第42話 決戦7

文字数 5,220文字

 先の見えない真っ暗な天井を見上げ、エミルは手綱を握り締めると、未だにただ咆え続けるがしゃどくろを見据えた。

「――敵の直上まで上昇!!」

 エミルが命令すると、ライトアーマードラゴンは翼を広げ、一気に上空に飛び上がった。

 サラザが地面でがしゃどくろのヘイトを稼いでいるおかげで、ライトアーマードラゴンに乗ったエミルには攻撃してこない。
 その状況を利用して、空からがしゃどくろをじっくりと観察するエミル。

(動きは上半身だけの時に比べると若干鈍い……それは【AI】がまだ体の大きさに慣れていない事によるものだろうけど。それより、問題なのはサラザさんの攻撃が全く効いてない……?) 

 エミルはサラザの戦いを見て首を傾げる。

 がしゃどくろには間違いなくサラザの攻撃が当たっている――にも拘わらず。がしゃどくろのHPゲージは全く減少してないのだ。
 そうこうしている間にも、エミルを乗せたライトアーマードラゴンは『直上まで上昇』その命令通り、がしゃどくろの頭の上で止まる。

(でも、攻撃が効かない敵なんていない。必ずダメージの通る場所があるはずだわ!)

 そう自分に言い聞かせ、エミルはがしゃどくろに向かって飛び降りる。

「はあああああああああッ!!」

 叫びながら敵に向かって降下し、両手に握った剣で無数の斬撃を放つと骨を蹴って素早く離脱した。

 ライトアーマードラゴンはエミルを空中で器用に背中に乗せると敵から離れ、エミルの次の指示を待っているようにがしゃどくろの周りをグルグルと旋回し始める。

 エミルは不思議そうに首を傾げた。

 それもそのはずだ。エミルが上半身に攻撃した時のダメージもカウントされていない。

 本来、上半身だけの化け物だったがしゃどくろだ――っということは、下半身にダメージを与えられなくても、上半身にはダメージが通るだろう。そうエミルは考えて上半身に攻撃した。しかし、結果は今の通りノーダメージだ――。

(――おかしい……やっぱりダメージが与えられてない。胸のウィークポイントも消えているし。なら、どうやってこいつを倒せば……)

 ライトアーマードラゴンの背中から、がしゃどくろの様子を窺いながらエミルはじっくり考え込んでいる。

 その時……。

「なによこいつ。硬いとかそういうんじゃなくて、ダメージを受けてないじゃな~い!」

 サラザは攻撃でダメージを与えられないことに気付いたのか、イライラしてそう叫びながらも攻撃の手を全く緩めない。

 それは、もう意地というやつなのだろう。

「何をしておる! そんな生温い攻撃では、100年経っても倒せんぞ!!」

 エミルが驚いた様子でその声の方に目を向けると、そこにはボロボロになった道着を脱ぎ捨て、たくましい肉体を露わにさせ仁王立ちするマスターの姿があった。

 ダメージはヒールストーンで回復できてはいるものの、ダメージに応じた精神的、肉体的な疲労が消えることはない。
 しかもマスターは星を助ける際に防御せずに、背中からまともにボスの攻撃を受けた。常人ならば正直、立っているだけでもやっとと言ったところだろう。

 その光景をサラザとエミルは驚きを隠せないと、言った表情で目を見開く。

「この声。あの老人まだ戦えるの!?」
「マスター!? でも、もう戦える体じゃないんじゃ……」
「馬鹿者! この儂に、敗北の二文字はない!!」

 2人の驚いた声を聞いて、マスターは笑いながらそう叫ぶと。

「ここからが本番だ……」

 っと呟く。すると、マスターの体から金色のオーラが噴き出し、全身を覆うように纏った。
 そう。マスターの固有スキル『明鏡止水』により、サラザの固有スキル『ビルドアップ』をコピーしたものだ。

