第15話 趣味と仕事

文字数 1,223文字

 Tは幼児の頃から魚が好きだった。描く絵はいつでも魚。母親にも、
「おさかな描いて」
 その後は虫に転向。幼稚園から帰ると手の中に青虫が。それを積み木の上で這わせる。飼って観察。やがて黒アゲハに。窓から逃した途端、鳥に……
 世の無常を感じただろうか。
 クワガタの幼虫を飼う。小遣いは腐葉土や蜜に。夏の暑い日に友達と遊んでも、外でジュースも買わない。小遣いはすべてクワガタのために。学校から帰ると一目散。糠味噌かき混ぜるみたいに……
 子供ができた今でも育てている。近所の子供達に分けてやる。

 中学に入るとブラックバス釣り。仲間ができた。父親が送り迎えをした。釣ってきたブラックバスは、タンスの上の大きな水槽に。餌は生きている金魚……見る間に飲み込まれていく。
 いつか、バチが当たるからね。

 働くようになると海釣りだ。家に釣り竿が届く。ン万円? 
 給料日はあさってだ。金がない。でも明日、釣りに行くから金貸して……
 母親は長男には甘かった。Tは結婚しないつもりだ。釣りを選んだ時に決めた。他は質素だ。服も食事もどうでもいい。
 釣りは、青森でも九州でも。年に何度も行けるわけではないが。釣具のことはわからないが、いじっていて楽しいのか? 学生の時も落ち着かないTが、何時間も座ってルアーを作っていた。そのエネルギーを勉強に向けていたら……

 ある時、船に乗るときに足をぶつけた。硬いものにぶつけたらしい。血が流れて……でも言えない。言ったら降ろされる。待ちに待ったのだ。この日を。
 タオルで縛り平気な顔を。さすがに意識が遠のいていった……そこで、誰かが大物を釣り上げた。Tはこうしてはいられない……と覚醒した。
 親はあとから聞かされた。

 しかし、金のない釣りバカのTにも彼女ができた。親はずっと知らされなかった。金がないTはディズニーランドにも気の利いた店にも連れて行かない。プレゼントも……彼女がメガネを買ってくれた?
 
 やがて子供ができた。母親は報告された。結婚するならいいが、相手の親御さんは? 早く挨拶に行かねば……
 Tは言った。
「もう、釣り行けなくなる」
「ああ、釣り行けなくなる」
 皆喜んでくれた。結婚して子供が産まれて、貯金もないTが家を買った。お嫁さんはすごい人だ。

 ある時、九州の人気のある船の船長から誘いがあった。助手にならないか? と。いつも予約がいっぱいのテレビで紹介されたほどの船だ。Tはグラグラした。が、諦めた。さすがに九州は遠い。

 それから何年? 次は決めたあとに聞かされた。
千葉のヒラマサ釣りの中乗りに誘われた。もう決めた。嫁さんも、嫁さんの親も賛成してくれている。
 家はどうする? 1年は単身赴任。
 その後は皆で行ってしまった。まあ、千葉は近い。

 今ではお嫁さんは、東京で子育てなんか考えられない、と言う。
 釣り船のブログがあるので様子はわかる。毎日のように更新する。時々は芸能人も乗るようだ。釣り番組には、Tの手とタモが。
 
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