第315話 二度目の攻勢

文字数 2,738文字

 その夜、星が紅蓮の部屋で眠っていると、街の方から激しく鐘を叩く音と共に頭の中に直接に声が響いた。

『敵が再び攻めて来ました。今、戦えるのは貴女しかいません。無理強いはしませんが、再び私達を助けて頂けませんか?』

 それは紛れもない紅蓮の声だった……。
 
 重い体を起こした星は、ベッドの横の壁に立て掛けていたエクスカリバーに目をやった。

(……私が戦わないと、皆が死んじゃう。でも……次は耐えられないかもしれない……)

 星は立て掛けられた剣を見つめ、胸の上に手を置いた。
 まだ謎の多い固有スキルを、星は使いこなせるか不安なのだ。上手くいったのは昨日だけ、他の時は記憶の上では全て倒れていると言っても過言ではない。

 そんな危険なスキルを再び使用することに、少なからず躊躇があった。しかも、酷い吐き気に襲われ、まともに休息ができないような状況でコンディションはお世辞にもいいとは言えない。

 こんな状態で再び固有スキルを使用すれば、再び倒れる可能性の方が高い。どうしても、そんな不安が星の頭の中を過ってすぐに剣を手に取ることができなかった。
 すると、部屋のドアが開いてレイニールが、部屋の中に飛び込んできた。星が慌てて飛び込んできたレイニールを胸で受け止めると、レイニールの瞳が星の顔を見上げる。

 その瞳は真剣で、思わず星も息を呑むほどだった……。

「――主。またモンスターが攻めてきたのじゃ……行くのか?」

 星を見つめるその瞳は、彼女に『行くな!』と訴えかけているようだ。しかし、星はそんなレイの顔を見て覚悟が決まった。
 今までは自分のことだけを考えて躊躇していた部分があった。まあそれだけ、星の体も心も先の戦闘で消耗していたということだが、レイニールが目の前に来て自分の本当に守りたいもの……守らなければいけないものを再確認したからだ。もう、星の心に迷いはなかった――。  

 大きく頷いた星はレイニールを胸から離すと、ベッドから立ち上がって壁に立て掛けていたエクスカリバーを手に取った。

 不安そうにその姿を見つめるレイニールに、星はにっこりと微笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ。きっと上手くいくから」

 レイニールは大きなため息を漏らすと。

「はぁ……主のことだから、どうせ止めても行くのだろ? 我輩も付いていくのじゃ!」

 っと、レイニールがパタパタと飛んで星の頭の上に乗った。
 星もそんなレイニールを見上げると、レイニールも星を見下ろす。互いに意思の疎通をするように笑みを浮かべると、星は廊下を目指して走り出した。

 
 星達が街の周りを囲む城壁に着くと、外ではもうプレイヤー達が戦闘を行っていた。理由は分からないが、星の固有スキル『ソードマスター・オーバーレイ』の効果が切れた後に敵が攻めてきたらしい。

 本来なら効果時間前に攻めてくるのがセオリーだが、何故か敵は24時間を超えて星の固有スキルの効果が切れてから再び攻めてきた。

 敵の意図は分からないものの、しかしこれによって決まっていた星の心が迷い始める。

 それもそのはずだ。星は戦闘経験が薄く、固有スキルで自身を強化しているだけに過ぎない。だが、彼等は違う――数え切れないほどの死線を潜り抜けてきた戦士達だ。そんな彼等の中に星なんかが戦いに参加するよりも、彼等に任せていた方がいいのではないかと思ってしまう。

 そもそも、星は今まであまり自己主張するタイプではない。どうしても他の人間よりも自分を下に見てしまう彼女の心を変えるには、強力な固有スキルではまだ足りない。
 一度は覚悟を決めたものの、すでに複数の者達が表に出て戦闘をしている姿を見れば、戦おうとしている自分の存在が、とても小さく見えてしまうのも仕方がないだろう。何よりも、星には下で戦うメルディウス達を押し退けてでも皆を守り切れる自信がない……。

 城壁から敵と味方が入り混じって戦う光景を見下ろしながら、自分はどう行動するべきなのか星は迷っていた。

 レイニールもそれを察しているのか、声を掛けることができずに戸惑っている。

 そんな時、背後からエミルの声が響く。

「――星ちゃん!」 

 振り返ると、そこにはイシェルに肩を支えられてこっちを不安そうに見ている彼女の姿があった。

 無言のまま、しばらく互いの顔を見合わせていると、エミルが再び口を開く。

「ダメよ! 貴女は戦わなくていい。私から……私から戦う理由を取らないで! そうじゃないと……私はまた弱い私に戻ってしまう!」
「――ッ!!」

 その瞳に涙を溜めて星のことを見つめているエミルを見ていると、その姿が一瞬自分と重なって見えた。
 現実世界の自分と……弱くていつも小さくなって存在感を消していた自分が、目の前に被って見えたのだ。
  
(そうだ……上手くできなくてもいい。ちゃんとできなくてもいい。精一杯、自分にできることを、目の前の問題をただ全力でやりきればそれだけでいいんだ!)

 瞼を閉じて再び瞳を開けた時の星の表情は決意に溢れていた。 

 不安そうにこちらを見ているエミルに、星は微笑みを浮かべて優しく答えた。

「――大丈夫、ちゃんと帰ってきます。……だから、心配しないで待ってて下さい」

 すると、地上のプレイヤー達が上空を指差して大声で叫ぶ声が響く。上空には今まで姿を見せなかったルシファーが翼を大きく広げて今にも街に向かって舞い降りようとしている。 
 
 星はそのルシファーを鋭く睨み付ける。その瞳には、全くの躊躇も迷いも存在しない戦士の瞳そのままだった――。

「レイ!」
「うむ!」

 星の掛け声に応え、巨大なドラゴンの姿に戻ったレイニール。
 
 その背中に飛び乗った星は剣を鞘から引き抜き、天に向かって掲げる。

「ソードマスター・オーバーレイ!!」

 彼女の声の直後、持っていた剣の刃から波紋の様に広がる金色の光が周囲を包み込む。
 敵、味方問わず見る見るうちに減少するステータスと相応して、星のステータスが一気に跳ね上がる。その直後、レイニールが翼をはためき上空のルシファーへと向かって一気に飛び掛かっていった。

 ルシファー翼から放たれる羽根の雨を星が片っ端から叩き落とし、上空に回り込むと星がルシファーの背中に向かって飛び降りた。

 剣を下に向けたまま、星がルシファーの背中に着地すると、その鋭利な剣先が深々とルシファーの体に突き刺さる。
 断末魔の叫び声を上げる暇もなく、光の粒子に変わったルシファーの体から離れた星を空中でレイニールが背中で受け止めると、地上に向かって急降下する。

 自分の落下点に炎を吹き出しモンスターの大群を撃破して地面に舞い降りると、星が背中から地面に着地し、プレイヤー達と交戦していたモンスターを片っ端から斬り伏せていく。
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