第8話 ダークブレット

文字数 5,087文字

 翌日。星が目を覚ますと、同じベッドで寝ているはずのエミルの姿はどこにもなかった。
 さすがに『夢でも見ていたのではないか……』そんな不安が頭を過り。彼女の姿を捜しにリビングまでくると、テーブルの上に一枚の手紙が置いてあった。

 それを手にとった星が声を出して手紙を読む。

『昔の友だちに会ってきます。本当は星ちゃんも連れて行こうと思ったんだけど、あまりに気持ち良さそうに寝ていたので、私一人で行ってきます。夕方までには帰れると思うので、それまでテーブルの上に食べ物と置いてあるお金でお腹が空いたら何か食べてね。

調理方法
 一度食材をコマンドのアイテムに入れてそれから、オーブンを開け。食材をその中にドロップすると分量調整っていうのが出るから、それで分量を調整したらOK押して完了です。』

 手紙を読み終わった星は、テーブルの上に置かれた茶色い小袋と食料に目を向けた。

「とりあえず。作ってみようかな?」

 星は決意に満ちた瞳で、目の前に置いてある食材の中から食パンとチーズを手に取った。

(トーストくらいなら作れるかな……?)

 そう思い。手紙に書いてある通りにトーストとチーズをアイテム内に入れると、オーブンの前に向かった。

 星はオーブンを開け中にトーストとチーズを移動させるとコマンドを開く。
 その時、星の指の動きがピタッと止まった。星の脳裏には、昨日の爆発の光景が鮮明に浮かんでいた。

(……ううん。大丈夫! きっとできる!)

 そう自分に言い聞かせ、首を左右に振ると指を動かし。トーストとチーズの分量を調整し、震える指でOKを押した。すると、アイテム欄から素材アイテムが消え、オーブンが赤く発熱し始める。

 しばらく経ってオーブンが止まると、中からチーズとトーストの焦げる香ばしい香りが漂ってきた。

 その匂いを嗅いだ瞬間、ぐぅ~っと星のお腹の虫が鳴った。

 お腹を押さえて頬を赤らめさせた星が、オーブンの小窓から中を覗き込む。

「――うまくできた……のかな?」

 トーストの上にとろけたチーズが食欲を掻き立てる。
 注意してオーブンの中からトーストを出した星は皿の上に乗せて、テーブルに運ぶと椅子に座って丁寧に両手を合わせた。

「いただきます」

 体の前で手を合わせ小さい声でそういうと、星はチーズの乗ったトーストにぱくっと噛み付いた。

 余程美味しかったのか、無言のまま黙々と食べ進め、あっという間に食べ終えてしまった。
 食事を終え、食器を洗って元あった場所へと戻す。その後、椅子に座ると星は大きなため息をついた。

「そういえば、この感じ……普段通りだなぁ……」

 小さくそう呟いた星は、少し寂しそうに窓の外を見た。

 窓から見える外の風景は現実とは明らかに違う。

 空には雲に混じってドラゴンが飛び回り、地上には地球上にはいないような大きな生き物が闊歩している。しかし、星の心中は寂しいという気持ちは、いつもと変わらない。

 そのちぐはぐした感覚だけが、星の寂しさを増幅させ、その心を困惑させる。

 星はその心の痛みから逃れるかのように、勢い良く部屋から飛び出した。城の外に出ると程よい晴れ間が星の体を照らし、そよ風が頬を優しく撫でる。

 だが、天気すらもシステムでコントロールされている為、嵐になったり急激な天候の変化などは特定されている場所でしか起こらない。
 まあ、そんなことなど初心者の星は知る由もなく。気持ち良さそうに伸びをすると、大きく深呼吸をする。

(――きっとエミルさんはこの世界から出る方法を探す為に行ったはず……なら私も役に立たなきゃ!)

