第110話 紅蓮の宝物6

文字数 5,486文字

「……バロン」

 戦闘態勢でベルセルクを構え、バロンに睨みを効かせているメルディウスに、バロンは「待っていたぞ!」と叫ぶと、紅蓮の右腕に刺さっていた左手で剣を抜き、今度はその剣を紅蓮の首元に突き付けた。

「久しぶりだな。メルディウス! 随分といい得物を手に入れたじゃないか!」
「……バロン!! どんな理由があろうと。俺のギルドメンバーに――紅蓮に手を出した事を後悔させてやる! その剣を今すぐに紅蓮から放しやがれッ!!」
  
 バロンはその話を聞いて高笑いをすると、メルディウスはまるで餓えた狂犬の様な鋭い瞳で睨みつけながら低い声で告げた。

 殺気を放つメルディウスを前にしてもなお、バロンは涼しい顔で彼を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

「お前は今の状況が分かってないな? お前の愛する者の首。今ここで落とされたいのか? 武器を捨てるのはお前の方だ。バカが!!」
「……くッ! しかたねーか……分かっ――」
「――ダメです! 私は大丈夫です! それよりも……」

 突如として何かを告げようとした紅蓮の口の動きが止まる。それもそのはず。何故なら、彼女の首筋にバロンの持っていた剣の刃先が食い込んでいたのだから――。

 冷や汗が額から落ちた紅蓮に、低く殺気を帯びたバロンの声が響く。

「――黙れ……今は俺が大事な話をしているんだよ。それ以上喋ったら、お前の頭が体とお別れする事になるぞ……」
「…………うぅぅ」

 その凄まじい殺気の帯びた声色と、首に食い込み今にも自分の首を飛ばそうとしている刃。そして何より、まるで虫でも見るかの様な瞳に紅蓮も恐怖を感じて口をつぐむしかなかった。

 さすがの紅蓮も今までに首と胴体を切り裂かれたことはない。ただ一つ分かっているのは、その激痛は想像を絶するものだということだけだ。しかし、自分の首が落とされること以上に、恐怖を感じていたのは……。

 バロンという男は、自分以外をゴミ程度にしか思っていない。協調性はなく、彼にあるのは他者に絶対に負けたくないというプライドだけだ。
 だからこそ、彼は勝てないメルディウスとマスターを敵視していた。そんな彼等とギルドを組んでいたのも敵に回すよりも手元に置いていた方が頭に来ないからくらいにしか思っていなかっただろう。
 
「――バロン!! この人間のクズがああああああッ!!」

 メルディウスは発狂し。突如として咆哮を上げると、ギリギリと歯を鳴らしている。
 紅蓮が恐れているのは自分の身に降りかかることよりも。今、この場で自分を失ったメルディウスが暴れ回り、固有スキルを発動させ自爆することだった。

 まだ、紅蓮の固有スキル『イモータル』が発動するかも分からない。もし彼女の固有スキルが発動せずにこの辺り全土が吹っ飛ぶことになれば、この場で紅蓮とメルディウスが消えることになる。
 そんなことになれば、この離脱できない孤立した世界にギルドマスターと副ギルドマスターを両方一遍に失った【THE STRONG】のメンバー達が分離してしまう恐れがあった。

 それどころか、この無益な戦闘で、四天王の4人中3人を失うばかりか、マスターが頼りにして訪ねてきてくれたことが無になってしまう――。

(……私はいったいどうしたら……マスター)

 紅蓮は目の前にいがみ合っているバロンとメルディウスを見つめながら、心の中でマスターの名前を呼んだ。


       * * *


 森の中でそんなことが繰り広げられているなどとは露知らず――。

 ホテルを出た後、街で聞いた話を元に森の中へとやってきたのはいいが、入口付近で黒い重鎧の兵士に行く手を遮られ、マスターは小虎と少女を背に次々と向かってくる兵士達を殴り飛ばしていた。

 だが、さすがのマスターでも2人を守りならでは、思うように戦えないのか、苦戦を強いられていた。

「くッ! これではキリがないな……」
「お姉さんは僕の後ろに! 前に出たらダメだよ!」

 渋い顔をして戦うマスターを見て、小虎はコマンドを操作して取り出した燃えるような深紅の大剣を装備すると、その剣を前に構える。

 小虎は目の前の鎧の兵士達を睨んだまま、ボソッと呟く。

「兄貴にはあまり見せびらかすなって言われてるけど……この数じゃ仕方ないか……」

 もったいぶる様な言い回しでそう呟くと、小虎は剣を振り上げ叫ぶ。

「闘神化! 阿修羅!!」

 その声の直後。小虎の体を猛烈な炎が包み込み、体を包む炎が消えると、そこには炎で模られた顔が2つに腕が4本付いていた。

 全身に真紅の炎をまとった小虎のその姿は、まさに阿修羅そのものだ――。

「ほう。良いスキルだ! その力、貸してもらうぞ! ――――なにッ!?」

 スキルを見たマスターが『明鏡止水』によって、小虎のスキルをコピーしようとしたのだが、彼の固有スキルをコピーすることができなかった。

 何故なら、闘神化という固有スキルは、一定期間だけに限定数だけ配布されていたもので、使用中は他のスキルの干渉を受けないという追加能力があったからだ。
 その為、マスターの『明鏡止水』の様な能力をコピーするものや、異常状態にする固有スキルの類などもこの状態の小虎は一切受け付けない。

