第214話 星とミレイニの真剣勝負3

文字数 3,584文字

 それから1時間近く経って、ようやくミレイニが要望したショートケーキが完成した。
 本来ならばもっと1時間程度で完成できるものではないのだが、途中の焼く工程などは数分もあればできるので、これだけ早く作れるのだ。

 ミレイニは出来立てほやほやのホールケーキを持ってテーブルに向かう。
 その後を星も続いて席に着くと、そこにエリエがティーセットを持ってやって来た。

 ティーセットに紅茶を入れ、胸を張って鼻高々のエリエは自慢げに言い放つ。

「レシピ経由で作ったんじゃないから、味は確かなはずよ! お菓子作りに関しては私は手を抜かないからね!」

 誇らしげに胸を叩くエリエに、星は苦笑いを浮かべていた。
 まあ、以前食べたエリエの甘ったるいスープなどもそうだが、エリエの味覚は若干というか、かなり変わっている。

 お菓子は絶品に美味しいのだが、それ以外の料理が全滅というのは普通に珍しいと言わざるを得ないだろう。
 ふと見ると、ミレイニが上機嫌でケーキを切り分けている。しかし、明らかに1つだけ大きく切り分けられた物がある。

 いや、大きいと言うより、真っ二つにしたホールケーキの半分をただ切り分けた感じだ。
 星がその行末を見守っていると、ミレイニが自分の前に置いている。やはり、あの大きなケーキは自分の分だったらしい……。

 すると、その一部始終を見ていたエリエのチョップがミレイニの頭上に炸裂し、両手でミレイニが頭を押さえた。

「いった~。なにするし!」
「「なにするし!」じゃない! あんたはまた目を離すとそんな事ばかりして! 皆で食べるんだから均等に分けなさい!」

 怒って声を荒らげるエリエに、ミレイニは口を尖らせながら小声で言い返す。

「均等だし~。エリエの目が悪くなっただけだし~」

 だが、そんな独り言の様な言い訳をエリエが聞き逃すはずもなく。エリエの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
 それをひやひやしながら星が見守っていると、やはり思っていた通り。怒ったエリエが、ミレイニの前に置いてあるケーキを素早く取り返した。

 ミレイニは慌てて奪い取られたケーキを取り返そうと手を伸ばすが、何度伸ばしても素早くケーキを移動され、皿にすら指一つ触れられない。

 だが、星はその一部始終を見ながら『どうして、残っているケーキの方にいかないんだろう』と思っていた。
 しかし、ミレイニには目の前のケーキしか見えてないのか、それとも譲れない何かがあるのかは分からないが、エリエが両手を上げて掲げているケーキを、ミレイニがエリエの周りをぴょんぴょんと跳び回り、必死に何とかそのケーキを取ろうと頑張っていた。
  
 ぼーっと2人のやり取りを見ていると、肩に乗っていたレイニールが星の頬をつんつんと突く。

「主。あの2人は何をしているのだ? まだケーキを食べないのか? もうはらぺこなのじゃ」
「うーん。でも……」

 だが、そのレイニールの言葉に、困ったように眉を寄せている。それもそうだろう。エリエとミレイニのケーキ争奪戦は未だに、終止符を打つ気配すらない。
 
 そんな中、星達の目の前に置かれたままになっているホールケーキの半分を見つめ、直後に涎を流しながら指を咥えてケーキに釘付けになっているレイニールを見遣った。

 このままでは遅かれ早かれレイニールがケーキに突撃をしかねないと感じた星は、小さくため息を漏らし、星がテーブルに置かれたナイフを手に取ってケーキを切り分けていく。まあ、いつまで続くか分からない無益な争いを待っていてもしかたないと、星は思ったのだろう。