 その思いを胸に、一目散に街に向かって走り始めた。

 しかし、その場の勢いだけで飛び出した星には、街までの道のりはあまりにも長く、すぐに弱音を吐き始める。

「――子供の私が行っても。何か情報を集められるのかな……」 

 ふと星の頭に不安が過り、思わず星が歩みを止めた。

 自分の足元を見つめ、不安を振り解く様に首を横に振ると、星は再び歩き始める。

   
         * * *


 その頃。エミルは湖近くのベンチに座っていた。早春の様な柔らかい風と、草の匂いが鼻孔を刺激する。

 エミルは木製のベンチに腰を下ろし、真っ直ぐに太陽の光りを反射させて煌めく水面を見つめていた。その長く透き通る様な青い髪がよそ風に合わせて左右に流れる姿は、まるで水を司る女神の様にも見えるほどだ――。

 すると、エミルが、後ろからの声に振り返る。

「久しぶりだな! エミル!」

 そこには、身の丈2mはあろうかと思われる金色の短髪に青い瞳の男が。近くの木に凭れ掛かったまま、口には何故か葉の付いた草を咥え、彼はニヤリと微笑んだ。

 腰には刀を差し、全身に纏った東洋の甲冑を身に纏ったその風貌から、日本の侍を連想させる。

「ええ、久しぶりね……ガイア――いや、デイビッド」
「おう……って! おい、どうして言い直した……俺はラストサムライ。ガイアだ! それに実名で呼ぶのはやめてくれ、気分が壊れるじゃないか!」 

 デイビッドは顔を真っ赤にしながら怒鳴っている。

 だが、それと比べてエミルの反応は冷ややかなものだった。目を細め、軽蔑するような目で彼を見つめている。

 このフリーダムには言語統一機能があり。これによって自動的に普段会話している言語に変換される為、全世界のプレイヤーとの会話が可能なのだ。

 目の前にいる男の容姿とデイビッドという名前から分かるように、日本人ではないことが推測できる。

 エミルはそんな彼の話を聞き流すと、何事もなかったかのように本題に入った。

「……それより、重要な話ってなに?」

 その瞬間、エミルの瞳が急に鋭いものへと変わる。

 場の空気が変わったのを察したのか、デイビッドも神妙な面持ちで徐ろに口を開く。

「実は、いつからか分からないが、PVPの承認機能がスキップされているようなのだ。その事は知ってたか?」
「それはどういうこと!? それじゃ……」

 話を聞いた瞬間、エミルの顔から血の気が引いていく。その表情から明らかに彼女が動揺していることが窺い知れた。

 それもそのはずだ。今までPVPは申し込まれても、それを拒むことができたのだ。だからこそ、これまでRMT狙いのブラックギルドは、それほどの脅威にはならなかったのだが……。

 ブラックギルドとはRMT――リアルマネートレードの為に相手の武器を奪い。それを現実世界で転売する集団のことをいう。
 それは現実世界のマフィア、ヤクザ、テロリストなどの収入源としても使われていると言われるほど、その存在が如何わしいものとされていた。

 噂が真実かは分からないものの。デイビッドの情報が正しいとすると、運営の介入がない今の状況では、多大な被害が出ることは間違いないだろう。言うならば、ブラックギルド以外にも火事場泥棒をするプレイヤーが増えるということだ――。

「それで、そのPVPの不具合は確認できたの?」
「ああ、それは確認済みさ、もし信用できないなら、俺とお前で試しにやってみるか?」

 彼は微笑むと、左手を刀の柄に乗せ親指を立てている。その申し出に、エミルは少し躊躇した表情をみせた。

 デイビッドはそれを察して柄から手を放すと、遠い目をして湖の方を向く。

「だが、これは俺達もギルドの再結成を考えた方がいいかもしれないな。このまま、外の人間の助けを待っていても始まらない。そうは思わないか?」
「そ、そうね……」
「ん? どうした? あまり気が進まないようだが」

 急に表情を曇らせたエミルに、心配そうに声を掛けるデイビッド。

「ガイ……デイビッド。ギルドを再結成するのはいいけど、それはやっぱり……」

 不安そうに言ったエミルに対して、デイビッドはニヤリと不敵な笑みを浮かべ「もちろん。現実世界に戻る為に決まってるじゃないか!」と胸を張って答えた。

 それを聞いたエミルは「そうよね……」と呟いて、複雑そうな表情を浮かべている。

 その時のエミルの頭の中には、城に1人で残してきた星の姿が浮かんでいた

(――あの子の事もあるのに、今ギルドなんて……そういえば、星ちゃんは大丈夫かしら……剣も結構いいものだから、家で大人しくしててればいいんだけど……)