 彼の固有スキルのいいところは、一度収集したスキルを任意で出せるということだ――。

「師匠。無理なさらないで下さい! その体で固有スキル発動は危険過ぎます!」

 カレンが瞳に涙を堪え、敵に向かおうとするマスターに抱きついて必死に彼を制止しようとしている。

 だが、マスターはそんなカレンに微笑みを浮かべ、頭に優しく手を乗せて言った。

「――泣くでないカレン……大丈夫だ。儂は誰にも負けん……それはお前が一番良く分かっているだろう?」

 優しく微笑むと、カレンは涙を拭いマスターに向かって「はい。ご武運を……」とにっこりと微笑んで見せた。

 マスターもその顔を見て、満足そうに微笑みを返すと、決意に満ちた面持ちでがしゃどくろに向かって走り出す。

「その覇気――敵にとって不足なし! うおおおおおおおおおおおッ!!」

 雄叫びを上げながら敵の足元まで一気に距離を詰めると、陥没するほど地面を蹴って瞬時に懐に飛び込んだ。

 マスターは拳を固めると、地面を踏み締め力を込めて無数の突きを放った。
 その攻撃はもはや肉眼で確認できないほどのスピードで、がしゃどくろの体に次々に炸裂する。

「アタタタタタタタタタタタタタターッ!!」

 マスターは飛んでくるがしゃどくろの攻撃を上手くかわしながら、体の様々な場所を激しく攻撃する。

 がしゃどくろがダメージを受けていないのは、傍から見ていても明らかだ。マスターは突破口を見出すようにがむしゃらに至る場所を攻撃して、敵のウィークポイントを探っているのだ。
 どんなに強敵であろうがゲームである以上、ボスだろうとどこかに必ず欠点となるウィークポイントがある。しかし、その怒涛の攻撃を受けても敵のHPゲージに全く変化はない。

「……な、なんだと?」

 マスターは愕然としながらも、攻撃の手を休めない。ほんの一握りの僅かな希望にかけるように、マスターは攻撃し続ける。

 すると、彼の左側から大きな腕が襲い掛かってくる。

「マスター! 左から来ています!!」

 その時、攻撃を続けていたマスターの耳にエミルの声が響いた。咄嗟に左側を向いたマスターの目に大きな拳が飛び込んできた。

「……なっ! いかん間に合わんか……ならば――――ダークネス!」 

 マスターはその攻撃をかわせないと判断したのか、発動する固有スキルの種類を変更した。
 常に戦況に応じて複数の固有スキルを発動できるのが彼の固有スキル『明鏡止水』の利点である。

 漆黒の炎のように燃え上がる拳を構え、マスターは向かってくるがしゃどくろの手を見据える。

「いくら大きくても所詮は骨――この儂の血と肉が飛び散ってでも……この拳で吹き飛ばしてくれるわーッ!!」

 マスターは雄叫びを上げると、黒く輝く拳をその拳目掛けて連続で放つ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 向かって来るがしゃどくろの拳を、マスターの漆黒のオーラを纏った拳が空中で止める。
 それは力が互角になった時に初めて起こる奇跡ともいうべき現象だ――もうゲームバランスなど、とっくに超越したマスターだからこそできうる芸当だろう。

 だがその刹那、一瞬だけマスターの高速で突き出していた拳が止まった。

「……くっ!」

 マスターの表情が苦痛に歪む、それと同時に彼がガクンと体勢を崩す。

 無理もない。彼はがしゃどくろの攻撃を背中でまともに受けてしまっている。こうして戦っているだけでも奇跡に近い状況だ。これだけの動きを見せれば必ず体は悲鳴を上げる。
 現実じゃなくとも疲労し消耗する体が存在する。それがVRMMOというゲームであり、仮想現実世界なのだ――。

「しまった……体が動かん……」

 さっき受けたダメージの影響でマスターの体が思うように動かない。
 っと次の瞬間。均衡が崩れマスターの体は、がしょどくろの腕の勢いに押されて、軽々と吹き飛ばされてしまう。

 万全な状態のマスターならば、あるいは弾き返せたかもしれないが、星を助ける時に受けたダメージが体に残っている今の状態では、圧倒的な体格差のあるがしゃどくろの腕を再び弾き返すことができるわけもなかった。

「――くっ、これほどとはな…………ふふっ、なんたる力よ……儂の負け……か……」
  
 飛ばされながらも、徐々に遠のいていくがしゃどくろを見つめながら、マスターは満足そうに目を瞑ると口元に微かな笑みを浮かべた。

 マスターは『全てを出し切った……』そんな表情で、全身から力を抜いて抗うことなく、がしゃどくろの拳に押し流されて行く。
 
「「マスター!!」」

 エミルとエリエが同時に声を上げる。

 飛ばされていった先には壁がある。今のマスターは上半身に防具を身につけてない状態だ――このまま背中から激突すれば、彼のHPは『0』になり。この世界からも、そして現実世界からも永久に退場することになる。

