第221話 奇襲前夜2

文字数 3,628文字

 互いに壁に凭れ掛かるようにして、マスターの話を聞いていた2人だったが、内容を聞いてほぼ同時に声を上げる。

「「とてもじゃないが、そんな数じゃ対応なんてできないだろ?」」

 発言した直後、2人は顔を見合わせ不機嫌そうにそっぽを向く。

 マスターは不仲な2人を見て少し呆れ気味に眉を動かし、その問いに答えるように言葉を続けた。

「この街に残る人数では、30万以上の敵を相手に、十中八九勝ち目がない。しかし、他の街に撤退するにも、他の街も同じ状況らしくてな。皆も知っての通り、各町の近くにある転移用魔法陣は、今はランダムでどこかの魔法陣に召喚されてしまい役に立たん。一応ライラからの打開策を提示されたが――」

 そこまで言って、マスターは不機嫌そうに眉をひそめ渋い顔をする。
 彼のその表情を見たら、ライラが何を言ったのか大体の想像が付くと言うものだろう。

 まあ、これほどの大群に周囲を囲まれている状況下の場合の対応策は、囮の部隊が敵にやられている内にできる限り退避するという身を切る作戦しかない。

 作戦内容としては囮が馬で敵の中を突っ切って、誘い出された敵の間を脱出する者達が抜けていく。
 もちろん。これには相当大多数の囮が必要となり、しかもその殆どは少なくて何万ものモンスターを相手にするのだ――囮役を買って出た者の多くが生還ができないということは言うまでもない。

 しかし、それは彼が最も嫌う戦い方だと、彼と長い間一緒にいる多いカレンは知っていた。それが要因なのか、心なしか彼女の表情も曇っているように感じる。

 その時、不機嫌そうに壁に凭れ掛かったまま、腕を組んでいるメルディウスがマスターの方を見た。

「……もったいぶってないで、その打開策とやらを聞かせろよ。元より無謀な賭けなんだ、可能性は少しでも高い方がいい」

 マスターは深刻そうな顔で一度俯くと、すぐにその顔を上げ「そうだな」と呟く。

 その場に居た全員がマスターの次の言葉を固唾を呑んで見守る。だが、なかなかマスターは口を開きたがらない。その様子から、相当言い難いことなのが窺い知れた。

「――作戦としては、あの娘の固有スキルを使う。敵を街の周囲になるべく集め、上空から敵の真っ只中に星という娘を投入し、固有スキルを発動させる――その後、敵のステータスが低下したところで、一気に街から飛び出して弱くなった包囲網を突破する……ライラの話によれば、敵は特殊なAIを何らかの方法で上書きして、コントロールされてるモンスターである為、味方を守るような臨機応変な対応は取れないらしい。その為、任意でシステムを変更する時間くらいは、敵が新たな動きを見せないとのことだ――固有スキルの効果は使用者が撃破されても24時間は有効。その間に距離を取っていた儂等が敵の中に突っ込んで蹂躙する…………確かにこの作戦なら、1人を切り捨てるだけで多くの人間を救うことができる。まあ、実に合理的な作戦だとは思う。しかし――」

 マスターがそこまで口にして、堪えかねたエリエが机を叩いて立ち上がる。

「――何が合理的よ! 要するに皆の為に、星一人に犠牲になれって……そう言う事でしょ!!」

 我慢の限界だったのだろう。エリエは不満をぶちまけるように、大声で更に言葉を続けた。

「だいたい! ライ姉がそんな事を言うはずない! いい加減な事も言うけど。でも、心の中では皆の事を考えてくれる人だよ、ライ姉は! マスターがどんな考えでそんな事を言ってるか分からないけど……そんな作戦絶対に認めない! どうしてもやると言うなら、私が星の代わりをする! 要は敵を惹き付ければいいだけでしょ!?」
「――なにを馬鹿な事を言ってるんだエリエ!」
「うるさい! デイビッドは黙ってて!!」

 エリエの突拍子もない発言に驚いたデイビッドが慌てて口を挟む。だが、エリエはそんな彼の言葉を跳ね除けてマスターの方へと歩いていく。

 マスターも徐に席を立ってエリエを迎えた。互いに向かい合う様にしていると、エリエの突き刺す様な視線がマスターの瞳を捉えた。だが、マスターは目を逸らす様子もなく優しい瞳を向けている。

