第70話 ファンタジー10

文字数 6,636文字

 デイビッドはしばらくの間。自分の持っていた刀から放たれたスキルが起こしたその光景を呆然と見ていたが、ふと我に返ったのか彼の口元から笑みがこぼれた。

「――これが炎霊刀 正宗。さすがはトレジャーアイテムだな。全てが別格という事か……」

 デイビッドは自分の握っている刀を見つめながら、抑えきれない笑みを浮かべている。

 余韻に浸るようにその場に立ち尽くす彼に、背後からエミルが驚きを隠せないという表情で肩を叩く。

「――デイビッド。今のって……」
「ああ、この武器の能力らしい。マスターの武器もそうだったが、トレジャーアイテムの武器にはそれぞれ固有のスキルがある。だが、これほどの威力とは想像もしていなかった」
「なるほどね。確かにマスターもあの装備は封印していたものね。これはゲームを腐敗させるって……」
「ああ、確かに。この力は、今のこの世界じゃ危険極まりないものなのは確かだろうな……」

 デイビッドはさっきのスキルの感覚と勝利を噛み締める様に、日が沈みかけの赤みがかった空を見上げた。

 しばらくその場に立ち尽くしていた2人が「そうだ!」と声を合わせて叫ぶと、慌てて走り出す。

 2人がそれぞれ向かった先には、エリエと星の姿があった。キマイラとの戦闘とトレジャーアイテムのことで頭が一杯で、肝心の2人のことをすっかり忘れていたのだ――。

「エリエ悪い! 時間がかかってしまった」

 デイビッドは木に凭れ掛かるようにして座っているエリエに声を掛ける。

 エリエは瞑っていた瞼を開くと、不安そうに眉をひそめながらデイビッドに尋ねる。

「……星は?」
「ああ、無事だよ。エミルが助けてくれた……」
「……そう。良かった……」

 それを聞いたエリエはほっと肩の力を抜くと、にっこりと微笑んで再び瞼を閉じてすやすやと寝息を立て始める。

 安堵した様子でぐっすりと眠りに落ちたエリエを見て、デイビッドは息を漏らすと小さな声で呟いく。

「今まで心配してたくせに、安心したらすぐ寝るって――全く……本当に両極端なやつだな。お前は……」

 座ったまま木に凭れ掛かり寝入ってしまったエリエの体を背負うと、デイビッドは嬉しそうに笑みを浮かべた。これでまた少し、エリエとの心の距離が縮まった気がしたからに他ならない。

 それと時を同じくして、星の元に戻ったエミルも横に付き添っているレイニールに話し掛けた。

「レイニールちゃん。星ちゃんの様子はどう?」
「ああ、回復させた。大丈夫じゃ……が、我輩は主を守れなかった。あの時、我輩が主の側を離れなければこんなことには……」

 余程星がキマイラに襲われたことを気にしているのか、星の側で俯き加減に悔しそうな表情でレイニールが呟く。

 やはり、自分がいない間に星が襲われていたことを相当気にしているのは、その様子から分かる。

 エミルは微笑むと、優しい声音で言った。

「仕方がないわよ。こんな事は誰にも予想できないもの……あなたは何も悪くないわ。それに真っ先に星ちゃんを助けようとしたのはあなたじゃない。あなたはよくやったわよ」
「……だが、結果として助けられなければ、やっていないのと同じじゃ!」

 レイニールは俯いたまま、そう叫んで小さな拳を地面に叩きつけた。

「なら強くならないとね! でも、今は笑いなさい」
「――そんな事……できるわけない」
「そうね……でも。そんな顔をしてるあなたを見たら、大好きな主様が心配するわよ?」
「――ッ!?」

 その言葉を聞いたレイニールの脳裏に、星の心配する顔が鮮明に浮かび上がり静かに頷く。

 レイニールは「そうじゃな」と呟くと、迷いを振り払うように顔を左右に振りエミルの顔を見て、ぎこちなくだが微笑んで見せた。

「――おぬしの言う通りじゃ! 我輩の主は心配性じゃからな!」
「ええ、そうね。それじゃ、皆の所に帰りましょうか!」

 それを見たエミルはそう言って微笑むと、星を抱きかかえレイニールと一緒に皆の元へと向かった。

 皆の元に戻ったエミルは、今回ドリームフォレストにきた本当の理由を話した。
 その内容を終始笑顔で見ていたイシェルだけは、どうやら来る前から理由を知っていたようだったが……。

