第390話 運命とは・・・4

文字数 3,008文字

 星がそれを見て驚いた様子でその場に立ち尽くしているのを見てエミルは笑みを浮かべると、握っていた星の手を離して先に椅子に腰掛けて星を呼んだ。


「ほら、早くいらっしゃい」
「は、はい!」

 エミルに呼ばれ我に返った星が小走りでエミルの横に座った。

 それを見たエミルはテーブルの上に置かれているベルを鳴らすと、メイドが2人部屋に入ってくる。

「お嬢様お呼びですか?」
 
 メイド服を着た彼女達はお辞儀をしながらエミルに尋ねた。

 エミルは彼女達に「食事を持ってきて頂戴」と告げると、彼女達は「承知しました」と答えて部屋を出ていく。

 隣に座り少し緊張した様子の星を見て、エミルは優しい声で言った。

「そんなに緊張しないで。これからこの家で一緒に暮らすんだから」
「――ッ!? そ、そんなの聞いてません! 私はお家に帰らないとお母さんが帰ってくるから……」

 エミルの言葉に星が返すが、最後の方は肩をすぼめて弱々しい声になっていた。

 それもそうだろう。星がアメリカから日本へ戻ってきた理由は母親が生きていると信じてのことだ――九條が居なくなった今でも、その心に変わりはない。いや、本当はもうその心も揺らいでいるのかもしれない。だが、だからと言って一度張った我を曲げるわけにはいかないのだ。何故なら、星にとっての家族は母親しかいないのだから……。

 しかし、エミルは首を横に振って星の意志を否定する。それは星の素性を調べる中で、星の母親が飛行機事故の被害者リストに入っていたのを確認していたからに他ならない。

 彼女からしてみれば、誰も帰って来ない家に小学生の女の子1人を置いておくわけにはいかない。だが、妹を失った悲しみを知っているエミルには星の気持ちも良く分かっていた。誰でも自分の家族が突然いなくなればそれを認められないものだ。

「星ちゃんにはこの家で生活してもらうわ。貴女のお母さんの事は、私の家の使用人が頻繁に星ちゃんの家に行って確認するから心配しないで……」
「でも……」

 なおも納得できないという表情をしている星の肩に手を置いて告げた。

「大丈夫! 私が星ちゃんに嘘をついた事なんてないでしょ?」

 星は考えながら小首を傾げている。それを見たエミルは苦笑いを浮かべている。そんなことをしていると、メイド達がお盆に乗せた料理を持ってきた。

 お盆の上に乗ったスープとサラダを星とエミルの前に置いて下がっていった。
 目の前に置かれたスープとサラダを見つめながら一切手を出そうとしない。まあ、星からしてみれば、たとえエミルの家とはいえ遠慮するのも無理はないだろう。

 全く料理に手を付けない星を横目にエミルが最初に料理を食べ始め「星ちゃんも遠慮しなくていいからね」と言って食べ進めていく。それを見た星も遠慮しながらもゆっくりとスプーンに手を伸ばしてスープを掬うと口に運んだ。

 前菜に持ってこられたサラダとスープを食べ終えた頃に、ライスと焼いた鶏肉の切り身にソースがかけられたものが運ばれてきた。

 テーブルに置かれた焼かれた鶏肉の切り身を口に運ぶと星は目を見開いて手で口を覆う。口の中に入れた鶏肉は香ばしく口に含んだ直後、柔らかくて歯で軽く触るだけで崩れるほどだ。肉だけではなくソースも甘酸っぱくそれであってコクもあり、子供の星が食べても美味しく感じた。もう、このソースだけでもご飯を食べられそうな代物だ。

 あっという間に食べてしまった星の空の皿を見て、エミルが再びメイドを呼ぶともう一度同じ物を持ってくるように言った。メイドは「分かりました」とお辞儀をして再び部屋を出ていく。

