第71話 穏やかな日はいつまで?

文字数 1,176文字

 職場に出勤してきた50代の女性が目を赤くしていた。入院しているおかあさんが具合が悪く連絡待ち。そんなときになぜ仕事に? ベテランさんだが、うちの施設に来てからはまだ間がない。ようやく夜勤もひとりで任されるようになったばかり。休むのは抵抗があるのだろう。お子さんは3人。皆社会人。旦那さんの話は聞かない。姓が変わった、という噂も。

 1日おいてまた会った。ようやくおかあさんに面会できた。4ヶ月前に、この方のおねえさんが中古マンションを買い両親と住み始めたばかり。なのに突然の母親の認知症。おねえさんが夜勤明けで帰ると、トースターになにか(?)入れて火が出ていたとか。そんなことが度重なった。耳の遠いおとうさんは、
「ダメだな、ありぁ」
と言うばかりで、姉妹による施設探しが始まったらしい。
 まだ介護度も決まっていなかった。引越しして4ヶ月。認知症になるとは思いもしなかった。80台前半だが。

 ようやく預かってくれる施設があったが、血栓ができ、あたふたアタフタ。ナース室の前にベッドを置かれ、拘束されている。
 あそこはね、私の父もお世話になったけど、脱税で、ちょっとね。ショートステイはひどかった。食事介助が。もう10年以上前だけれど、変わっていればいいけれど。  

 今、私の周りでは親の介護で苦労している人が多い。職場の男性もひとりで両親を看ていた。大変すぎて笑っていた。いくら本業とはいえかわいそうだった。弟さんは遠くの県。嫁が来てもなんの役にも立たない、どころか、帰りの交通費まで出してやるとか。
 幸いにも施設に入ったが、おかあさんはコロナ禍でほとんど面会できずに亡くなった。そんな大変な状況でも仕事に穴を開けると、周りに迷惑がかかる。

 友人はおかあさんを胃瘻にすべきか悩んでいた。幸いにも口から食べられるようになって戻ったが。
 隣のご主人も、夜中に起きている。耳が悪いから発する声も大きいのだ。娘の怒鳴り声がする。
「寝てよ、寝てよ、明日、仕事なんだから」

 どこまで続く介護の道。赤ちゃんが成人するより長いかも。

 自分たちがそうなったときに今の介護制度はどうなっている? 破綻する?
 先日保険屋さんが1年に1度の挨拶に来た。すでに保険は整理してある。新しく入るつもりも余裕もないが……大昔、事務で働いていた保険会社。かつての景気の良い時代のことを話した。若い男性の所長は、廊下に敷いてあるパターのマットを見て話題にした。しばしゴルフの話を気持ちよく聞いてくれたあと、出したのは介護保険の設計書。
 終身の、ほとんど掛け捨て。介護状態にならなければ損をする保険。掛け金は安い。補償も高くはないが。100まで生きるかもしれないし。子供達のことを考えたら……入ってしまいましたの。保険は相互扶助。

 いつまで穏やかに暮らせるだろう? 掛け捨てでありますように。

 
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