 また、小虎の阿修羅は左右に炎で形造られた顔が後方の視界をカバーし、その上6本となった腕には前後左右の攻撃全てに対応できる。

 まさに『神』の名に恥じないスキルなのだ。

「このスキルを使っているから、僕は兄貴の右腕的存在なんだ……」

 そう呟き、小虎の右手に持っていた剣のコピーを炎で作り出し、左手に装備すると今度は炎の剣が炎でできた腕の全てに現れる。
 その直後、右手に持っていた剣からも炎が噴き上がり、合計6本の腕全てに剣を装備した小虎が鋭い視線を黒い兵士達に浴びせる。

 マスターはその闘志を感じ取ると、単身で敵の軍団に向かって走り出す。
 
「その娘を頼むぞ! この数だ、後退してホテルへ引き返せ! 儂はメルディウスを追う。こんな状況だ――奴は頭に血が上ると何をしでかすか分からん!」

 そう叫んだマスターが敵の中へと消えていくと、その直後から次々と敵の兵士達が宙を舞う。

 全てが重鎧を着た黒い兵士達を数人単位で吹き飛ばすマスターの姿に、小虎と少女は唖然としながら、その光景を見つめていた。

「兄貴と同じか……それ以上に凄い……」
「あのおじいさん何者なんだろう……」

 呆然とその場に立ち尽くしている彼等に、兵士達がじわじわ詰め寄ってくる。

 我に返った小虎が、少女を守るように彼女と漆黒の兵士達の間に立ちはだかった。
 マスターが数を減らしたとはいえ、敵の兵士の数は未だに未知数――しかもプレイヤーというよりは、NPCやモンスターに近い存在の為、体力に限りもなさそうだ……。

「お姉さんを守りながらこの数は厳しい……やっぱり撤退が妥当かな?」

 小さく呟き、小虎は後ろの少女に目をやっていると、突然目の前の兵士2体が剣を振り上げ襲い掛かってきた。

 おそらく。こちらの動きを警戒しているのか、その2体以外は動く素振りを見せない。
 小虎はその場を動くことなく、背中の腕を振り炎の剣でその胴体を2つに分ける。バサッ!と小さく鎧を鳴らし、地面に倒れた兵士はきらきらと光になって消えた。

 それを見た敵兵士が、今度はガシャガシャと音を立てながら一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 臆することなく小虎は敵の兵士達を見据えると、六本の手に持った剣を構え鋭い眼光を飛ばす。

「うおおおおおおッ!!」

 雄叫びを上げながら、自分目掛けて向かってくる敵を次々と斬り伏せていく。
 実剣で斬られた敵は火花を散らし倒れ、炎で形造られた剣で斬られた者は炎上し、消滅するまで暗闇の中の松明の様に燃えて辺りをぼんやりと照らす。

 だが、奮戦むなしく。兵士の数は減るどころか、逆に増えているようにも感じるほどだった。
 休む暇なく次々と襲い掛かってくるものの。一向に数の減らない兵士達に、小虎も苛立っているのか、その太刀筋は次第に乱れ始めた。

「……くっそー。いい加減にしろー!!」

 憤りのまま雄叫びを上げると、敵に斬り込んでいく。
 味方が斬り伏せられるのにも臆することなく、次々に獲物を振りかざし向かって来る敵を斬り伏せる。

 小虎は戦闘に集中し過ぎて、完全に少女のことを忘れている。

 突然走り出した小虎に少女も不意を突かれたのか、慌てふためく。

「あっ! どこ行くの!? 小虎くん!」

 っと足を前に突き出そうとしたが、まるで金縛りにでもあっているかの様に足が動かない。

(……あ、足が震えて動けない!?)