 星はその様子を見ていて、エミルがおかわりを頼んだのだと思い首を傾げた。何故なら、まだエミルの皿の上には残っていたからだ。

 それからしばらくして再びメイドが戻ってきて星の前にさっきの料理が置かれ、星は首を傾げながらエミルの顔を見上げた。

 見上げる星にエミルが微笑みながら言った。

「まだ食べれるでしょ? ずっと食べてなかったんだからいっぱい食べなさい」
「はい」

 少し遠慮しながらも、星は目の前に置かれた料理に手を付けた。

 食事を終えた星は満足そうにお腹を撫でていると、エミルが星の顔を見て話しかけてくる。
 
「お腹もいっぱいになったし。一緒に星ちゃんのお家に行きましょうか! 荷物を取りに行かないといけないでしょ?」
「はい!」

 星は力強く頷くと、座っていた椅子から立ち上がった。

 だが、エミルは落ち着いた様子で椅子に腰掛けたままテーブルに置かれたベルを鳴らしてメイド達を呼んだ。

「食後の紅茶を貰える? 星ちゃんはココアとかにする?」
「エミルさん。私の家に行くんじゃ……」

 困惑した様子でエミルを見ていた星に微笑むと。

「食べてすぐに動くのは体に悪いわ。車を準備するにも時間が掛かるし。それに、お家は逃げないでしょ?」
「……た、確かにそうですけど……」

 少し納得できないといった表情で眉を寄せている。だが、仕方なく椅子に座って少し膨れっ面をしている星を見てエミルも堪らず苦笑いを浮かべた。

 しばらくしてメイド達が紅茶とミルクココアを持ってきた。星は運ばれてきたカップを見て思わず声を漏らした。

 運ばれてきたカップやミルクと角砂糖を入れておく容器には細かな装飾が施されており、それだけで美術館や博物館に展示されていてもおかしくない代物だ。そんな高級な入れ物に入っているミルクココアを見下ろし、綺麗な美術品に口を付けて汚してしまうのをためらうように、なかなかカップに手を伸ばせないでいる星とは対照的に、エミルはなにも気にしていない様子で角砂糖を入れて紅茶を飲んでいる。

 その様子を見ていると、やはりエミルは別世界の人間のような気がして困惑してしまう。

 目の前に置かれているミルクココアの入ったカップを見つめたまま緊張した様子で体を強張らせている星に気が付き、飲んでいた紅茶のカップを置いてエミルが言った。

「どうしたの? 早く飲まないと冷めちゃうわよ?」
「――いえ、その……こんな高そうな入れ物を見たことなくて……汚しちゃ悪いと思って……」

 緊張し小さな声で途切れにそう言った星にエミルは笑うと。

「なに言ってるの。これからうちの子になるんだから、そんなことで気を遣ってたら後が大変よ? ほら、冷めないうちに早く飲んじゃいなさい」
「…………」

 そう言って笑うエミルにせめてもの抵抗とフグの様に頬を膨らませ無言のまま手に取ったカップに口を付けた。

 食後のティータイムを取って落ち着いていた星とエミルの元に手に白い手袋をはめスーツ姿の白髪に白髭を生やした年老いた男性がやってきた。

「お嬢様、車の準備が整いました」

 胸の前に手を当て畏まって頭を下げているその男性にエミルが言った。

「ご苦労様小林。先に車で待ってて頂戴、私達もすぐに行くから」

 それを聞いた男性は「かしこまりました」と言って部屋を後にする。

 その後、エミルが星の顔を覗き込んでにっこりと微笑んだ。

「さて、それじゃ星ちゃんも準備しましょうか!」
「……はい?」

 首を傾げる星に悪戯な笑みを浮かべたエミルが星の手を引いて自分の部屋へと連れていく。

 エミルの部屋に入ると彼女はクローゼットを開けて奥から密閉された箱を取り出す。
 プラスチック製のケースの上の蓋は端にダイヤルの様な突起と、ベコッとへっこんでいる以外はなんの変哲もないただの箱だ。
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