 まあ、今までの道中で出てきた妖精に小人など幻想種を見ていれば、誰の為に来たのかは明らかだろう。
 それから数時間が経過し、気を失っていた星はテントの中で目を覚ます。

「……こ、ここは? テントの中?」

 目を覚ました星は辺りを見渡して、首を傾げた。
 それもそのはずだ。星からしてみると、テントと言えばぬいぐるみがあちこちに散らばっているイメージが強く染み付いている。だが、それはエリエのテントの話だ――。

 このテントの中には無駄な物が一切なく。布団に目覚まし時計、あと影の方に申し訳なさそうにもふもふのカーペットと、その上に星型のクッションが2つ置かれているくらいで、必要最低限の物しか置かれていなかった。

「私は確かエミルさんに助けられて……」

星は起きた出来事を整理しながら、どうして自分がこのテントの中にいるのかを考えていた。しかし、気を失っていた星がいくら考えても、その答えは出てくるはずもなく――。

 数分間の自問自答の末に、星は考えるのを止めた。

「はぁ~。考えてもしょうがない。とにかく、迷惑かけてごめんなさいって皆に謝らないと……」

 星は大きなため息をついてそう呟くと、テントの中から顔を出した。

 外を見た星は自分の目を疑った。

 来た時はまだ明るかった空が、もうすっかり暗くなってしまっている。それを見た星は顔が青ざめる。
 ここにテントが設置されているということは、今日はここで野宿になると言っているよなもの。それもこれも、自分が単独行動をしてキマイラに捕まったせいなのだとすぐに悟った。

(私が寝てたせいで、もう夜になっちゃってる!? 急がないと怒られる!)

 星は慌ててテントを飛び出すと、焚き火の周りに腰掛けていた全員が星の方に目を向けた。それと同時に、星の緊張が一気に高まる。

 ゆっくりと地面を踏みしめ、一歩一歩進む度に鼓動が早まり、自分の耳でもドキドキというその心音がしっかり感じ取れる。

(みんな私のこと見てる……どうしよう)

 星は不安に襲われながらも、とりあえず皆の前までいくとその場にいた全員に深く頭を下げた。

 それを見て、その場にいた全員が顔を見合わせてくすくすと笑っている。その笑い声を聞いて星は、自分が馬鹿にされていると思って更に落ち込んだ。

 直後、エリエの声が聞こえてきた。
 
「ほら、だから言ったじゃん。星は起きてすぐ謝るって」
「……えっ?」

 どうやら、笑っていたのは星に対してではなく、エリエの予想していた反応が当たっていたことによるものらしい。だからと言って、自分の次の行動を言い当てられるのはあまり気分の良いものではないが……。

 星はきょとんとしながら、その場に立ち尽くしていると、そこにエミルとイシェルが星の前まで歩いてきた。

 怒られると思った星は俯きながら、肩をすぼめるとエミルに促されイシェルが頭を下げてきた。

「さっきはうちの軽率な行動のせいで、危険な目に合わせてしまってごめんな。かんにんしてな。星ちゃん……」

 険しい表情のイシェルに、突然謝られた星は困惑した表情で、彼女のことを見上げている。

 イシェルもそんな星の顔を不安そうに見つめていた。
 てっきり怒られるものとばかり思っていた星には、この予想だにしていなかった事態を理解することができなかった。

 そんな2人の気まずい雰囲気を察してか、エミルが声を掛けてきた。

「星ちゃん本当にごめんなさいね。イシェはたまに悪ふざけするけど、悪気があったわけじゃないの、だから許してあげて」
「はい、分かっています。私は全然気にしていませんから……」
「ほんま!? ありがとう。星ちゃんはほんまええ子やわ~」

