第191話 ゴーレム狩り6

文字数 4,043文字

 メルディウスは大斧を肩に担ぐと、目を細めながら地面に倒れたまま微動だにしない男を見た。 

「――手応えはあった。……やったか?」

 しかし、地面に転がっている男の手には、相当の勢いで吹き飛ばされたはずなのだが、しっかりと黒刀が握られていた。
 いくらベルセルクを持ったメルディウスでも、Lv100のプレイヤーを一撃でHPの全てを減らし切るのは無理だろう。

 ベルセルクもそれほど性能が壊れている武器というわけでもない。メルディウスが使えば十分に壊れ武器なのだが……レベルが同じなら、一撃で仕留めるということはありえない。また、それ以外にも防具の性能によって大きくダメージ量は上下する。しかしそれでも、相当なダメージは与えたはずだ。もし動けたとしても、もうメルディウスとはまともにやりあえない程度には……。

 っと次の瞬間。男がむくっと起き上がり、手に持った黒刀を構え直す。

 その顔には苦痛の色はなく、逆に狂気じみた微笑みを浮かべている。

(くっ……これで沈まないのかよ。こりゃ本気でやるしかねぇーな……)

 眉をひそめたが、すぐに決意に満ちた眼差しで肩に担いでいた大斧を構え直す。

「ふふふっ……アハッハッハッハッ!!」

 黒刀を握り締め、狂気に満ちた笑い声を轟かせながら全力疾走してくる。

 メルディウスは刃の当たる寸前に体を捻り紙一重でかわすと渾身の一撃を振り下ろし、相手の刀を地面に叩きつける様にして圧し折った。次の刹那、刀がガラスの様に砕け散って跡形もなく消える。すると、男の瞳に光が戻り、激痛から腹部を押さえて地面にへたり込んだ。

 戦闘を止め、叫び声を上げながら地面にうずくまる男に、メルディウスは困惑した様な表情で見下ろしている。

「な、なんだ?」

 メルディウスは突然のことに驚き、大きな『?』を頭の上に浮かべている。

「そんな、武器を壊されたくらいで……それとも、そんなに高いものなのかッ!?」
「はぁ……君はバカなのか?」

 首を傾げている彼の元に、デュランが冷静な声音で近付いてきた。

「これは武器に何か細工されてたんだろうね。その証拠に……」

 デュランは徐に遠くの方を指差すと、新たに黒い刀を手にしたエルフの男が暴れている姿が見えた。

 バカにされたのが相当気に入らなかったのだろう。メルディウスはむっとしながらベルセルクを肩に担ぎ。

「なに冷静に調子ぶっこいてんだ! 次に行くぞ!」
「はぁ……相変わらず関わりたくないタイプの人間だね。君は……」

 先に走っていったメルディウスの背中に、デュランは皮肉を吐きながらも付いていく。
 そんなことが一度や二度ではない。異変はほぼ街の全域で起こっていたのである。しかも、どの事件も首謀者の持っていた武器は黒い刀でそれを破壊すると、皆例外なく人が変わったように大人しくなるのだ――。

 これにはさすがのメルディウスとデュランも首を傾げるばかりだった。

 こんなことは過去に例をみないことだ。武器が原因なのははっきりしているのだが、破壊してしまってはその武器を調べることもできない。特定の武器には実際に装備しなければ『?』と出るだけで、詳細なステータスを確認することもできないのだ。

 これはこのゲームのシステムを熟知した人物が、事件の裏で糸を引いているのは明らかに思えた。
 全ての事件に共通しているのは黒い刀。そして、その武器の使用者がそれを『村正』と呼んでいたことくらいか……。

 だが、実際に殺害された者も大勢出ている状況で、こうも脈絡もなく次から次へと現れてはキリがない。

「くそっ! どうなってんだよいったい!」

 苛立ちを露わにしたメルディウスが、不機嫌そうに地面を強く蹴った。

 その隣でデュランが顎に手を当て考え込んでいる。
 撃破してしまえば簡単なのだが、武器破壊を前提に戦うとなれば難易度は格段に上がる。

 問題は武器の耐久力を奪う為に、自分の使っている武器も摩耗していくということにあった。
 正直、この戦闘でメインの武器を擦り減らすのは得策ではない。しかし、だからと言って本能のままに動く相手に街売の安い武器を使うのもリスクが大き過ぎる。

 要は、相手の真の狙いは内輪揉めによる消耗戦なのは、誰が見ても明らかなのだ――。

 っと、徐にデュランがメルディウスに向かって告げる。

「……これは面倒くさいね……俺はちょっと用事を思い出した。後は君に任せるよ」
「ちょっ! 今、お前面倒くさいって言っただろ! 待ちやがれバカ野郎!」
 
 脱兎の如くその場を走り去っていくデュランに舌打ちをしながらも、大斧を肩に担いで次の獲物を探しに歩き出そうとしたその時、視界にメッセージが表示される。

 そこには【紅蓮様よりメッセージが届いております】と簡単な文章が並べられていた。

 その場所を指で突くと、目の前にでかでかとメッセージの内容が表示される。

『メルディウス。千代の本部で異常が発生したと連絡がありました。至急ボイスチャットを飛ばして下さい』

 形式的な文章だが、メルディウスには事の重大性を感じ取ることができた。紅蓮が『至急』と付けるのは余程のことだったからだ――。

 本来、彼女は何事もギルドマスターであるメルディウスに通さずに自分で対応する性格。
 それが至急連絡をくれと言っているのだ。相当退っ引きならない事情があることが、メルディウスにはすぐに理解できた。

