第317話 限界

文字数 4,219文字

 星から離れて廊下を飛んでエレベーターの中に舞い戻ったレイニールは、エリエ達のいる階へと降りた。

 エリエの部屋の前までくると、トントンと扉をノックする。

「はいはーい! 今開けるしー!」

 中から元気な声を上げたミレイニの声が聞こえた。ガチャッと扉が開くと、レイニールは天井付近まで一気に上昇する。

 ミレイニは扉の前に誰もいないことを確認すると、大きく首を傾げて開いた扉を閉めようとした直後、頭の上に重い何かがのしかかってきた。彼女が不思議そうに頭上を見上げると、そこにはレイニールの姿があった。

「どうしてお前が私の頭に乗ってるし! 急にどこかにいなくなったと思ったら、また戻って来るとか勝手過ぎるし!」
「まあまあ、我輩にも色々あるのじゃ! それよりエリエはどうした?」

 それを聞いてミレイニが大きなため息をついたのを見ると、言わなくてもだいたい予想がつく。

 ミレイニの頭に乗って部屋の中に入ると、そこにはベッドで布団を頭から被って唸っているエリエの姿があった。

「サラザのお店で飲んでたら、運ばれてきてからずっとこんな感じだし」
「これでは当分、役には立たないな……」

 レイニールは呆れながら、布団の中で唸っているエリエを見ていると、ミレイニがレイニールに向かって言った。

「そういえば、この後サラザのお店でご飯を食べるんだし。レイニールも行くし?」
「もちろんじゃ! たまにはお前もいいことを言うのじゃ!」

 褒められたミレイニは「当然だし」と胸を張っている。まあ、褒められているかは微妙なところだと思うのだが……。

 次にミレイニは布団の中に入っているエリエに向かって叫ぶ。

「エリエはどうするし!」
「頭がガンガンするから叫ばないで! うぅぅぅ~」

 それを聞いて諦めたようにため息を漏らすと、レイニールを頭に乗せたまま走って部屋を出た。

 サラザのBARに着くと、今度はそこにデイビッドと小虎がカウンターで食事を取っていた。そこに駆けていったミレイニが、小虎の隣の席にガタガタと音を立てて慌ただしく座った。

「何食べてるし?」

 隣に座っている小虎の方を覗き込むと、小虎は顔を赤らめながら肩をすぼめているが、ミレイニはそんな小虎のことなど気にする素振りすら見せない。

 小虎の食べていたチーズ入りのハンバーグを見たことで、それを食べようと決めたミレイニが手を上げてサラザに同じハンバーグを頼む。

 小虎がミレイニのことが苦手ということではなく、このゲームはハードとソフト一体化の為に結構な額が掛かってしまう。その為、ミレイニや小虎の様な子供のプレイヤーは殆どいないのだが。
 そのこともあってか、小虎は年齢の近いミレイニを自然と意識してしまうのだろう。それとは対照的に、ミレイニは細かいことを全く気にする性格ではない。いや、そんなことを気にしたことすらないのだろう。それどころか、子供のプレイヤーが少ないのもたまたまだと思っているかもしれない。

 サラザがミレイニの前にハンバーグを置くと、ミレイニの頭の上に乗っていたレイニールがサラザに焼き鳥を頼む。

 周囲を見渡したレイニールは、客の多さに素直に驚いていた。

「ほう。それにしても凄い客の数じゃ」
「そうなのよ~。もう人手が足りないわ~」
「あたしはまた手伝ってもいいし!」

 口の周りをデミグラスソースで汚しながらそういうと、カウンターから屈強な腕を伸ばしたサラザがミレイニの口の周りを布で拭いてあげる。
 
「そうね~。その時はお願いするわねミレイニちゃん」
「ありがとうだし!」

 口の周りを拭いてもらってにっこりと微笑んだミレイニにサラザも微笑み返した。
 店内ではオカマイスターの仲間達が、料理やお酒を乗せたお盆を持って忙しなく行き交っている。

 レイニールもその様子を見つめていると、サラザに名前を呼ばれてその方向を振り向く。

「はい。やきとりお待ち~」

 サラザがレイニールの前にやきとりを置くと、瞳を輝かせたレイニールがテーブルに降り立ち串を持って、流すように一気に串から肉を頬張る。

「――ほうじゃ! あうじにおにあえをたのうぞ!」

 口の中に肉を頬張りながら、モゴモゴと口を動かしてサラザに告げた。

 ただでさえ周囲の大勢の客の声で聞き取りづらいのに、サラザは理解できたのか分からないが笑みを浮かべ大きく頷いた。
 
「そういえば、エリエはまだ寝てるのか?」

 やきとりをつまみに日本酒を飲んでいたデイビッドが、思い出したようにミレイニに尋ねた。
 口にハンバーグを詰め込んでリスの様に頬を膨らましていて答えられないミレイニに代わって、レイニールが彼のその質問に答える。

「うむ。布団に包まって唸っていたのじゃ」
「はぁ……まあ、海外ログイン勢だから酒を飲むなとは言わないけどさ」
「あら~。エリーはお酒を飲んでないわよ? 烏龍茶よ、烏龍茶」

