第51話 従妹

文字数 1,550文字

 母方従姉妹にひとつ年下のナオミがいた。子供の頃は何度か家に行った。うちとは違い金持ちだった。おとうさんは某会社の社長。仕事の関係か、元総理大臣と親交があった。居間には元総理大臣と撮った家族写真が飾ってあった。

 姉の結婚式、私の結婚式もそうだったのだろう。祝電披露に元総理大臣の電報が読み上げられると失笑が。親戚の結婚式すべてそうだったらしい。

 ナオミはひとりっ子で私立の学校に通っていた。父親はPTA会長。庭には池があり、部屋にはピアノ、壁には読めない書体の額が飾ってあった。
 祖母もこの家に住んでいた。本来なら長男の家に住むべきだと、父は酔うと私に言った。祖母の思い出は白玉団子。行くといつでもそれが出てきた。白玉団子に砂糖をかけただけだったと思う。いい思い出はそれだけだった。

 父は酔うと祖母のことを、よくは言わなかった。祖母にあげた小遣いが、姉弟の中で1番少ないとか文句を言われたらしい。私も子供心に明らかな差別を感じていた。
 母が急逝した時にはさすがに祖母はがっかりしていた。支えられ線香を上げに来た。
 突然の死の葬儀に不手際はあるだろう。母方の親戚はそれを責めた。ねぎらいもなく「気が利かないねえ」と。父は酔うと悔しがっていた。近くの母方の親戚は葬儀が終わると帰って行った。父の妹は遠い田舎から出てきていたが、しばらく残って世話を焼いてくれた。
 3回忌が終わると母方の親戚との付き合いはほぼ途絶えた。

 そういえば母方のやはり従兄が、飲食店を出したことがあった。母が亡くなって少しの頃だから、父にも連絡が来た。駅の近くだから、ふたりで訪ねた。金は伯父が出したらしい。広い店だった。その時の会話だ。
 ひとり娘のナオミは好きな男ができても結婚できないだろうな、婿を取って跡を継ぐ。かわいそうだな……

 その後、祖母が亡くなり父と線香を上げに行った。さすがに行かないわけにはいかない。行きたくはなかったが。その時は思った通り恥をかいた。父は不幸の席で酒を飲み、
「ここ、どこだっけ?」
と失態を晒し失笑され呆れられた。早々に私は父を引っ張って帰った。

 ナオミがブティックの客であることは知っていた。勤める前に姉が話したことがあった。姉は気に入った服があったので、
「色違いないですか?」
と店長に聞いた。
「○○会社の社長夫人が買いました」
思わず姉は、従妹なんですのよ、と言い驚かれたそうだ。

 私が働き始めてしばらくした頃に、ナオミは来た。20年ぶりに会った従妹は、なんとも庶民的だった。予算と相談し慎重に選んでいた。店長いわく、気取らない。性格がいい。息子を連れてきたこともある。息子の✳︎✳︎クンは小さい頃から知っている……
 同じ年の息子がいるスタッフにも好かれていた。互いに子供の話をする、と。

 宝飾やバッグのイベントの時も見にきただけだった。プラチナより金のが好き……試してはいたが買わなかった。
「ひと通り持ってるし」
「そうですよね」
 バッグを見ながら話した。店では敬語だ。I様だ。店以外の付き合いはない。
 ここ数年の間に、ナオミの両親は亡くなっていた。私の父のことは聞かれたくはない。思い出せば恥ずかしい。ずいぶん話題になったのだろう。どうしようもない酔っ払いだと笑われただろう。

 従妹の会社は景気が悪くなり合併された。ナオミは家を売り引っ越して行った。DMを出しても、電話をしても、ナオミは来なかった。店長に長い手紙が届いた。長い付き合いなのだろう。習字を習っていたナオミの字は達筆だ。ナオミは癌が見つかり闘病中。

 私は客と店員以上の関係にはなれなかった。やがて、関連会社の客から、ナオミが亡くなったことを知らされた。
 雨の中、姉と通夜に行った。親戚はいたのだろうが、もう会ってもわからなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み