第268話 エキシビションマッチ4

文字数 4,924文字

 軽さを活かして攻める手を休めることなく攻撃を行い、一気に攻勢に出るメルディウス。

 だが、それも仕方のないことなのかもしれない。おそらく。メルディウスが気にしているのは、ダイロスの固有スキル『豪腕』のリキャストタイムだろう。

 一撃で5分という大きなリキャストタイムはあるが、攻撃力を一撃に限り。100倍へと高める効果は対人戦ではとても強力な武器になる。
 何よりも武器の耐久力を減らされる方がプレイヤーとしては痛手だ――高レベルプレイヤーなら、街売りしている武器では役不足で、大抵はモンスターのドロップ品か鍛冶などをするプレイヤーの売っている武器を購入する。

 その中でもトレジャーアイテムとオーダーメイドのオリジナル武器を持っている者が武器破壊されれば、その損失額はとてつもない金額になってしまう。しまいには、前線を退いて商業専門のプレイヤーになるかもしれない。

 それだけ、戦闘を主にしているプレイヤーにしてみれば、自分の使用する武器は重要なのでダイロスの固有スキルは最悪にして最大の脅威なのだ。

「――後2分を切ったと言うところだろ? お前の固有スキルの再発動までは……」
「ほう。俺の固有スキルの時間を計っていたとは驚きだね。だが、次の一撃で確実に決める!」

 そう告げたダイロスの言葉もハッタリではなく、最小限の動きでメルディウスの猛攻をしのぎつつ、虎視眈々と反撃の一撃に備えている。

 次々に繰り出されるメルディウスの斧と大剣へのシフトする可変攻撃に、確実に防御の隙間を抜いてダイロスの漆黒の鎧を傷付けていく。まあ、徐々にボロボロになっていく彼の鎧を見ていると、メルディウスの攻撃の激しさを物語っている。

 その中でも斧状態で数発の攻撃を受けた左脇腹部分の鎧は、すでに半壊して内部の衣服が露出した状態だ――。

 メルディウスの一撃を受け。大きくよろめいたダイロスは、後ろに数歩後退ると即座に大剣を構え直す。

「――結構もったな……だが、もうHPもまずいんじゃねぇーのか?」
「そうだな……だが、すでに全て整った」

 ダイロスが構えていた炎を纏った大剣が、更に激しく炎を辺りに撒き散らす。

 メルディウスも口元にニヤリと笑みを浮かべると、手にしていた可変式の大剣が大斧の状態へと変わった。

「――この一撃に我が全てを込める!!」
「勝負は……もう決まってるんだよ!!」

 2人が互いの得物を大きく振り上げると、同時に地面を蹴った。
 咆哮を上げながらダイロスは炎を纏う大剣を振り下ろすと、メルディウスは振り上げていたベルセルクを横に構え直す。

 だが、その一瞬の動きが大きなロスになるのは、メルディウスも分かっているはずだ――なら、何故のこのタイミングでそんなリスキーな行動に出たのか……それはすぐに分かることになる。
 炎の刃が迫って口元に笑みを浮かべた直後、メルディウスはベルセルクから手を放し。鎧の隙間に忍ばせていた短剣を逆手に握ると、飛び込むようにして攻撃をやり過ごし前転しながら、逆手で持っていた短剣を内部が露出し脆くなっていた鎧を容易く突き破り、メルディウスの短剣が右脇腹に深く突き刺さった。

 痛みにさすがのダイロスも歯を食いしばる。が、すぐに手にした大剣の柄に力を込めると。

「――まだだ……まだ終わりではない!!」

 直ぐ様。ダイロスは握り締めた大剣を、背中を向けているメルディウスに向かって乱暴に振り抜く。

 直後。辺りに金属が激しくぶつかり合う音が響いた。
 そこには、振り抜かれた大剣を振り向きもせず。左手に逆手で持ったベルセルクの刃を地面に突き立て、彼の大剣の刃を止めているメルディウスの姿があった。

 あの刹那に、彼は放り投げたベルセルクを空中で掴み取り。瞬時にベルセルクを装備し直したのだ。
 本来ならば不可能な動きだ。まるで、次にダイロスが攻撃してくることが分かっていなければ、決して間に合わない間合いだったはず――。