 2人の話を聞いていたサラザが横から口を挟むと、レイニールもデイビッドも驚いたように目を丸くさせて首を傾げた。

「「烏龍茶?」」

 驚いた様子の彼等にサラザが言葉を続ける。

「そう。まあ、その場の雰囲気に飲まれたってところかしらね~」

 ため息を漏らしたサラザはレイニールに星へのお土産を渡す。

 それを受け取ると、レイニールはパタパタと空に飛び立つ。その時、デイビッドが小虎に向かって話している会話が聞こえてきた。

「でも、俺達に戦闘に参加するなというのはどうしてなんだ? どういう現状なのかすら知らされてないし、情報を少しでも教えてもらいたいんだけど」
「いや、僕も詳しい情報を姉さん達から聞いていないんだよ」

 それを聞く限りでは、どうやらデイビッド達には詳しい情報が与えられていないらしい。しかも、周囲にいるプレイヤー達は星のことを『剣聖』という勝手に付けた通り名でしか話していない為、気付かないのだろう……。

 レイニールも彼等の話を聞いただけで、星が戦っているとは一言も言わなかった。

 本来は一人で戦っていると言った方が仲間達が協力してくれるからいいのだろうが。しかし、星はその仲間達を守る為に辛い思いをして今頑張っているのだ――だが、今ここでデイビッド達に教えてしまえば、その努力を無にしてしまう。それは星の意志に反すると、レイニールも分かっていたのだろう……。

 ギルドホールの最上階の部屋の扉の前に来ると、中から星の激しく咳き込む音が聞こえてきた。今にも泣き出しそうな瞳で、手に持っていたお土産の袋の持ち手を握り締めるレイニール。

 だが、今の星にとてもじゃないが、戦うのを止めてくれとは言えない。もし、言ったとしても多くのプレイヤーの命運を握っている星は、絶対に首を横に振るだろうし、それが原因で仲違いしたら本当に彼女を一人だけにしてしまう。

 本当に苦しいのは、固有スキル発動の副作用を必死に我慢している星本人であり、レイニールはそれを見守ることしかできないのだ――しかし、そうとは分かっていても、自分の主人が目の前で苦しんでいるのに何もできないというのはとても歯痒い事実に違いはない。

 レイニールは気持ちを整えて、しっぽでドアを叩いた。

「あるじー。ご飯を持ってきたのだ!」
「……入っていいよ。レイ」

 声を聞いて扉を開けると、星が何事もなかったかのようにベッドに座って微笑んでいる。その顔がいつもと全く同じで、部屋の前で苦しそうな声を聞いていたレイニールには、それが痛々しく思えて仕方なかった。

 星の様子に崩れそうになる表情を戻し、お見上げを持ったまま星の方にふわふわと飛んでいく。

 レイニールがベッドに降りると、星に向かってお見上げの入っている袋を持ち上げた。

「サラザのお店に行ってもらってきたのじゃ!」
「そうなんだ」
「うむ。やきとりじゃ、我輩も食べてきたが。やはりサラザの飯は美味いな!」

 そう言ったレイニールに向かって「そうだね」と微笑むと、ベッドの上のレイニールを両手でゆっくりと持ち上げる。

「レイの顔を見てるとなんだか元気が出るね。いつも一緒にいてくれてありがとう」

 彼女のその言葉も、いつもなら喜ぶべきことなのだろうが、今はその笑顔も無理に作ったものでしかないと思うといたたまれない気持ちになる。

 だが、その心境を星に悟られまいと、レイニールも平静を装う様に胸を張った。

「当然じゃ! 我輩は最強のドラゴンじゃからな!」
「うん。そうだね」

 相槌を打って頷く星に、レイニールが持ってきた袋の中身を手渡す。星もそれを受け取ったが、結局中に入っていた六本の内の一本だけを食べただけで、残した五本は全部レイニールが食べた。

 少しゆっくりして、星はそのまま眠りに就いた。レイニールもその日は一緒に眠っていたが、星が時折咳き込む音を必死に押さえている姿に、レイニールは全然寝付くことができなかった。

 星もそれに気が付いているのか、時折レイニールの背中を優しく撫でた。自分の方が辛いはずなのにレイニールを気遣う星の心に、レイニールの瞳から自然と涙が流れた。


 翌日。結局寝てしまったレイニールが目を覚ますと、星は横でにっこりと微笑んでいる。
 おそらく。星は昨晩は全く眠れなかったのだろう……その笑顔の奥には疲労感が薄っすらと見える気がした。だが、レイニールはそれを口に出すことはなく、そんな素振りも一切見せずに普段通りに言った。

「なんだ主。先に起きていたのか?」
「うん。レイはもう少し寝ててもいいんだよ?」
「何を言っておる! 我輩は寝なくても平気なのじゃ! ドラゴンだからな!」

 それを聞いた星はくすっと笑うと「いつも寝てるのに」と言って顔を逸らす。
 本心から笑っている星を見たのが久しぶりに感じるほど、レイニールは星の笑っている姿を見れて嬉しかった。少しでも自分が主の役に立てた気がしたからだろう……。
 
 だが、レイニールがいつまでもいると星が気を使ってしまって我慢することになる。それが分かっているのだろう……レイニールはパタパタと翼を動かして飛び上がると、星の顔の前にいった。

「それでは主。我輩は少し出掛けてくるのじゃ!」
「うん。色々危ないから気を付けてね。レイ」

 星がそういうと、レイニールは親指を立てて笑うと。

「この建物の中から出ないから問題ないのじゃ!」

 っと自信満々に微笑んで見せた。

 その後、レイニールが扉の方にいくと、星も部屋を出ようとするレイニールを扉の前で軽く手を振って見送った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み