第118話 鉤爪武器の男

文字数 3,611文字

 レイニールが離れていくのを確認して、カレンが口元に微笑みを浮かべた。

 無事に皆を逃がすことができてカレンがほっとしていると、対峙していた鉤爪状の武器を装備している細身で四つん這いで獣の様な動きをしていた男が、突然不敵な笑みを浮かべる。

 そして、徐々に遠退いていく仲間達の姿を見送り笑みを見せるカレンに向かって、攻撃を仕掛けてきたその人物が言った。

「ほう、仲間を逃がして自分だけ残るとは。中々見上げた根性ぜよ」

 鉤爪状の武器の先をカレンに向けると、雲の切れ間から差し込んだ月の光が、その人物の顔を映し出す。
 声から察して板いた通り。細身で性別は男、白い髪は逆立っており、顔には大きな傷が残っていて、年齢は20代前半といったところだろうか……。

 訛りのない喋り方なのに語尾だけ『ぜよ』というその特徴的な喋り方は、土佐の英雄『坂本龍馬』を真似ているのだろうと思われる。

 だが、腕の部分のない革鎧に短いジーンズというカジュアルな姿は、幕末時代に使われていた紋付袴とはだいぶ風貌に差があり、どちらかと言えば山賊や野党に近い風貌かもしれない。

「あんたの言ったことは間違っている。俺は皆を逃がしたんじゃない。お前なんて、俺1人で十分だって事だよ!」
「なんだと? 小僧が調子に乗るんじゃないぜよ!」

 その言葉を聞いたカレンが、ほくそ笑みながら男に向かって拳を構える。

「小僧か……その言葉を聞いてがぜん、俺が勝てる気がしてきた! さあ、来いよ!」

 カレンが強気に指を動かして男を挑発する。男は不機嫌そうに地面に唾を吐き捨てて、余裕の笑みを浮かべるカレンに攻撃を仕掛けてきた。

 低い姿勢で地面すれすれを両手足を上手く使って突進してくる男。

 男の鉤爪状の武器を、カレンはガントレットの鉄の部分でなんとかやり過ごし、直ぐ様反撃しようと拳を握り締めるが。その都度、タイミングをずらして攻撃を仕掛けてくる男に、中々反撃することができない。 
 表情を歪めながら攻撃を防いでいるカレンに、男がふと口を開いた。

「――おい知ってたか? この頃PVPの設定が変更されて、通常攻撃でHPが全損する様になるようになったんだぞ?」
「――ッ!?」

 カレンはその言葉を聞いた直後、驚いたように目を丸くさせ無意識の内に体が膠着するのを感じた。だが、カレンが驚くのも無理はない。本来ゲームシステム上、PVPではHPは『0』にならない。
 しかし、そのシステムを解除したということは、プログラミングに長けていて、しかもハッキングを得意とする人間がダークブレットの中にも居るということ――いや、だとしてもそれは外部からの場合だ。だがもしも、ゲーム内部からメインコンピューターにアクセスができる者が居るとすれば……。

 カレンの脳裏に一瞬何かが過ったが、それを払拭するようにカレンは拳を握り締め。

「はあああああッ!!」

 カレンは一瞬の隙を突いて地面を思い切り殴りつけた。彼女の拳の直撃を受けた直後、辺りに砂煙が上がり、たまらず男は距離を取る。

「ヒェ~こりゃたまげた。こんなもんが当たったら、ひとたまりもないぜよ~」

 わざとらしく、あからさまに驚いて見せている男を鋭く睨みながらカレンが尋ねる。

「おい。その話は本当だろうな」
「ああ、本当だぜよ。今から殺す相手に嘘を言ってもしかたないしな」

 男がそう呟くと、カレンが更に質問をぶつける。

「システムを解除したのはダークブレッドのメンバーなのか?」
「はあ? そんな者は俺達のギルドにはいないぜよ。それをしたのは、政府直属の研究機関の元メンバーの男だ」
「……政府の研究機関の元メンバー?」
(――どういう事だ? この事件は、国が絡んでるのか?)

 カレンがそんなことを考えていると、男の声が耳に飛び込んできて我に返る。その一瞬の刹那に、男は基本スキルの『スイフト』を起動した。

 男の体が一瞬青く光ったその刹那、爆発的に加速した男の鉤爪状の武器が襲い掛かる。

「――何をぼーっとしているぜよ!」
「なっ! はやっ……」 

 一瞬で目の前に現れた男の攻撃を、既の所でかわしきれずにカレンの服を掠める。

 咄嗟にカレンが後ろに大きく跳んで距離を取ると、自分の服に視線を落とす。すると、服の腹部の部分が微かに切れている。

(――俺が攻撃をかわしきれない。なんてスピードだ……)