 飛ばされていくマスターの体が壁に迫った。その時……一瞬の風とともに叫ぶ声が、マスターの耳に聞こえた。

「師匠――――!!」
  
 壁に当たる既の所でカレンが空中でマスターの体をしっかりと抱きかかえると、そのままの勢いで壁に激突した。

 2人は地面に倒れ込む。だが、マスターのHPは赤いゲージまで減りながらも間一髪で残っていた。
 頭を押さえて立ち上がったマスター。しかし、その隣で倒れる愛弟子の姿にマスターが思わず叫んだ。

「……なにッ!? カレン!!」

 横に力無く倒れているカレンの体を抱き起す。

 カレンは気を失っていてそのHPも残りわずかとなっているが、彼女の無事な姿にマスターはほっと胸を撫で下ろす。

 そして辺りを見渡すと、そこには複数のヒールストーンが散らばっていた。
 そう。カレンは大量のヒールストーンを持って、マスターの衝撃を自分が肩代わりすることで彼を守ったのだ。

 マスターの固有スキル『明鏡止水』の最大の欠点は発動時には、回復系のアイテムの一切が使用できなくなるという制約があることだろう。その状態でカレンがいくら回復アイテムを持っていても、マスターのHPを回復することは不可能だ。

 だが、もしカレンが致死量のダメージを受けてもHP減少は徐々に行われる為、そのダメージ以上にヒールストーンさえ持っていれば、ヒールストーンが瞬時に受けたダメージを回復してくれるので減少を抑えられ、受けたダメージよりヒールストーンの量が勝れば、必然的にHPが『0』になるのは避けられるはずなのだ。

 だが、それは理論上の話で、試した者などいない確立されてない方法であり、上手くいく保証はどこにもなかった。
 下手をすれば2人揃って、ゲームからも現実からも永遠に退場することになっていたかもしれない。

 それでも2人は助かった――結果として、彼女は無謀とも言える賭けに勝ったのだ。

 エミルは上空から2人の無事を確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。

「はぁ~。良かった……」

 その直後、がしゃどくろの方を向いたエミルはあることに気が付く。

(がしゃどくろのHPがちょっとだけど減っている!?)

 エミルは驚きを隠せない表情で目を丸くさせている。

 確かにがしゃどくろのHPゲージが10%ほど減っていた。
 今までなにをしても減らすことのできなかったHPに、微かだが動きが出たのだ。エミルは顎の下に手を当てて険しい表情になった。

(確かにさっきまではHPの変動はなかったはず……っと言う事は、マスターの戦闘中どこかでダメージを与えたということになるわ……でも、いったいどこで……?)

 エミルが思考を巡らせていると、突然がしゃどくろがエミルに向かって攻撃を仕掛けてきた。

 慌てて、考えるのを止め、エミルは両手で手綱を握ると、ライトアーマードラゴンへと声を放つ。

「――ッ!? 回避!!」

 その声を聞いたライトアーマードラゴンは指示通りに急速に加速し、がしゃどくろの腕を紙一重でかわす。

(どうして……? 今、ヘイトはサラザさんが持ってたはずなのに……あっ! そうか、うっかりしてたわ!)

 エミルはそう思い出したように、マスターの方に目を向けた。
 そう。ヘイトをサラザが持っていたのだが、それはあくまでもマスターが攻撃を仕掛ける前の話だ――。

 マスターの拳による攻撃でターゲットが、マスターに移っていても何も不思議ではない。
 普通、AIは与えたダメージが多い敵を脅威とみなして優先的に攻撃する。そしてダメージを与えられない状態では、近い敵を脅威として優先的に攻撃するようにできている。

 マスターが倒れヘイトの優先権が切れたことで、今度は最も近くにいる敵をターゲットするように設定が移行されていたのだろう。その為、エミルを攻撃してきたというわけだ――。

(マスターが金色だった時は、HPの減少は見受けられなかった。なら『ダークネス』という技を発動した直後に減ったはず……あの技の能力は、拳に闇属性のダメージボーナスが……あっ! もしかして!?)

 エミルはなにか思い当たる節があったのか、難しい顔で考えることに集中している。
 その間もライトアーマードラゴンは、エミルの『回避』の命令を忠実に守り、度重なるがしゃどくろの攻撃を紙一重でかわしていた。
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