第58話 マスターの真意2

文字数 5,963文字

 地面や城の外壁を軽々と破壊するほどの攻撃力だ。カレンの拳をまともにくらえばひとたまりもない。
 それが分かっているのか、エリエも全神経を集中して、高速で打ち出されるその拳をかわすことに専念している。

「くそ! なんなんだよお前は! 木の葉のようにひらひらとかわしやがって。俺をバカにしているのか!!」
「何言ってるのよ! そんな拳に当たったら大変でしょうが、バカにするとかそういう問題じゃないでしょ!?」
「なら、とっとと皆の所に戻れば……いいだろうが!!」

 叫んだカレンは、エリエの腹部目掛けて蹴りを繰り出す。

 しかし、エリエはそれを咄嗟にバク転してかわし、一時的にカレンから距離を取ると、素早く体制を立て直して斬り込んだ。

「はあああああッ!!」

 カレンは素早い切り返しに回避することができないと悟ったのか、ガントレットでガードする体制に入った。

(――掛かった!)

 エリエは咄嗟にレイピアを地面に突き刺し、それを軸に真横に回転すると、勢いを利用してカレンのがら空きになった腹部に蹴りを入れた。

 予想外の攻撃をまともに受け、カレンの表情が歪む。

「――ぐぅッ!」

 カレンはよろめき数歩後ろに下がると、殴られた場所を押さえながら、エリエのことを殺意の篭った瞳で睨みつけた。

 怒りに震えている彼女に、エリエが徐ろに口を開く。

「――この程度のフェイントもかわせないんじゃ話にもならないわね……」
「はぁ、はぁ……な、なんだと?」

 息を切らしているカレンに、それほど息を乱していないエリエが言葉を続ける。

「今のあんたじゃ、結成時のギルドにいた人達の足元にも及ばない。諦めることね」
「……結成時の?」
「そう。私も会ったことはないんだけど。話によると、元々ギルドはマスターを含めた5人で結成したものなの。そして解散後、その4人はそれぞれ各地でギルドを立ち上げたらしい」
「それがこの戦いとどう関係あるんだ?」

 エリエの話を聞いて、訝しげにカレンは首を傾げた。

 確かに今の話が、今回のこととどう繋がるのか全く分からない。そんな彼女を見てエリエは、面倒そうに首を振ると大きなため息を吐いた。

「はぁ~。あんた本当にマスターとずっといたの? ここまで言えば分かるでしょ普通は――」
「――だから何がだよ! もっと分かるように言えよ!」

 カレンは彼女が話し終わる前に、少し強い口調でエリエを睨んだ。

 歯切れの悪いエリエの言葉に、イライラをつのらせるカレンに『仕方ない』と半分呆れ気味に告げた。

「4人ともマスターと同等クラスかそれ以上の実力者よ。そして、マスターはその4人に会いに行ったんだと思う……マスターがあんたを連れて行けなかった本当の理由は、同じギルドの時にその4人――四天王と呼ばれる人達と仲違いしたから……」
「……ッ!!」

 カレンはそれを聞いて、思わず言葉を失う。

 それもそのはずだ。エリエの言葉が事実だとすれば、マスターは1人で四天王と呼ばれている者達のところへいったということになるのだ。
 しかも仲違いしたということであれば、相手は突然のマスターの訪問を歓迎はしないはず――っとなれば、普通は戦闘になっても何の不思議もない。

 顔を青ざめさせているカレンを尻目に、人差し指を立てたエリエが言葉を続ける。

「さらに厄介なのは、四天王は全員がベータ版からこのフリーダムをプレイしていて、その固有スキルは全てが特別なものなのよ」
「……特別だと?」

 カレンは眉をひそめると、エリエに聞き返した。

 まあ、カレンがそう思うのも当然のことだろう。固有スキルとは、ハード即ちデジタル端末――ソフト。即ちプレイ用のアプリケーションが一体となった『フリーダム』では、購入して起動すると同時にランダムで設定される。

 その設定方法は企業秘密ということで分かっていないものの、別のハードに買い替えると変更される為、ランダムではないかという話になっていた。
 つまり、種類に違いはあれど、固有スキルとは個別の能力でありそれぞれに特別なものなのだ。

 エリエはその疑問に答えるように口を開く。

「ベータ版をプレイした者はテスターと言われていて、全世界で数十人。日本からはその4人しかプレイする事が出来なかったのよ。そして、その全員が特典としてオリジナルの固有スキルを持っているという話よ」
「――オリジナルの固有スキル……だと?」

 それを聞いたカレンは血相を変えて走り出す。

 エリエは突然の行動に驚き、すぐにその前に立ち塞がるように両手を広げた。

「だから追いかけたらだめって言ってるでしょ! 何度言えば分かるのよ。このバカッ!!」
「バカはお前だ! そんな話を聞いて、黙って待ってるわけにいかないだろッ!!」