「……何故だ。はぁ、はぁ……何故、俺の攻撃が分かった……答えろ!」
「何故ってそれは……」

 そう言葉を返したメルディウスが、徐にダイロスの方を振り向く。

「――俺がお前ならそうしてた。ただそれだけだ」

 顔色ひとつ変えずにそう答えたメルディウスに、ダイロスは大きく笑い声を上げた。

 ゆっくりと立ち上がり。不思議そうでもあり不機嫌そうでもある複雑な顔をしながら、金色に輝く大斧『ベルセルク』を肩に担ぐ。
 すでに勝負は、メルディウスが突き刺した短剣でダイロスのHPが【OVERKILL】になった時点でついている。

 度重なるメルディウスの猛攻で、鎧の耐久力が大きく減ったのと同じくらい。ダイロスのHPも減少していたということだろう。

 っと、メルディウスがゆっくりと口を開く。

「……お前はどうか知らないが、俺はお前と俺がそれほど違う人種だとは思ってない。むしろ戦ってみて、俺と同じだと思った……」
「…………どうしてだ?」

 少しの沈黙の後、ダイロスは静かにメルディウスに尋ねた。

 そんな彼の問いに、メルディウスは鼻を鳴らす。

「フンッ、お前ももう気付いているはずだぜ。お前も考える前に行動する直感タイプだ――そうでなければ、俺の攻めを受け切れるわけがねぇー。だが、せっかくの能力を思考が殺しちまってる……」
「何が言いたい!!」

 憤るダイロスにメルディウスが微笑みを浮かべて告げる。

「もっと仲間達を信じてやれよ。大将は神様じゃねぇーんだ、全てのメンバーを到底守り切れるわけがねぇ……危機的状況下でも俺達ギルドマスターは大将として、仲間達の先頭に立つことしかできないんだからよ」

 メルディウスのその全てを包み込むような優しい微笑みに、自分にはない大きなものを感じた。

「……ふふっ、そうか。君に付いて来るギルドメンバーの気持ちが、少し分かる気がするよ……んッ!!」

 呆れながらも微笑み返したダイロスは、自分の右脇腹に突き刺さっていた短剣を引き抜く。

 ダイロスの頭の上に【LOSE】という文字が表示される中、彼は己の手の中にある短剣を感慨深げに見下ろしていた。

「まさか、互いに大物を振り回していたにも関わらず。こんな小さな武器が勝敗を決めるとはね……分からないものだな。勝負は……」

 そう呟いたダイロスに、メルディウスは言いにくそうに告げる。

「……実はそれな。俺の武器じゃないんだ……それは紅蓮――うちのサブギルドマスターの物で、御守り代わりに持ってるだけだ。それで勝負を決めたわけだから俺の力だけじゃねぇ……だから、勝負はお前の勝ちだ」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう告げたメルディウスは、堪らずそっぽを向いてダイロスに背中を見せた。

 それを聞いたダイロスは首を横に振った。

「――いや、やはり俺の負けだ。この試合は元々ギルドマスター、サブギルドマスターで行うルールだった。しかし、俺はサブギルドマスターのリアンを下げた。いや違うな……あのままリアンと戦っていたとしても、君には勝てなかったと思う。この短剣から君の仲間達への想いが伝わってきたよ……今回は俺の完敗だ。だが、次やる時は今度こそ俺が勝たせてもらう!」
「おう。またやろうぜ! 今度は場外負けなしの場所で、思いっきりな!」

 メルディウスはダイロスの差し出した短剣を受け取ると、その後固く握手を交わした。
 会場内もその光景に称賛の拍手を送っている。すると、紅蓮の声が場内アナウンスで流れた。

『選手の皆様お疲れ様でした。とてもいい勝負を見せて頂きました。選手の皆様は、後ほどギルドホール受付前にいらしてください。そこで消耗した装備を、我がギルドの選りすぐりの鍛治師達によって修理致します。素材などかかる費用は、全てこちらが負担致しますのでご心配なく――さて、会場にお越しの皆様。今回のイベントは楽しんで頂けましたか? 試合に出場して頂いた方々がこの千代の街を守ってくれるために始まりの街からお越し頂いた方々です――』

