第107話 不正

文字数 1,890文字

 若い頃、保険会社で働いていた。4年目は本社から小さな営業所に移動になった。1階の事務所には歳の近い女子が3人。朝礼の後、外交員さんも所長も出払う。気楽な職場だ。朝食抜きでパンを買ってきて食べたり、銀行に行った帰りに本屋に寄って雑誌を買ったり。
 外交員は集金に行く。まだ銀行引き落としは少ない時代。窓口に保険料を払いにくる客も数人いた。それを、古株の事務員と親しい外交員が集金に行ったことにする。
 入った集金手数料をその外交員さんが事務員に戻す。それが代々引き継がれていた悪習……不正、犯罪?
 途中から移動していった私には何も言えなかった。確か、1万数千円位を毎月お茶菓子代にしていた。移動の多い所長も知らないこと。

 ある年の暮れの大掃除。長年動かさないロッカーの裏を掃除した。出てきた埃だらけの集金袋。中には数万円が。なぜロッカーの裏に? 古株の事務員が思い出した。何年か前に集金袋をなくした職員がいた……
 それがなぜ事務員のロッカーの後ろに? ロッカーの高さは身長よりあったはず。外交員さんが出入りする場所ではない。誰かが故意に置いた? 落とした? なくした職員は弁償したのだろう。すでに辞めていた。大勢の外交員が入れ替わっていた。所長も変わっている。今更……蒸し返すのもなんだしね……というわけで3人で山分けしてしまいました。40年以上前のことだ。
 
 父の給料日。まだ現金でいただいていた時代。自転車置き場で隣の荷台にカバンを置き、そのまま家まで帰ってきてしまった。慌てて戻るとすでに消えていた。交番へ届けると、
「あんた、家に帰れるのか?」
と言われたらしい。家に戻り、酒を1杯飲み、打ち明けた父を母は責めなかった。もちろん戻ってこなかったが。酔うと父は言った。
「ロクな死に方はしない」

 子供会の廃品回収の係は順番に回ってきた。毎月1回、業者が来ると廃品を積む手伝いをする。廃品の量を記入して役所に提出すると、補助金が出る。年間万単位の金をいただいた。それを子供会の行事の足しにした。
 それが、申し送りで2割増しになっていた。業者が言う。2割増しで記入しろ、と。何年続いたのだろう? どこかで誰かが言っただろうか? できません、と。そういう年もあったのだろうか? 廃品回収はいまだに続いているようだが。

 夫の若い頃の話だ。酔うと話す。働いていた飲食店。飲み物代はレジ打ちしないで別に入れておく。それで毎晩飲みに行った。付いて行った。

 そのあとは転職し真面目に働いた。尊敬していた上司がいた。小さな会社の経理を任され、マンションを買う時には相談にのってくれ、会社から金を借りた時も手続きしてくれた。礼もした。毎年中元と歳暮を送った。
 その頃は給料もボーナスも現金でいただいていた。私はノートにきちんと付けていた。毎月の収入、引かれる金額、それを1年集計する。それが源泉徴収の金額と合わない。20万以上余計にもらっていることになっていた。特別賞与でも出たのか? 当時は年末調整などは別の封筒でもらってきていた。それさえ、正直にきちんと妻に寄越したのに……
 責められるような夫婦関係ではなかった。生活は豊かではなく、いろいろあった時代。喧嘩はしたくない。
 黙っていた。私が質素にやりくりをしているのに……言えば喧嘩になる。黙っていた。数年の間。金額は20万から40万に。まあ、ボーナスは多い方だった。残業も多かった。ある時、社長の奥さんに会ったので聞いてみた。仲人をしてくださった方だ。
「特別賞与出たんですか?」
 微妙な質問。出てないわよ、と答えるには、夫婦間で何かあると思ったのだろう、微妙に誤魔化した。
 それでわかったわけではあるまいが、しばらくして、経理を任されていた方がクビになった。帳簿を誤魔化していた。会社から借りた金は返し終わっていたから15年は経っていた。
 その頃従業員は十数人、その年収を誤魔化していた。現金の時代だ。ひとりから年に20万としても3、4百万。それが何年? 誤魔化したのはそれだけではないのだろう。発覚した。そういえば、釣りが好きで、釣り小屋を買ったとかいう話を聞いていた。信頼していた夫はショックを受けていた。私は数年の間、夫不信だったのに……

 ブティックで働いていた時、バーゲンになると割引になる。店長は客に正規の値段で売りレシートを渡し、そのあとレジマイナスをして割り引いた分の金を浮かしていた。
「販促費出ないんだから。売ってるのは私だけなんだから」
絶対店長制。文句が言えるわけがない。コソコソとレジ操作をし、終いにはレジが合わなくなっていた。



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