 2人は叫んで、互いの顔を睨み合っている。

 カレンは素早く横に移動すると、エリエもその前に先回りして道を塞ぎ一向に引くつもりはない。

 ピリピリとした雰囲気がその場に流れる。

「……どけよ」
「あんたこそ……もう諦めなさいよ」

 火花を散らしながらお互いを睨みつけている2人は、同時に言葉を漏らした。

「「お互いに引けないなら倒すしか――」」
「――ないわね!」
「――ないな!」

 2人は距離を取ると構え直し。次の瞬間、同時に地面を蹴って飛び掛かった。

「「はあああああああッ!!」」

 叫び声を上げながら、空中で2人のガントレットとレイピアがぶつかり激しく火花を散らす。

「どうしてお前は俺を止める! お前の本当の目的はなんだ!?」
「あんたこそ! 自分がマスターの邪魔になるってどうして分かんないのよ!」

 エリエとカレンは鋭い眼光を飛ばし合い、空中で数回打ち合うと地面に着地した。

 その直後、カレンが地面に片膝を突く……。

「一発喰らった……くそっ! あいつがこんなに手強いと思わなかった……」

 カレンは左肩を押さえるとエリエを睨みつけた。

 それとは対照的に、エリエは涼しい顔で立っている。

「これが固有スキルの差ってとこかな。今のあんたじゃスキルも使えないんでしょ? これが現実よ!」
「――くっ! たかが一発当てたくらいで調子に乗るなッ!!」

 カレンは地面を思いきり蹴ると、自慢げに胸を張っているエリエに向かって拳を突き出した。

 目を瞑っていたエリエは、その攻撃に一瞬反応が遅れる。

「しまった……」

 エリエは咄嗟に腕でガードの体制に入る。その瞬間、物陰から突如として星が飛び出してきた。

「2人とも――――もう止めて下さい!!」

 決意に満ちた表情で両手を広げたまま前に立ちはだかる星に、カレンは驚き目を見開いて叫んだ。

「――ッ!? バカ、このタイミングで飛び出してこられても無理だ! もう止まらない!!」

 万事休すとカレンが瞼を強く瞑った。

 すると、星の頭の上に乗っていたレイニールがカレンに向かって飛び掛かってきた。

「主はやらせんぞー!!」

 レイニールは向かってくるカレンの腕を小さな両手で軽々と受け止めると、まるで砲丸投げのようにぐるぐると体を回転し「うりゃー!!」と叫んで、そのままカレンを遥か彼方へと放り投げた。

「うわあああああああああああッ!」

 カレンの体は綺麗な放物線を描きながら城の外へと飛ばされていく。

 レイニールはそれを見て自慢げに「どうだー」と腰に手を当て、飛ばされるカレンを見て高笑いしている。

 飛ばされたカレンは徐々に小さくなり、そして完全に視界から姿を消した。

「――やばっ!」
「あっ! カレンさーん!」

 しばらくエリエと星は呆然とその場に立ち尽くしていたが、すぐに思い出したようにカレンが飛ばされていった方向に向かって走り出す。
 しかし、どこまで走ってもカレンの姿は見つからない。エミルの城から相当走ってきたはずなのだが、目の前には大きな森が見えてきた。

 ここまで着ても見つからないと言うことは、カレンは森の中に落ちたのだろう。森の中に生息しているモンスター達をエリエが一瞬で撃破していたが、さすがに埒が明かず。
 レイニールの背中に乗せてもらって空からカレンを探すことにした。すると、森の一部にあからさまに木々がない場所が見えた。

 その中央部分にカレンが倒れていて、落ちた場所だけ大きなクレーターができていた。

「あっ! エリエさん。カレンさんがいました!」

 大きくなったレイニールの背中に乗って探していた星が、地面にできたクレーターの中心で大の字になっているカレンを見て指を差す。

 無事を確認したエリエが大きなため息をつきながら、呆れた様子で頭を押さえている。

「はぁ~、全く。どうしたら、こんな場所まで飛ばせるのよ……」
「すまん、すまん。ちょっと力が入り過ぎた」

 レイニールはそう言うと、2人を乗せ倒れているカレンの元へと降りて行く。
 おそらく。落ちるまでずっと回転していたのだろう。カレンは地面に仰向けに倒れたまま目を回していた。

 レイニールの背中からカレンに星が叫ぶ。

「カレンさん! カレンさん。起きて下さい!」
「――うぅ……俺は……ここは……?」

 カレンは頭を抑えながらゆっくりと体を起こした。星はほったした様子で、レイニールの背中から降りると、カレンの元に駆け寄っていく。

「……大丈夫ですか? 私の声聞こえますか?」
「――ああ、大丈夫だ……って、星ちゃん! 怪我はなかったか!?」
「えっ? 大丈夫ですけど……」

 そう言って星の肩を掴んでいるカレンに、星は困惑しながら言った。

 カレンは星の体を舐めるように見てほっと胸を撫で下ろし、ゆっくりと口を開く。

「どこも怪我してないようで良かった……正直。星ちゃんが目の前に現れた瞬間、頭が真っ白になったよ。また俺が君に怪我を負わせるような事にでもなったらって……」

 カレンはそこまで言って口を閉じると表情を曇らせる。

 富士山のダンジョンでの出来事をカレンはずっと気にしていたのだろう。いくらここがゲームの中で、本来ならばプレイヤーキャラクターのステータスはほぼ統一されている。

 だが、それはレベルが同じならの話で、レベル制MMOはプレイヤーのレベルが絶対的な実力差へと繋がる。
 そしてカレンと星の間には相当なレベル差があり。しかも、カレンは装備の軽量化で敏捷にステータス追加があることを知りながらの戦闘だった。
 
