第300話 マスターの最大の敵3

文字数 4,502文字

 ゆっくりと立ち上がったマスターはヒールストーンで回復すると、道着に付いた砂埃を払い落とす。その後、勝ち誇った様に腰に手を当てながら豪快な笑い声を上げた。

「――なっ、遂に気が狂いましたか? どこに貴方が笑う要素があると言うのです!!」
「…………お前は負けたのだ。これが笑わずにいられるか?」
「ま、負けただと? 嘘をつくな! 現にお前は虫の息だろうが! 私が負ける要素など、どこにある!」

 憤る覆面の男の声に触発され。彼を守るように立っていたコピーが、マスターに攻撃を仕掛けてくる。

 突き出した腕をマスターが片手で容易く横に弾く。その直後、マスターの横の地面に大きな風穴が空いた。

「……なっ、なんだと!?」

 一番驚いたのは覆面の男だった。

 無理もない。マスターのコピーは彼自身が作り出したものだ――しかも、それは今までのマスターの戦闘データをそのまま強化したもの。つまり、マスターがどんなに強いと言っても彼のコピーに勝てるはずがないのだ。

 しかし、確実にマスターは彼の作り出したコピーを上回る力を見せている。だが、こんなことがあり得るはずがない。
 
「――すまんが、時間がないのでな。話はそのゲテモノを潰してからにしよう!」

 そう告げた直後、マスターの体から金色のオーラが湧き上がり、夜の帳の下りた辺りを明るく照らし出す。

 感慨深げに夜空を見上げたマスターが小さく呟く。

「……これが最後になるが、悔いはない。良い旅だったな……」

 今までの出来事を思い起こしているのだろう。優しい微笑み浮かべ、満足げに口にしたマスターの瞳が覆面の男へと向けられると、その瞳は先程までと違い明らかな殺意に満ちていた。

 金色のオーラを纏ったマスターが拳を構えた直後、視界から完全に消えた。
 次に現れた時には、コピーの腹部に深々と突き刺さった拳によってゴムボールの様に軽々と吹き飛ばされた。

 間髪入れずに再び高速で移動したマスターは、今までの仕返しとばかりに一方的にコピーを殴りつけ、抵抗を許さない連打で遂にそのHPすら削り切ってしまった。実に呆気ない決着に、覆面の男も何が起きたのか理解できない様子でその場に立ち尽くしている。

 だが、マスターが彼の方を向き直すと、怯えたように震えた声を発した。

「なっ、何故だ! 何故お前が私の作り出した最強の存在に勝てる!?」
「――なに、簡単なことだ……お前は言ったな。儂の今までのプレイデータをコピーし権限を使って強化したと……それを上回るほどに、儂の力が優っただけのことだ――儂は普段から力を抑えて戦っていた。本気を出すと、システムにバグと認識されてしまうからな。しかし、今回はその封を解除したのだ」

 そう告げると、マスターはゆっくり覆面の男の方へと歩き出す。

 彼の前まできたマスターが、殺気に満ちた瞳で拳を構えた。

「――まっ、待ってくれ! 私を倒すと、君達は一生この世界から抜け出せないぞ! それでもいいのか!?」

 命乞いとも取れる言葉だったが。しかし、怯えながらもほくそ笑むその口から発した言葉が嘘であるという確証もない以上、マスターもうかつに手は出せない。

 マスターは拳を下ろすと、ため息混じりに告げた。

「儂の仲間がモンスターを無限に増殖させる漆黒の柱を全て破壊した。最早、お主等に勝ちはない。無限湧きしなければ、モンスターなど我々高レベルプレイヤーの脅威にはならぬ。大人しく負けを認め生き残ったプレイヤー達を現実世界に帰還させよ! 本来ならば、お主にやられた同胞達の仇を討ちたいが、仕方なかろう……さすれば命だけは取らないでおいてやろう。さあ、どうする!!」

 再び拳を構えたマスターの覇気に気圧されたのか、覆面の男は地面に尻餅を突き後ろに後退る。

 もう勝負は決まったと思った瞬間。完全に怖じ気付いていた覆面の男の前に、露出度の高い服の仮面の女が現れた。

「……この人をやらせるわけにはいかない」

 女が覆面の男の体に触れるのを見て、マスターは咄嗟に地面を蹴って一瞬で目の前に移動し、仮面の女へと拳を振り下ろす。

 彼の拳が女の仮面を直撃し、その仮面を剥ぎ落とした。

「――――お、お前はッ!?」

 その直後に仮面の女と覆面の男は姿を消した。

 マスターは仮面の裏のその素顔を見て驚いているのか、明らかに動揺している様子だった。

「まさか……ライラではないのか? いや、まだ断言するのは早すぎる。しかしあれは……」
「……あれは間違いなく。始まりの街に居たNPCだったね」

 マスターの言葉に続ける様に聞こえてきた言葉に、マスターはその声の方に目を向けた。そこには、木の上からマスターを見下ろしているデュランの姿があった。

 彼はマスターの驚いた顔を見ると、微かな笑みを浮かべ地面に飛び降りてゆっくりとマスターの元へ近付いてきた。
 
「やあ、ギルマス。どうだったかな? 俺の仕事の手際は……」
「そうだな。もう少しで危ないところだったが、よくやってくれた」
「なんだ。ベストタイミングじゃないか……ギリギリの戦いは刺激的でいいだろう?」

 彼の人をおちょくるような言い方をマスターは軽く流すと、神妙な面持ちで彼に尋ねた。
 
「お主は先程の者の顔を見たか?」
「ああ、しっかり見たよ。彼女は……いや『あれ』は始まりの街に設定されてた町娘だ。でも、どうして彼女があの覆面と一緒に居るんだろうね。てっきりテレポートを使うからあの子の周りを彷徨いていた女だと思ってたんだけど……」

