の巨竜の前に張った。
 
 直ぐ様。行く手を遮る様に貼られる巨大な氷壁にその巨体を激しく打ち付け破壊すると、再び紅蓮が氷壁を貼り直す。
 紅蓮の体は無数の氷の刃が突き刺さり、度重なる氷壁の召喚に伴う刀の刃から放たれた冷気で衣服も霜が降り、吐き出された息は白く空気中を舞う。

 破壊されそうな氷壁を睨みながら、刀を握るその手からは力が抜けることがない。そんな紅蓮の側に、着物を着て紅蓮と同じ純白の刀を持った長い黒髪を束ねた少女が現れた。
 
「――紅蓮様。遅れてしまって申し訳ありません」
「……白雪ですか。助かりました。このでかいのを止めますよ!」
「はい!」

 二人は視線を合わせると、トレジャーアイテム武器である『小豆長光』を構えて、彼女達の持つ刀の周囲から一気に冷気が溢れ出る。

 その冷気は紅蓮と白雪の周囲に竜巻の様に巻き上がると、二人は声を合わせて叫ぶ。
 
「「氷無永麗殺!!」」

 二人の構えた刀の刃から今までにないほどの冷気は溢れ出し、周囲の地面に霜を下ろす。
 刀から出た凄まじい冷気が氷壁を壊そうとする赤い鱗の巨竜に襲い掛かり、その巨大な体を凍り付かせる。だが、数キロにも渡る規格外のその巨体を凍り付かせるまでにはまだ足りないらしい。

 だが、それでもその巨大な体の3分の1程度は、なんとか氷で拘束することには成功した。
 それを確認した紅蓮と白雪は持っていた刀を地面に突き立てると、そのまま力なく地面に膝を突いた。

 細かく息を吐きながら荒く肩を動かしている彼女達の側に、メルディウスと小虎がやってくる。

「大丈夫か! 紅蓮!!」
「白雪さん! 大丈夫ですか!?」

 心配してきた二人に紅蓮が小さく呟く。

「……大丈夫。能力で少し足りない分を自分達の体力を糧に補っただけです。ですが……全力を出し切ってこの程度ですか……ばけもの……ですね……」
「……私も出し切りました……小虎、ギルマス。後はお任せします……」

 そう言って紅蓮と白雪は意識を失った。
 すると、ミシミシと軋む音と同時に周囲に氷の細かい欠片が降り注ぐ。頭上を見たメルディウスと小虎は、自分の見ている光景が信じられないと言った表情で目を見開く。

 首を大きく左右に振って藻掻くドラゴンの体が、全身を覆う氷を徐々に振り落とし始めていた。

「――くッ!! 化け物が……小虎! 紅蓮と白雪をここから移動するぞ!!」
「おう。兄貴!」

 二人は紅蓮と白雪に肩を貸すと、その場をすぐに離れた。

 赤い鱗の巨竜は強引に体を揺らし、あっという間に紅蓮と白雪の渾身の氷の拘束を振り払って再び進み始めると、氷壁をもその頭を打ち付けて一瞬で砕き、何事もなかったかのように千代の街に向かって移動を開始する。 

 だが、その赤い鱗の巨竜の行く手を阻むように、一度は紅蓮と白雪を連れて退いたメルディウスと小虎が現れた。

 彼等は自分に向かってゆっくりと進んでくる巨竜を見上げ、闘志を漲らせた瞳で睨みつけると。

「小虎……こいつを止めるぞ! 俺達の街を――紅蓮が体張って守ろうとした意志を、俺等が変わって突き通す!!」
「了解! 僕も全力を……出す!!」

 自分の身長ほどの刃を持つ金色の大斧を持ったメルディウスと、全身から炎を放ち6つの腕に炎の大剣を手にした小虎が左右に跳ぶと、赤い鱗の巨竜の右と左の両足に向かって持っていた武器を同時に打ち付ける。

 右側の前足からは爆発が巻き起こり、左側の前足からは膨大な炎が噴き上がる。だが、身長差がありすぎる巨竜を相手に、その程度の攻撃力では全く足りないのだろう。

 渾身の力で放った二人の攻撃を物ともせずに、赤い鱗の巨竜の進行は全く勢いを弱めることがない。

「……ちくしょー。足りねぇか……だが、足りねぇなら……全身の血肉を全部使って絞り出すだけの話だろうがぁー!!」

 咆哮を上げるメルディウスが持っていたベルセルクをドラゴンの足に押し付けて何度も爆発を起こす。しかし、足の先までびっしりと敷き詰められた赤い鱗に阻まれ、ダメージどころか傷すらも与えることができない。

 それを分かっていながら、自分の爆風で飛ばされても一心不乱に向かっていく姿には、ここで本当に全てを出し切って消えても悔いはないという彼の決意が込められている気がした。

 そんな時、メルディウスの横に突然、地面から出ている木の根っこに乗ったデュランが現れた。

「……デュラン。なんの用だ? 俺は今取り込み中だ!」

 彼の出現に不機嫌そうな顔をするメルディウス。

 同じ四天王の一人であるデュランを毛嫌いしているのかは、今までの彼の行動が全てを物語っている。
 ダークブレットのリーダーを倒し、デュランはまんまとその組織を乗っ取ったわけだが、彼等の行動には不可解な点が多い。始まりの街の戦いの時も、マスターの立てた作戦には乗らず独自に行動していた。

 千代の街に来た時も、始まりの街のプレイヤー達を連なってきたが、その行動に結構な犠牲者が出た。しかし、その殆どがプレイヤー側だけでダークブレットのメンバーからは殆ど被害がない状態。しかも、そのことを前面に押し出して「俺達はお前達の見捨てたプレイヤーを保護した」と言いつつ、始まりの街のプレイヤー達とダークブレットのメンバーの身柄の安全を条件に千代の街に居座っていた。

 にもかかわらず。今回の作戦にもダークブレットのメンバーは誰一人として参加していない。非協力的だと思えば、こうやってちゃっかりとデュランだけは戦闘に参加している。
 おそらく。自分が戦闘に参加することでダークブレットが戦闘に参加したという事実が欲しいのだろうが、その実利を優先した考えが見え透いているからこそ、同じく部隊を束ねているメルディウスは彼を受け入れられないのだ――。
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