 ただでさえ年齢の差があるにも関わらず、ゲーム歴をひけらかす様なこの行為はとても褒められたものではない。
 しかしそれは、カレンが一番分かっていたはずだ。その時の出来事をカレンは普通に生活しながらもずっと気にして自責の念にとらわれていたのだろう。

 表情を曇らせ、今にも泣き出しそうなカレンの微かに潤んだ瞳を見つめ、星はカレンと戦った時のことを思い出す。

(あっ……カレンさん。まだあの時の事を気にして……) 
 
 険しい表情のまま「本当に良かった」と震える声で俯いたカレンに、星はにっこりと微笑み掛ける。

「大丈夫ですよ。私はもう気にしていませんから、カレンさんももう気にしないでください」

 カレンはそう告げた星の顔を見ると、首を横に振ってゆっくりと話し出した。

「いや、俺はあの夜に誓ったんだ。もう感情に任せて戦わないと……感情は冷静な判断をできなくさせる……って。さっきまでの俺がまさにそれだな……」

 カレンはさっきまでの自分のことを鼻で笑うと、エリエの前に行く。

 警戒した様子で「なによ?」と言う彼女に突然カレンが頭を下げた。

「――すまん。少し冷静さを欠いていたらしい……お前の言う事も分かるけど、でも俺はマスターが心配だ! ここは黙って見逃してくれないか?」

 カレンはそう言うと、エリエの顔を窺うように彼女の顔を見る。

 エリエはそのカレンの決意に満ちた瞳を受け、その意思を汲み取った上で、大きく息を吐くと口を開いた。

「――そうしてあげたいけど、それはできないの……あんただって本当は分かってるんでしょ? マスターがあんたを残して1人で行った理由は、あんたの事をそれだけ大切に思っているからよ」
「ああ、分かっているさ。でも俺は……例えそうだと分かっていても、はい。分かりましたって割り切れるほど、俺は物分かりが良くないんだ!」

 そう言ったカレンは肩を震わせながら、拳を強く握り締めている。
 彼女の悔しさはエリエも痛いほど分かる。人なら誰でも、自分の力が足りないことへの悔しさを体験したことがあるはずだ。

 この世の中、なんでも思い通りになるということはありえない。常に思い通りにならず、あと一歩のところで辛酸を舐めたことは誰だってある。エリエはその武器がレイピアなことからも分かる通り、リアルではフェンシングをしているらしく。そのことで大会などでも何度も悔しい思いをしたのだろう。 

 エリエは少し何か考えた様に見えたが、すぐに首を振って声を上げた。

「ううん。絶対だめ! マスターは必ず帰って来るし。ここにはエミル姉もイシェルさんもデイビッドもいる。あんたはここにいた方が安全なんだから!」
「だから俺は安全な場所で待っているだけなんて嫌なんだよ!」
「このわからずやっ!」
「わからずやはどっちだっ!」

 2人はそう言って、またいがみ合う。

 星は一触即発の2人に「ケンカはだめですよ」とあたふたしながら間に割り込んで止めに入った。

 その時、カレンの視界に突然。

【マスター様からメッセージが入りました。】

 っと表示が現れる。

 カレンは「マスターからだ!」と呟き慌ててコマンドを開き、メッセージボックスでその内容を確認する。

 そこには――。

『カレン。まさかとは思うが儂の後を追いかけてはおらんだろうな? もしそうならすぐにエミル達の元へ戻れ。良いな! お前にはエミル達の護衛を任せる。一週間程度で戻る。それまで、しっかり修行しておれ!』

 カレンはそれを読むと、小さくため息をついて歩き出した。

「ちょっと! どこ行くのよ!?」
「どこって城に戻るんだろ? お前も早く来いよ……」

 それを見て叫んぶエリエに、カレンは振り返らずに答えた。

 エリエと星は顔を見合わせて首を傾げると、カレンの背中を追いかけていった。


* * *


 月が水面に映る湖で白馬が水を飲んでいた。その横にはテントが立ててあり、その隣で焚き火を炊きながらマスターがコマンドを操作している。

「はぁー。カレンの方はこれで良いだろう……しかし、あいつにも困ったものよ。男勝りに育ってしまってこれから先が思いやられるな」

 マスターはコマンドを閉じてそう呟くと大きく息を吐いた。

「しかし、あやつらに会うのも久しぶりだ。よもや、腕は鈍ってはおらんだろうな……メルディウス」

 マスターはそう呟くと、拳を空へと突き上げて笑みを浮かべた。
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