 カレンは男の咄嗟の攻撃をかわしきれなかったのが余程悔しかったのか、悔しそうに唇を噛んでいると、カレンの目の前に男が再び現れた。

 一瞬で目の前に来た男は驚いているカレンの顔目掛けて、不気味に輝く鉤爪の付いた右腕を突き出した。

「どうした? ぼさっとしてると、その華奢な体――切り刻んでしまうぜよ!」
「なにをっ! そうそう何度も――」

 不敵に笑う男にカウンターで拳を突き出すカレン。

 その時、男が突き出した右腕に気を取られていたカレンの瞳に、月明かりに照らされて輝く鉤爪が映る。
 左下段からカレンの脇腹を捉えようとしてくる鉤爪の刃を、今まさに攻撃しようと腕を突き出しているカレンの今の体制ではかわせない。

「……しまっ!」
(右手の武器だけに意識を取られて、左手の方に意識が向いていなかった!)
  
 咄嗟に身を捻ったカレンの脇腹に刃が彼女の柔肌に食い込む。

 その刹那、全身を裂くような激痛がカレンを襲う。
 
「ぐああああああああああああッ!!」

 天に轟くほどの叫び声を上げたカレン。

 その声を聞いて、男はニヤリと口元に不気味な笑みを浮かべる。  
 全身に電気を流された様な激しい痛みが駆け巡り。カレンは苦痛に顔を歪めながらも、直ぐ様地面を蹴って男から距離を取る。 

「くそっ! やられた……」

 攻撃された腹部を押さえ、自分のHPバーを確認してカレンが呟く。

 強引に距離を取ろうと跳んだことにより。鉤爪に引っかかって、着ていた服の前側の上半分が裂け、そこから無理矢理さらしで押さえつけていたカレンの豊満な胸が露わになる。

「――きゃ!」

 小さく悲鳴を上げ、咄嗟に胸を両腕で抑えたカレンが突然のことに地面に座り込む。

 それを見た男は予想外の出来事に、ニヤリと口元から笑みをこぼしている。
 その直後、羞恥の中のカレンを激痛が襲い。胸を押さえたままカレンの視界が大きく歪み、彼女は苦しそうに前屈みに倒れた。

(……なんだ? 息苦しくて視界がぼやける……こ、これはまさか!?)

 円状に表示されているHPバーが半分くらいまで一気に減少していて、その円の横には人型が紫色に点滅している表示が出ている。

「はぁ……はぁ……毒……か……」

 肩で荒い息をしているカレンを見て、男は不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりとカレンに近付いてくる。

「ほう、これは驚いたぜよ。男の様な口調に短い黒髪……完全に男だと思っていた奴がまさか女だったとはな……」
「はぁ、はぁ、はぁ……俺が女だからどうだって、言うんだ……?」

 破れた胸元を押さえて、ふらつきながらも立ち上がったカレンが鋭く男を睨みつけた。

 女だからとバカにされることが、カレンはこの世で何よりも嫌いなのだ――。

 男は天を仰ぐように大声で笑い出すと、カレンに向かって襲い掛かった。

「お前が女と分かって、更に楽しみが増えたぜよ!」 
 
 そう叫んだ男は、今度は左手の武器を大きく振り被って攻撃してくる。
 胸を抑えながらも、カレンは男の攻撃を右手のガントレットで辛うじて弾く。

 鋭く睨みを効かせ、カレンが胸を押さえつつ右の拳を構えて男の次の攻撃に備える。

「――男だろうが女だろうが、所詮。お前はまだまだガキぜよ……」

 男が勝ち誇った様な笑みを浮かべ呟く。

 だが、カレンは眉毛一つ動かさない。いや、正確には彼の言葉に言い返す余裕すらないという方が正しい。
 片手で胸を隠しながら、しかも毒状態で相手の攻撃を防ぎきるのは相当厳しい。その直後、今度は右手の武器がカレンの左足目掛けて飛んでくる。

「そんな見え見えの攻撃なんて――――はっ!?」

 攻撃を防ごうと動いた瞬間、あることに気が付きカレンはハッとする――そう。今カレンの左腕は自分の胸元を抑えていて動かせない。
 もし押さえている手を離せば、カレンの胸が白昼の元に晒されてしまう。更に右手は先程の攻撃を弾いた為、もう防御には間に合わない。

 それに気付いたカレンが自分に迫りくる男の右腕の武器の刃を見据えていた。

「この腕を放せば胸が……でも……」
(……師匠!?)

 咄嗟に左腕で防御しようとしたカレンの脳裏に、マスターの顔が浮かぶ。

 それは一瞬のことだったのだが、カレンにはとても長く感じた……しかもそのマスターの顔が鮮明で、カレンの左腕はまるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。     

 その直後、男の鉤爪状の武器の先端がカレンの左足を捉えた。
 
「……ぐッ!!」

 男の攻撃がヒットしカレンはがっしりと胸を押さえたまま地面に倒れ込んだ。
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