 小虎を追い掛けようと脳がどんなに命令を下しても、走り出すことができなかった。

 だが、それも無理はないかもしれない。この名御屋の街にくる道中も度々モンスターなどと遭遇してきたが、その全てをマスターとメルディウスが秒殺していた。
 強すぎる2人に守られながらの戦闘の弊害が、ここに来て露呈したのだ――今まで少女は戦闘経験はほぼ皆無と言っていい。言うなれば、試合を楽しむ観客であり傍観者でしかなかった。

 そんな彼女にとって実質、実戦と言えるのは今日が始めて。しかも武器はあるものの、それを振るうのも今日が始めてなのだ。

 こんなに長引く戦いを、少女は経験したことなど勿論ない。

 手のひらから伝わる剣の感触も昨日までとは全く違く感じる。

 というか、少女が腰の剣の柄に手を掛ける前には撃破されてるという状況が続いていた為、剣を持ったのは始まりの街で購入した時だけだ。まさかそれを握る時が来るとは、夢にも思ってなかった。

(ど、どうしよ~。こんな事なら、最初の街の近くで戦う練習しておくんだったよぉ……)

 少女は後悔しながらも、恐怖で震える右手で握り締めた柄を必死に左手でも押さえ込むと、体の前で構えた剣の切っ先を黒い重鎧の兵士に向けた。

 兵士達の兜の中の赤い瞳が鋭い眼光を放った直後。3体の黒い兵士が一直線に並び突撃しながら、少女に向かって攻撃を仕掛けてくる。

「――ッ!? そんな合体技聞いてないよ~」
「……あっ。忘れてた! お姉さん危ない!!」

 少女の声で一心不乱に戦っていた小虎が彼女の危機に気付いて慌てて助けに向かうが、間に合うが間に合いそうもない。

 少女は目を瞑り剣を腰の位置に構えると、向かってくる敵に無謀にも突撃していく。

 その様子を見ていた小虎が、少女に向かって叫んだ。

「お姉さん何を考えてるんだよ! ダメだって!!」

 しかし、小虎の止める声も聞かずに、少女は無言のまま進むと急に地面を蹴って跳び上がった。

 宙に上がった少女は一番前の兵士の肩に着地し、その感覚に驚き、持っていた剣を前に突き出す。

 もちろん、目を閉じている彼女には何が起きてるのか分かっていない。

「まさか……なら!」

 小虎は持っていた大剣を投げる。

 少女の突き出していた剣の切っ先は吸い込まれるように2番目の兵士の胸へと突き刺さる。
 直後。剣を振り上げ、大きく跳び上がった3体目の兵士に、小虎の投げた大剣が少女の頭の脇を通過して、兵士の頭を貫通して後ろに倒れた。

 全速力で走ってきた小虎の背中の腕が残っていた先頭の兵士を斬り裂く。 
 少女はゆっくりと目を開くと、目の前から敵が消えていてほっとしたのか「ふぅー」と深く息を吐いた。

「ごめんね、お姉さん……でも凄いんだね! 目を瞑ってあんな動きができるなんて僕始めて見た!!」
「えっ? ああ、うん! お姉さんは凄いんだよ~」

 少女はそう返すと微笑んで見せたが、その体はブルブルと震えていた。

 だが、もちろん彼女にそんな能力があるわけではなく。ただ、たまたま怖くて目を瞑り。剣を前に突き出して襲い掛かれば相手が逃げるとそう考えたからの行動だ――咄嗟に跳んだのも、途中で怖くなったからでしかない。

 しかし、それが結果として上手くいったのだから『運も実力のうち』と言うことなのだろうか……。

 2人が話していると、今まで様子を伺っていた兵士達が、再び剣を構えて襲い掛かってきた。

 小虎は咄嗟に少女を抱き上げると、兵士達の後ろの方に軽々と跳んだ。
 普通ならば身長が大きく自分より重い彼女を抱き上げることは難しいのだが、ここはゲームの中――レベルは100には至らないものの、Lv80以上という高レベルプレイヤーの小虎はステータスもそれなりに高い。

 その補正が掛かって筋力パラメーターに従って、システムが彼女の体重を自動で演算した結果なんだろう。

「よし! 逃げ道もなくなったし。このまま兄貴達を追うよ! お姉さん」

 そう言って走り出そうとした小虎を少女が慌てて止める。

「ちょっ! ダメだよ小虎くん! おじいさんにも逃げなさいって言われたでしょ? ここは逃げないと危ないよ!」
「でも……敵はその気はないみたいだよ?」
「――ッ!?」

 小虎が目だけ動かして少女に告げると、彼女も小虎の視線の先に目を向けた。

 そこには、じわじわと迫って来る兵士達の姿があった。
 小虎が跳んだことにより、敵に逃げ道も塞がれた挙句。素早く展開した敵に囲まれてしまった……っというわけなのだ。

「――小虎くん! わざとやったでしょ!?」
「さぁ~。たまたまじゃないの? それじゃ皆を追うよ!!」

 少女の疑惑の瞳から目を逸らすと小虎は少女を抱きかかえたまま、炎の腕で炎の剣を振り。目の前の敵をなぎ払いながら、森の中へと消えていった仲間達を追って走り出す。


             * * *
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