 イシェルは急に笑みを浮かべ、抱きついてくると戸惑っている星の頭を撫で回した。

 星は頭を撫でられながら、少し困った顔をしながら眉をひそめている。

「はぁ~。イシェはほんとに仕方ないわねぇ~」

 そんなイシェルの姿を見て、エミルは呆れた様子でため息混じりにそう呟くと、星の前で膝を折った。

 微笑むエミルに、星はただただ困惑した表情を浮かべている。

「星ちゃんに見せたいものがあるんだけど一緒に来てもらえる?」
「……はい。でも、いったいなんですか?」

 警戒しているのか少し考えてからそう尋ねると、エミルは「変なものじゃないから心配しないで」と告げた。

 それからエミル先導のもと、星達は森の奥へと向かって進んでいく。

 フィールドボスの幻獣王キマイラを倒したからだろうか――敵は全く姿を現さなくなり。そのかわりに、今まで姿を隠していた妖精や小人のような幻想種が辺りを動き回っている。

 更に付け加えると、先程から何故か小さなおじさんが星の頭に乗っていることだろうか……。

 それを見つめながら、特等席を取られたレイニールは肩に乗って不機嫌そうに叫んだ。

「我輩の特等席にどうしてあんな奇っ怪な生き物が乗っているのじゃ!」
「奇っ怪な生き物じゃないよ、レイ。小さなおじさんだよ?」

 星の頭に乗っているおじさんはにんまりと、したり顔で笑う。

 そんなおじさんの表情に、レイニールは自分が馬鹿にされていると感じたのだろう。

 自分の定位置を奪われたレイニールの怒りが爆発する。レイニールは肩の上から飛び立つと、星の頭上に乗ったおじさんの前に来て。

「そんな事どうでも良いのじゃ! 主の頭の上から降りるのじゃ!!」
「…………プイッ!」

 レイニールが声を荒らげると、星の頭の上のおじさんはその言葉を無視してそっぽを向いた。

「あのおじさん。いったい何を食べてるのかしら……」

 星の頭の上のおじさんを見て、サラザがエリエの耳元でささやくように聞いた。

「それはもちろん。きのこじゃないの?」
「きのこって……どこかのゲームの中で大活躍する。赤い帽子のおじさんじゃないのよ?」
「あのゲームのおじさんって主食はクッキーじゃないの?」
「えっ? クッキー!? クッキーなんてゲーム中には……ちなみにエリーはあのゲームやった事はある?」
「えっ? ないよ?」

 満面の笑みでそう言ったエリエに、サラザは「あっ、なるほどねー」とあっけらかんとして言った。

 その時、おじさんの様子に激昂したレイニールが強引におじさんの両足を掴むと――。

「――飛んでけぇー!!」

 すごい速度でぐるぐると回転して、全力で遠くに放り投げた。
 高速で飛んでいくおじさんは両腕を突き出し背筋を伸ばした状態で、どこかの星に返っていきそうな勢いで夜の空へと消えていった。

 その一部始終を見ていたサラザとエリエは驚いた様子で目を丸くする。それとは対照的に、突如として頭が軽くなった星が不思議そうにしている。

 まあ、頭上で行われていたことなので、星が分からないのは当然なのだが……。

「あれ? 急に頭が軽くなった……」

 星がそう呟いた直後、再び頭の上にずっしりと何かが乗ってきた。頭の方に目を向けると、レイニールがにっこりと微笑んでいた。

 小首を傾げた星は、不思議そうな顔で「おじさんは?」と尋ねると。

「ああ、あの奇っ怪な者は家に帰ったようじゃぞ?」

 っと、何事もなかったのかのように平然と言葉を返すレイニール。

「そうなんだ。でも急に居なくなったから……」
「うむ! きっと急用が出来たのであろうな!」

 レイニールはそう言い放つと「急用じゃしかたないね」と星も納得したように微笑んだ。

 その出来事の一部始終を見ていたエリエとサラザは小声で話し始めた。

「なんか帰ったとか言ってるわよ~」
「まあ、色々な意味で自分の星に帰っていったかもしれないけど……でも、レイニールはあの体の大きさで、あのパワーは脅威だよね」
「そうね~。でも私の力にはかなわないけど――脅威だわ~」
「そうだね。とりあえず星にべったりみたいだからあまり刺激しない方が良さそうかな」

