第107話 紅蓮の宝物3

文字数 6,311文字

 マスターが怒涛の攻撃で青いミノタウロスのHPを削っていた頃――。

 赤いミノタウロスに斬り掛かったメルディウスの攻撃は、惜しくも遊撃された斧に防がれ、反動で弾き飛ばされた彼は空中で3回転し器用に体制を整えると、なんとか地面に着地した。

 鼻息荒く勝ち誇った様に鳴き声を上げる赤いミノタウロスを見遣った直後、視線を自分の持っていた大剣へと落とす。

 大剣にはヒビは入っていないものの、くっきりと当たった部分には痕が残っている。

「くっそー。なんて重てぇ斬撃だ……なにっ!?」

 メルディウスが真上を見上げると、赤いミノタウロスが今まさに、斧を振り下ろさんと振り上げているところだった。

(くっ! 足が痺れててかわせねぇ……ここは防御を!)

 すでに勝ちを確信した様子で、大きく振り上げた斧を頭上に掲げ。赤いミノタウロスは口元にニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、メルディウスを見下ろしている。

 メルディウスは背を向けていた体をクルッと回すと、赤いミノタウロスと向かい合うようにして大剣を真上に構えた。
 その直後、斧が勢い良く振り下ろされ、その刃がメルディウスの大剣の刃がぶつかり、彼は大剣を斜めに方向けた。激しい火花を散らせながら擦れ合い、すんでのところで勢いを横に受け流した。

「――くそっ、重てぇー!!」

 歯を食いしばっていたメルディウスの真横に、振り下ろされた斧が地面に突き刺さり、地面を全体を揺らす。

 正直、もしもまともに刃で受け止めていたら、大剣の刃が真っ二つに切り落とされていただろう。
 そう思えるほどに、赤いミノタウロスの放った一撃は強く重いものだった――。

 だが、メルディウスは自分のカンストしたレベルのステータスに掛かった。ゲームシステムの筋力補正システムを越えるその攻撃に、多くの敵を相手にしてきた彼も驚きを隠せない。

 目を丸くさせているメルディウスの耳に紅蓮の声が飛び込んできた。

「メルディウス。腕を斬ります! 貴方は左腕をお願いします!」
「おう。分かった!」

 メルディウスは頷くのを確認して、高速で横を通り過ぎた紅蓮が、地面を蹴って更に加速し、地面に突き刺さった斧を抜こうとしている赤いミノタウロスの右腕目掛けて駆けていく。

「はああああああああああああッ!!」

 敵に飛び込んでいった彼女は、空中で背負っていた身長ほどもある刀を抜くと、勢いそのままに赤いミノタウロスの右腕を斬り落とす。

 突然飛び出してきた紅蓮に右腕を切り落とされ、赤いミノタウロスは苦痛に天に向かって咆哮を上げる。

 ――ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 っと、咆哮によって足音をかき消されながらも、走っていたメルディウスが握り締めたその大きな大剣を振り上げる。

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 けたたましい叫び声を上げている赤いミノタウロスの左腕に、今度はメルディウスの大剣が炸裂し左腕を斬り裂く。

 メルディウスは赤いミノタウロスの後方に着地すると、即座に大剣を構え直し、再び地面を勢い良く蹴って跳び掛かった。
 
「――デカ物! こいつはおまけだあああああああッ!!」  
 
 その声に反応して振り返った赤いミノタウロスの首筋に、メルディウスの大剣の刃がめり込む――。

「おらああああああああああッ!! 吹き飛びやがれえええええええええッ!!」

 その叫び声とともに、更に腕に力を込めると刺さっていた大剣が首に更に深くめり込み、赤いミノタウロスの首を一刀両断した。

 だがそれで終わりではなく。ついでとばかりに、メルディウスは胴から離れた頭を思い切り蹴り飛ばす。
 宙を回転したその頭はボス部屋の扉に当たり、ドサッと音を立てて地面に落ちた。

 メルディウスが赤いミノタウロスを仕留めたのと時を同じくして、マスターの対峙していた青いミノタウロスのHPバーも『0』になり。呆気ないほどにあっさりとバトルが終了する。