 コマンドのフレンド欄から紅蓮の名前をクリックしてボイスチャットを押す。

 すると、数秒もしない間に紅蓮が応答した。

『メルディウス。ホテルにも居ないで、どこで油を売っていたんですか?』

 ボイスチャット越しに普段と同じか、割り増しで無感情な声で紅蓮が尋ねてくる。

 その声音にほっとしたように息を吐き出すと、メルディウスも彼女の質問に答えた。

「ああ、実はデュランと一緒に――」
『――そうですか、そんな事はいいです』
「…………」

 言葉を遮られ、また興味もなさそうに言葉を返す紅蓮に、メルディウスはあんぐりと口を開けたまま呆然としていた。

 その直後、ボイスチャット越しに紅蓮が言葉を続ける。

『実は、千代で村正という武器を持ったプレイヤーが暴れていると、ギルドメンバーから連絡を受けました。それで、至急ギルドマスターである貴方の意見が聞きたい。との事です』
「村正……ああ、それなら俺も。今まで相手してた奴が同じ物を持っていたな」
『交戦したんですか!?』

 珍しく驚いたような声音で聞き返してくる紅蓮に、メルディウスは素っ気なく「ああ」と生返事を返す。

 すると直ぐ様、不機嫌そうな声で紅蓮が言った。

『……メルディウスが戦う方が迷惑です。自重して下さい』
「いや、俺が戦っていなければ、もっと大変な事態になってたんだぞ?」
『――っという事で、私は一度千代に戻ります。白雪と小虎も連れていくので、お願いします』

 華麗に言葉をスルーしながら、紅蓮はさらっと重要な発言をした。

 だが、紅蓮のその発言にメルディウスがすぐに抗議する。

「いやいや、小虎は置いていけ! 俺だけをジジイとその仲間の連中と一緒にする気かよ!」

 メルディウスのその言葉を聞いて、しばらく間を開けて紅蓮が渋々といった感じで答えた。

『分かりました。それでは、小虎はこちらに置いていきます。何かあったらメッセージを送って下さい』
「ああ、分かった。……気をつけてな」
『私はそんなにやわじゃないです。貴方と一緒にしないで下さい……』

 最後に毒づいて、紅蓮はボイスチャットを切った。

 紅蓮のことは心配だが、マスターとの約束を無下にするわけにもいかない。
 一抹の不安は抱きながらも『紅蓮も四天王だ。無理はしないだろう』と自分の心に言い聞かせ、再び上がった悲鳴の方へと走っていった。

 
 結局、翌日の朝まで事の沈静化に当たっていたメルディウスは、くたくたになりながら街を徘徊していた。

「はぁ~。さすがに堪えるな……ん?」

 霞む視界に、紅蓮からのメッセージの表示が見えた。

 メルディウスがそれを開くと、一枚の地図が表示される。そこには赤いマーカーでチェックが入っていて、付属しているメッセージには……。

『この場所にマスターが居ます。今後の事を直接会って話し合っていて下さい。【追伸】くれぐれもマスターと喧嘩しない事。』

 っと書かれていた。どうやら、メルディウスは彼女に相当信用されていないらしい。まあ、普段の紅蓮と仲間達の対応を見ていれば分かったことだが。

 その文章を見たメルディウスは口を尖らせ「んな事するか」と不貞腐れるように呟いて、地図の場所に向かって歩き出す。

 紅蓮のメッセージの地図の指し示す場所は、街から大分離れた湖畔にそびえ立っている洋風の城だった。肩にベルセルクを担ぎながら、怪訝な顔でその城を見つめるメルディウス。

 それも無理はない。メルディウスはテスターと呼ばれ、ベータテスト時代からこのゲームをプレイしている自他共に認める古参のプレイヤーだ。ベータ版の時から長い間このゲーム内でプレイしている彼でも、こんな街から離れた不便な場所に住んでいるプレイヤーなんて今までに聞いたこともない。

 不審に思ったメルディウスは直ぐ様、紅蓮にボイスチャットを送る。数秒後、紅蓮が不機嫌そうにメルディウスのボイスチャットに応答する。

『……なんですか?』
「いや……今指定の場所に着いたんだが、本当にここでいいのか?」
『はい。そこは有名な『白い閃光』の所有しているマイハウスですよ』
「何ッ!? あの戦う姿が美しすぎて、非公認のファンクラブもあるあの白い閃光かッ!?」
『どうでしょうね。私は詳しくないので分かりませんが……忙しいのでもう切ります』

 またも一方的にブツッと切られ、メルディウスは不思議そうに首を傾げながら。

「――何を怒ってるんだ? 紅蓮のやつ……」

 っと呟きながらもふらっと歩き出し、湖に映った自分の姿を確認して、ベルセルクをアイテム内にしまうと、眼前にそびえ立つ城へ向かって歩き出した。
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