 エミルはそんなことを考え、城がある方向の空を見上げた。

 そんなエミルを見て、デイビッドが急に腰に差している刀を引き抜いた。

「どうだ? エミル。久しぶりに手合わせ願えないか? 俺も体が鈍ってて、できれば頼みたい。それにお前も少したるんでいるようだしな……」
「――たるんでる? ふふっ。ええ、いいわよ。相手になってあげる! でも、私の剣に勝てるかしら?」

 エミルはデイビッドの『たるんでる』という言葉に反応したらしく。さっきまでの否定的な様子とは異なり、ギロリと彼を鋭い瞳で睨みつけと剣の柄に手をかけた。
                

               * * *


 始まりの街の入り口の門を潜った星は、膝に手を突いてその場に立ち尽くしている。

「はぁ……はぁ……や、やっと着いた~」

 星は息を切らせながらも、無事街に辿り着くことができた。
 道中何度も休憩し、敵が現れたわけではないのだが。やはり星の歩幅だと、大人の約2倍は掛かってしまうのは仕方がないと言えるだろう。

 街は昨日の夜ほど混乱はしていないものの、人気が少ない為か街に活気がない。とりあえず、星は近くにいたNPCの武器屋の店主に話し掛けることにした。

 NPC――NPCとはゲーム内に、元から存在しているノンプレイヤーキャラクターの略だ。基本的には設定された単語以外は喋らない。

「あの……この世界の事を、教えてくれませんか!」

 人見知りの星が、決意に満ちた眼差しで叫んだのだが。

「やあ、いらっしゃい。どんな武器をお探しかな?」

 返ってきた言葉は、とてもRPGのNPCにありがちな返答だった。

 だが、ゲーム経験の薄い星はそうとは気付かずもう一度、武器屋のオジサンに会話を試みる。

「えっ? あの、武器じゃなくてこの世界のことを……」
「やあ、いらっしゃい。どんな武器をお探しかな?」

 武器屋の店主からは先程と全く同じ返答が返ってきて、星は不思議そうに首を傾げた。
 そんなことを数回重ね。星はNPCとの接触を諦め、武器屋の店主から視線を外しその場を離れる。

 とりあえず、この行動の結果。NPCと接触して情報を仕入れようとしても無駄。ということは分かった……。

 次に目の前からたまたま歩いてきたエルフの女性に話し掛けた。

「あの、この世界から抜ける方法を知りませんか?」

 そう尋ねると、その女性は烈火の如く怒り出し声を荒げた。

「――そんなの私が聞きたいわよ!!」
「ひっ! は、はい。そうですよね……ご、ごめんなさい」

 星が頭を下げると、女性はそっぽを向いてそのまま走り去ってしまった。
 先程の女性プレイヤーの激昂ぶりに、完全に勢いを失ってしまった星はとぼとぼと広場に向かって歩き出す。

 時計台のモニターの前で大きなため息をついた星は、どうしたらいいのか分からず、一人途方に暮れていた。

「はぁ~。どうしよう。帰り方を聞きたくても人がいないし……怒られるし……」

 そんな時、目の前に1人のエルフの男が現れ、俯く星の顔を覗き込んでにっこりと微笑んできた。

「どうしたの? お嬢ちゃん。こんな場所に1人で」
「……えっ? あなたは誰ですか?」

 背後から男性のプレイヤーが、星に向かって突然話し掛けてくる。立ち上がって男性の方を振り向いて星は小首を傾げる。

「いや、お嬢ちゃんもこのゲームの止め方が分からなくて困ってるんでしょ? 僕も困っててね。だから、君に声をかけたんだ……ほら。今、ここらへん誰もいないでしょ?」
「あぁ……」

 星は男のその言葉で辺りを見渡してから小さく頷いた。

 昨日の事件以降、多くのプレイヤーが失意の底にあった。
 街も昨日までの賑わいをなくし、人通りはまばらになっていたのは事実だが、たしかに星のいる広場には星を除いて周りには3人しかいない。

 男はにこっと微笑むと、星の腰に差している剣を見る。

「随分といい剣だけど、それに比べて防具の方は随分とお粗末だね……そんな装備で大丈夫?」
「――何がですか?」

 星は腰に差している剣を隠すように両手で覆うと、目を細めて男を見た。

「そうだ! ここで出会えたのも何かの縁だ。君に僕から防具をプレゼントしよう。さあ行こう!」
「えっ!? ちょっと……」

 男は強引に星の手を引くと、防具屋がある方向へ足早で歩き出した。
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