 すると、彼等の視界に【Congratulation】と表示され。
 その後、同時に敵を撃破したマスターとメルディウスの視界に【鬼神の柄をドロップしました。取得する者を選択してください】と表示された。

 メルディウスはそのイメージ画像を表示してがっくりと肩を落とす。

「なんだよこれ。刃が折れてて使いもんにならねぇーじゃねぇーか!」

 刃の折れた短刀にがっくりと肩を落としたメルディウスは「ギルマスか紅蓮にやる」と吐き捨てて、腕を組んでそっぽを向いた。

 そんな彼の様子に、紅蓮は呆れ顔で告げる。

「メルディウス? またイベントの詳細を読んでいませんね。これは2つのアイテムを合わせて、始めて1つの武器になる物です。つまり、運が良ければ2回。そうでなければ数回行かなければだめなんです」

 紅蓮は人差し指を立てながら、このイベントの趣旨を説明をする。
 すると、メルディウスはあからさまに嫌そうな顔をすると「なら紅蓮にやる」と、取得者の選択画面を出して紅蓮を選択した。

 そんな彼の態度に紅蓮は「またいい加減な……」とため息を漏らすと、視界に【あなたが『鬼神の柄』の取得者に選択されました。】と表示された。

 その直後、目の前に黒い鞘に桜の花が描かれている美しい刀が現れる。
 鞘から刀身を引き抜くと、メルディウスの言うように刀身の半分から先がなくなっていた。

 確かに装飾は好みだが、刀身が折れている武器は戦闘で使用することができない。
 いや、正確にはできるが、ダメージは他のオブジェクトと同じで、最低値に設定されている為、武器としては使い物にならないと言った方が正しい。用途としては、部屋に飾りとして置いておくくらいだろう……。

 紅蓮はそれを受け取ると、困惑した表情でマスターの方を見つめた。そんな彼女に、マスターはにっこりと微笑みかけて徐ろに口を開いた。

「――その刀はお前が持っていてくれ。儂は普段、道着を着ているのでな……刀は似合わん。お前のように着物を着ている美しい娘が持っていた方が何倍も良いだろう」
「……マスター。う、美しいなんてそんな……」

 耳まで真っ赤に染めながら、赤くなった顔を伏せると、紅蓮は脇差をぎっと握り締める。

 頭の上にゴツゴツとしたたくましい手が乗ると、紅蓮は顔を上げた。

「――次はギルドメンバー皆で来よう」

 彼女の頭に手を載せたマスターはそう言うと優しく微笑むと、身を翻して扉の方に向かって歩き出した。

 紅蓮は頷くと「はい」と力強く返事をして、その後ろに続いた。

 入り口の扉の前には数多くの者達が集まっていて、扉が開いた瞬間に目の前に切断された大きな牛の頭が現れた時は、皆困惑した様子だったが、その後ろにマスター達の姿を見つけると、歓喜の声が上がった。その様子はさながら、武闘大会の表彰式のスタンディングオベーションと言ったところだろうか……。

 皆が歓声を上げるのも無理はない。彼等はボス部屋に入って、ものの数分で決着を付けて出てきたのだ――皆、クリアしたことを羨むどころか、もはや神を崇めているに等しい感覚なのだろう。

「さすがは四天王の1人だ!」「拳帝はモンスターも瞬殺だぜ!」「まだ入って数分しか経ってないのに……」

 皆の声とともに、尊敬の眼差しがボス部屋から出てきた3人に注がれる。

 その視線の中、何食わぬ顔で前を歩くマスターを見て紅蓮は密かに尊敬の念を抱く。

(さすがはマスターです。これだけの歓声の表情1つ変えずに……)

 紅蓮はマスターの腕を遠慮がちに掴むと口を開いた。

「――また、近いうちに来ましょうね。マスター」
「うむ。そうだな……」

 だが、その約束が果たされることはなかった――そう。彼のギルド脱退という形で幕を閉じたのだ……。


                * * *


 昔の出来事を思い出しながら、紅蓮は心の中にずっと仕舞い込んでいた思いを吐き出す。

(あの時に完成できていたら、マスターはギルドを辞めなかったかもしれない。もしもあの時、ギルドのメンバー5人全員をまとめることができていたなら、きっと今も……)

