第24話 貯蓄

文字数 1,451文字

 職場の若い人たちは堅実だ。ちゃんと貯金をしている。年金を当てにはしていない。昼食も弁当を持ってくる。

 私が働き始めた頃、生命保険会社の月給は7万くらいだった。退職した7年後には倍近くまで昇給した。ボーナスは年上の妻帯者の公務員に羨ましがられた。福利厚生施設は各地にあり、京都も鎌倉も軽井沢も安く泊まれた。大きな運動場もあり運動会には、デビューしたての片平なぎささんがいらした。トイレでお会いした。
 金利が高く面白いように金が貯まった。健康保険も厚生年金も安かった。厚生年金が引かれたのは84月。支払った総額は35万円。今いただいている年金額は年に12万円。3年で元が取れる。こんな時代が続くと思っていた。貯蓄は金利8パーセントの社内預金、率のいい団体の養老保険。給料から天引きされたものは、結婚して退職した時には夫の貯金よりもずっと多かった。隠しておけばよかった。
 しかし結婚式、新婚旅行、マンション購入。田舎の両親の病気と死。金はどんどんなくなった。そうなるともう貯めることはできない。ボーナス間際にはおろす金もなくなり、銀行からの帰り道には背中が寒くなった。
 友人はキャッシングをしていた。給料が入れば返済することから始まる。また足りなくなるが、節約はしていなかった。

 姉は子供がいなかったので、早くから老後の蓄えをしていた。当時は10年で貯金が倍になった。姉は目標をたてたが、いつのころからかほとんど利息のつかない金利に憤慨し、投資信託を始めた。
 姉はいつでも運がいいのだ。義兄は働き者だし義母はちょこちょこと小さな保険に入ってくれていて、よく小金をもらっていた。福引をすれば大物を当てた。
 投資信託も年に2割配当が出るから、と言われ、そんなうまい話があるものか、と思っていた。姉は毎月届く配当金の葉書を見せた。
 私はいつでも運が悪いのだ。夫の親戚が残してくれたのは借金だった。放棄したが。考えに考えて買った投資信託。銀座の銀行の最上階の個室。お茶は出てくるし、お偉いさんの肩書きの名刺……あとで買って読んだ投資信託の本に書いてある通りだった。私はカモだった。
 少額買った。私には大金だが。最初の年は良かった。なんたって1番高い時に買ってしまったのだ。最初の配当は良かった。それがずっと続くと思っていたが、やがて落ちる。落ちる。落ちる……無知な女が手を出すものではない。しかし、コロナ禍で上向いてくるものもある。
 ファイザー社の入ったものは配当が良かった。アストラゼネカのほうもまあまあだった。それまでどんな会社が入っているのか把握もしていなかった。

 貯金よりも年金よりも配当金よりもありがたいもの……給料だ。
 夫は現役中は高血圧、腰痛、心房細動、十二指腸潰瘍、尿路結石、副腎潰瘍、帯状疱疹、ヘルニア……忙しかった。すべて仕事のストレスのせいだと思っていたから、延長はしないと宣言していた。
 しかし……来年もまた働いてくれそうだ。私も短時間のパートだが。

 いつまで働けるのだろう?  
 豪快な美容院の女は言う。
 死ぬ前の日まで働いていたい、と。
 客の中には金持ちがいる。ひとりではなにもできない。旦那様が自分の死後、困らないようにきちんと手続きをしてくれていた。その方は自分で銀行に行ったこともないそうだ。友人(、、)が家を掃除してくれる。買い物にはついてきてくれる。金がなくなる頃に担当から電話があり、持ってきてくれる。帯付きの札束。 
「いいなあ」
「え、それが、いいと思う? つまらないじゃない」

 
 
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