第408話 新しい学校生活5

文字数 4,314文字

 その行動に驚いたのか、つかさは星の方を向いて呆然としている。

「……よくないよ。せっかく同い年の子がたくさんいるんだから、友達をたくさん作らないともったいない。私なんか放っておいて他の友達を作ればいい……私は一人で大丈夫。だから、犬神さんは友達を作って」
「全然大丈夫じゃない! 一人で大丈夫なわけないだろ! どうして友達を作ろうとしないんだよ!」
「……私は友達はいらないから」

 星がそう答えるとつかさが叫ぶ。

「そうじゃない! それじゃ友達がいらない理由にならない!」
「はぁ……もしもケーキが4つあって、その場に5人いたとしたら。誰かはケーキを食べられないでしょ? でも、その場に4人しかいなかったらみんながケーキを食べられる。それが人でも同じ……だから私は友達はいらないの……」

 それを聞いたつかさは更に怒った様子で叫んだ。

「そんなのおかしい! 絶対におかしい! それならケーキを5人に分ければいいじゃん! 一人いなくなる必要ない!」
「でも、それだと小さくなってけんかになる」
「けんかになんてならない。僕のケーキを半分あげるもん!」

 そう言って真っ直ぐ自分の顔を見てくるつかさから星は目を逸らす。

「ケーキはそれでもいいかもしれないけど、人は半分にはできない。2人1組を作る時は必ず1人あまるから……」
「なら、3人でやればいい! 僕が星を1人にさせない!」

 真剣なつかさの表情から、その言葉に嘘がないと分かる。

 だが、星は悲しそうな顔でつかさに言った。

「……私はね。人を殺したの……」
「――え?」

 つかさが驚いた様子で星を見る。

 星は俯き加減に唇を噛み締めると、手をぎゅっと強く握り締めた。

「……刺したの。剣で、人を……その感触が、この手の平から消えないの……」

 顔を上げた星は今にも泣き出しそうな目でつかさを見た。

「それに、私のせいでゲーム内で多くの人を死なせてしまって……その人達も今も寝たままで……私は何をされても文句は言えない」

 その時の星の脳裏には九條がいなくなった夜に、コンビニの帰りに襲われた男性の顔と「犯罪者には何をしてもいいよな」という言葉が蘇っていた。

「だから! 被害者の人達の大好きな人を悲しませた私に、友達を作る資格も幸せになる資格もないの……だって、私は犯罪者で――人殺しだから……」

 薄らと星の紫色の瞳が涙で滲んでいた。

 その星の言葉を聞いてつかさは悲しそうな顔で星に言った。

「そうなんだ……辛かったね……」

 つかさの言葉を聞いた星が大きな声で叫んだ。

「私は辛くない! 全部私が悪いの! 私が……私がもっと頑張っていれば。もっと――もっと早く終わりにできた。そしたら、みんなつらい思いをしなくてよかったの……全部私が悪いの……だから、もう私に関わらないで……お願いだから……」
「いやだ」
「……どうして!?」

 星がそう尋ねると、つかさは横の窓の方を指差して言った。

「そんな辛くて悲しそうな顔で泣いている子のお願いなんて聞けないよ……」
「……こ、これは違う」

 窓ガラスに映った自分を見てすぐに流れていた涙を腕で拭う。

「星は悪くないよ。確かに人を殺したのかもしれない……でも、理由があって仕方なかったんでしょ? そうじゃなきゃ、困ってる人を放っておけない星が人を殺せるはずないもん」
「どんな理由があっても人を殺していいはずがない! だから私はあの時に死ななきゃいけなかったの! でも……怖くて死ねなかった。お母さんに会いたくて死ねなかった……まあ、結局会えなかったけど――私の今の家族は本当の家族じゃないの……助けてもらって、学校にも行かせて……だから、本当はこんな学校にいていい人間じゃない」

 それを聞いたつかさが「だから1人でいるの?」と尋ねると、星もそれに無言のまま深く頷いた。

「はぁ……やっぱりおかしいよ星は」
「……そうかもしれないね」

 つかさの言葉に眉をひそませて俯き加減に弱々しく答えた。

「僕達は小学生だよ? 周りの大人がダメだったことをなんとかできるわけないじゃん! 星はなにも悪くない。それどころかすごいことをしたんだから胸を張りなよ! ゲームに閉じ込められた人を助けるなんてヒーローみたいでかっこいい! 僕は絶対星と友達になりたい!」
「ヒーローみたいか……でも、他の人はそう思ってくれないから……」

 星はそう言ってつかさに頭を深々と下げた。

「私と友達になりたいと言ってくれるのは嬉しい。でも、私と一緒にいると犬神さんに迷惑を掛けることになる。だからもう、私に話しかけないで……私はあなたの学校生活を壊したくない」

 深々と頭を下げる星を見て、つかさは不機嫌そうに眉間にしわを寄せながら言った。

「なんで星が僕の友達になると迷惑が掛かるの? どうして星が友達になると僕の学校生活を壊すことになるの? どうして星は僕の友達になってくれないのさ!」

 声を荒らげるつかさに、星は表情を曇らせる。

 真っ直ぐなつかさは、今まで素直に育てられてきたのだろう。いい両親といい友達に囲まれて、社会の悪とは無縁の世界で生きてきたのだろう。

 そう。星とは真逆の世界で…………。

 表情を曇らせ眉をひそませながら、星は悲しそうな顔で言った。

「それは……私がヒーローじゃなくて、悪者だからだよ……皆が仲良くするためには、誰かが敵にならないといけないの」
「なんでさ! 皆で仲良くすればいいだけでしょ? なのになんで敵を作らないといけないのさ! そんなのおかしいじゃん!」