 紅蓮はそんなことを考えながら、雲の上に乗ったまま大空を真っ直ぐに、大熊ことキンググリズリーの生息地の【アルテスト平原】に向かった。

 アルテスト平原は名御屋の南に位置する山脈群の間にあり、そこのフィールドボスがキンググリズリーなのである。

 名御屋を飛び発って数時間――。

「確か、ここの辺りがキンググリズリーの縄張りだったはずですが……」

 騎乗用の雲を使って、紅蓮はキンググリズリーの出現場所上空を飛んでいた。

 様々なモンスターの出現場所などの載ったガイドマップを手に、紅蓮はぐるぐると空から地面を見下ろしていた。すると、木の根元で気持ち良さそうに昼寝をしているキンググリズリーを見つける。

「――居ました! 眠っているところ可哀想ですが、仕留めさせて頂きます!」

 純白の着物の袖からナイフを取り出すと、浮遊する雲の上から飛び掛かった。
 普通なら落下の衝撃でHPが尽きてしまうリスクを犯す行為だが、固有スキル『イモータル』で不死となっている彼女にとって些細な問題でしかない。

 しかし、切っ先が突き刺さるすんでのところで、目を覚ましたキンググリズリーの腕で払われた。

「――――ッ!?」

 直撃は避けたものの。その凄まじい勢いで巻き起こった風が、紅蓮の華奢な体を吹き飛ばす。

 だが、そこは四天王と呼ばれる熟練プレイヤー。素早く空中で受け身を取ると、何事もなかったかのように柔らかく地面に着地する。

「――なかなかやりますね。殺気は消していたはずなのですが……」

 紅蓮は逆手に持ったナイフを低い姿勢で構えると、キンググリズリーを鋭く睨む。

 ――グォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 キンググリズリーは威嚇しているのか、ただ単に昼寝の邪魔をされて怒っているのか、けたたましい雄叫びを上げてのっそりと立ち上がった。

 体長は10m以上はあるだろうか、頭の毛は逆立ち右目のところには大きな刀傷があり、体にも無数の刀傷が刻まれている。

 胸には黄金の毛で王冠のような模様があり、その風貌はまさにキングという名に相応しい。

 身長が140あるかないかの紅蓮と比べると、その大きさは圧倒的だ。
 キンググリズリーの雄叫びが止むと、周囲から茶色い塊が砂煙を上げながら紅蓮とキンググリズリー目掛けて向かってくるのが見えた。 

「あれは……?」

 紅蓮がその茶色い塊を目を凝らして見ると、そのひとつひとつが熊だ――数は数え切れないが、ざっと見て100はいるように見える。

 向かってくるその熊の大群を見て、紅蓮は無表情のまま呟く。

「なるほど。さすがはフィールドボスですね。ですが、私に数だけでは勝てませんよ?」

 紅蓮はキンググリズリーから一旦距離を取ろうと試みる。

 しかし、キンググリズリーは巨体の割に素早く、後ろに跳んだ紅蓮をピッタリとマークして離れない。

「――距離が取れない。これは困りましたね」

 紅蓮は少し不機嫌そうに眉間にしわを寄せると、持っていたナイフをキンググリズリー目掛けて投げた。

 だが、キンググリズリーはいとも容易く、そのナイフを大きな爪で払い落とす。どうやら動きだけではなく、目と反射神経もいいらしい……。

 キンググリズリーと向かい合ったまま、困り果てた様子で考え込む紅蓮。

 そうこうしているうちに熊の大群に辺りを囲まれ、紅蓮は身動きの取れない状況に追い込まれてしまった。

 そんな絶望的な場面なのだが、紅蓮の口元からは笑みが溢れる。
 囲みを狭めてジリジリと寄ってくる熊の大群が、紅蓮の逃げ場をなくし追い込む。

 その刹那。紅蓮は自分の着物の帯に手をかけると、何を考えたか帯を緩めて小さく呟く。

「――女の子1人を寄ってたかって……しつこい熊さんは嫌われますよ?」

 絶体絶命の状況にも関わらず、紅蓮のその表情からは余裕すら感じられる。
 一瞬膠着状態になるかと思われたが、一瞬で彼女の目の前に移動したキンググリズリーの鋭い爪が、帯を緩めはだけそうにになる着物のまま、無防備に立っている紅蓮目掛けて飛んできた。