 紅蓮がそこまで口にすると、会場内の観客達が一斉にざわめく。

「あんなに強い連中がいる街が数日で陥落したのかよ……」「マジかよ……」「嘘だろ? テスターと互角に渡り合えるプレイヤーがいるのに……」「やはり。無限に湧き出るモンスターに、プレイヤーじゃ太刀打ちできないってことか?」など、様々に落胆の声を漏らしている。

 観客達は試合を目の当たりにして、今の絶望的な状況を再確認したのだろう。一同が意気消沈し、今までの盛り上がりが嘘におもえるほどの、まるでお通夜の様に静まり返ってしまった。

 まあ、無理もない。未だに街の全域を日に日に無尽蔵に増えるモンスターの大群に包囲されているのだ。
 しかも、その侵攻を抑えているのは街をぐるっと囲む様に流れる水堀だけで、まだ街の中を防衛する巨大な杭の防護壁は完成していない。

 今、敵が強引な力攻めをしてくれば、おそらく街の陥落は避けられないだろう……。

 静まり返ってしまった会場内に、再び紅蓮の声が響く。

『――ですが、見て頂いた通り。彼等はこの千代の街でも通用するほどのプレイヤー達です。私は彼等がこの街を守ってくれるだけではなく、きっと我々を現実世界に戻してくれると確信しております。皆様、一日も早く元の世界に帰還する為、今後とも資金援助をよろしくお願い致します』

 紅蓮の声が止み一気に静まり返った会場内が、今度は熱がこもった声援でどっと盛り上がった。

「当たり前じゃねぇーか!」「元の世界に帰れるなら、金は惜しまないぜ!」「俺のレベルじゃ勝負できないからな、テスターの人が俺達の希望なんだ。当然だろうが!」「また現実の世界に戻れるなら、ゲームの中で破産したって構わないわよ!」「そうだぜ! 俺達の金は貯金箱を破る様な感覚でどんどん使ってくれ!」など。
 様々な声が各所で上がっているが、その全てが歓迎するもので否定的なものは含まれていない。

 紅蓮達は千代のトップギルドで信頼されているとは言え、異常とも言えるほどの指示に会場内にいたエミル達は驚きを隠せないでいた。
 それも無理もないことだ。これが始まりの街であったなら、この声援は罵倒へと変わっていただろう。

 駆け出しのプレイヤーにとって、資金は命と同じくらい大事なものだ。レベルによって装備できる装備は違ってくるのが、MMORPGでは良くある話で装備を新調するにもそれなりにお金が掛かるのも仕方ない。しかし、ログアウトができなくなってしまった現状でも自力での脱出を諦め、他力本願で長期的に宿に籠もる為だけに資金を貯めている者が始まりの街では多かった。

 そんな自己保身の鏡の様な者達に助け合いを呼び掛けるだけ無駄だったが、他の街では駆け出しのプレイヤーよりも長年プレイしてきた者達が多く。そもそも資金的にも平均Lvや装備的にも、底辺に近いプレイヤーとは心のゆとりが違うのだ――。

 だが、今のエミルには、そんな周囲の人間の違いを素直に受け入れられなかった。

(……もし、あの戦いが始まりの街でさえなければ星ちゃんは……)

 そう思うと、エミルはその場にいることができなかった。

 突然ゆっくりと立ち上がったエミルを、隣に座っていたエリエが驚いたように見上げていると。

「私はおみやげを買って先に戻ってるわ。レイちゃんも待たせてるし、星が目を覚ましているかもしれないから……」

 エリエの返事を待たずに足早にその場を後にするエミル。

 その背中は寂しげで不安と複雑な心境が滲み出ているようだった。もう長く拠点としていた始まりの街はない。そこにいたプレイヤー達も殆どが消えただろう。

 街の門の前で戦っていた星を見殺しにしようとした彼等は、もうこの世界にはいない――しかし、行き場のない怒りが虚しさになって時々込み上げてくるのだ。

 彼女自身、もしものことなど考えても意味がないのは分かっている。だが、未だに眠り続けている星が、亡くなった直後の妹とどうしても重なって見えてしまう。あの小さな体から伝わる熱を手の平から感じていないと、不安で仕方なかった。そうでないと、徐々に冷たくなり二度と目を覚ますことのなかった最愛の妹のように――。
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