第26話 節約

文字数 1,056文字

 子供の頃、友達の家にはピアノがあった。下町だ。医者の娘、大工の娘、工場経営者の娘……その子たちは当時、進学教室というものに通っていた。クラスで数人だけ。 
 小学校高学年、中学の勉強は自力で上位にいけた。進学教室や英語教室に通う子よりもできることもあった。ピアノだけはどうしようもない。5本の指でドレミファソを、弾くとあとが続かない。習っている子に笑われた。

 働くようになるとピアノを買う金はあった。しかし置く場所がない。諦めた。
 子供が産まれたら絶対に習わせたかった。上の子は男の子だったが有無を言わさず習わせた。男の子にショパンを弾いてもらいたい。押し付けだ。先生は同じ幼稚園の園児の親だ。年長のとき。
 下の娘は年少だったがこちらは自分もやりたい、と言い出した。
 知り合いに77鍵のローランドの電子ピアノを譲ってもらった。娘は暇さえあれば弾いていた。当然進むのは速い。母は練習に付き合った。へ音記号が出てくると、息子は戸惑った。
 ピアノが欲しかったが、マンションのローンに車……ふたりの幼稚園の費用、交際費諸々。ピアノが買えるのはいつの日か? 

 そこから始まった食費の切り詰め生活。当時は毎日買い物に行っていた。家族4人の食費はかかり過ぎていたかもしれない。姉が1ヶ月の食費が3万円…‥とかの雑誌を持ってきてくれた。我が家は3倍近く使っていた。 
 大学ノートに食費とメニューを細かく記入した。金をかけずに手間をかける。野菜、乾物類が多くなる。給料日前はイワシにもやし。当たり前のように買っていた果汁100%のジュースは当時は200円以上した。それをやめて麦茶と牛乳だけ。ステーキ肉、巨峰……チラシが入ると買っていたが……

 不思議なことに家族から文句は出なかった。砂肝を味付けして揚げると娘は喜び、ステーキより高いと言うと信じた。そしておやつも手作りに。
 食費を1日千円減らした。千円札を袋に入れる。10枚貯まると、1万円札に。月に3万円。翌月には1日1700円減らし月5万円に。それでも月3万円ではできなかったが。楽しくなった。新しい通帳を作り数字をながめた。

 そして念願のピアノを買った。マンションだから消音機能付き。しかし、息子は小学校卒業まで。娘も中学を卒業するとやめてしまった。弾き手のいなくなったピアノを母が弾いた。先生について習った。10年続ければ弾けるだろうと思った。しかし、娘の10年とは大違いだ。

 孫がピアノを習い始めた。苦労して買ったピアノは、新たな弾き手のところへいく日が来るだろうか?
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