 紅蓮は動じることなく、その攻撃を体制を低くして軽々とかわす。風切音とともに、紅蓮の体より大きな腕が頭上を通過する。

 しかも、その拍子に緩めていた帯が地面に落ちてしまい。着物が肌蹴る寸前で紅蓮が手でそれを防ぐ。

「……スケベアーですね」

 普段なら絶対に口にしない様なオヤジギャグを口にした紅蓮が、クスッと笑みを浮かべている。
 その様子から、彼女のテンションが戦闘によって、異常なほどに上がっていることが窺い知れる。

 すると、キンググリズリーが咆哮を上げ、それを合図に周りの熊が一斉に攻撃を仕掛けてきた。

「スイフト……」

 紅蓮はその熊達を踏み台にして、徐々にキンググリズリーから距離を取ると、勢い良く上空に跳び上がった。

「――エッチな熊さん達には、特別に必殺技をお見せしましょう。これが私の編み出した最強の技……サウザンドナイフです!」

 紅蓮はまるで鶴が翼を広げるように身に着けていた白い着物を広げると、無数のナイフがキンググリズリー達を襲う。

 高速で打ち出されるナイフが、風を切り裂き熊達へと次々に突き刺さっていく。
 断末魔の鳴き声を上げ、次々とそのナイフの嵐の中で倒れてゆく熊の群れ――それは大将のキンググリズリーも例外ではなく……。

 ――グオオオオオオオオオオォォォォォォ…………ドスンッ!!

 遂に最後まで抗って見せたキンググリズリーの巨体が、断末魔の叫びを上げ地面に崩れ落ちた。

 紅蓮は肌蹴そうになる着物の端を両腕で押さえながら地面に着地すると、着物の袖に腕を通し直し。
 屍と化した熊達の間をてくてくと歩いて帯の前まで行くと、地面に落ちていた帯を拾い上げた。

「……速いて見えなかったですか? この技はナイフという軽い武器と、普段から軽い着物を装備から外す事で、重量は最大限まで軽くなります……」

 紅蓮は拾った帯を馴れた手付きで締め直して乱れた着物を整えると、更に言葉を続ける。

「それによってシステムの補正効果と、スイフトの攻撃速度を上げる効果により。腕を高速で動かせるようになり、千本にもなるナイフを超高速で撃ち出す事が可能になるのです」 

 着物の帯を締め直した紅蓮は身を翻し、無数のナイフが刺さったまま倒れているキンググリズリーに背を向けた。

 その直後、キンググリズリーが息を吹き返し、背を向けたままの紅蓮に襲い掛かる。

 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

「ですが……」

 紅蓮は素早くナイフを取り出すと、逆手で持ったそのナイフでキンググリズリーの首を斬り飛ばす。

「――この着物の裏地に縫い込んだトレジャーアイテム『インフィニティ・マント』の収納能力あってこそです…………あと、私がダジャレを口にしたのは内緒ですよ?」

 そう言い終わるよりも先にキンググリズリーの巨体が地面に倒れ、紅蓮の足元に斬り落とされた首が転がる。

 紅蓮は緊張の糸が切れたようにほっと息を吐くと、その頭から牙を抜き取った。すると、キンググリズリーと熊達の体がキラキラと光となって、上空に上がっていく。

 上空に待機させていた雲を呼び戻すと、紅蓮は迷うことなくその上に飛び乗った。

 街に戻る道中。上機嫌の紅蓮は思い出したように手を叩いた。

「ああ、そうです。この際ですし、バロンを探しに行きましょう。きっと何か情報が得られるはずです。今日はいい日ですから」

 紅蓮は嬉しそうに懐にしまっていた短刀を見て、微かに笑みを浮かべた。
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