第416話 友達7

文字数 2,786文字

 しばらく2人は身を寄せ合っていると、エミルが外を指差して言った。

「ほら見て、この階から景色を見てるとなんだか小さな事なんてどうでもよくなるでしょ?」

 キラキラと宝石箱をばら撒いたように輝く街並みを眺めながら小さく頷くと、エミルが耳元でささやくように言った。

「もし星が勇気を出して言えるなら、友達になりたいと言っていた子を家に連れてきなさい。今日買ったボードゲームを遊びましょう。そしたらきっと仲良くなれるわ」
「……でも、私に友達は……」
「確かに今の星には友達を作る気はないのかもしれないわ。でも、友達は味方になってくれる数少ない人間よ? それにせっかく学校に行っているんだから楽しく生活してほしいなぁー」

 にっこりと微笑んだエミルに、星は眉をひそめて「機会があれば」と言うと。

「星にお友達が出来れば私も嬉しいわ」

 っと微笑むと、星もぎこちなく笑った。

 そんな星の体をエミルはぎゅっと抱きしめ。

「……でも無理はしないでね。星が悲しいと私も悲しいから……」
「……はい」

 星は自分の体に巻き付いているエミルの手に自分の手を合わせてゆっくりと頷いた。

 大事にされているという感覚を全身で感じながら星はその時間を噛み締めるように瞼を閉じる。そんな星にエミルがそっと耳元でささやく。

「……何があっても私が星を守る。私だけはあなたの味方だから安心してね」

 エミルにそう言われ、星も「はい」と短く返事を返した。





 翌日。ホテルを出たエミルと星は学校へと向かった。
 学校に着いた星はいつも通り、教室に着くなりホームルームが始まるまで本を広げて机に座っていると、教室につかさが元気良く入ってきた。

 つかさはクラスの中でもずば抜けて人気があり、教室に入ると周りには同じクラスの女の子達が集まってくる。

 横目でその様子を見ていた星は自分との立場の違いを改めて感じて視線を本へと戻す。
 昨日エミルに言われたようなつかさを家に誘おうと思っていた。しかし、その考えは今は心の奥底に沈んでいる。

 それもそうだろう。つかさの周りにはいつも人が絶えない――それとは異なり、星はいつも1人でいる。それは星にとってつかさは特別だが、つかさにとっては自分の周りに集まってくる1人に過ぎないのだ。
 
 星は本を読みながらエミルにどんな言い訳をするかを考えていた。まあ、ただ断られたと言えばいい。

 元々1人でいようと考えていた星にとっては好都合かもしれない。前の学校で人付き合いに疲れていた星には、友達を作るということは複雑な人間関係に巻き込まれるということでもある。せっかく転校して人間関係をリセットしたにもかかわらず、再び泥沼の人間関係に足を踏み入れる必要がない。
 
 本を読んでいると教室に先生が入ってきてホームルームが始まる。近々の連絡や出席を取るなど一通りのルーティンを終えると、1時間目の授業が始まる。
 
 授業が終わりつかさの席の周りに人が集まっているのを横目に席を立った星は図書室に向かうために教室を出た。
 図書室は隣接している図書館があるために中にいる人はまばらで、本ではなく勉強をしている人も多くいる。そんな中、星は本棚に歩いて行くと興味を持った本を手に取って席に座って読み始めた。

 すると、数分後。つかさが図書室に走って入ってきた。
 中に入るなり「居た!」と声を上げて周囲の人の視線が彼女に集まる。つかさは「ごめんなさい」と肩身を狭くして足早に星の隣りに座った。
 
 隣りには座るなりつかさは星の方を向いて笑ったが、星は気が付いてないフリをして本を読み続けていた。
 
 つかさは席を立って一番近い本棚から手頃な本を取ってくると、また星の席の隣りに座って本を読み始めた。
 チャイムが鳴るまで2人は隣り合わせで本を読んでいた。しかし、星は2人きりのこのチャンスに家に誘えなかった。

 だが、誘えなかったのは自分がつかさと同じ立場ではないと感じたからかもしれない……。

 そして昼休みになり、早めにお昼ご飯を食べ終えた星はいつも通りに少し離れた図書館に向かう。普通の休み時間よりもお昼休みは時間が長いとはいえ、図書館までの移動時間を考えれば本を借りて戻ってくるくらいしかない。

 だが、校舎内に入っている図書室とは比べ物にならない本に囲まれている時間は星の心に安らぎを与えてくれる。

 昼休みは初等部の学生は少なく、中等部、高等部の学生が多い。その空間はまるでゲーム内にいた頃に似ていて星が安心できる空間になっていた。妙に居心地が良い図書館という場所に、無理をしてでも来てしまうのはその為かもしれない……。

 空まで伸びる本を見上げ星は息を吐くと、本棚の前をゆっくり歩いて本を探していく。年季の入った木と紙の匂い――指先に触れるざらっとした本の感覚に落ち着きを感じていると、星の視線がふと別のところへと移動した。
 そこには星と同じく初等部の生徒がいた。だが、数が少ないとはいえ初等部の生徒は珍しくない。しかし、彼女は特別だ――金色の長い髪と左右のおさげを揺らし、瞳はエメラルドの様な緑色。雰囲気から気品漂う日本人離れした彼女の目鼻立ちはまるで人形がそのまま歩いているようだった。

 誰もが目を奪われる美少女。だが、星が彼女を見るのは初めてではない。星が初めて図書館に来た日もちらっとだが見た。そしてその後もちょくちょく目にしている。多分、星と同じくらいはこの図書館に出入りしているのだろう……だが、校舎内にある図書室では彼女の姿は見たことがない。

(あの子……またきてる……綺麗だなぁ〜。まるでお人形みたい……)

 本を抱えて歩く金髪の女の子を見ていると、星の背中を誰かが軽く叩いてきた。

「きゃ!!」

 驚いた星が珍しく悲鳴を上げると、横からにっこりと微笑んだつかさが立っていた。

「星ってそんな声も出せるんだね! 普段は無口だからなんか新鮮だなぁ〜。もっと喋ればいいのにせっかく可愛い声してるんだから!」

 星はむすっとした顔でつかさを見たが、悪びれない彼女の様子に諦めたようにため息を漏らして本棚に視線を戻した。

「なにかようですか? 私はあなたに用事はありませんけど……」
「またそんな事言ってー。用事がないと話しかけちゃだめなんてないでしょ? 僕達もう友達でしょ?」
「……私は友達になった覚えはないです」

 星は視線を合わせることなく本棚の本を物色したまま冷たく言った。

「星も強情だね。一緒に本を読んだら友達でしょ? ほら、サッカーを一緒にやったらもう友達だしさ!」
「サッカーはみんなでやるもので、本は1人で読むものです」
「……そっかー」

 つかさは考えるような素振りをした後に納得したように頷く。

 そんな彼女を他所に、星は本棚から本を抜き取って胸に抱え込むとテーブルへと向かって歩き出した。それを追いかけるように小走りで走ってくる。
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