 しばらく。互いに無言の攻防が繰り広げられたかと思うと、エリエがプイッと膨れっ面をしてそっぽを向くと。

「もしもの時は、私は私で勝手にさせてもらうから……」

 っと捨て台詞を吐いて、エリエはゆっくりと歩いて部屋を後にする。

 デイビッドはマスターの顔を一瞥して小さくため息を漏らすと、部屋を出ていったエリエの後を追いかけていく。その後を遅れて、ミレイニが続いて部屋から出て行った。

 その場に立ち渋い顔をしているマスターに、メルディウスが耳打ちする。

「……さすがにあの子が怒るのも無理はないぜ。仲間と他人を天秤に掛けて、仲間を犠牲にしろって言うのはな……いや、悪かったな。無理に言わせちまって……」
「ああ、だが確かな方法でもある。気にするな……一度は口にしなければならない事だ。エミルには、もうこの事は話してある。どことなく本人に聞いてみると言っておったが、無理だろうな……それでだメルディウス。後で内密に話がある――重要な話だ。時間を取ってくれないか?」
「……分かった」

 深く頷くメルディウスにマスターが「ありがとう」と小さく微笑んだ。

 すると、マスターに向かってバロンが面倒くさそうに言った。

「それで? ライラとかいう奴の作戦は聞いたが、あんたの作戦はまだ聞いてない。あんたの事だ――もう、秘策は用意しているんだろ?」
「フッ……秘策とまではいかんがな。策はある」

 マスターは不敵な笑みを浮かべると、テーブルの上にこの街と周辺の地図を広げる。その後、青く光る羽ペンを地図の中心部に突き立てた。
 物理的には有り得ないことなのだが、マスターが羽ペンから手を放すと羽ペンが垂直に地図の中へと吸収された次の瞬間、地図上に無数の赤い点が表示された。  

 おびただしい量の赤い点は、始まりの街の外壁をすっぽりと覆うかたちで完全に包囲される様に展開されていて、まさに蟻の這い出る隙もないと言った感じだ。
 包囲されていると言えば聞こえはいいが、敵の数は30万以上。それに対してこちらの戦力は、非戦闘員を取り込んでも2万程度しかいない……これはもう事実上、一方的な虐殺に近い。

 地図を一目見て、最早打つ手はないと分かるこの絶望的な状況で、メルディウスには打開策があるようには思えない。
  
 マスターは鉄製の指示棒を取り出すと、その先を伸ばしてテーブルに広げた地図を指す。

「この街の出口は東西南北の4箇所。そしてライラの報告によると、この包囲網の中で最も弱い場所は南の様だ。しかし、あからさま過ぎる――これを罠だと捉え。ここはあえて、最も防備が厚い場所を一点突破する。実行は明日の夜、月が真上に上がった頃に行う」
「師匠。それは敵に先制攻撃を掛ける……という事ですか?」

 不安そうな表情を見せるカレンの頭に手を置き、優しく微笑み掛ける。

 その表情はまるで、我が子を愛でる親のようでもあった。すると、今度はメルディウスが口に手を当てて考える素振りをしたまま尋ねてくる。

「だが、奇襲を掛けるにしたってリスクが大きくねぇーか?」

 彼が言うのも最もな意見だ。本来ならば、少しでもリスクを避けるのが得策である。

 何と言ってもこのゲーム世界で死ねば、現実の世界でも死ぬという疑惑は未だになくなったわけではないのだから。しかし、その彼の意見を聞いてもマスターの意志は変わらない。

「いや、元より真正面から当たって勝てる見込みなどない。ならば、籠城して完全に退路を失うより打って出て、敵の虚を突く方が勝機はある。敵の包囲も広範囲をカバーせねばならん。その為、今なら必然的に一箇所にいるモンスターの密度も薄くなる。また今のうちならば敵の概要が分からず、皆の士気も高い。しかし、絶望的な状況になればなるほど士気が落ち、正気を保てなくなる者が多く出てくるだろう。それに、相手がルール通り動いてくれるかも分からん。今まで全て先手を打たれてきたからな――今度はこっちが先手を打ち。奴の度肝を抜いてやるぞ!」
「おう! モンスター共を俺のベルセルクの錆びにしてやるぜ!」

 互いに腕をかち合わせ、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
 拳を打ち付け合っている2人を見て、壁に凭れ掛かっていたバロンも満更ではない様子で口元に微かな笑みを浮かべた。

 しかし、彼等以外はそれほど乗り気とは思えない複雑な表情を見せていた。
 当然だ――30万対2万では、本来戦いになるはずがない。常識的に捉えれば、彼等の奇襲作戦は事実上の特攻戦術と言っても違いはない。

 勇敢ではあるが、そこに皆、勝機が見い出せないでいるのだ。頼みの綱は、マスターの始めに言った敵の無力化作戦しかないだろう――この街に居る者達の命運は、小学生である星の肩に掛かっていると言っても良かった……。
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