 切り分けたケーキを取り皿の上に乗せ、レイニールの前に差し出す。
 両手にナイフとフォークを手にしたレイニールが、目の前のショートケーキに歓喜の声を上げる。

「おぉ~。これはなかなか美味しそうなのじゃ! エリエの作る物にハズレはないからな。それじゃ、さっそくいただくのじゃ~!!」

 自分と同じ位の大きさのケーキを左手に持ったナイフで、器用に一口大に切り分けると、右のフォークでひと思いに突き刺し口の中に含む。

 余程美味しいのか、数回噛んでは幸せそうな顔で頬を押さえている。そんなレイニールを見ていて星は小さな笑みをこぼすと、自分もケーキを食べ始めた。

 星達がケーキを食べていると、それに気が付いたのかミレイニが驚き目を見開く。

「なんで自分達だけケーキを食べてるし!」
「えっ? だ、だって……そこにあったのに食べないから……」
「なら、私も食べるし!」

 ミレイニは星が取り皿に分けておいたケーキに飛び付くと、美味しそうに食べ始めた。やはり、テーブルに残されたケーキの存在そのものを忘れていたらしい……。

 それを見て、エリエが大きなため息を漏らした。

「はぁ~。てか、このケーキに拘ってるわけじゃないなら、なんで最初からそうしないのよ。無駄に疲れたわ……」

 呆れながら持っていたケーキをテーブルに戻して自分の分を切り分けると、エリエが皆に紅茶の入ったティーカップを渡していく。

 やっと落ち着いてケーキを食べられると、席に着いて一息ついたエリエが切り分けたケーキを口に運ぶ。

「う~ん。我ながら絶品ね!」

 自画自賛しながら、次々にケーキを口に運んでいるエリエ。

 星は残されたケーキを見つめ、ふとあることを思い出した。

(エリエさんが居るのに。どうしてエミルさん達は居ないんだろう……)

 不思議に思った星が幸せそうにケーキを食べ進めているエリエに尋ねる。

「エリエさん。エミルさん達はどこに行ったんですか?」
「――ッ!?」

 突然の星の質問に、エリエのケーキを食べている手が止まった。

 明らかに動揺しているエリエが、心配そうな顔をしている星から目を逸し。

「あっ、えっと……そうだなー。もうすぐ帰って来るんじゃなないかな」

 全く視線を合わせようとしないエリエに、星の中にある不安が更に大きくなる。

『もしかして何かあったのではないか……』と、そんなことを考えたら居ても立っても居られず、突然ケーキを食べるのも止め星が席を立った。

「……もしかして何かあったんじゃ!」
「いや、待って! 星に行かれると、私がエミル姉に怒られるから!」

 突然席を立って走り出そうとした星に驚いたエリエが慌てて制止する。 

「……どうしてですか?」

 星は「怒られる」と言ったエリエの言葉に、一瞬で冷静になった。
 おそらく。そのことは星には秘密だったのだろう。しまった!っと口を押さえているエリエに、不思議そうな顔で首を傾げた星が聞き返す。

 観念した様にエリエが大きくため息を漏らすと、がっくりと肩を落とす。

「まあ、ばれちゃったなら仕方ないわね。ほら、前からマスターがギルドを作るって言ってたじゃない。エミル姉はその勧誘に行ったのよ!」
「でも、どうしていきなり……はっ! 何かあったんですか!?」
「……ぐッ!」

 数秒遅れて「いや、そんなことは……気分の問題よ」と煮え切らない言い方で視線を逸らすエリエを、星が訝しげに目を細めた。

 普段から人の雰囲気を読みことに長けている星にとって、相手が嘘をついているのかすぐに分かる。
 勘のいい星に、エリエは冷や汗を掻きながら眉をひそめていると、その様子を見ていたミレイニがあからさまに大きな声で言った。

「――別に隠すことなんてないし。なんでって、それは3日後にある事件の為だし!」
「ちょっと! そのことは内緒だってエミル姉に言われてたでしょうが!」

 慌てふためきながらミレイニの方を向くと、何食わぬ顔で告げる。

「そんなのエリエが言われただけだし。それに、あたしはエリエが困ってたから助けただけだし。もっと感謝してほしいし!」
「なぁ~にぃ~!」

 なおもケーキを食べようとしているミレイニの頬をひっぱり、堪らずミレイニが手足をバタつかせていた。
 もうお約束と言っていいこの2人のやり取りも、すでに見慣れたものになってきた。だが、今の星にそんなことよりも考えなければならないことがある。それは……。

「……3日後に事件?」

 今まで寝ていた星にはそれは初耳だった。その言葉を聞いた直後、数日前の夜の惨劇が脳裏に鮮明に映し出され、星の顔が一瞬で青ざめる。

 それもそうだろう。あんな事件が再び起きれば、今度はどれほどの被害が出るか想像もできない。

 あの夜も何も分からないままに終わってしまったが、今回も何とかなるとは限らない以上。

 星が『自分に何ができるのか?』考えていても、結局は固有スキルを使用しても敵の足止めがいいところだ――しかも、先日の戦いでも記憶が曖昧になり、2日も眠るほどに消耗した能力。果たして次も何回まで使用できるか……。

 実際に固有スキルの能力を発揮できたとしても、星にはその力をコントロールできる自信がなく。その自信を付けるには、3日という期間はあまりに短い。 
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