 どうやら、デュランも先程の仮面を付けていた人物をライラと勘違いしていたようだ――しかし、面識もないのにどうして彼がライラを知ってるのかという謎は残るが……。
 
 その直後、マスターが突然地面に膝を突く。デュランが視線を足に移すと、彼の足の先が薄っすらと消えかけていた。だが、驚き声をなくしているデュランとは対称的に、マスターは冷静そのものだった。

 大きくため息を吐くと、さも当たり前のことのように呟く。
 
「そうか、もう限界がきたか……今の儂はシステムからすればバグでしかない。当然か……だが、最後に汚点を残さずに済んだ。儂が相手ではメルディウス達でも厳しいからな……デュラン。悪いが残った儂の弟子を――仲間達を頼む」
「――ギルマス。まさか、あんたが死ぬのか?」

 デュランは驚愕と動揺の入り混じった複雑な表情で、徐々に薄くなっていくマスターを見つめている。

 普段は見せない彼の表情にマスターは笑みを浮かべ。

「いや、儂は特殊な機械と方法でログインしている。ただログアウトするだけだ――お前の嫌いな損な役回りを頼むことになってしまった。すまない……」
「まあ、わざわざ君は僕達を助けにきたんだろ? いつでもログアウトできるくせにさ――分かった。向こうに戻ってから恨まれたくないしね」
「……頼む」

 そう言い残し、マスターの体はデュランの目の前から呆気なく姿を消した。

 しかし、消える間際の彼の安堵した優しい表情がデュランの瞼にはしっかりと刻まれている。

「――僕は嘘はつくけど約束は守る。君は安心して現実世界で待ってなよギルマス」

 瞼を閉じたまま、決意を新たに拳を握り締めていたデュラン。

 すると、突如として地面が大きく揺れ始める。
 彼は慌ててその場を離れた。いや、離れざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。

 マスターとコピーとの戦闘で地面は、システムの修復プログラムが間に合わないほどに崩壊している。
 まるでクッキーを砕く様にパラパラと崩れる地面の中から、突如として巨大な火山の様な何かが姿を現わした。

 崩壊しそうになっている地面から、突然彼の周りに現れた5人の式神達がデュランの体を支えて空へと舞い上がる。

 上から地面を見て、デュランは現れたその姿を見下ろす。
 それは赤く変色した岩の様な硬そうな鱗に覆われていたとてつもなく巨大なドラゴンだった。

 上空からでもその巨大過ぎる体の一部しか見えない。いや、これはもう生き物というよりは巨大な山だ――。
 
「これはまずい! こんな巨大な化け物に街を襲われればひとたまりもない。早く待機させている彼等にも伝えないと……」

 彼を支えていた式神の5人も、現れた超巨大な巨竜が大きすぎる為、なんの手立てもなく仕方なく巨竜を残して早急にその場を離れていく。

 さすがに山ほどの大きさもある敵に攻撃を仕掛けるほど無謀ではない。しかもそれが、このゲームで最強クラスに属するモンスターのドラゴンだ。
 間違いなく今のデュランとイザナギの剣から召喚した式神如きでは太刀打ちできないだろう。今は退却が一番賢明な選択だった……。

               
 ドラゴンの体内、生き物の体で指令中枢とも言える脳の付近。
 その場所は生き物の中と言うよりもまるで研究室だ。巨大なモニターと様々な機器から伸びる無数の配線達が巨大モニターの下の操作盤に向かって伸びていた。

 そこに狼の覆面の男と露出の多い服を纏った女が立っている。

「ああ、ここが最終砦にして最強のドラゴンの中……そして、この場合に貴方の言っていいた現実世界に帰れる『現世の扉』があるんですね」
「そう。ここが私の最終砦にして最強の移動要塞――もう君は用済みだよ……」

 小さく彼が呟くと、女の腹部を剣の刃が串刺しにする。

 彼女の背後から覆面の男がロングソードを突き刺し、女はまさか!っと言った表情で彼を見た。

「……君が最初から私を裏切るつもりで近付いてきたのは最初から知っていた。最初から君を使い潰すつもりで置いていたんだよ」
「――ふざけるなああああああああああああああッ!!」

 女が叫ぶと覆面の下から見える彼の瞳は感情なく背中に突き刺していた剣を引き抜き、その首を切り落とす。

 地面に生首が転がり、女の体が糸の切れた人形の様に地面に倒れる。

「あまり甲高い声を聞かせないでくれ。キンキンと不愉快なんだよ――これだから女は嫌いだ……」

 覆面の男は地面に転がる女の体を踏みつけてモニターの前までやって来ると、操作盤を忙しなく叩き始める。

 その手は小刻みに震え、歯ぎしりのような音が狼の覆面の内側から聞こえている。

「この私が恐怖を感じただと? 無様に地に着いて捨て台詞を吐くなど、まるで小者じゃないか……僕の負けだと? モンスターはもう増やせないが、まだモンスターを操る為のこの『太陽神の化身 ラー・ネヘフ・テアーミリ』が残っている。僕が負けるなんてありえない。あってはいけない! 僕に敗北などない! 僕はいつだって勝者だ!!」

 彼が強めに操作盤のキーを指で叩くと、目の前の巨大モニターに星の画像が一面に表示された。

 それを見上げた覆面の男は手の震えも収まり、覆面の口元からは笑みがこぼれた。

「――この荒んだ心を癒やしてくれるのは博士とその血を引く君だけだ。ああイヴ……もうすぐ君をこの手に抱き締められる。今行くよイヴ……」

 彼のその意思に応える様に、地底から現れた巨竜が体の中に隠していた翼を大きく広げると、その巨体がゆっくりと上空に浮き上がり千代の街の方へと向かって飛び立った。
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