 2人はそう話すと、微笑み合っている星とレイニールを見て頷いた。

 そんな時、先導していたエミルが突然振り向き、顔の前で人差し指を立てている。

「……みんなそろそろ近くなってきたから、ここからはあまり話さないでね」

 そう言ったエミルの前に遮るように、イシェルが割り込んできた。

「それじゃー。みんなも準備せんとなぁ~。星ちゃんちょっと目を閉じてもらってええ?」
「――えっ? は、はい」

 星は少しおかしいと思いながらも、言われた通りに瞳を閉じる。すると、イシェルがコマンドから香水を取り出し、それを星の頭にふきかけた。

 その瞬間、星の全身が一瞬だけ黄色に光った。それを見て、エリエがイシェルに尋ねた。

「なにそれ、そんなアイテム私見たことないんだけど」

 そう言って首を傾げているエリエにイシェルは笑顔を見せると、香水の容器をエリエの顔の前に出した。

「これはな~。使うと自分達のレベルを隠す事が出来るアイテムなんよ――っということでエリエちゃんも目瞑っててな~」
「きゃっ!!」

 イシェルは話し終える前にエリエの顔に香水の中身を噴射した。

「うわ~。目にちょっと入った……」

 エリエはそう言いながら必死に目を擦っている。

 にこにこと微笑みながらイシェルは「ごめんなー」と謝ると、香水の容器を大きく上げた。

「これで計画を知らん2人は終了っと……ほな、皆も順番に並んでな~。ここからはこれなしで行ったらあかんよ~」

 香水を持った手を大きく振って、そう告げるイシェルに従うように順番に並ぶ。

 メンバー全員に香水の中の液体を吹きかけて、イシェルはにっこりと微笑んだ。

「――よし。これで準備完了やね!」

 イシェルは香水をしまうと、また前を向いて歩き出した。

 更に森の奥へと進んでいくのと同じくして、星の不安も大きくなっていった。

(どこに向かってるんだろう……どうして誰も向かっている場所を聞かないの?)

 星は心の中でそう呟きながらも、静寂の中黙々と前に進んでいる中でその意味を尋ねることもできずに、皆の後を歩いていた。

 しばらくして先導していたエミルが足を止め、星を呼びながら手招きしている。

「――星ちゃん、いらっしゃい」
「な、なんですか? エミルさん」

 少しビクつきながらも、星はエミルの側までいくとエミルの顔を恐る恐る見上げた。

 エミルはそんな星に微笑み掛けると、耳元でそっとささやいた。

「星ちゃん。向こうの林の先を見てみて……」

 エミルにそう言われ。指差された先に目をやると、そこには湖に口をつけて水を飲んでいる動物の姿が見えた。

 その見た目は、白馬で背には大きく真っ白な翼が折りたたまれている。だが、それはファンタジーでよく描かれている姿そのものだった……。

「――あれって……ペガサス?」

 驚いた顔をしてそう呟いてる星の肩にエミルがそっと手を置いて話し掛ける。

「どう? 驚いたかしら」 
「はい。とっても……」

 星は目の前の光景が信じられないといった様子で、目を丸くさせながら小さく頷いた。

 そして、その次のエミルの言葉に思わず耳を疑う。

「なら、乗せてもらいましょうか!」
「……えっ!?」

 その言葉を聞いて、星は目をぱちくりさせながら驚いた表情でエミルの顔を見た。

 エミルはにっこりと微笑むと、そのまま星の手を持ってペガサスに向かって歩き出す。

 そんな2人を見ていたエリエが呟いた。

「へぇ~。やっぱりそういうことだったんだ。言ってくれれば協力したのに!」

 自分が仲間はずれにされたと膨れっ面をしているエリエに向かって、デイビッドが口を開いた。

「お前が寝ちゃったのが悪いんだろ。俺達はエミルに聞いてたぞ?」

 彼の話を聞いたエリエの頬が更に膨れ上がる。

「へぇ~。デイビッドは知ってたんだ……この裏切り者!」
 
 エリエは大声でそう叫ぶと、勢い良くサラザの胸に飛び込んだ。

 サラザは何も言わず、その屈強な大胸筋でエリエを受け止めるとエリエの頭を撫でる。その直後、エリエは涙ながらに叫ぶ。

「うわ~ん。デイビッドが私をバカにしてるよ~。デイビッドのくせに~」
「あら~、デイビッドちゃんはひどいわね~。大丈夫よエリー、泣かないで」

 サラザはそう言って、泣いているエリエの頭を優しく撫でている。

(いや、あんたもエミルの話聞いてたよな!)

 デイビッドは心の中でそう呟くと、不機嫌そうにサラザを見た。
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