 怒っているつかさを見て、星は冷静に言葉を続けた。

「今の犬神さんみたいに、イライラする心を吐き出さないと、みんなおかしくなるんだよ。だから、それを吐き出すために悪い人が必要なの……さっきも言ったけど、私は犯罪者で人殺しの悪者。皆、私の事をそう思っている……だから、私は悪者でいないといけないの」
「どうして星が悪者でいないといけないのさ!」

 そう叫んだつかさに「慣れてるからだよ」と言って、星は優しく彼女に微笑んだ。

「私はみんなや犬神さんが笑ってるのを見てるだけで満足なんだ。そこに私が入ってなくても、私は楽しいから……」
「そんなの絶対嘘だ! もし僕なら一緒に遊んだりした方が楽しいもん!」
「犬神さんはそうなんだろうね。でも私はきっと困っちゃうよ……だって、うまくできる方法を知らないから……」

 つかさは首を傾げながら「普通にすればいいんだよ」と言ったが、それを聞いた星は表情を曇らせながら首を横に振った。

「その普通が私にはできないの……私のお母さんは仕事が忙しくて夜遅くに帰ってくるからまともに会話した記憶がない。兄弟や友達がいれば良かったんだろうけど、私にはそんな人もいなくて……それどころか、前の学校ではいじめられてたしね」

 星はそういうとぎこちない笑顔で「あはは」と笑って見せたが、つかさは眉をひそめてそんな星の顔を真っ直ぐ見つめていた。

「だから、一人でいることにも自分を悪く言われることにも慣れてるんだ……だから、私のことは気にしないで、犬神さんは私以外の友達を作って」

 そう言ってにっこりと微笑んだ星に、つかさは険しい表情で「分かった」と頷いた。

 星はほっとした様子で息を吐くと、歩き出してつかさの横を通り過ぎようとした直後、つかさが星の腕を掴んで強引に引っ張って壁際に追いやった。

 突然のそのつかさの行動に星は驚き目を丸くさせながら顔を寄せてくるつかさを見た。

「なっ……だって今、分かったって……」

 困惑した表情でつかさを見ていた星がそう呟くと、星の顔の横に両手を突いているつかさが答えた。

「分かったよ。星の考えも、星が優しいってことも、星が頑固だってことも全部。でも、僕も星に負けないくらい頑固なんだ! だから、絶対に負けない。絶対に星と友達になる! もう決めたんだ。絶対に僕は諦めない! 必ず星に「うん」と頷かせてみせる!」
「だから、私と一緒にいたら犬神さんが……」
「そんなの構うもんか! 僕は星が欲しい! 星が欲しいんだ!」

 壁を背にした星の顔を真剣な表情でまじまじと見てくるつかさに顔を真っ赤に染めながら星は視線を逸らした。

 真剣そのもののつかさに星の胸がとくんと大きく脈打つのを感じた。徐々に大きくなる鼓動を手で胸を押さえて沈めようとしたが全く治らない。

 すると、そこに星の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 つかさはそれに気がつくと、壁に突いていた両手を退けて星から離れた。

「家の人が迎えにきたみたいだね。それじゃ、また明日ね!」

 つかさはそう言って階段を一息で飛び降りる。

「ズボンありがとう!」

 踊り場にいる星に向かって手を振って走り去っていった。

 星は胸を押さえたまま力なくぺたんとその場に座り込むと。

「……なんだったの」

 っと呟く。だが、つかさが離れたのに星の胸の鼓動は治るどころか大きくなっている。

「なんなのこれ……」

 頬を赤く染めた星は胸を押さえたまま呆然と夕日に照らされた廊下を見つめていた。

 すると、エミルが座り込んでいる星を見つけて駆け寄ってきた。

「どうしたの!? 具合が悪いの!?」

 心配した様子で星を見ているエミルに、星はゆっくりと立ち上がり微笑んだ。

「大丈夫ですよ。ちょっと疲れちゃっただけなので……」

 星が立ち上がると、エミルは星がスカートに変わっているのに気が付いた。

「ズボンはどうしたの? 誰かに奪われたとかだったら私が――」
「――いや、ちょっと色々あってズボンを貸してあげてるんです」

 そこから星はエミルに詳しい経緯を説明すると、エミルは呆れながらも。

「まあ、いい事をしたんだから怒れないわね」

 っと、ため息を漏らすと星の手を握って歩き出す。

 星はエミルの横を歩きながらも、未だに治らない心臓の鼓動に困惑しながら胸を押さえていた。

 テーブルに置いてきたカバンを取りに戻ると、本を借りて校門前に迎えにきてくれた車に乗った。

 車に乗ったエミルは電話を掛ける。

「先日お伺いした伊勢ですが、制服の下を汚してしまったみたいで代わりの制服ってありませんか?」
『そうですね。ズボンは数日掛かりますが、スカートならすぐにお届けできますが、どうしますか?』

 エミルは困った表情で星の方を見ると。

「サイズが合うズボンは今ないんだって。スカートならすぐに用意できるみたいなんだけど……」
「スカートでも大丈夫ですよ。私のせいですし……今はもうズボンに拘ってもいませんから」

星がそうエミルに伝えると、エミルはホッとしたように息を吐いた。

 それはきっと、星の口から『もうズボンに拘っていない』という言葉を聞けたからなのだろう……。
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